一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

3 此奴からは嫌な予感がする

 この二人、サミーナとバルバス、俺も報告を伝えるだけであまり話したことはない。
 今は素面の状態で、大分真面に見える。
 これが本来の姿なんだろう。


「あの、バール…………さん。昨日は、あの、すいませんでした! き、昨日はちょっと飲みすぎちゃって、キ、キスまでしちゃって………… あの…………い、いきなりなんですが、私と付き合ってくれませんか!」


「は?」


「私、ファーストキスをした人と結婚する事を決めてて…………だから、私と付き合ってください!」


 それはおかしい。
 最初のキスは俺から求めた分けじゃない。
 そもそもキスしただけで結婚とか、俺は一体何人と結婚したらいいのか分からなくなる。


「すいません、今付き合ってる人が居ますので。それに貴方なら、俺でなくとも直ぐに良い人が現れますよ。物凄く綺麗なんですから」


 サミーナさんは本当に綺麗な人ですが、酒を飲まなければ直ぐに見つかるでしょう。
 …………うん、飲まなければですけど。  


「うむ、俺は昨日の事はさ~ぱり覚えていないのだが、家の娘を手籠めにしておいて、よくそんな事を言えたものだな。クズ男は俺が退治してやろうか?」


 バルバス、手籠めにされたのは俺の方なんですけど…………


「記憶が無いのに俺を悪者にするのは止めてくれませんか? 俺の口から言っても信じて貰えないでしょうから、サミーナさんから話を聞いては如何でしょう? 昨日の事を覚えてるみたいですし」


「サミーナ、何が有ったんだ?」


「父さんは黙ってて! バールさんは良い人よ、もし手を出したら、ぶっ殺すからね!」


 サミーナさんは結構過激なんですね。
 あまり変な事を言わないでおこう。
 リアとのデートは昼過ぎからです。
 それまで、もう一度戦いに付き合って貰いましょうか。


「貴方と付き合う気はありませんが、昨日の借りを返してもらいますよ。今日こそグラビトンと戦って貰いますからね」


「ほう、あの鋼鉄の門番と戦うのか。俺は乗ってやっても良いぞ。結構面白そうだからな」


「も、もちろん私も協力します。その代わりにもう一度キスを…………」


 この人にまたキスなんてしたら、凄く面倒臭い事になりそうな気がする。


「あ、やっぱりいいです。誰か他の人を探しますから、もう帰ってもらっても良いですよ」


「じゃあキスはいいですからご一緒させてください! 私は何でも出来ますよ、どんな事でもさせていただきますから!」


 どんな事でもさせていただく。
 受け取り様によっては、物凄く怖いですが、きっと大丈夫ですよね?


「分かりました、一時間後に外門に来てください。俺は準備が完了し次第そこへ向かいますので。では着替えますから、また後で会いましょう」


「はい、了解しました。じゃあ此処で待っていますね」


 そう言うと、彼女は俺をジッと見つめている。
 何だかこの女に近寄ってはいけない気がしてきました。


「いや、着替えるから出て行ってくれませんか。じゃあ扉を閉めますので、外門で会いましょう」


 俺は二人を無理やり追い出し、部屋の扉を閉めた。
 何となくまだ視線を感じる気がする。
 だが見られて困るものでもないので、俺は服を着替え、外門へと向かった。


 来るかは分からないが、昨日の帰り際にアツシにも連絡はしてある。
 …………まあたぶん来ないと思いますが。


 外門の前。 まだ誰も来ていない様だ。


「バールさん、他の人は来ないみたいですよ。さっきアツシさんに会いましたが、此処には来ないと言っていましたから」


 サミーナ、何時の間に俺の後ろに…………
 アツシは来ないとしても、バルバスの姿も見えない。


「バルバスは何処へ行ったのですか? そろそろ時間なのですが」


「お父さんは来ませんよ。大丈夫ですよ、私一人でも全然平気ですから。さあ、二人で行きましょう」


 そう言ってサミーナは俺の腕にしがみ付いて来た。
 考え過ぎなら良いのですが…………まさか父親まで排除したわけじゃないでしょうね。 
 何となく身の危険を感じます。
 二人で行くのは止めておきましょうか…………


「流石に二人で行くのは危険すぎます。人数が居ないので、今日は中止にしましょう。それではまた今度会いましょう、ではさよなら」


 俺はサミーナに背を向けると逃げる様に歩き出す。


「ま、待ってください! 今直ぐ呼んできますので、ちょっとだけ待っていてください! 本当に直ぐですから、動かないでください!」


「じゃあ、五分だけ…………」


「五分ですね、それだけあれば楽勝です! 絶対待っていてくださいよ~…………」


 サミーナは走って行ってしまった。
 そのスピードは物凄く、一瞬で見えない距離まで消えて行った。


 五分か…………一応それだけ待ったら逃げようか。


 俺はそう思っていたのだが、サミーナはその三分後には父親を、次の二分で、縛られたアツシを連れて来た。 


 もしかして、二人を何処かに隠していたのだろうか?
 ふむ、サミーナとの付き合いは、これっきりにした方が良いかもしれないですね…………


 俺は縛られたアツシを解放し、外門から外へ出た。
 グラビトンの元へ行く道中。
 小声でアツシに話かけられた。


「おいバール、あの女はヤバイぞ。外門に居たら、ぶん殴られて縛り上げられたんだ。もし付き合おうなんて考えてるなら、考え直した方が良いぞ」 


 もちろん俺にそんな気は無いのだが、サミーナに会うのはこれッきりにした方がいいだろう。
 変な誤解を与えたら、おかしな事になりそうだ。


「それはまあ後で考えるとしますが、アツシは良く来る気になりましたね? 昨日で懲りなかったんですか?」


「俺だって、何時までもストリーに頼ってばかりじゃいられない。多少何か活躍しないと俺の立場が危ういんだ!」


 あ~、ただ体を鍛えているだけで、アツシ殆ど何にもしていませんからね。
 何となく居づらかったのですか。
 さて、グラビトンが居る所に着きましたね。


「今回は、武器に慣れておこうと思っているだけですから、無理をする必要は無いですよ。三人は俺のフォローをお願いしますね」


「バールさん、そんな事を考えなくてもぶっ殺せばいいんじゃないでしょうか? こいつも何人か殺してますし、助ける必要無いですよ」


「そんなことをしたら薬の効果が分からないじゃないですか。それにグラビトンは狂わされてるだけなんですよ。まあチャンスがあれば薬を使っても良いですが、無理をする必要はないです」


「残念ですね、ちょっと期待していたんですけどね…………」


「サミーナ、まだチャンスはあるぞ。バールの力で今後の作戦にも参加させてもらおうじゃないか。」


 俺は二度と呼ぶつもりは無かったんですが…………何か事情が?
 いや、でも、呼びませんけどね。


「それじゃあ訓練を始めましょうか。グラビトンは、ある程度の距離までしか追ってきませんが、油断してたら死にますからね。 …………それじゃあ、行きますよ!」 






 今回こそ真面目な戦いが始まる…………かもしれない。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品