一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

17 何度目の戦いですかこれ

 ストリーは手に持った一本の剣を見ている。


「ふむ、この剣は良さそうだ」


 ストリーは直ぐにグラビトンの体に剣を振るい、切れ味を試している。
 傷付けられない武器で戦っても勝ち目は無いとは言え、暴走してる仲間に躊躇ためらいもなく剣を振るう姿は、ちょっと恐怖を覚える。
 アツシも何故だかそれを見てブルブルと震えだしていた。


「お前達は試さないのか? 変な武器で戦われても迷惑だぞ」


「も、もちろん試しますよ。ほらアツシ、貴方もやりなさい」


「お、おう!」


 今の内にダメージを与えておけば、戦いが有利になったりしないでしょうか?
 多少抵抗はありますが、やった方がいいですよね。


「よ、よし、じゃあ俺はこの剣にするぜ! なんか格好良いし、切れ味も中々良いぜ」


 アツシが選んだのは両刃の剣。 今持っている剣よりも二十センチ位長い。
 両手で扱うタイプの剣だろう。
 何時も持っている剣とは重さも長さも違う。
 アツシにあの剣を扱う技術はない。


「アツシ、その剣は無理だ。この剣にしておけ」


 そう言いストリーはアツシに剣を渡した。
 その剣は何の装飾も無く、長さもアツシが持っている剣と同じだった。
 たぶんアツシにはその剣があってると思うのですが。
 あの反応だと断りそうですね。


「やだよ、そんな地味な剣。俺こっちの方が良い。この剣で戦う事にするよ」


「じゃあそうすればいいさ。この一本は残しておくから、使いたくなったら使うと良い」


「大丈夫だって。剣の訓練は何度もしてるんだ。このぐらいの剣なら俺でも使えるさ」


 アツシは分かっていない様ですね。
 長さや重さが体にどれだけ負担を掛けるかということを。
 その少しだと思っている長さと重さが、剣を振った時には倍々になって、手首や腕の負担になる。 まあストリーが止めないのなら、俺が止める必要は無いですかね?


「さてと……準備出来ましたよ」


 俺が選んだのは、真っ直ぐな棒の先に刃が付いたシンプルな槍。
 自身の手の槍では殆どダメージを与えられない為、武器を使う事にした。
 周りには薬を使う為の槍も、何本か置いてある。
 後はラグリウスが解除薬を打つだけです。


「それでは、解除薬を投入します。皆さん頑張ってくださいね!」


 ラグリウスが、手に持った薬を投入すると、グラビトンの体に変化が現れた。
 どうやら今回は間違った薬を打ち込む事はなかったらしい。
 鎖で繋がれたグラビトンが、体を無理やり動かそうともがいている。
 このまま動かないと楽なんだけど、たぶん無理でしょう。
 あの鎖では全く安心出来ません。


 暫くすると、その鉄の鎖から煙が上がり出す。
 熱を持った鎖が赤く変化し、そして!


 バッギャアアアアアアアアアン!


 鎖がバラバラに弾け跳び、巨体のグラビトンが更に大きく膨れ上がった。
 全身の肉が膨れ上がっている様だ。


 寝台から起き上がると、俺を見つけ、雄叫びを上げて襲い掛かって来る


「グウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 確かに何度も戦いましたけど、別に戦いたくて戦った訳じゃありませんし!
 命令だったから仕方なかったんですよ!
 あまり俺を敵認定するのは止めて欲しいんですけど!


「うをっと!」


 グラビトンの大振りの拳が俺を狙っている。
 大剣を持っていないとはいえ、あんな岩の様な拳が当たればただではすみません。
 もし頭でも掴まれれば、そのまま握り潰されそうだ。 


 …………なんか剣より厄介だと思うのは、俺の気のせいでしょうか?


