一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

30 花の香が漂う女性 (国境の攻防編END)

 俺達の馬車は門を抜け、その場にピタリと停止した。 砦の門の内側にはランセさんが閉じ込められている、門の間から大量の触手を伸ばしながら助けを求めている。 ・・・・・と思う。


「タジュケテァアアアアアアアアア、タピュゲチャアアアアアアアアアア!!」


 先ほど攻撃され、負傷した触手の波の前、イバスは迷いなくそこに立ち、ランセへと言葉を告げた。


「ランセさん、僕の声が聞こえますか? 何度も考えてみたのですが、やっぱり連れて行く方法はみつかりませんでした。」


「イギャアアアアアアアアアアアアァァ、タチケチェアアアアアア、チャピュゲチャアアアアアアアア!!」


 ランセが門を壊す勢いで暴れている、人に戻りたいのだろうけど、たぶんその願いは叶わない。 少しぐらいはマシになるかもしれないが、今後は今ある姿を受け入れなければ生きて行く事は出来ないだろう。


「貴女を連れて行くとなると、此処に居る皆が危険に晒されてしまいます。 もし僕達が全滅してしまったら、貴女は独りぼっちになってしまう。」


 俺達は黙ってその話を聞き続ける、イバスなら何とかしてくれるんじゃないのかという勝手な思いを押し付けて。


「・・・・・だから、貴女自身の足で付いて来てください。 一週間でも、一か月でも待っていますから、だから必ず王国へ来てください。 ・・・・・必ずですよ。」


「イ゛ゲナ、タチ゛ュゲェアアアアアアアアア、イガニャギゲェアアアアアアアアアアア!!」


「大丈夫です、貴方は来れます。 絶対に、絶対にですから。」


 イバスは馬が休んでいる間、ランセと話しを続けている。 レーレも砦からロープで降ろされ、馬車へと合流した。 女達も状況を察してか、イバスの邪魔をしたりはしていないが、その顔は複雑な表情になっている。


 ランセが話を理解しているのかどうかも分からないが、イバスは他愛無い話を続けている。 心を落ち着かせる様に、やさしく、ゆっくりと。 一時間も経った頃、ランセの動きに変化が見られた、求める様に伸ばされたその触手がその動きを止めていた。


 そして彼女は一言一言丁寧に、出来る限りの声で言葉を発した。 頑張って俺達に伝える為に、イバスへと伝える為に。


「イ バ ズ ザ バ、 バ ダ ジ バ イ ギ バ ズ、 ア゛ダ ダ ギ ア゛ギ ダ ギ ガ ダ。」


 俺にも何となく分かった、イバスに会いに王国へと来ると言っている。 その答えを聞き、イバスの手が門の中へと伸ばされた。 ランセは躊躇いながらその手を握り、勇気を貰った彼女は、生きる為にその手を放した。


 このぐらい安定しているなら連れて行っても良いと思うんだが、俺達は馬車を進ませて彼女を置き去りにして行った。 明日の朝門が開く事になっている、たぶんランセは俺達を追って来るだろう。 馬車が進む中、俺はイバスへと理由を尋ねた。


「なあイバス、ランセさん、連れて行っても良かったんじゃないのか?」


「駄目だよ、まだ力のコントロールも出来ていないんだ、もしそれで誰か傷付けたら、今度は立ち直れないかもしれないよ。 それに完全に人に戻れる訳じゃないんだし、この道のりで力の扱い方を覚えなきゃいけないんだ。 この道のりは彼女が生きる為の試練だから。」


「そうか、それなら仕方ないのかな。」


 俺には見えた、彼女が無事に到着し、イバスの取り巻きが一人増える所が。 イバスは嫌がるかもしれないが、俺としては面白い事になりそうだ。


 このまま馬車は進み続ける、道中魔物の襲撃や、色々な事があったが、無事に王国へと戻って来た。 それから六日後。 彼女、ランセが王国の地へとやって来た。 たった一人でこの地へ到着する事が出来た。


 でも本当は一人じゃなかった、彼女の事は砦からブリガンテに、そこから王国の兵に伝えられ、更にジルリトラハトにより王国へと伝えられ、べノム他、何人かがランセの護衛として見守っていた。 その為に兵士に止められる事もなく、王国の門へと辿り着いたのだった。


 勿論べノム達にも打算はあっただろう、彼女が救われれば、ブリガンテが・・・・いや誰が何をしていたのかが判明するかもしれないからだ。


 そして、彼女が保護されて一週間後。 彼女の調整が終わり、その姿がお披露目された。 俺達七人は研究所へと招待され、扉が開いた先にその姿が見えた。


 大きな花びらが有った頭には、小さくバラの様な花が一輪咲いている。 髪の代わりに小さな触手が植え付けられ、その肌は植物の緑から大分薄らぎ、アイスグリーン(色の種類)へと変化している。 蛇腹の様だった腕もシュっと細く治されている。 下半身の触手は、腰の辺りに小さく垂らされ、パレオの様になっていた、勿論下にはスカートを履いている。


 前の姿よりはかなりマシになった、それでも人と比べればまるで違うものなんだが。 彼女としては大分気に入っている様だ。 あんな姿だったから当然だろう。


「イバスさん、戻ってまいりましたわー!! 私のイバスさん、もう何があっても離しません、さあ私の恋人になってくださいませー!!」


 ランセはそんな事を言って、イバスの体へと抱き付いた。 もう完全に言葉も話せる様になっている。 だが次の瞬間、辺りの空気が一変した。


 ガンッ ギリッ グシャッ


 同時にならされた三つの音、誰がやったのかは分かり切っている。 アスメライが自分の杖を打ち付けた音。 レーレが歯ぎしりをした音。 エリメスが見舞いとして持って来た果物を握り潰した音。


「どうやら教育が必要なようね!! メイドはメイドらしく、大人しくお茶でも入れてりゃいいのよ!! また入院させてあげるわ!!」


「イバス様に手を出すとはなんたる事でしょう!! 私のイバス様から手を放してくださいませんか!!」


「レーレちゃん、イバスさんとは私が結婚するんです!! 貴女も可哀想だから百歩譲って友人なら許してあげます!! さあ今直ぐ訂正しなさい!!」


 そしてランセは不敵に笑った。


「オホホホホホホ、私に敵うと思っているんですか!! あの醜かった時でさえ、イバスさんは優しく語りかけてくださいましたわ!! あなた達がそんな事をされた事があるのですか? 身の程をお知りになったらどうでしょうか!!」


「「「殺す!!」」」


 そして研究室の中で醜いバトルが展開された。 一人対三人の戦いは、時間と共に二対二の戦いへと代わり、四人が全員倒れた時には、もうイバスはとっくに逃げ出していた。  






 ランセフォーゼさんは身を隠す為に名前も変えた様だ、確かルシアナリヤという名に変えたらしい。 花の香が漂ったなら、彼女が近くに居るかもしれない。 恐ろしくも儚く、そして強力な彼女に掴まったら、イバスはきっと とんでもない目に会わされるだろう。 (性的に)




                 END



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