一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

7 作戦前

 作戦当日の朝。
 私は自室のベットで横になって眠っていた。


「お~い、起きてください。起きないと胸もんじゃいますからね」


 眠い目をこすりながら、私はベットからむくりと起き上がった。
 目の前には勝手に部屋に入っていバールが居る。
 鍵は掛けたと思ったのだけど、どうやら掛け忘れていたみたいだ。 


「あんた、そんな事ばかりしていると、あの校長の様に制裁されるわよ」


「俺は許可を得てからじゃないと実行しないので大丈夫です。それはまあ置いておいて、一応あの校長の事を調べて来たんですよ。ほら、リアも知りたいでしょう?」


 何となく馴れ馴れしくなっているわね。
 キスしてやるとは言ったけど、付き合ってやるとは言ってないのだけど。


「まあ多少は知りたいかもしれないけど…………というか何で私の所に来るのよ。私はリーダーってわけじゃないし、まず女王様に報告するべきなんじゃないのかしら?」


「女王様の所に、こんな早く行ったら叱られてしまいますからね。それにリアには俺の優秀っぷりを見て貰おうと思って来たんですよ」


「今回だけは許してあげるけど、もう二度と勝手に入って来ないでよね。次やったら許さないから」


「分かりましたよ、次からはちゃんと断ってから来ます。それよりもほら、ちゃんと調べて来たんですから報酬のキスを…………」


 キスを迫り、バールの顔が近づいて来ている。
 寝起きでキスを迫られるとは思わなかった。
 せめて口ぐらい漱ぎたい。
 当然私はそれを拒否した。


「何で寝起きにキスなんてしなくちゃいけないのよ! まだ作戦も終わってないし、情報だって聞いてないわよ。いやもうそんな事よりも、顔を洗って着替えるから出て行って!」


 私はバールを部屋から追い出し、三十分程掛けて朝の準備を整えた。
 服を着替えて、顔を洗い、髪を解きほぐすと、軽く化粧をして部屋の扉を開ける。
 目の前には廊下で眠っているバールの姿がある。


 もしかして寝ずに調べてくれていたのかしら?
 まあちょっと位は良い思いさせてあげようかしら?
 私はバールの右頬を軽く平手で叩き。
 その目を覚まさせると、左の頬には私の唇をくれてやった。


「これで約束は果たしたわね、それじゃあ情報を貰いましょうか」


「ちょっと、今のはズルいですよ! 殆ど不意打ちじゃないですか! キスと言ったら唇でしょうが、やり直しを要求します!」 


「キスはキスでしょうが、約束は破ってないわよ。作戦が終わったら、もう一回してあげるから、早く教えなさいよ」


「次は唇じゃないと許しません、ぜっっったいですからね! もし破ったら無理やり奪ってやりますからね!」


「あ~、はいはい。分かったわよ、唇ね」


 別にバールならキスぐらいしてあげても良いのだけど、軽く見られても嫌だから、少しだけ勿体ぶっただけだ。
 作戦が終わったらちゃんとしてあげましょうか。


「何となく躱されてる気がしますが…………まあ良いでしょう。ではあの校長の事を教えてあげます。あの校長名前をガスペルといい、親から受け継いだ財産を使い、やりたい放題やってるらしいです。子供は一人いる様で、名前をフェネックスと言うらしいです」


 フェネックス?
 あいつか…………ニックスも無駄に金を持ってたから可笑しいとは思ったけど、あの校長の息子なのか。
 無駄に運が悪いのは、あの校長の悪い所を全部吸ってるからじゃないかしら?
 あの校長が真人間になったらもう少し真面になったりして?


