一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

6 待ち合わせの時間

 グラビトンが強いとかそういう問題じゃない。
 まずはこの男から槍を貰わないと、ちっとも先に進めません。
 俺はラグリウスに一応聞いてみる事にした。


「本当にそれは本物の薬が入った槍なんでしょうね? もう間違えていないですよね?」


「はい、もちろん大丈夫で……大丈夫ですよ? 大丈夫なはずですよね……たぶん合ってます」


 たぶんって!
 そんなものを持って戦いには行けないですって。
 大丈夫じゃないのは貴方の方じゃないですか?
 誰か他の人を呼ばないと……この人に任せたら永久に終わらない気がしますね。


「すいませんけど、誰か他の人を呼んでください。たぶん貴方はこういうのには向いていないんですよ。研究してるだけなら優秀なんですから、他に任せてみたらどうですか?」


「確かに私は人との付き合いは苦手です。だからと言って、それを放置して逃げる事は出来ないんです! 此処の皆さんも、私が所長で良かったと言ってくれています。だから私は責任を持ってこれからも続けて行きたいと思います!」


 なんて迷惑な。
 俺が言ってるのは人付き合いとかそういう事じゃなくて、もう少し安心して任せられる人をですねぇ…………


「えっと、まあ兎に角呼んでください。話したい人は、名前は知りませんが、此処の研究をしている女性だったと思います。たぶんメガネでも掛けてるんじゃないですかね?」


「ああ、サラス君ですか。メガネを掛けた女性なら彼女しかいませんからね。では呼んできますので、待っていてください」


 ラグリウスは、サラスを呼びに部屋から出て行った。
 実は適当に言ってみただけなのですが、本当に居たのなら都合が良いです。
 ラグリウス以外なら、もう本当に誰でも良いですから。


 直ぐにサラスを呼び、ラグリウスは戻って来た。
 サラスは、白い白衣を着て、茶色い長い髪を真っ直ぐに伸ばした女性だった。
 少し曇ったメガネを掛けていて目は良く見えない。
 頬には少し、そばかすがある。 


「ラグリウスさん、少し二人っきりにさせてくれませんか。ちょっと重要な用事がありますので」


「ああ、はい、お邪魔をしては悪いですよね。私は何処かへ行っていますので、後はご自由に」


 ラグリウスはサラスを置いて出て行ってしまった。
 サラスは少し困惑しているみたいですね。
 ただの研究員が、行き成り呼びつけられたら無理もないかもしれませんが。


「あのぉ、私に何か? 私、何かミスでもしましたっけ?」


「いや、違います。あの所長に任せるぐらいなら本当に誰でも良かったんです。まずは話を聞いて貰えませんか? ああ、俺はバールと言います」


「はあ…………」


 取り合えず俺は、サラスに事情を説明した。
 今現在俺が受けている任務の事と、薬を打つことが出来る槍のこととかも。


「所長なら、そうなるでしょうね。あの人物凄く頭が良いのに、体が付いて行けてないと言うか、簡単に言うと、物凄くドジなんですよね。もう少しで完成だって時に、何度も何度もそのドジの所為でやり直ししないといけなくて、もう皆で、邪魔にならない様に所長に推薦したんですけど……結局駄目だったみたいですね」


 研究の邪魔にならなくても、他の事で影響が出て来ていますね。
 悪気がないだけに逆に面倒臭いですね。


「もういっそ辞めさせたらどうですか? その方がスッキリするんじゃないでしょうか」


「そういう訳にもいかないんですよねぇ。人狼の薬も、彼が居なければ作る事が出来なかったですし、能力だけは一流なんですよ。はぁ、如何にかならないものでしょうか…………」


「如何にもなりませんね。はぁ…………ああ、いやそんな事より、任務の事ですよ。サラスさん、本物の薬が入った槍を持ってきてはくれませんか? ラグリウスには任せたくないんです」


「はい分かりました。直ぐに用意させていただきます。あの、その代わりではないですけれど、もし良かったら、今度一緒にお話してくれませんか? あの所長の事で分かり合える友達が欲しかったんですよ。この研究所の人達ったら、私が新米だからって、所長の事を全部私に押し付けて来るんですよ。もう誰かに聞いて貰わないと、私、その内パンクしそうで……ううう…………」


 この人も色々あるんですね。
 まあ話ぐらいなら聞いてあげましょうか。


「話ぐらいなら、何時でも聞いてあげますよ。じゃあ……今度一緒に食事にでも行きましょうか」


「本当ですか! 私嬉しいです! じゃあ今度の…………」


 彼女は本物の槍を持ってきてくれた。
 まさかこんな所で女の子との約束を取り付けられるとは思わなかった。
 今日はついてますね。


 俺はサラスから槍を受け取ると、家に帰った。
 この後の予定はリアとのデートだ。
 少しばかり気合を入れないと駄目でしょう。
 この為に買った服を着て、俺は待ち合わせの場所へと向かった。


 待ち合わせの場所は中央の広場。 見通しが良く、此処ならすれ違うこともないだろう。
 そろそろ時間が来る。
 リアもそろそろ来る頃だ。


「ごめーん、待ったー?」


 俺の後ろから声が掛けられる。
 この声は知ってる声だ。
 俺はバッと後を振り向き、声の主に話しかけた。


「サミーナ、何で貴方が居るんですか! まさか貴方、リアに何かをしたんじゃないでしょうね!」


「え~、そんな人知りませんって。私は偶々此処に来ただけですよ~。それよりバール、今からデートしませんか? きっと待っててもリアさんは来ないですって」


 偶々とか言っていたが、本当なのだろうか?
 それともまさか俺を脅してるのか?
 本当に偶々なのかもしれない、もう少し待ってみよう。


「悪いですが、これからデートなんです。用が有るのなら、また今度にしてくれませんか」


「でもでも、リアさんがこのまま帰って来ないかもしれませんよ? 私とデートしたほうが良いんじゃないですか?」


 確信した。
 此奴がリアを何処かへ隠したんだと。
 しかし俺は此奴の言う事を聞く気はない。
 槍を突き出し構え、サミーナに宣言する。


「リアを解放しないなら実力行使ですよ! 五秒だけ待ってあげます。大人しくリアの場所を教えてください」


「え~、でも、私に勝てるんですか? そんな無駄な事しないで、一緒にデートしましょうよ」


「壱ッ……零!」


 零と同時に、槍はサミーナの体を捕らえる。
 殺す気はないですが、それなりに痛い目に合って貰いますよ!


 槍がサミーナの服に触れた、そう思った瞬間、サミーナの体が掻き消えた。


「遅すぎて話になりませんよ。私との相性は最悪……いえ、最高なんじゃないですかー?」


 確かにそうだ。
 サミーナとの相性は最悪に近い。
 さて、如何するべきだろうか。
 俺にはグラビトン程の硬さはない。
 遠距離も近距離も、俺のスピードでは太刀打ち出来やしないだろう。


 俺は前面をガードしてその時を待つ。
 チャンスはこれッきり。
 上手く行くかは運次第。
 俺は前から迫るサミーナに、槍を伸ばして攻撃を仕掛けた。
 完全に見切られたそれは簡単に避けられ、防御が薄い仕掛けた側を狙われている。
 だが、其処こそが俺の狙った場所だった。


 目に見えぬ速さならば、止まるのも用意ではないはず。
 俺の逆側の腕は、その場所へと伸ばされていた。






 サミーナは避ける事も出来ず、その左肩へと俺の槍が突き刺さった。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品