一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

16 王道を行く者達52

 リーゼ達の生まれた村、ベトムの村。
 のどかな時が過ぎるこの村は、花の香でいっぱいだった。
 不思議と魔物が襲って来たなどの話も、リーゼには覚えがない。


「へ~、此処がリーゼちゃんが生まれた村か、結構のどかな場所だよね。大きな壁も無いし、どうやって魔物を防いでるんだろう?」


「さあ? あんまり気にした事なかったわ。もしかしたら凄く強い人がいるのかもね。それより、ガジールさん達は大丈夫ですか? 慣れないと足も辛いでしょう、家に付いたら見てあげますね」


「ふぅ、ふぅ、いえ、大丈夫です。私もそれなりに鍛えていますからね。これぐらいの事は慣れています。息子の方も、まあ平気でしょう。多少辛くても良い薬になるでしょうから」


「ひ、酷いよ父さん。もう足がガクガクして辛いんだ、早く休みたいよ」


「何を言っている、お前の所為でこうなったんだからな。反省しないなら村の外へ放り出すからな!」


「もう外は嫌だよ! あんな化け物たちがうようよしているし、僕なんてすぐ死んじゃうよ! 謝るから家に連れて行ってよ」


「それで家は何処なんだい? 早く教えてくれないかい?」 


「ああ、こっちだ、付いて来てくれ」


 村の人々は、此方を見ているが、誰も近寄っては来なかった。
 武装した集団と関わりたくないのだろう。 


 リーゼは自分の家に到着し、少しだけ懐かしさを覚えた。
 何十日も空けていたのでホコリが積もり、酷い状態になっている。
 結構広い家だが、この人数なら早く終わる事が出来そうだ。


「ちょっと掃除しなきゃねぇ。皆、手伝ってちょうだい」


 手分けして家の中を掃除している。
 リーゼは、床に染み付いた血の痕を眺め、あの事を思い出す。
 親を殺したあの魔族、風の力を使っていた。
 魔法を使う様になって、今だからこそ分かったのだ、あの魔族の力が相当なものだったと。
 何とか攻略する手段を見つけなければならないが、今は掃除に専念する事にした。


「この血、落とさなきゃね…………」


 床には血の痕が残されている。
 それは幸福だった日が終わった時に残されていたものだ。
 もう何度擦っても完全には落ちず、最終的にはカンナで削り、色を塗る事で補修を完了した。


「さてと、他の人達はっと…………」


 ハガンの部屋、ベットに顔を埋め、腰をクネクネさせている。


「何やってるんですかリサさん、掃除しないなら出て行ってくれませんか?」


「いや違うんだよ。掃除してたらちょっとだけ気になって、それ以上は何もしてないよ」


「いかがわしい事をするのなら他所でやって。リサさんは、外で草でもむしって来てください!」


「うう、分かったよ。もう、仕方ないねぇ」


 リサが家の外に出て行き、リーゼは自分の部屋を見に行くと、クローゼットを開けるか迷っている変態が居た。


「ラフィール、私の服に何する積もり? 貴方がそんな変態だとは思わなかったわ」


「いや違うんだ! これには訳があって、もしかしたら中まで埃が入ってるんじゃないかと思って…………いや、あの、ごめんなさい」


「もう良いから出て行きなさい。別の所を掃除して来て!」


「はい…………」


 大人しく出て行くラフィールを見送り、リーゼは自分の部屋を掃除した。
 懐かしい服、気に入っていた下着、だがそんなものはもう使う必要うはない物だ。 
 このまま旅を続けていれば、直ぐに着れなくなる。
 そしてあの二人を住まわせるのならば、これは全て処分しなければならない。
 先ほどの様に何をされるか分からないからだ。


「はあ、私のチームって変態しかいないのかしら。まともな人って私とハガンぐらいよね。まったく困ったもんだわ。きっとマッドさんも…………ちょっと気になるわね、見に行ってみましょうか」


 リーゼはマッドを探すと、マッドは機敏に走り回り、天井から床までピカピカに磨き上げていた。 随分と熱心に掃除をしている。
 よほど掃除をする事が好きなのだろう。


「あ、リーゼさん、結構綺麗になりましたよ! 私の掃除術に掛かれば、小さな埃も逃しません! 教会の掃除夫と呼ばれた私の実力を、存分にご覧ください!」


 訳の分からないポーズを決めて、更に機敏に動き出した。
 もしかしたら、マッドは教会に掃除係として雇われていたのかもしれない。


「さあ綺麗にしてあげますよ! うっひょおおおおおおおおお!」


 此処はマッドに任せても良いだろう。
 そして二時間もすると家の中はピカピカになり、まるで新築の様な雰囲気になっている。
 マッドが相当頑張ってくれた様だ。


「ふう、じゃあ今日は此処に泊まって行きましょうか。何か買って来るから、皆は此処で待っていてね」


「リーゼちゃん、俺も付いて行くよ。男手が有った方が楽だろう?」


「ああうん、そうね、家に居るとまた何かしそうだものね。じゃあ一緒に来て、それと私に変な事しないでよね」


「ほ、本当にさっきのは一瞬魔が差しただけなんだ。信じてくれよ」


 泣きそうな顔をしているラフィール。
 少しだけ可哀想になり、リーゼはそれを許した。


「もう良いわよ、もう二度としないでよ。もしやったら、その時はお別れの時だからね」


「ああ、絶対しない、もう二度とするもんか!」


 パッと明るい表情に変わり、その顔はそこそこ良い男なんだろう。
 だが今のリーゼにはそれが見えていない。
 それはこの村に来る事で、更に強固に固まった、リーゼの心の所為だろう。


「ほらあそこよ、あの店で何時も買い物をしていたの。あの店のおばさんが何時もサービスしてくれてね、今も元気にしてるかしら。ちょっと先に行って来るわね。ラフィールはゆっくり来ればいいわよ」


 リーゼはその店に走り出した。
 そしてその店で挨拶をしている。
 随分と楽しそうに話し込んで、それは旅では見せた事が無い表情だった。


「久しぶりね、ミレおばさん。元気にしていたかしら。今日のお勧めはなあに?」


「…………まさか、あんたリーゼちゃんかい? 今まで如何していたんだい、みんな心配していたんだよ。家の息子なんて、リーゼちゃんが居なくなってから物凄く落ち込んじゃって、もう大変だったんだから」


「へ~、モブリがねぇ。昔告白されたけど、まだ好きでいてくれたのかしら」


「ちょ、ちょっと待ってくれ、まさかその人と付き合ってたんじゃないだろうね! その人に会いに此処へ来たのかい!」


 ラフィールが慌てている。
 リーゼに付き合ってる人がいたのが、余程ショックだったのだろう。


「違うわよ、モブリとは付き合ってないわ。告白された時に断ったもの」


「と、とはって、他に付き合ってた人でも居るのかい…………」


「そうよ、アイウスったら元気にしているのかしら。買い物が終わったら見に行ってみようかしらね」


「…………まさか、まだその人の事を好きなのかい?」


「さあ、どうかしら? あれから随分経ったし、向うはもう忘れているのかもね」






 そう言ったリーゼの顔は、夕焼けで頬を染めている様に見えた。



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