「そのフェネックスという息子、最近この家に引っ越して来たらしいですね。親から貰った金を誰かに貢いでるって噂もありますし。一応その貢いだ相手ってのも調べてみましょうか?」


「それたぶん私だわ。何か分からないけど、私に弟子入りして、百万程月謝貰ってるし」


「いやあの、弟子入りに月謝百万払えって、貴方どんだけ酷いんですか。良くそんなので相手も了解しましたね」


「断るつもりで一千万持って来いって言ったんだけど、何か本当に持ってきちゃって、まあそのまま? 別に強制した覚えはないし、本人が良いって言ってるんだから良いんじゃないの?」


「一千万…………その人なにかオカシイんじゃないですか? 金銭感覚狂ってるでしょう。俺なんて、一日二万も貰えないのに。 …………今度紹介してください、ちょっと友達になっておきますから」


 まあ確かに、あんなのが友達になったら何かと便利かもしれないけど、それ友達じゃなくない?  私が言う事じゃないけれどね。 


 ニックスが校長の息子なら、何とか此方に引き込めたらいいのだけど。
 事情を説明したらアッサリ寝返らないかしら?
 彼だったらそれも有りそうだわ。


 それとも親のことだから庇ったり?
 一応話したとしても、見張りは付けて置きたいわね。
 バールにお願いてみましょう。


「もうそろそろニックスが来ても良い頃だわ。バール、一緒に一階に行きましょうか。紹介してあげる。その代わりニックスのことを見張ってくれないかしら。私はニックスを説得してみるけど、もし校長に告げ口でもされたら厄介だからね」


「引き受けましょう。どうせ女王様からも頼まれてるし、もしかしたら俺の給料も改善されるかもしれないからね」


 私とバールは一階へと向かう。
 そこにはニックスが直立不動で立って居る。
 私を待っているんだろうか?


「お早う御座います師匠! 今日は何の修行をしましょうか! あ、これ月謝です」


 ニックスは私に札束を手渡した。
 こんな所で渡さないで欲しい。


「…………あの話本当だったんですね。結構冗談だと思ってたんですが」


「あの、師匠、そちらの人は?」


「俺はバールと言います。このリアの恋人で、昨日から一緒に居たんですよ」


「嘘を教えないで! この人はただの知り合いよ! それよりニックス、貴方に話したい事があるの。貴方のお父さんのことなんだけど…………」


 私はニックスに今までの事を話した。
 魔法学校の教師達が怒っている事を。


「父がそんな事を…………分かりました……少しだけ待っていてもらえませんか? 必ず父を説得して見せますから」


「それは駄目。これはもう女王様も関わってる事なの。貴方のことを待つ時間も無いし、説得なんてしたら此方の行動が分かっちゃうでしょ。だからね、貴方にはお父さんのお金を全部盗んできて欲しいの。お金がなくなれば、貴方のお父さんも変な事出来ないでしょう。大丈夫、こっちには女王様も付いてるんだから、罪になんて問われないって。さあ行ってきなさい、正義は我にありよ!」


「正義……ですか。分かりました。 …………待っていてください師匠、僕が全部盗んできます!」


 ニックスが走り去って行った。


「あの、流石に盗むのは不味いんじゃないですか? 俺共犯で捕まるのは嫌ですよ?」


「違うわ、彼は盗むんじゃないの、親の金を避難させるだけだわ! それより早く追いかけて見張って来てよ。もう見えなくなってるじゃないの」


「今行きますよ。これぐらいなら直ぐ追い付けますから大丈夫ですって。じゃあ行ってきますので、後の事は任せますね。じゃあまた!」 


 バールはニックスを追いかけて行ってしまった。
 私は部屋で待っていましょうか。
 もうすぐ作戦も始まるし。


 二人は作戦開始直前に戻って来た。
 どうやら相当の量があって、随分と苦労したらしい。
 荷車に積んで、家の庭に置いてあるみたいだ。
 今交代で、此処に運び入れている。


「師匠、これで最後です。金塊二百本と、現金一億位です」


 いや、家に運ばれても邪魔なんだけど。


 結構な金額になるが、あの親父の事だ、ポンポンその辺に散財してたんだろう。


「流石に重労働でしたから疲れました。ふあああああ、ねむ…………」


「そんなに眠いのならこの部屋で寝て行ったら? 私はこれから出かけるから帰って来るまで使って良いわよ。でも変なことは絶対しないでね」


「気持ちは嬉しいんですけど、まだ仕事がありますのからね。今度時間がある時に、二人で一緒に寝ましょうか。それじゃあまた」


 バールは私の答えを聞かずに行ってしまった。
 この金塊、流石にこれをこのままにしておく訳にはいかないわね。
 女王様に報告をしておきましょうか。






 …………怒られないわよね?



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