一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

1 えええええ、今更戻されても困る!!

 ブリガンテから帰って来てから四か月も経った頃、アツシは退屈を感じ出していた。 好きな人と居るのも、友人と喋ってるのも結構好きなのだが、どうしても遊べる物が少ないのだ。 子供の間ではちょっとしたカードゲームや、木剣を使ったごっこ遊びが流行っている。 ごっこ遊びと言っても、殆ど訓練の様な物だった。 俺が自分からそんな物をわざわざするつもりはない。 少しばかり手に馴染んだゲーム機が懐かしかった。


「母ちゃんとか、向うはどうなってるのかな?」


 見回りの任務が終わり、自室のベットで休んでいる時、俺はそんな事をふと思い出した。 今まで忘れていた訳じゃないけど、此方の生活が楽しく、任務は忙しかった。


「んあ!!」


 そんな考えがトリガーとなったのか分からないんだが、俺の体が光始めた。 目の前の景色が歪んで行く、嫌な予感がして近くにあった剣を握ると、歪んでいた景色が完全に固定された。 揺らめく景色が落ち着いた先は、俺の知っている景色だった。


 右手に剣を握ったまま、俺は自分の家の風呂場に戻って来ていた。 


「おいマジか!! 今更戻されるなんて、ストリー、たっけてえええええええ!!」


 そんな声を上げても誰も助けには・・・・・


ダダダダダダダダダダ   バンッ!!


「アンタ、今まで何処行ってたの!! 何か月も帰って来ないから警察にも届けを出したのよ!! 何処へ行ってたのかハッキリ言いなさい!!」


 首をカックンカックン揺らしてくる俺の母ちゃん星華せいかだ、歳の割にはかなり綺麗にしていたけど、今はそんな姿は見れていない。 ボサボサの髪で心配そうに眼に涙なんて浮かべている。 しかし本当の事を話した所で、母ちゃんは絶対信じないだろうけど。


「いや、あの・・・・・ちょっと歩いて日本一周の旅に行ってた。」


「そういう事は先に言って行けええええええええええええええ!!」


 母ちゃんの往復ビンタ、一発、二発と俺の頬を叩いて行く。 三発目、四発目、五発目、六発目、七発、八発、九発、そして十発。 ・・・・・多くね? 流石に十一発目は手を掴んで止めたのだが、まだ母ちゃんの怒りは収まらない。


「本当に、本当に心配してたんだからね。 今からご近所に挨拶に行くから、付いてきな!!」


「あーい。」


 懐かしい母ちゃんの声、俺はご近所に挨拶に連れて行かれ、警察や、学校にまで行かされた。 本当は退学扱いだったのだが、母ちゃんが頭を下げて何とか繋ぎ止めてくれた。 その学校はというと、完全にダブりが確定している。 俺は今如何すれば良いのか分からなかった、今更勉強しても付いて行けるのか? 勉強の事なんてもう完全に忘れているぞ。 それに向うの世界の事も気になる、ストリーは如何しているんだろう。 それを気にした所で、俺に向うの世界に渡る手段がなかった。


「いいアツシ、今日はもう寝なさい、それから明日は学校にちゃんと行くのよ!!」


「おお、分かったよ。」


 それに母ちゃんの事を思い出した俺は、あの世界に戻る事までも躊躇っている。 何方に行っても誰かが悲しむ、それが分かってしまったからだ。 戻りたい気持ちもあるけど、戻れない気持ちもある、本当に困っていた。


「兎に角今日は寝よう。 うん、また明日考えよう。」


 俺の家のベットはとても寝心地が良かった。 フワッとした布団に、部屋にはホコリすら落ちていない。 そのベットに埋まると、俺は一瞬で眠りに落ち、体から疲れが抜けていった。


 朝。 目を覚ますと戻っている、そんな期待もしていたけど、目の前には日本の家の天井が見えた。


「う~む、如何しようこれ?」


 部屋の中を見渡し、用意された学校の制服に着替える。 今日からまた学校に行かなければならない。 ダイニングスペースへと向かうと、テーブルの上にこれでもかと並べられた料理の数々。 母ちゃんが気合を入れて作ったのだろう、弁当も作ってあった。