「よしアツシ、此方も行くぞ!」


「よっしゃーッ!」


 アツシ達が、グラビトンの背後から攻撃を仕掛ける。
 自分の選んだ剣を、思い切って振りかぶり、そのまま背後から太腿の辺りを狙っている。


 ギャイイイイイイイイイイイン


 装甲に傷は付いたが、ダメージとしてはないに等しい。
 そしてアツシの方は…………


「手、手が痺れたッ!」


 全身の力を込めて振ったのだろう。
 硬い物同士ががぶつかれば、その衝撃は自分にも跳ね返って来る。
 ぶつけるのではなく、斬る事を意識した方が良いが、戦闘に慣れていないアツシは、力を入れすぎている気がしますね。


 ストリーの方は、グラビトンの背中を駆け上がり、頭上から剣を打ち付けている。
 ダメージの感覚が分からない。
 それを完全に無視して、俺を追って来ている。
 こんなのにモテてもちっとも嬉しくないですけどね!


 右のフック、左のアッパー。
 それを躱して槍の一撃を放つ。
 バキィッと少し装甲が割れるが、大したダメージにはなっていない。
 大振りだからこそ避けれているが、いきなりパターンを変えられたりしたら、ちょっと怖いですね。
 でもまあ、大男の対処法なら昔から…………


「足元と決まっています!」


 大きな掌が振り下ろされる。
 だが俺はしゃがんでそれを躱し、股の間から後ろに回りこみ、膝の裏側に槍の先がめり込ませた。


 初めて真面な攻撃が通った気がするが、その槍は引き抜けなくなってしまう。
 思いっきり引っ張ってもビクともしない。
 俺はその槍を諦め、置いてある薬入りの槍を取りに走る。


「アツシ! フォローするぞ!」


「任せとけ!」


 アツシが持っている剣は、ストリーが渡した剣に変わっていた。
 最初の一撃で懲りたのでしょうね。
 二人はグラビトンの前に立ち塞がり、アツシは下から、ストリーは上からの攻撃を仕掛けている。
 だが、虫でも払う様に手を振って牽制されると、二人には目もくれず俺の元へ走り寄る。


「バール! そっちに行ったぞ、気を付けろよ!」


「分かっていますって!」


 俺は置いてある槍に手を伸ばしたが、そのタイミングでグラビトンの鉄の拳が迫って来る!
 このタイミングだと直撃するッ!


「ぐああッ!」


 とっさに腕でガードしたが、右腕は折れている気がする。
 だがその程度で済んだのは、ストリーが刺さった槍の柄を剣で叩きこみ、グラビトンの体制が崩れた為だった。
 俺は直ぐに左手で槍を掴むと、首元へと槍を突き刺した。


 槍の薬が体内に注入されて行く。
 直ぐ槍から手を放し、新しい槍に手を伸ばす。
 グラビトンが立ち上がる頃には、俺は物凄く離れた位置に逃げていた。
 このまま薬が効くまで逃げ回ろう。


「バールさん! 耐性が付いているので、もう一本ぐらい使わないと効きませんよ!」


 ラグリウスの叫び声が聞こえる。


 もう一本か…………
 俺は覚悟を決め振り返ると、迫り来る巨大な掌に槍の先を合わせた。
 タイミングを合わせ、槍の一撃が突き刺さる。
 槍は一瞬で使い物にならなくなってしまったが、薬は少しぐらい入ったと思う。
 まだグラビトンは倒れない。
 少しふら付き始めているが、その意識はまだはっきりしている様だった。


「二発目でも効かないのですか!」


 残りの槍はまだあるが、此処からだとかなり遠い。


「止めは貰ったああああああああ!」


 アツシがグラビトンに走り寄る。
 その手には剣ではなく、置いてあったもう一本の槍を持っている。
 膝裏の槍の傷を狙い、刃先が傷へと吸い込まれた。


「よっしゃー! これで俺の手柄だぜ!」


「薬を注入するまで油断するなアツシ! まだグラビトンの意識は途切れていないぞ!」


 グラビトンは体を捻り、その裏拳がアツシの体を捕らえた。


「ぐぎゃッ」


「アツシ!」


 アツシは吹き飛ばされ、ピクピクと体を痙攣させている。
 ストリーとラグリウスが駆け寄り、死にかけているアツシに魔法を掛けた。


 アツシの事は気になるが、グラビトンから目を放す訳には行かない!
 体を捻って目線が反れた一瞬、俺はグラビトンの横へと回り込む。
 グラビトンが体を直した時には、俺はアツシが刺した槍に手を触れていた。


「これで終わりです!」






 槍の薬が流し込まれると、グラビトンの動きが止まった。



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