一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

12 その手を掴んで

 キメラ研究所別館に、私達はルナーを運びこみ、ラグリウスに見せている。


「皆さんすみませんでした。まさかあんなに早く成長するとは思っても居ませんでした。本当に申し訳ないです」


 ラグリウスさんが頭を下げている。
 今更謝られてもどうにもならないのですが…………


「全くもう! 何とかする為に預けたのに、もっとややこしくして如何するんですか! 懸賞金まで賭けられてもう最悪じゃないですか!」


「本当にすいませんでした!」


「もういいわよー、終わった事を何時までも言っててもしかたないじゃないのー。考えるのはこれからの事でしょー。ルナーちゃんの事を考えましょう」


 これからルナーが子供の時の血と、大人になった時後を比べ、原因を探って行くみたいです。
 もしワクチンが使える物になったのなら、メギド様達の暴走も止められるかもしれません。


「皆さん心配だと思いますが、私達が今度こそ責任をもって預かりますので、安心していてください」


 一度やらかしてるのに安心出来るわけないでしょう!
 次なにかあったらゆるしませんよ!


「ちょっと不安だけど、私達は家に帰りましょうー。エルちゃんこの頃怪我ばかりしているし、一度ちゃんと休んだ方がいいわー」


 …………そう……ですね。
 いつ何が起こるか分かりませんし、休める時は休んだ方が良いですよね。


 私はフレーレさん達と別れ、自宅に帰った。
 ベットに横たわるり、ルナーの事を考える。 


 あの可愛かったルナーが、いきなりあんなに大きくなるなんて、ちょっとだけ、ちょっとだけ残念です。
 もう少し抱きしめておけば良かったです。


 大きく成って嫌になったわけじゃないですが、もうこのベットで二人で寝るのは無理ですね。
 いえ、大人になったなら別々に住むべきでしょうか?


 …………でもそれをするにはルナーを元に戻して、私達を許してもらわなきゃいけません。 


「…………はぁ……つかれ……た…………」


 ちょっとだけ目を瞑ってみたら、もうまぶたが上がらなくなっている。
 考える事は沢山あるけど、私の意識は深く沈んでいった。


 目を開けた時辺りはもう暗くなり始めていた。
 寝たのは確か夜だったと思ったのですけど…………もしかして一日中寝てたんですか?


 今日の予定って何か入っていましたっけ?
 もしかしたらフレーレさん達が変わりに?
 今度謝りましょう。
 今からじゃ何も出来ないし、もう一回寝ますかね。


 ドンドンドンドン


 部屋の扉を叩く音が聞こえる。


 こんな時間に一体誰でしょうか?


「エル先輩、何時まで引きこもってるつもりですか! もうそろそろ班に別の人入れちゃいますからね! 聞いてますか先輩!」


 ああフェルレースですか。
 何の事を言ってるか分かりませんが、私は扉を開けた。 


「? 何か……あった?」


「何かあったじゃありませんよ! 何で三日も出て来ないんですか! 二人で大変だったんですよ!」


 三日?
 どうやら寝すぎた様ですね。
 今までの疲れが出たんでしょうか? 


「ん……寝てた」


「はぁ、まさかずっと眠ってたんですか? まあそんな事よりもルナーが大変なんです。ワクチンが出来たんですって。早く見に行きましょうよ!」


 え? もう出来たんですか?
 それって三日で出来る物なんでしょうか?
 何かまたやらかしそうな雰囲気がしてきますが…………


 私はフェルレースと一緒に研究所別館へと向かった。 


「あ、エルちゃん、やっと家から出て来たのね。何度呼んでも返事がなかったから、心配してたのよー。早くルナーちゃんの所へ行きましょう!」


 ええ、早く顔を見たいです。


 別館の奥の部屋にはルナーが台に寝かされて、縛り上げられ、その上でルナーは眠っている。


 私達が来たのを確認して、ラグリウスさんがこれから投薬を始める様です。
 失敗して暴れ出したりしないですよね?
 なんか胸がドキドキします。
 悪い意味で。


「エルちゃん始まるわよ。何が起きても良い様に準備して!」


 フレーレさんも感じてるんでしょうか、この嫌な流れを。
 どうしようもなく胸が騒めく感じを。
 成功して欲しいと願っている、でも絶対に成功しない気がしてならない。


 このラグリウスさんは、何か少し信用出来ませんので。
 彼にはルナーが成長する事を説明したのに、薬の管理を怠り、そのまま逃げられたりしてますからね。
 それでも現状は、此処に頼るしかないのが頭の痛い所です。


