一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

13 王道を行く者達41

「逃がさないでよ、逃げられたら今日の食事は無いからね!」


 アリに滅ぼされた町から脱出したが、相変わらず食料難は続いていた。
 しかし鹿の集団を見つけ、その一匹を追い込んでいる。 


「分かってるって! 正直鹿はあんまり得意じゃないけど、そんな事は言ってられないもんな。ほらマッド、そっちに行ったぜ!」


「さあ大人しく私に食べられなさい! 美味しく食べてあげますから! 今です! てい! …………ふんごぉげふ…………」


 マッドが隙を付いて鹿の角を掴んだが、頭を振った鹿の角が、マッドの腹にヒットした。
 それでもマッドは角を掴んで離さない。


「マッド、動かないでよ。 …………良し、捕まえたよ! リーゼちゃん止めを早く」


「分かったわ!」


 リーゼは動けなくなった鹿に止めを刺し、近くにあった木に縛り付けて、血を抜いていた。
 鹿肉はこの血抜きをしないと、臭いがきつくなり不味くなる。
 それは血液が腐りやすく、直ぐに臭いを発するからだ。
 それを防ぐ為には肉の温度を下げる事が重要なのだが、これはマッドの水の魔法を使い温度を下げた。
 更に美味しくするのには三日程熟成させると肉が柔らかく美味しく頂けるのだが、流石にそこまでの時間も道具も無い。


「それじゃあ内臓を取り除いて…………あとは解体ね」


 リーゼが解体用のナイフを使い、鹿を肉の塊に変えて行く。
 流石に全員お腹が空いている。
 食べる分以外は更に塩水に浸し、肉にこびりついた血を抜いている。
 直ぐに食べる分は肉を叩き、そのまま焼いている。


「くう! 長かったですがやっと食べられますよ! んもうお腹いっぱい食べてやりますとも!」


「しかし食べる前にやる事が出来たな。鹿の血の臭いに誘われたか?」


 何かが近寄って来る気配がする。
 それは茂みから飛び出すと、リーゼ達の前に現れた。
 一つの体に獅子の頭が四つ、前方に無理やり付けられている様だ。
 背中は長い毛で覆われ、膨れ上がっている。


「あ~もう、後少しだってのに、何で待ってくれないのかい! もう直ぐにぶっ倒してやるよ!」


「御馳走を前にしてお預けされた気分だよ。まあ実際そうなんだけど。マッドは肉を見ててくれよ、戦ってる間に墨になったら嫌だからな」


「お任せください! ちゃんと見守っていますから!」


「此奴を倒せなきゃ私達が餌になるんだからね。気合入れてやるわよ! …………バースト・ファイヤーッ!」


 リーゼから放たれた炎は、その獅子へと直撃する。
 炎が弾け、獅子を巻き込んでたてがみが燃えていた。
 だがその獅子はそれを意に介さず、炎を放ったリーゼのへ襲い掛かる。


 リーゼはそれを回避たが、獅子はその方向にステップすると、横に付いた顔がリーゼに噛みつこうとしてくるが、その顔に向かってリサの大剣が振り下ろされた。


 ザシュッ!


 完璧なタイミングで放たれたリサの大剣は、その頭の一つの目を潰すに留まる。
 リサの動きを見ていた別の頭が、無理やり体を動かし、タイミングを外したのだった。


 だが獅子の背後からは、ハガンとラフィールが迫っている。
 ハガンは後足を、ラフィールはその背を狙い、武器を振り回す。
 それでも…………


「何だと! ぐおああああッ」


 獅子の背後、多く、長い体毛に隠された場所には、もう一つの頭があった。
 その頭は蹴り付けたハガンの足を咥えると、攻撃しようとしていたラフィールにぶつけたのだった。


