一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

14 餌を待つ者

 食事を終え、少し休憩を取った僕達は、そろそろ追跡に入ろうと思っていた。
 しかしエリメスの体調を考えたら、町へ戻した方が良いだろう。
 そのエリメスを心配して、アスメライが声を掛けている。


「お姉ちゃん、体は大丈夫? 何かあったらたら直ぐに言ってよね」


「ええ、もう大丈夫よ。それよりあの虎を倒しに行きましょう」


 エリメスさんは、まだ完全に回復してないだろう。
 本当はこのまま諦めた方が良いのだけど、万が一あの虎が生き残ったらまた人を襲い出す。
 今なら僕達でも倒せるし、兵士として逃がしたくはない。 


 …………それに、戻ってもまた同じ任務をやれって言われそうだし、あの虎の怪我が治ってたら次勝つのは僕達じゃキツイ。
 倒せるときに倒しておきたい。


「エリメスさん達は町へもどってください。後は僕達だけでやりますから。アツシ、エリメスさんに剣を渡しても構わないだろ?」


「ああ良いぜ。かなり助かったし、これでやらないなんて言ったら、俺が悪者になるからな」


「いいえイバスさん、私は最後まで付き合います! 付き合って、突き合って、死ぬまで一緒に生活するんです!」


「お姉ちゃん、今日は流石に帰った方が良いわよ。まだフラフラじゃないの。このままじゃ戦いの邪魔になるわよ?」


「大丈夫よ、このぐらい気合で何とかなるわ! 私、イバスさんと離れる方が辛いもの!」


 エリメスさんが拳を握り、ビシッとポーズを決めている。


 ああ、この人結構元気だなぁ。
 キメラ化してるからだろうか?
 帰り際に二人が襲われる事だってあり得るし、どっちにしろリスクはあるか。
 それに、どうせ言っても聞いてくれないだろう。


「分かりました。このまま四人で行きましょう。その代わり絶対前には出ないでくださいね」


「はいイバスさん、ありがとうございます!」


 笑顔を浮かべるエリメスさんと、それとは対照的に、妹の方は汚物でも見る様な目で僕を見て来る。
 この状態で戦いに出す事が許せないのだろう。
 まあそれでも、この指示に従うのは、姉の方が絶対に言う事を聞かないからだけど。


「それならそれで良いけど、行くんなら早くした方が良いんじゃないのか? 何処行ったか分からなくなるぜ?」


「そうだな、じゃあ追跡を開始しようか」


 僕達は虎を追跡する為に、血のあとを追って行く。
 それは洞窟のある岩場を抜け、近くにある森の中へと続いている。
 森の中はあんまり入りたくない場所だ。
 こういう所にはキメラが集まりやすい。
 この辺りの見回りもされていると思うが、それでも遭遇率は高いだろう。


 …………やっぱり帰ろうなんて言ったら怒るだろうか?


「さあ行くぜ、この鼻の恨みを晴らしてやる!!」


 アツシの鼻はとっくに治され、傷の痕すらないのだけど。


「アツシ、森の中は危険だ、注意して進むんだ。また上から襲われるかもしれないぞ!」


「分かってるって。でもあの足じゃ高い所なんて登れないだろ。上を気にするより早く行った方が早いって」


 アツシはどんどん進んで行く。
 他に敵が居るとは考えていない様だ。
 直ぐに止めた方が良いが、他に敵が居ると聞いたら、きっと逃げ腰になる。
 これ以上戦力が減ったらキツイだろう。