 ラグリウスがルナーに近づいて行く。
 その手には注射器が握られ、その中には何か茶色いドロドロの物体が入っている。
 ラグリウスがルナーの腕に注射器を突き立て、その液体を全て注入した。


 数秒後、寝台に寝かされていたルナーの体が跳ねる。
 苦しそうにうめき出し、縛られた四肢を無理やり外そうと暴れ出した。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああ、たす、助けておねえちゃああああああああああああああん! 体が痛い、痛いんだ、助けて、助けてええええええええええ!」


 意識が戻った?!
 いえ、それよりも、このまま見ていて良いんでしょうか?!
 本当に大丈夫なんでしょうか?!


 私はラグリウスを見るが、その顔は落ち着いて見える。


 このまま此処で見ているだけでいいのでしょうか。
 激痛に歪むルナーの顔をみていたら、気が付いたら私はルナーの手を握りしめていた。


「うあああああああああああああああああああ!」


 悲鳴を上げるルナーの手が、私の手を強烈な力で握りつぶす。
 万力の様なその力は、私の指の骨を粉砕し、掌までがボロボロに握りつぶされて行った。
 それでも…………


「ぐうッ……ッ離さ……無い!」 


「エルちゃん手を離しなさい! このままじゃ手がなくなっちゃうわよ!」


 私は首を横に振った。


 嫌です! 絶対にッ……離しません! 


「……ぅああ……あがあああああああああああああああ!」


 ルナーの力が更に上がると、私は痛みで……意識……が…………


「ルナー! こっちの手を握りなさい! 私がエルちゃんの代わりよ、さあ来なさい!」


 フレーレさんの手が、空いていたルナーの逆側の手を握りしめていた。


「私だってルナーちゃんは好きなんです! だから先輩達だけに良い恰好はさせませんよ! ルナー聞こえているんでしょ! エル先輩の手を離しなさい、今度は私が相手です!」


 その言葉が聞こえたからか、私の手を握っていたルナーの手が大きく開かれ、力の入らなくなった私の手は滑り落ちて行く。


「次は私が相手です!」


 フェルレースの手がルナーの手を握ろうとして…………


 正直限界が来ていました。
 フェルレースには助けられました。
 でも……私の手はもう一本あるんです。
 まだフェルレースに渡すわけにはいきません! 


 フェルレースの手よりも先に、ルナーの手を掴み、逆側の手も握りつぶされて行く。
 痛くてたまらない。
 手の痛みも、この心の痛みも。


「ぐあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」


 どれ程経っただろう、ルナーの叫び声が終わった。
 ルナ―の顔を見ると、舌を出して、白目をむいて、気絶……いや……これはッ……死んで…………


 私はグチャグチャになった手で、ラグリウスを!


「お、落ち着いてください、まだルナーさんは死んでいませんから。ほら、もうすぐ目をさましますよ」


 ルナーの顔は先ほどと変わらない……まるで時が止まったようなッ!


「あ、あれ? な、何か間違えたかな? ちょ、ちょっと待って……うぎゃッ!」


 目の前のラグリウスを殴り飛ばし、ルナーの上へ飛び乗ると、心臓に刺激を与え続けた。
 でも、痛めた手には力が入らず、上手く力が伝わらない。
 フレーレさんに助けを求め様にも、その両手は潰れてしまっていた。


「退いてください先輩! まだ私の手が残っていますよ! 早く!」


 もうフェルレースに任せるしかない。


 私は直ぐに寝台から飛び降りた。
 フェルレースが飛び乗ると、ルナーの胸に手を当て、体重を乗せて胸を何度も押し込んでいる。 


「ルナーちゃん、まだ死ぬ時じゃ無いですよ。さあ、戻ってらっしゃい!」


 それは十、二十と繰り返され、百を超えた時。


「んぐ、ッグハ、ゲハ、ゲホ、ガハ、ハァハァ…………」


「やりました! 息を吹き返しましたよ! ルナーちゃんは”私が”助けてあげました!」








 助けてくれた事は感謝しますが、なんか納得できませんね…………



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