「ハガンさんッ! 今助けに行きます! うッ……クソッ 邪魔するな!」


 リサがハガンの元へと向かおうとしたが、斬り付けられた獅子の頭は、リサを標的と定めている。 ならばと、リーゼはハガンの元へと駆けつけると、後の頭へと剣を向けた。


 しかしリーゼの動きは別の頭に見られている。
 咥えたハガンを振り回し、それをけん制している。


「リーゼちゃん、俺が突っ込む! 止めは任せたぜ!」


 ラフィールは持っていた武器と盾を放り投げると、振り回されたハガンを掴んだ。 


「今だリーゼちゃん!」


「はあああああああああああああ!」


 ハガンを咥えた後の頭の、その額にリーゼの剣が突き立てられる。
 その頭は力を失い、咥えたハガンを吐き出すが、ハガンの足はあり得ない方向に曲がっていて、戦う事は出来ないだろう。


「ラフィール、ハガンをマッドさんの元へ連れて行って。後は二人でも大丈夫よ!」


「分かった、気を付けて!」


 リーゼはラフィールが離れるのを確認すると、その背中へと剣を振り下ろす。
 他の頭はリーゼの事を見ていたが、完全にリサをターゲットにした頭は、動く事を拒否している。 動きたいのに動けない、獅子は吠えて威嚇する。
 ただそれだけだった。


 そしてリーゼの剣は、獅子の背中へと突き立てられた。
 痛みで暴れ、もがき苦しむがもう遅い。
 二本の剣は根本まで突き刺さり、倒れるのは時間の問題だろう。
 しかしそれを待ってやるほど、リーゼの気は長くない。
 突き立てた剣を横へとずらすと、大量の血液が空中に飛散した。
 完全に動けなくなった獅子にリサが止めを刺し、ハガンの元へと走って行った。


「ハガンさん大丈夫ですか! さあ私の手に掴まってください。さあ早く!」


「いや、もう治ってるから大丈夫だ。それより腹が減ってどうにもならん、食事にするぞ」


「ええ、私が食べさせてあげますね。さあ食べに行きましょう!」


 ハガンの治療を終えて、肉を見ているマッドの元へと向かうと、そこには焦げ付いた何かが鉄の串に突き刺さっている。


「…………マッドさん、何ですかこれ? 何をしたんですか?」


「何もしていませんよ。もちろんこれはお肉です。私はちゃんと見守っていましたよ! さあ食事にしましょう」


「…………じゃあそれマッドさんが食べてくださいね。墨を取り除けば食べられますから、頑張ってください。それじゃあ私達は新しいお肉を焼きましょうか。私が焼くからきっとおいしくなるわよ」


 リーゼが焼いた肉は少し固かったが、マッド以外の全員は、それを美味しく頂いた。
 マッドには先ほどの墨を与えたが、口でそれを剥がして行く姿を見ていたら可哀想になり、壱枚だけリーゼは肉を焼いてあげていた。


「よ~し、力が出て来たぜ! それじゃあ出発するか!」


「まだ駄目よ。残ったお肉に塩を塗して水気を抜くの。それから水気を拭き取って、塩袋に入れましょう。多少は持つかもしれないわ。また食事できなくなるのは嫌でしょ?」


「そうだな、まだ町までは遠い。持っていける物は持っていくべきだな」


「はぁ、分かったよ。じゃあ作業をしようかな。マッド、肉を渡してくれよ」


「わっかりました~」


 全ての作業を終えると、リーゼ達は出発した。
 この肉を持ってた事により、食事には苦労せずに、次の町へと到着出来た。 


 そこはもう一つの港町、元の大陸に戻れるもう一つの航路であるブルームーンの港町がある。 


 この町には人魚が出るという噂があるが、しかしそんな事よりも何よりも…………


「まずは美味しい物が食べたいわね!」






 リーゼ達は久しぶりに食べるちゃんとした料理に舌鼓を打ち、宿を取るとベットに倒れ、そのまま朝になるまでぐっすりと眠りこんだ。



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