一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

16 王道を行く者達48

 どれ程の時間が経ったのか、泣き崩れたライラが立ち上がった。


「駄目ね。演技とは言え、今日あんな事を言ったばかりなのに、自分は全く忘れられないんだから」


 ライラは亡くなった恋人の事を思い出しているらしい。
 リーゼにも忘れられない人は居た。
 忘れられないからこそ今此処に立って居るのだった。
 彼女の気持ちの、ほんの一欠ひとかけらぐらいなら分かっている。


「ライルさんは良いんです。あの人はちょっと病んでしまったから。朝のあれはショック療法と言うやつですよ。えっと……ライラさんは、その人の事を忘れたくないんでしょ? なら無理に忘れる事はないですよ。忘れないことは悪い事じゃないし、こんな世界じゃ何時死ぬか分からないんですから。後悔しない様に生きれる方法を選べば良いんですよ」


「…………慰めてくれるのね。ありがとう。私もしっかりしなくっちゃね。 …………ふう、泣いたらスッキリしちゃった。うん、私はもう行くわね。また劇の練習があるし、もしまたこの町に寄る事が有ったら見に来てよね。じゃあ、またね」


 去って行くライラの顔は、スッキリと晴れ渡っていた。
 何も知らず永久に待ち続けるより、相手の死が分かったからか。
 それとも、これもまた彼女の演技なのかもしれないが…………


「…………私も部屋に帰ろう」


 リーゼは宿の部屋に戻ると、部屋の前にはラフィールが待っていた。
 彼があのペンダントを持って来たのだ。
 事の顛末くらい話してやってもいいだろう。


「どうなったんだい?」


「そうね、無事に渡せたわよ。でも、一人不幸な女の人が増えただけなのよね。彼はもうこの世には戻らないから。知ってるか知らないか、ただそれだけの話なんだけどね。彼女はこのまま知らずに忘れて行った方がよかったのかしら?」


「どうかなぁ、俺が彼の立場だったらペンダントを渡して欲しいって思うけど…………彼女の立場だったら分からないな。彼女がもし知らなかったなら、ただ裏切られた、とか思っただけかもしれないし、そのままずっと待ち続けるのかもしれない。渡したら渡したで、彼の死を引きずって生きるのかもしれないし、どうなるかなんて、彼女にしか分からないさ。まあでも、死んだ彼は喜んでるんじゃないかな」


「そうね、そういう事にしときましょう。じゃあ私は旅の疲れでも取る事にするわ。また明日ねラフィール」


「あ、リーゼちゃん、あの、せっかくの何も無い日なんだし、少しデートでもしないかい?」


「デートねぇ。私は貴方とそういう関係になる気はないんだけど。まだそんな気になれる余裕なんてないもの」


「まだ、ね。じゃあ旅に区切りが付いたなら、その時にまた考えてくれよ。よし、俺も部屋に戻る事にするよ。じゃあまた明日」


 ラフィールは部屋へ戻って行った。


「はぁ……寝よっと」


 次の日、出発の時刻。
 それぞれは休息を取り、体調は万全にしてある。
 此処からブリガンテに向かうには、馬車の旅になるのだが、ブリガンテに行く定期便に乗る事になった。


 それに乗るのはガジールとライルだけだ。
 他は積荷と人の護衛として同行する。
 馬車の中には他に三人と、護衛は他に四人。
 自己紹介とかそんなものはない。
 戦士や兵士は、簡単に他人を信用しないし、名前を知り気を許せば、分かれが辛くなる。
 旅の行きずり、ただそれだけの関係なのだ。


「出発するぞ!」


 出発の合図が掛かり、馬車が走り出した。


「よし、俺達も行くぞ。馬車に置いて行かれたら、俺達を待ってはくれないからな」


「ええ、行きましょうか」


 護衛は元々四人。
 リーゼ達は頼み込んでついて行くだけだった。
 あまり遅れる様なら、馬車はリーゼ達を置いて行ってしまうだろう。


「リーゼさん、これだけ人数が居たら、魔物との戦いも楽になりそうですね。あ、ほら、あの四人が戦う様ですよ」


 敵は一体。
 狐の様な魔物だが、その四肢だけが異様に膨れ上がり、その腕一本でも体よりも大きかった。
 この魔物は物凄くアンバランスな体型で、妙な特技でも持っているのかもしれない。
 これはあの四人の実力を見る良い機会だろう。
 リーゼ達は周りを警戒しつつ、戦いを見守る事にした。


 一人目は銀髪の女、長い剣を使っている。
 自分と同じ長さの剣を振り回していた。


 二人目は髪をオールバックにしたヒゲの男。
 ハルバードと呼ばれる槍と斧を足した様な武器を持っている。


 三人目は頭の禿げた男。
 杖を持っている所を見ると、何か魔法を使うのかもしれない。


 四人目は黒髪の男。
 盾と、そして盾を持つ両手盾使い。
 物凄く珍しいが、何処から攻撃が来るか分からない魔物と戦うには良いのかもしれない。


「リーゼ、動くぞ」


 まずは両手に盾を持つ男が突っ込む。
 敵の攻撃を一手に引き受ける気なのだろう。
 狐の大振りな攻撃が、その盾に当たる。


 かなりの衝撃の様だが、男はしっかりと踏ん張り、相手の攻撃に耐えている。
 狐は男を無視して別の者へと攻撃を仕掛ける様とするが、その意図を察知し、盾の男が直ぐに回り込み攻撃を防いでいる。


 ハルバードを持った男と、長剣の男がそれぞれ別の方向から攻撃を仕掛け、禿げた男は盾の男の後ろへと常に回り込んでいる。
 相当連携を練習しているのだろう。
 その動きには迷いがない。


 戦いは直ぐに終わった。
 四人の護衛達は傷一つ負う事はなかった。


「これは、私達の出番は無いかもしれないわね」


 リーゼの言葉にリサが答える。


「楽出来て良いじゃないか。たまにはこんな旅があっても良いわね」


「魔族と戦うんだから、戦いの経験は多い方が良いわよ。サタニアも何時来るか分からないんだからね」


「確かに戦いの経験は必要だが、強い奴の戦いを見るのも訓練になるんだぞ。今の内に見れるだけ見とこうじゃないか」


「分かったわよ。じゃあそうさせてもらうわ。でもまさか、ハガンまで休みたいだけなんじゃないわよね?」


「まあ、な。わざわざ死ねる戦いに身を置きたいなんて思わないからな」


「怠け者だわね! もう良いわよ、今回だけだからね!」


「リーゼちゃん、馬車に置いて行かれるぜ。急いで追いつこう!」


「おっと、急がなきゃね。皆行くわよ!」






 馬車はブリガンテの国境を目指している。
 このまま全員が無事にたどり着ければいいのだが、それは魔物の機嫌次第だ。



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