一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

11 捕獲

「…………先輩しっかりしてください! 先輩! 早く医者に連れて行かなきゃ。くっ、私じゃあ運べない。フレーレ先輩を呼ばなきゃ! 発煙筒! 発煙筒焚かなきゃ! フレーレ先輩気づいてくださいよッ」


 フェルレースが慌てています。
 そんなに酷いんでしょうか。
 今は痛みもなくなって何だか眠いです。


「フレーレ先輩、こっちです。急いでください!」


「何これ……エルちゃんしっかりして! 気をしっかり持って! フェルレースちゃん、エルちゃんの足を持って…………良し! 全力で行くから、ちゃんと付いてきなさいよ!」


「はい! こんな時に絶対死なせませんからね! ルナーちゃんが悲しみますから!」


 私がフレーレさんに助けられるのは、これで何度目でしょうか。
 二人に運ばれ、体がユラユラと揺れる。
 なんだかとっても気持ちがいい。
 駄目です、もう目を開けていられません。
 少し眠りましょう…………


 私が目を覚ました時、診療所のベットに運ばれていました。
 肩の痛みももうなくなっている。
 治療はもう終わってるみたいですね。


 そうだ、それよりもルナーはどうなったんでしょうか?
 もう誰かに殺されたなんて事ない…………ですよね?


 ガチャリと病室の扉が開き、慌てたフェルレースが入って来た。
 随分と慌てている様ですけど…………


「先輩やっと起きたんですか! さっさと起きて行きますよ! 急がないと他の人に先を越されてしまいますから!」


「…………何?」


「良いから行きますよ! ルナーが危ないんです! 詳細は移動しながら話しますんで、早く!」


 私は直ぐにベットから跳び起きて、フェルレースの後に続いた。
 フェルレースが言うには、逃げ出したルナーに懸賞金が掛けられ、金欲しさに集まった強者達が国中を探し回っているそうです。
 私以外には被害は出ていないみたいですが、このまま放っておけば、いずれ他にも被害が出ることは間違いないでしょう。


「何処に居るッ、早く探せ! 他の奴にやられる前に見つけるんだ!」


「おい! 俺達はこっちを探すぞ。急げ、早くしろ!」


 町中に怒号が飛び交っている。
 そんなに高い懸賞金が掛かったんでしょうか?
 此処から見えるだけでも十人以上で、他にもいるとなると相当な数が居そうですね。 


「エル先輩が負けたから、相当強い魔物認定されちゃったんです。それで高い報奨金が掛けられちゃっいまして、今フレーレ先輩が先に捜索に出ています。もし見つからなければ、中央の広場で待ち合わせしていますので、そこに向かいますよ!」


 私はそれに頷いた。
 中央の広場に着いたけど、そこも人でいっぱいでした。
 殆どが戦える様な人達ばかりです。
 人を襲う狼が居ると知らされているから、普通の人は出ないでしょうが…………


「あ、居ました! フレーレ先輩、こっちです!」


「エルちゃん! 良かった。ちゃんと治ったのね。肩が半分以上なくなってたから、もう無理かと思ったわ」


 う、そんな事になってたんですか…………
 半分以上って事は、骨まで食べられたんでしょね。
 あまり想像したくありません。


 一応確認するために、腕を回してみましたが、違和感は無いです。


「ルナーちゃんはまだ見つかってないみたいだから、此方も急ぎましょー。エルちゃんはルナーちゃんを助けたいんでしょー、だったら私達が最初に見つけないとねー」  


 私は頷く。


 そうです、私はルナーを助けたい。
 方法は分からないけれど、やれる事はやってあげたいんです。


「私は東の方から探して来たけど、何処を探すー? 何か手掛かりでもあれば良いんだけど」


 ルナーが居る場所…………何処だろう。
 食事に行った店?
 遊びに行った公園?
 違う、そんな場所だったらとっくに見つかっているでしょう。
 ルナーが王国に来てから、それ程時間が経っていないです。
 ルナーが行った事が有る場所は、私達と行った所だけ。
 私達が知っていて、誰にも見つけられない場所。
 そこにルナーが居るかもしれない。 


 でもそんな場所なんてあったでしょうか?
 ルナーが行った事がある場所なんて…………


 …………ッ!


