一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

1 グレモリアの恋人探し

 グレモリアは、最近べノムが構ってくれないから別の恋人を作ろうとしている。 元恋人のアーモン(マードック)なら何とかなるだろうと、アーモンを呼び出していた。


「さあ如何するの! 私と付き合うの? それとも付き合わないの? 早く決めてよ。あなた男でしょ!」


「あのリア、俺今好きな人が居るんだけど…………」


「そんなの放っておけばいいのよ! 私の事好きだったんでしょ、私が付きあってあげるって言ってるんだから、早く返事をしなさいよ!」


「あのリア、ごめん、俺やっぱり付き合えないよ。彼女の事を愛してるんだ。だからこの話は無かった事にしてくれないか?」


「まさかそれってアンリちゃんの事じゃないでしょうね? べノムはもう結婚しちゃったのよ? 諦めて私と付き合えばいいじゃないの!」


「そんなの知ってるよ! でもアンリさんとべノムは違う人間なんだ! だからアンリさんは僕の心の中で永遠に綺麗なままなんだ! 最近だって町中で見かけたんだから、きっとまだチャンスはあるはずなんだ!」


 町の中で見かけたですって? べノムがそう簡単にアンリちゃんになるはずはないし、もしかしたらパン屋のバイトの子かしら? 此奴に教えたらややこしくなるし、別に教えてあげる必要ないわね。


「もういいわよ! もっと良い男を探すから! じゃあアンリちゃんとお幸せにね!」


 私はそう言うと、アーモンに背中を向けて歩き出す。
 メギド様は無理だし、他に良い男は…………


「あの人は…………」


 道行く男でそこそこの男を見つけた。
 名前は確かバールって言ったかしら?
 ルックスもまあまあだし、これでいいんじゃないかしら?
 ここはちょっと女らしくいってみましょうか。


 私はバールの後ろから声を掛けた。


「あの、バールさん…………」


「ん? 貴方は確かグレモリアさんでしたかね? どうしました、私に何か用ですか?」


「あの……バールさん、私、あなたの事が……あなたの事が好きになっちゃったんです! どうか、私と付き合って貰えませんか!」


 完璧な演技と仕草、目には薄っすらと涙を浮かべ、頬は少し叩いて赤くしてある。
 私の手に掛かれば、一瞬で虜にしてみせるわ!


「俺と付き合いたいんですか? 別に構いませんよ。それじゃあちょっと俺の部屋に行きましょうか。まずは二つの身体で、親睦を深めましょうか。」


 その答えを聞き私は…………


「よいしょっと」


「何ですかその石は? あの、ちょっと、ぐはぁあああ!」


 どうやら駄目だったみたいだ。
 なかなか良い男は居ないようね。
 他を探してみましょう。


「なにするんです、痛いじゃないですか! オーケーしたのに、何で殴るんですか!! 兜の上からでも結構痛いんですよ!」


 この男、結構頑丈なのね。
 少し興味が出て来たわ。
 身体にしか興味がない奴には私も興味が無いけど、もう少しだけ見て見ましょうか。 


「じゃあ部屋に……ああそうだった、まだ仕事が残っていました。ちょっと待っていてください、直ぐに終わらせて来ますんで」


 バールは仕事に戻ると歩き出そうとしている。
 これは良いチャンスかもしれない。
 この国に来て私はまだちゃんとこの国の中を見て無かった。
 買い物や食事には行った事はあるけど、他の事を知らない。
  私は此奴の部屋になんて行く気はないけど、この男の後ろに付いて行く事にした。
 何となく面白そうな事が起こる気がしたからだ。


「何でついて来るんですか? まあ別に良いですけど。そんなに俺の事が待ちきれないのなら、肩でも組んでいきましょうか」


「お構いなく。さっき言った事は取り消すわ。身体目当ての人なんて興味がないもの」


「じゃあ何で付いて来るんですか? 別に面白い事なんて何もないですよ。命令や伝言やらを伝えに行くだけですからね」


「それならそれで良いわ。この国の中を見たくなっただけだから」


「…………良いですけどね。付いて来られなくなっても知りませんよ。貴方の足に合わせている時間はないですからね」


「それで良いわよ」


 このバールという男は相当足が速い。
 伝令役を任せられるだけは有る様だ。
 私も一応冒険者で体も鍛えてあるけど、それでもついて行くのがやっとで、景色を見る余裕はなかった。


「色々見て回ろうと思ったけど、これじゃあ本末転倒だわ!」


「別に無理して付いて来なくても良いんですよ。待っていてくれたら後で国の中を案内してあげますから」


 そうしても良かったんだが、今更足を止めるのは負けを認める様で嫌だ。
 そのまま走り続けていると、目的の場所に到着したみたいだ。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……最近サボってたからちょっとキツイわね」


 王国の東の一軒家。
 バールがその家の主と他愛ない話をし、小さな紙を手渡している。
 私は少し遠くで待たされ、息を整えている。
 関係ない、この私に聞かせる訳もないか。


「俺はまだ三ヵ所ぐらい回りますが、付いて来れますか? 此処で休んでいても良いですよ?」


 何となくその顔が、笑っている様に見えてムカつく。
 良いわよ、ついて行ってやるわ!


「行ってやるわよ! 絶対負けないから!」


 別に観光なんて何時でも出来る。
 ちょっと目的は変わったけど、今はこの男を追いかけることにしよう。
 二軒目に向かっているバールと、それを追いかける私。
 鈍った体には丁度良いかもしれないわね。


 しかしバールは途中で足を止める。
 何か独り言を喋っているみたいだ。


「グレモリアさん、ちょっと緊急の任務が入ったので、俺は先に行きますね。機会があれば王国の中を案内してあげますよ。それじゃあまた会いましょう」


 バールが走り出す。
 今までとはまるで違う速度で。
 今までは私に気を使っていたんだろうか?
 でも……置いて行かれる気なんてない。
 マラソンと言うより短距離走の様に私は走り続けた。


 バールの背中が少しずつ遠ざかって行く。
 でも負けない!
 私は力の限り手を振り足を回す。
 バールの背中は豆粒の様になっている。


「そろそろ……ッ到着してくれないと……体力がッ……持たないわねッ! …………ハァハァ。 う、やばッ!」


 私は足をもつれさせて地面へと倒れる。
 一度転んでしまったらもう立ち上がれなかった。
 それほど体力を使い過ぎたんだろう。
 勝手に勝負にしてただけだけど、負けちゃったわね。 
 私に気を使って速度を落としてくれるなんて、中々良い男じゃないの。


「ハァハァ、ハァハァ。 …………そろそろ起きれる……かしら。 んッ……ッまだ駄目……ね」


「付いて来たのは知ってましたけど、まさか此処まで付いて来るとは驚きですね。どうやら起きれない様ですが、手でも貸してあげましょうか」


 バールは私の手を引き上げる。
 私はその力を利用して立ち上がった。


 わざわざ戻って来て、手を貸すなんてポイント高いわよ!
 いきなり身体を求めたのはマイナスだけど、正式に私の恋人候補の一人にしてあげるわ。






 見ていなさいよべノム! 私を無視した事を後悔する程、良い女なるんだから!



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