「待てアツシ、エリメスさんに負担が掛かる。速度を二人に合わせてくれ」


「ああそうだった。そういう感じがしないから忘れていたぜ。まっ、仕方ないな、ゆっくり行くとするか」


 狙い通りアツシは速度を緩めてくれた。
 他に敵が出たら流石に気付かれる。
 このまま敵が出ないで欲しいな。


 それから僕達は、血の痕を追い続け、体を丸めて眠りに付く虎を発見した。
 まだ距離はある。
 相手には気づかれていない。


「…………居たぞ。此処から先制攻撃を仕掛けてやろうか。エリメスさん、弓を使えますか?」


「はいイバスさん、私なら大丈夫です。それで何処を狙いましょうか?」


 一撃で仕留められるならそれが最善だが、外れる事も考えると、出来るだけ大きな場所を狙いたい。
 もう一度太腿を狙い、足を完全に殺してしまうか。
 うん、それで行こう。


「太腿を狙い、足を完全に潰してしまいましょう。命中したら続けて射ってください。」


「分かりました、任せてください」


 エリメスさんは弓を引き絞り、狙いを定めてその一矢を放った。
 その矢は虎の太腿に吸い込まれる様に突き刺さる。


「良し、命中したぜ!」


「もう一回行きます!」


 一つ、二つと矢が突き刺さって行く。
 だが虎は一向に反応しない。
 完全に動きが止まっている。


「もう死んでるんじゃねぇの? 一度見に行ってみようぜ」


「念の為、もう二発撃ちこんで動かなかったら、僕が見に行きます。エリメスさんお願いします」


「はい!」


 その二発を撃ち込んでも虎は動かなかった。
 やはり死んでいるのだろうか?


「確認しに行ってきます。此処で待っていてください」


「俺も行くぜ。あいつが生きていたら一人じゃ危ないだろ。もし生きてたら俺が止めを刺してやるさ!」


「分かった。二人で行こう。エリメスさん達は、攻撃の準備をしておいてください。少しでも動いたなら攻撃をお願いします」


 二人が頷き、僕は一応周りを見回す。
 良かった、他に敵の姿は見えない。


「行くぞアツシ、気を抜くなよ」


「おう!」


 剣を構えながら、少しずつ近づいて行く。
 やはり虎が動く気配はない。
 その目の前まで到着すると、その虎が眠る様に死んでいるのが分かった。


「どうやら終わったみたいだな。じゃあもう帰ろうぜ。帰って風呂にでも入りたいぜ」


 僕は虎の傷を見ていた。
 脚に刻まれた二本の大きな傷、それに先ほどの矢が数本。
 何度か攻撃した剣の傷。
 だが一つだけ違う傷があった。
 それは地面の下から攻撃された様な、腹の傷だった。
 この傷は新しい傷だが、あの状態で僕達がそこに傷を付ける事は出来ない。


「アツシ、構えを解くなよ。まだ何か居るかもしれないぞ!」


「う、何か居るのか?」


 アツシはキョロキョロと辺りを見回す。
 右、左、背後、上までも。


「…………居ないぞ、気のせいじゃないのか?」


「いいから! このまま警戒しながら戻るぞ!」


 敵の気配は無いみたいだが、一歩ずつ後退して行く。
 何処にもそれらしい物も見つからない。
 だが虎を攻撃した何者かは、確実に何処かに居る。


 そして次の一歩を踏み出した時、大きく地面が揺り動いた。
 地面から伸びた巨大な蟹の爪は、僕の鎧を締め上げる。
 鎧は頑丈で潰れなかったが、それも時間の問題だろう。
 抜け出さなければ死ぬが、鎧は完全に挟み込まれ、僕は動くことが出来なかった。


「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! イバスを離しやがれ!」


 アツシの剣は鋏みの下部を切り落とすと、僕の体は地面へと落下した。
 受け身も取れずかなり痛かったが、今は気にしている場合じゃない。
 直ぐに起き上がり、走り出した!


「逃げるぞアツシ、あんなものと戦う必要は無い!」


「知ってるよ、俺死にたくねぇから!」






 鋏みが斬られ、得物を逃がしたそれは、地面の底から体を持ち上げた。
 そこに居たのは赤くゆで上がった様な蟹が現れる。
 その蟹は僕達を標的にして動き出したのだった。



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