一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

17 壮絶なる夜を越えて (悪鬼羅刹編END)

 騎馬戦を終え、アツシはストリーと棒倒しを見学しようとしていた。
 しかしガーブルはアツシを勝手に出場させ、アツシは棒倒しに参加させられる事になる。
 ドラが鳴り、アツシの目の前にはアンドレスが構えていた。
 騎馬戦でハチマキを取った仕返しでアツシを狙っている。
 勝ち目の無さそうなアツシは自ら混戦した中に突っ込み敵の陣地に吹き飛ばされてしまった。
 しかしそれはアツシの作戦であり、敵の棒までジリジリと距離を詰めていく。
 何とか隙を付き棒に飛び乗ると、味方の反撃が開始され、見事に敵の棒を倒したのだった…………


タナカアツシ(異界から来た男)    ストリー(ガーブルの娘)


 フードを捲ったその下は、想像していた子供の顔では無かった。
 人とは違うフサフサの毛が生えている。
 青い毛で覆われ、それは子犬にしか見えません。
 まさかキメラ化している子供なのでしょうか?

「ありがとうお姉ちゃん」

 でもこんな子供は見た事がありません。
 子供がキメラ化したという話はあまり聞いた事がなく、王女様達が魔力を増やす為に、少しメギド様達の力を与えられたぐらいです。
 王国にもしこんな子が居たなら、それなりに有名になっているはずですが。

 マルファーの町から来た……それも無いですね。
 彼方に残った人達にも一応はキメラ化した人は居ますが、向うの子供がキメラ化しているという事はなかったはず。
 この子は知られざる子供、アンノウンチャイルドと言ったところでしょうか。
 しかしこの子……なんか凄く……。

「「かわいいいいいいいいいい!」」

 二人は声をあげて目をハートにしている。
 フレーレさんがその子を揉みくちゃにして抱きしめてます。

「貴方お名前はなんて言うのー? お姉ちゃんに教えてちょうだい」

 フレーレさんは声をかけ。

「ぼ、僕はフェンリスだよ……あの、お姉ちゃんたちは僕が怖くないの?」

 その子は自分の名前を名乗った。
 私はその言葉に頷き、頭を撫でている。
 こんな子が怖いなんてありえません。
 王国にはもっと蜥蜴っぽいのとか色々いますからね。

「抱きしめたいぐらい可愛いわー」

「ちょっと待ってください。私にも抱かせてください!」

 二人共フェンリス君を揉みくちゃにしながら抱きしめている。
 私もちょっとやりたいです。

「貴方此処まで一人で来たの? 貴方の親は何処?」

 フレーレさんがフェンリスに事情を聞いています。

「僕の親はいません。僕は一人で旅をしていたんだ。此処まで馬車で来たんだけど、でもあの魔物に襲われて、生き残ったのは僕一人で……」

 フードを被っていれば何とかやり過ごせたのでしょう。
 それよりこの子は魔物と言った。
 この王国に、あれを魔物と言う人間はいません。
 やはり別の国から来たんでしょうね。

「ねぇ、君は何処から来たんです? 帝国? それともブリガンテ?」

 フェルレースが声をかけると。

「ぼ、僕はゼーリスの村から来たんだ。僕の体がこんなのだから、皆に嫌われて……うぐ……お母さんにも……」

 フェンリス君は辛い事情を離してくれた。。
 ゼーリスの村は、王国領内にある小さな村です。
 探索班の皆が見回りをしているはずですが、まさかそこで誰かが子供を作ったとか?
 この子は六歳ぐらいでしょうか?
 だとしたら年齢的にそれはないですね。
 たぶん。

「じゃあ君のお父さんは誰かな。名前を教えて欲しいですよ」

「お父さんなんて知らない……お母さんは僕のお父さんは化け物だって……うう……村を襲って来た魔物だって……」

 まさかこの子は……人とキメラとの子供ですか?!
 キメラが拡散して六年も経っていません。
 もしかしたらキメラのように、成長速度が異常に早いのでしょうか?