「母ちゃんお早う。」


「お早うアツシ、さあご飯食べて学校へ行ってらっしゃいな。 友達も待ってるでしょ。」


 友達、友達・・・・・友達? 二年前、千円を借りて未だに返してくれていない隣のクラスの才神君の事じゃないよな、あれは絶対友達じゃない。 机の中にエロ本を入れてくれた山秋君は悪友ではあるが友達じゃあない。 偶々パンツが見えた時に殴り掛かって来た、三軒隣の美魅ちゃんの事でもない。 俺の事が好きだと言って、高校に上がった瞬間別の男に乗り換えた、朝木さんでもない。 もしかしたら、保健室の先生ってエロいよなって言ってた高栗君の事か?


 まあ誰だろうと、何か月も行ってないから行くのが気まずい。 ゆっくりご飯を食って、行かないでやろうかと思っていたが、余りにものんびり朝食を食べている姿を見て、母ちゃんの蹴りが炸裂した。


「早く行けえええええええ!!」


「おわあ!!」


 俺は家から追い出され、学校へと行くしかなかった。 昨日涙してたのが嘘みたいだ。 懐かしい道を通り、学校に向かう。 道には知り合いの顔もチラホラ見える。 俺の事をチラチラ見て、何かヒソヒソ話している。 クラスメイト”だった”人達だが、もうあの人達は先輩へとクラスチェンジされている。 頑張ってください先輩、俺は若い女の子達と一緒に頑張りますから!!


 はッ、こんな事考えてる事を知られたら、ストリーに酷い目に合わされる。 ・・・・・いや大丈夫、ストリーはこの世界には居ない。 俺はストリーの事を愛しているが、戻れないんだから仕方がないんだ。 だがそんな俺に、妙な視線を感じだした。 何となく辺りをキョロキョロ見回してみる。 特に変わった所は見当たらない。


「気のせいか?」


 いや、気のせいじゃない!! この感じは感じた事がある!! 俺はバッと首を動かした。 右!! 下!! 左!! 後!! ・・・・・上!! 屋根の上に一つの姿。 逆光で見えなかったが、太陽が雲に隠れ、その姿が見えて来る。 赤いマフラーに皮の胸当て、腰には剣を差した女の姿。


「ぎゃあああああストリイイイイイイイ!!」


「ぎゃあとはどういう意味だアツシ。 私が折角迎えに来てやったというのに、ちょっとばかり教育が必要の様だな。」


 此処からでも分かる、あれは怒っている顔だ。


「まて違うんだ、ただちょっとビックリしただけだって!! いや、それよりどうやって此処に来たんだ、こっちの世界にそんなに簡単に来れるものなのか?」


 簡単に帰れるなら俺は悩まなくても良いが、たぶんそんな上手い話しにはならないだろう。


「お前を迎えに来たと言っただろ、天使の奴等を締め上げたらお前の元へ送ってくれたぞ。 それじゃあ向うへ戻ろうじゃないか。」


「いや、それは、ちょっと、戻りたい事は戻りたいんだが・・・・・母ちゃんの事がな。 俺が行ったらこの世界に一人っきりにしてしまうんだ。 もう父ちゃんも居ないし、他に俺の兄妹も居ないからな。」


「・・・・・そうか、だったらちゃんと考えるんだ。 彼方に戻るか、それとも此処に残るのか。 何方を選ぼうとも私はお前の傍に居てやる、私はお前の妻なんだからな。 リミットまでは一ヶ月はある、じっくりと考えて答えを出すと良い。」






 一ヶ月、それが向うに帰れる時間か。 それまでに答えを出さないといけない、此処に残るのか、それとも向うに帰るのか。 今の所五分五分・・・・・いや、ストリーが残ってくれるというなら此方の世界の方が上だろうか。



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