一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

12 二度目の買い出し

 前回、ルルムムとのデート、媚薬入りの肉を食ってしまい、慌ててルルムムを宮殿へと連れ帰る。
 ガーブルに相談するが、自分に任せておけと言って部屋に入ろうとするガーブル。
 アツシは必死で止めてガーブルの尻に…………


タナカアツシ(異界から来た男)  ストリー(ガーブルの娘)
ルルムム    (王国、探索班)


「ストリー、アツシが、アツシが! 私に無理やりキスしようとして、私の部屋に無理やり連れ込んで……わああああああ!」

 ルルムムはストリーに抱き付いて、俺を悪者にしようとしている。
 合ってるけれど、全部不可抗力だ。
 俺は何もしてないし!
 むしろ俺の方が酷い目にあったわ!
 でもまあちょっとやり過ぎたような気がしないでも?

「アツシ、流石に私ももう限界だ。これ以上何かあれば、お、お前と、お前と……わ、別れるから……な……」

 ストリーは俺に別れの宣言をした。
 しかしこの場で別れると言わないのは、まだ俺に気があるのだろうか?

「俺は何もしてないだろ! むしろガーブルの魔の手から守ってやったんだぞ!」

 そう俺はあの時護ってやったのだ。

「親父の魔の手って何だ?」

 ストリーが聞いて来るから、俺はあの事を隠しつつ、ガーブルがルルムムの体を狙って部屋に入ろうとしたのを止めたと話した。
 嘘はついていない。
 ストリーの妹が出来るとまで言ってたのだからな。

「そうか……あの親父、後で仕置きだな」

 ストリーの目がマジだ。
 あの親父がどうなるか知らんけど、まあ幸運を祈っておこう。
 昨日はあんな事が有ったから、予定が狂ってしまった。
 今日は確実に買い物に行かないと、俺が完全に役立たずになってしまう。
 ストリーとの仲直りも兼ねて誘ってみようか。

「ス、ストリー、俺と一緒に買い物に行かないか。昨日の事は全部誤解なんだ。ただちょっとルルムムにケツの恨みを晴らしたかっただけなんだ」

「本当に? ルルムムじゃなくて本当に私で良いのか? 私はルルムムの様に可愛らしく無いぞ。腕だって筋肉でガチガチだし……」

 ストリーは潤んだ瞳で見つめて来る。

「そ、そんなの別に気にしてないよ。お、俺達恋人なんだからな!」

 ストリーの腕は無駄の無いボクサーの様な感じだ。
 気になる程太くない。

「そうだ、昨日毛布を掛けてくれたよな? あれストリーが掛けてくれたんだろ、ありがとうな」

 俺は昨日の毛布のお礼を言った。

「は? 私はそんな事してないぞ」

 ストリーは否定している。
 でもストリー以外にそんな事する人なんて、俺は知らないんだけど……。

「だって顔にキスマークが……」

 俺は不意に言わなくて良い事を言ってしまった。

「え? キスって……」

 ストリーの顔が悲しんでいる。
 やばい、地雷を踏んでしまったらしい。

「「…………」」

 俺とストリー、二人の沈黙が続く。

「ご、ごめんねストリー。私ね、昨日アツシが部屋まで運んでくれて、それで護ってくれてたのが声で分かったから。その、何となく、その、ア、アツシの事好きになっちゃったの」

 ルルムムからとんでもない告白をされてしまった。
 一体何故こんな所で言うんだ。

「それは本当なのかルルムム。アツシの事を好きだって……」

 ストリーは、戸惑いながらルルムムに聞き返している。

「うん、ごめん、なんかそうみたい。ごめんねストリー、私……」

「いいんだ、話してくれて嬉しかったぞ。うん、一緒にアツシと買い物に行こう」

 二人が抱き合って友情を確かめている。
 ルルムムが俺に惚れた?
 ……いやそれは絶対に無い!
 何故ならストリーと抱き合ったルルムムの顔が、俺の方を向いて、『アツシ、お前には幸せなんて訪れさせてやらない。
 地獄の底で苦しむがいい』、って顔をして笑っていたからだ。

