一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

19 元帥ガルガンス

 べノムと別れ、アツシはもう一人の男を探している。


「元帥か・・・・・探せって言われても何処に居るんだか。 う~ん訓練場でも探して見るか、軍人なら訓練はしているだろうし。」


 先ほどの騒ぎの所為で警備までも居なくなっている様だ。 一度魔法を掛け直し、城の中を歩き回る。


「訓練場、大きそうだし、一階か?」


 一回に行っては見たが、部屋の数も多く、通路側からでは部屋の中は確認出来ない。


「此処からじゃ見えないし、外に回ってみるか。」


 庭に回ると、窓からは部屋の中が見える。 一階には色々な部屋がある、確認出来たのは書庫、兵士の休息所、応接室の様な所。 それと・・・・・探していた訓練室だ。 その中には人の姿が一人。


 四十・・・・・五十はいってる男。 背に届くぐらいの金髪、その髪には白髪が目立ち・・・・・金髪の方が少ないかな? それに仙人の様なヒゲをして裸で剣を振っている。 その肉体は歳の割には物凄い肉体をしている。


 この男が元帥だと言うのなら話が早いんだが。 結構雰囲気があるし、元帥だとしても遜色ないと思う、でもそれを確かめる手段がない。


 俺が窓の外から見ていると、男が此方に向かって来る。


「何だ? 誰かいるのか?」


 此処で動いたら本当に不味い、足音でもさせた途端に斬り殺されそうだ。


「何だこれは? おかしな感覚だ、誰も居ないというのに人が居る感覚がある。 ううむ、闘気を残すとかそんな業なのか?」


 男は持っていた剣を伸ばし、俺の顔のそばに・・・・・


 ヤヴァイ、ヤヴァイ、ヤヴァイ!! あんな物刺されたら死ぬって。 逃げる事も出来ず立ち尽くす。


「む? 誰か居るのか? 出て来い!!」


 怒鳴る男の顔は部屋の入り口の方に向いている。


「い、いえ、元帥が使っておられるのに入るのは失礼かと思いまして・・・・・」


「その声はグレムか? いちいちそんな事を気にする必要はないぞ。 そんな事を気にしておったら訓練など出来ないだろうが。 良いから入って来い、これは命令だ。」


「は、はい、分かりました。」


 この男が元帥だと聞けたけど、今俺は動く事が出来ない。 此処で足音でも立てたら、絶対斬り殺される。 隙を窺わないと逃げ出す事もできない。


「よしグレム俺の相手をしろ。 王位戦の前にもう少し感覚を取り戻しておきたいのだ。 まさか断るとは言うまいな?」


「い、いえ、私ではとても元帥の相手には・・・・・」


「ほう、俺の頼みを断ると言うのか。 ならばもう貴様は要らん、荷物を纏めて家にでも帰るのだな。  お前の親のメロースもその方が喜ぶだろう。」


「・・・・・やらせてもらいます。」


 随分強引な男の様だ、上官の力を存分に使って部下を動かしている。 兎に角、戦いが始まったらこの場から逃げ出そう、チャンスはそこしかない。


 二人が訓練場の真ん中で戦いを始めようとしている。 グレムと言う男は剣を構えているが、元帥の方は、裸のまま剣をだらりと垂らし、相手の出方を凝視している。 あんな裸で剣を受けたら大怪我確実だ。 そんなに強いのかこの親父? ちょっと気になるから見て行こうか。


 まずはグレムが動く、上段からの一撃、半身になって躱される。 そこから右に薙ぎ払い、剣を弾かれ上空に上げられる。 殺す気の様な突きを放つ、だが鍔の部分に剣の先を当てられ、動かせなくなっている。


「もう一度だ、今のように手加減するなよ? もっと殺す気で来い。 そうでなければ訓練にならんからな。」


「そんな裸で・・・・・死んでも知りませんからね・・・・・」


「望むところよ、さあ来るが良い!!」  


 グレムが先ほどよりも鋭く速い突きを放つ、躱しずらい腹を狙い、完全に殺しにいってる。 だがガルガンス元帥はそれを剣の腹で受け止め、剣をずらしてそのまま相手の刃に滑らせる。 そして右腕の拳を顔面で止めた。


「よし、もう一度だ。」


「次は・・・・・やりますからッ!!」


 本当にヤル気のグレムは、極限に研ぎ澄まされた殺気を放つ。 しかし俺はもう満足している。 グレムが動き出した時、俺はその場を離れた。


 取り合えずべノムに報告に行くか・・・・・これ以上こんな所に居たくない。 案内した場所へ向かったが、その場にべノムの姿は見えない。 調べが終わって帰ったのか? 俺を置いて帰るなんて何てやつだ。 もう俺も帰るとするか。


 騒ぎがあった広場を抜けようとすると、そこにべノムの姿が見えた。 あんな所にいたのか、もうちょっとで帰る所だったぞ。


 俺は周りに気づかれない様に、べノムの肩を掴み、俺が居る事を知らせた。 だがべノムは自分の肩を見ると、驚きの声を上げた。


「なっ!! 何だ、何か居るぞ!! おい皆注意しろ、この辺りになにかいやがる。 まさか、魔物が居るのか!!」


 声がべノムのものと違う?! まさか此奴、本物の方か!! 直ぐに肩から手を放し、俺はその場から逃げ出した。


 だがその騒ぎの為か、城門は閉まり、そろそろ夜が訪れようとしている。 これはまさか、明日まで帰る事が出来ないのでは? 食い物も無いし、俺にどうしろって言うんだ!!


 待て待て待て、まず落ち着こう、こういう時は深呼吸でもして落ち着いた方が良い。


 スー、ハー・・・・・スー、ハー・・・・・如何しよう何も思いつかない。 こんな時べノムが居れば・・・・・そ、そうだ、べノムを探そう、彼奴が居れば見張り台からでも飛んで逃げれる。


 もしかしたら大臣の部屋の中に居るかもしれない、もう一度見に行ってみよう!!


「おい、何か足音が聞こえたぞ!! こっちだ、探せ!!」




二人の足音が聞こえる。 不味い不味い不味い!! 誰かこっちに来る。 壁に張り付いてやり過ごそう。


「何か居たか?」


「いや、居ない・・・・・もしかしたら音が反響していたのかもな? 俺は一応此処を探してみるが、お前は別の場所を探してくれ。」


「よし、じゃあ俺はあっちへ行く、何かあったら呼ぶんだぞ。」


 一人が別の場所に行き、もう一人が残っている。 しかし、さっきの兵士の声は聞き覚えがあった。 顔は違っているが、あの声はべノムだ。


「べノム!!」


「大きな声を出すなよ? また見つかったら不味いだろ? こんな騒ぎになっちゃあこれ以上は無理だ、まずは脱出するぞ。」


「おう。」


 べノムはその姿を闇の色のに変え、空を飛び上がる。 何人かにその姿を見られるが、闇に染まりその姿は見えないだろう。 そのまま宿に向かい報告をしに行った。



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