 兎に角この子は連れて帰りましょう。
 このままじゃキメラ退治を続けられませんからね。
 今日は子供を保護したという事で切り上げても良いでしょう。

「帰る……よ」

 私はフェルリス君を抱きしめ、頬ずりしながら空へと飛び上がった。

「ああ、エルちゃんずるい! 私も抱きたいわー!」

「そうです先輩、私も抱っこしたいです。あっ、ちょと待って、二人共置いて行かないでください!」

 二人の言葉は聞き流し、私は家に向かって飛び去った。
 自分の部屋で、私はフェルリス君を抱っこして、二人が来るのを待っていた。

「あの、えっと、僕、あの……」

 ちょっと混乱してる様ですね。
 私は頭を撫でて、ゆっくり落ち着かせます。
 ああ、良い感じの抱き心地……。

 私は自分の部屋で愛でていると、バタンッと扉が開きました。
 来たのはやっぱりフレーレさんと、フェルレースですね。
 まあ丁度いいです。
 この子を含め、四人で話す事があります。
 フェンリスは私の膝の上に乗せ、二人は羨ましがっていました。

 まあそれは良いとして、この子を如何するか、です。
 親の元から逃げ出したのなら、当然親の元には帰せません。
 その親が反省するなら別ですが、子供を虐める様な奴の元に置いておけません。

「じゃあ誰がこの子の面倒を見るかですよね! 勿論私は大丈夫ですよ!」

「いいえフェルレースちゃん、この子は私の家に来るのよ。ほら、此方にいらっしゃーい」

 フレーレさんが手を広げて待っているが、私はこの子を手放す気がない。

「やっぱりここは……じゃんけんですね!」

「勿論いいわよ! エルちゃんも良いわよね?」

 私は頷いた。
 このまま強硬したら、フレーレさんと真剣に戦わなければならない。
 それはちょっと大変です。
 それにここで勝っておけば、二人は文句が言えないですからね!

「行きますよ!」

「「じゃんけんぽん!」

 私はチョキ。
 二人は……パーだ!
 ふふふ、これでこの子は私の物。
 包むように、フェンリスの体をキュっと抱き寄せた。

「あの、僕、此処に住むつもりは無いですよ。あの、うう……」

 もちろんこの子の意見は一切聞いていません。
 私達がこの子の事を報告すれば、良くて研究材料、悪ければ即抹殺か。
 その事は二人も分かってるはずです。
 まあこの子の事は、国を出た私の親戚って事にしましょうか。

 そしてもう一つ、この子の事を見逃せない理由があります。
 それはこれから私がする事に関係があるのです。
 この子の父親、もし本当にキメラだったなら、私はそれを殺しに行かなければならない。

 この国の兵士として、そしてこの子の保護者としても。
 これはじゃんけんに勝った私の宿命です。
 私はフェンリスから手を放し、その頭を撫でると、部屋の扉を開けた。

「エルちゃん私も行くわよー!」

 フレーレさんも付いて来てくれるらしい。
 でも私はそれに首を振った。

「……待ってて」

 二人にフェンリスを任せ、私は村へと向かった。
 王国から南に、ゼーリスの村はある。
 私はそこに向かい、フェンリスの情報を集める事にしました。

 見えてきました。
 あそこがフェンリスが生まれた村ですね。
 一応毎日この辺りにも見回りは来ているはず。
 ですが村の中までは確認していないでしょう。

 私は翼と炎を消すと、歩きで村へと踏み入った。

 さて、フェンリスの親は誰でしょうか。
 ちょっとぐらい特徴を聞いておけば良かったです。
 聞き込みは得意ではないんですが、あの子の為に少し頑張らないとですね。

「あの……フェンリス……知りません……か?」

 道行く人に私は声を掛けた。
 その人は農具を持ったおじさんで、旅人には見えません。
 こんな小さな村なら、きっと知っているはずですが。

「フェンリス? 何だいそれは。何かの道具かい?」

 この人がとぼけている様には見えないです。
 ちょっとおかしいですね……。

「小さな……犬……子供」

「犬を探してるのかい? う~ん俺は見かけてないなぁ」

 聞き方が悪いですね。
 あの子が此処では魔物と言われていたなら……あまり言いたくありませんが仕方ないです。

「小さな……魔物の……親……何処?」

「魔物……あれの事か。何処で聞いたか知らないけど、あんまり言いふらさないでくれよ。ケリーが何処かだって? ほらあそこに見える墓の下だよ。魔物に犯されて、その日の内に魔物が生まれてきたらしくてなぁ、次の日には血を吐いて死んでたんだよ」

 何か、随分と印象が違いますね……。

「その魔物の子供は直ぐに何処か行っちまったけど、ありゃ怖かったなぁ。見る間にドンドン大きく成って行ってるんだから」

「それは……何時?」

「三日前だよ」

 三日?
 三日であの大きさ?
 つまりそういう魔物なのでしょうか。
 ……人の体を苗床にして、子供を産ませ、産ませたものは死なせるという……。

 もう最悪だ。
 ……引き取らなければ良かった。
 これはちょっと許容出来ないです。

 あの子だけなら助ける方法はあるにはあるけど……まあそれは後にしておきましょう。

 人を犯す様な魔物はきっと夜に活動しているはずです。
 そうじゃなければ目立ちますからね。
 もちろん一切の手加減はしてあげません。
 私は少し休み、夜を待った。

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