一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

26 僕は走り出した!

 南の遺跡、最初の分岐地点。
 此処からが本当の戦いになるかもしれないが、今はその方が嬉しい気がする。


「やっと来たわけだが、何というか、後ろの三人の気まずさが伝わって来るな。今まで全く話もしていないし、ちょっと空気が重いぜ」


「そう思うなら話しかけて来てくれよ。このままじゃ爆発する寸前みたいで気が気でないよ!」


「いや、俺に振られてもちょっと。お前の問題なんだから自分で何とかしたらどうだ?」


「アツシには全く関係ないけれど、友達として一応助けてくれても良いだろ。今度飯でも奢るからさ」


「飯程度で、あの中に突っ込むのは正直きついぞ。関わった瞬間不幸が訪れるのは目に見えているからな。やるなら一ヶ月ぐらいタダ飯を食わせて欲しいぞ」


「僕が給料まだ貰ってないの知ってるだろ。頼むよアツシ、何とか一週間ぐらいでお願いします!」


「しょうがねぇなぁ。じゃあそれで良いぜ。ちょっと待ってろ、少し話をしてきてやるよ」


 アツシが三人の元へと向かい、何か話をしている。
 此処からだと何の話をしているのか分からないが、レーレさんが此方へと向かって来た。


「あ、あの、イバス様……先日はお見苦しい姿を見せてしまって、本当に申し訳御座いません。あの……つ、次の機会には最後まで行ける様に頑張りますので……よ、宜しくお願いします!」


「いや、レーレさん、先日の件は僕もやり過ぎました。あの事は忘れて、無かった事にでもしません……よねぇ…………」


 その瞳はドンドンと曇って行く。
 だが、キッと顔を上げ僕を見つめると、直ぐに激しい言葉をぶつけた。


「そんな、私の事は遊びだったんですか! あんな事までされたのに、酷いです! 私もうお嫁に行けません。きっちり責任取ってくださいね!」


「レーレちゃん、待ちなさい。何を言い出すのかと聞いていれば、責任ですって? イバスさんとは私が結婚するのよ? レーレちゃんは手を引いてくれないかしら」


「何を言ってるのですか、私とはもう体の関係まであるのですよ! 手を引くのはエリメスさんの方なんじゃありませんか!」


「い、いや、体って言っても、尻尾の付け根をトントンしただけですよね。そんなに酷い事をしてないと思いますけど…………」


「ひ、酷いです。公衆の面前であんな恰好までさせられたのに、やっぱり女は泣き寝入りなんですね。でも……体だけであっても、私は……構いませんから…………」


 レーレさんの顔が赤らめている。


「いやいや、そういう事はしないですから。あの、今は兎に角調査をですね…………アスメライ、見てないで助けてよ!」


「なッ、イバス、私に助けを求めるんじゃないわよ! このぐらい自分で解決しなさい!」


「…………イバス様、何故アスメライさんだけ口調が違うのですか? まさかアスメライさんまで手を出されたのですか?! 何てことでしょう、まさか私の仲間全員に手を出していたとは…………」


「まさか……イバスさんでも妹に手を出すのは許せませんよ! 少しお仕置きが必要かもしれませんねッ」


「ち、違いますよ。そう呼んでくれと言うから、そうしただけで、他に深い意味何てないんですよ。ね、そうだよね!」


「…………さあ、如何かしら?」


「うおおおおおおおおおおおい、助けてくれよ!」


「う~む、やっぱりこれは女に刺されるパターンだな。手を出しまくった結果、刺されて死ぬパターンだ。残念だよイバス、あんまり長く友達をやれそうにない。やっぱりアニメみたいには上手く行かないよな。いっそ誰かと付き合って……いや冗談だから……全員で剣を抜くのは止めてくれないか、マジで!」


 これは不味いぞ。
 女性達の仲も段々と悪くなっている。
 このままじゃ本当に殺されかねないし、もういっそ敵でも出てきて欲しい。
 そうなった方が気が楽だ。
 こ、こうなったら…………


「あッ、あそこに敵が居たぞ! ほら皆、追い駆けないと。僕は先に行ってるよ。ま、待てー…………」


 余りの空気に耐えられなくなった僕は、目的の通路へと走り出した。
 耳の良いレーレさんには、敵が居ない事はバレていそうだけど、もう何か結構ギリギリだった。
 どうかお願いします神様、お願いだから僕の前に敵を出してください!


「…………ッ居た! やったぞアツシ、敵が居たぞ! 神様ありがとう、今日だけはお金を寄付してもいい気分です。アツシ、戦闘開始だ。目の前の彼奴を倒そうよ!」


「お前……いや、まあ良いか。今日は五人も居るし、苦戦はしないだろうな。速攻で倒してやろうぜ」


「いや、何とかギリギリまで頑張って貰いたい。戦ってる間は余計な事考えなくてすむし!」


「何言ってんのお前…………」


 敵はまだ此方に気付いていない。
 しかし、そう簡単に相手に負けて貰っては困るんだ。
 少し観察してみると、土竜の様に地面から体を出している。
 いや、完全に土竜なんだけど、それを大きくして、百倍位迫力を出した感じだろうか。
 土を掻く爪も大きく、凶暴な爪をしている。


「いよし、まだ気づかれてないな。穴から出て来る気配もないし、今の内に倒しちまおうぜ。行くぞイバス!」


 まだ三人も来ていないのに、直ぐに倒される訳には行かない。


「おっと、足が滑った! 悪いアツシ、わざとじゃないんだ。悪いのはこの状態なんだ。こんな気持ちじゃ如何にもならないんだ。分かってくれよアツシ!」


 とち狂った僕は、アツシに足払いをして、その攻撃を止めた。


「おい、そこまでするのかよ! もう諦めて犠牲になってろよ!」


「あんた達何やってんの、もう戦いは始まってるのよ。こんな時に遊んでるんなら、もう王国に帰りなさいよ!」


 見ると、もう女性二人が前線に立ち、土竜との戦闘を始めている。


「悪い、アスメライ、僕は少し混乱していたみたいだ。これからは真面目に戦うよ。さあ行くぞアツシ、戦いを始めるぞ!」


「まっ、そうだよな。じゃあ……おっと、足が滑ったああああああ!」


 アツシは僕に足払いをした。


「ッ痛った~!」


「さっきのお返しだ。これでチャラだぜ。さあ立て、戦いの始まりだ!」


 クッ、仕方ないな……僕が先に仕掛けたんだし、今回は我慢しておこう。






 僕達は、三人の居る戦場へと足を進ませ、戦いを開始した。



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