 まさかあそこに居るんですか!
 他に思いつく場所はないし、もう行ってみるしかないでしょう。 
 人混みを掻き分けるのは面倒です。
 空から向かいますよ!


 私は翼を広げると、大空に舞い上がる。


「何か分かったのかしら。私達も行ってみましょうかー」


「はい、先輩!」


 私は小さな窓からその場所へと入った。
 成長し、毛の色まで変わったルナーが此処に居た。
 この場所、この場所は、私の部屋の中です!


「やっぱり……居た……ね」


「お姉ちゃん…………うおあああああああああああああああ!」


 体は成長したのに声は変わらないんですね。
 それに人を襲わなかったのは、私の部屋の食糧を食べていたからでしょう。
 そんなになってもまだ私を頼ってくれるんですか。
 だったらまだ助けられる気がします!
 まだ完全に人の意識が無くなった訳じゃないんですから!


 タタタタタタタッ バタン!


「ッ! …………まさかルナーちゃんなの? 随分成長したわねー!」


 タタタタタタタッ


「ハァハァ、先輩早いですって! …………ッ敵ですか!」


「違うわ、ルナーちゃんよ。随分と変わっちゃったけどねー。誰か来る前に捕まえるわよー!」


「ルナーちゃん覚悟してくださいね! 私達は凄い強いですから!」


 扉の前にはフレーレさんとフェルレース、窓の前には私。
 もう逃げ場は無いです。
 全力で捕まえますよ!! 


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」


 ルナーは大きく遠吠えをすると、この小さな部屋の中で、壁や天井を足場に、縦横無尽に飛び回る。


 こんな所で武器を使うのは無理です。
 何かに引っかかったら途端に不利になってしまうでしょう。


 私は部屋の中に置いてある、分厚い本を取った。 


 これで防げたらいいんですけど、気休め程度にはなりますか!


 ルナーは他の二人を無視して、私ばかりに攻撃を仕掛けて来る。
 鋭い爪が何度も分厚い本を刻んでいく。


 そんなに私の事が嫌いなんですか? 


 それとも……そんなになっても私の事が大好きなんですか!


 私は気合を入れてチャンスを待った。
 でもルナーの動きは早すぎて、捉える事が出来ない。
 三人で捕まえようとしているのに、触る事すら出来ないでいた。


 何度も攻撃を仕掛けられ、もう分厚い本も掌に収まるサイズしかない。
 何とか攻撃が来る方向が分かればいいのですが、こんな部屋の中じゃ、タンスや本棚を倒しても、私達が動けなくなるだけです。  


 この窓から広い場所に行った方がいいんでしょうか?


 タイミングを見計らい、私は頭から窓を潜ると、部屋の外へと飛び出した。
 ルナーは小さな窓を頭から潜ると、私の背中を追い、鋭い爪を伸ばす。


 その一瞬、私は体を反転し、その爪を本で受け止める。
 爪が本を貫き、私の掌を貫通して凄く痛い。
 でもその痛みを我慢して、足まで出かかったルナーの体を、窓へと押し返した。


 ルナーは窓の枠に完全に挟まり、両足を二人に捕まれている。
 フェルレースが持っていたロープを使い、ルナーの足を縛り上げると、フレーレさんが家の中へと引きずり込み、そのまま床に抑え付けた。


「グギャアオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 ルナーは無茶苦茶に暴れようとしているが、三人で抑えこみ、その体をロープでガチガチにしばりあげた。


「やりましたね。このまま研究所に持っていきましょう!」


「でもまた逃げ出すんじゃないかしらー。薬も効かなかったんでしょー?」


「子供だったから、子供の分の薬しか使って無かったんですって。急激なスピードで大人になっちゃったから、すぐに目が覚めたって言ってましたよ。次は大丈夫なんじゃないですかね。もうこれ以上成長はしませんし」


「まあ不安だけど、ラグリウスに任せるしかないわねー」


 全くです。
 研究所はどうしてこんなに問題ばかり起こすんですかね。
 もしかして呪われてるんじゃないでしょうか?


「まだルナーを狙ってる人も居るし、何か上から掛けて運びましょうか」






 私達は町中を徘徊している賞金稼ぎからルナーを隠し、研究所へと運び入れた。



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