「ほらアツシ、買い物に行くぞ」

 そして俺達三人は、買い物に出掛けることになった。
 二人共一応剣は携帯してるけど、防具等は外して来た様だ。
 ストリーの提案で俺の右手はストリーが、左手はルルムムと手をつないでいる。

 女の子二人に手を握られ、これだけなら嬉しいのだろう。
 しかしルルムムが握っている俺の左手は、物凄い力で握られている。

「アツシ、私の事好き?」

 ルルムムは狂ったのだろうか?
 俺に好きだと聞くが。

「きら……ぐおおおおおお!」

 嫌いだと言おうとした瞬間、ルルムムの力が上がった。
 俺の手が万力に締め付けられている程である。

「す、好きです! と、友達として」

 俺は当たり障りのない答えを返す。
 このままルルムムと手をつないでいたら、俺の左手が潰されてしまう。

「ストリー、これだと荷物を持てない。やっぱり手は繋がないでおこう。ルルムムもな」

 俺は手を放すように提案する。

「え~残念だなぁ!」

 ルルムムの手から更なる力が押し寄せる。
 指の骨が折れたんじゃないかと思う程の力だ。

「ぐおおおおおおおおおおお!」

 俺はそれに痛がるのだが。

「アツシ如何した? 何かあったのか?」

 ストリーはルルムムがやっていることに気付いてくれない。

「アツシはお腹が痛いって言ってたわよ。腹痛なんじゃないの?」

 何適当な事言ってるんだよ!
 お前が手を握り潰してきたんだろうが!
 だがそれを言った所で、ルルムムにとぼけられるだけだろう。

「辛いなら私達だけで行って来るぞ」

 ストリーが心配そうにしている。

「いや、大丈夫だ。ちょっと腹が痛かっただけだから……それより早く行こうぜ。あんまり時間かけてると、護衛の仕事間に合わなくなるだろ」

 俺は先に進むことを進言した。

「それは大丈夫だ。親父がアツシとの思い出を作って来いって……」

 俺との思い出とはつまり……。
 俺はストリーの言葉に、喉を鳴らしそうになる。
 だが。

「ストリー、実は私も他の人に代わって貰ったんだ。だから今日は自由に遊べるよ」

 このルルムムは、俺達の邪魔をしようという魂胆なのだろう。

「そうなのか? じゃあ、三人で一緒に回れるな」

 ストリーは良い娘だが、問題は此奴ルルムムだ。
 まさか俺を邪魔する為に仕事まで代わってもらうとは、どれだけ俺に恨みがあるんだ。

 ……まあ昨日の事ですよね。
 見方が違えば、俺がルルムムに薬を使って、エッチな事をしようとしてたと思われても不思議ではないからな。
 兎に角対策を考えなければと、水と食料を買い出ししに行く間に考えを巡らせる。

「ふう、このぐらいで良いんじゃないか? 帰りの分はこれで十分だろう」

 荷車にはかなりの量の水瓶を積んでいる。

「いや、もう少し買っておこう。来た時よりも時間が掛かるかもしれないからな」

 ストリーはそう答え、また水瓶を積むのだけど、そこへ定番というか、お約束というか、チンピラ共が絡んできた。

「おいにーちゃん、いい女侍らせてるな。俺達にも分けてくれれよ、へへへ!」

 五人のチンピラ、俺達を囲んで今にも襲って来そうになっている。
 別に俺が相手をしなくても、横の二人が何とでもするのだろう。

「きゃぁああああ! 怖いい! アツシ助けてぇ!」

 ルルムムが俺に駆け寄って、助けを求めて来る。
 確かにチンピラは怖いが、何方かというと此奴の方が圧倒的に怖い。
 こんな奴等なんて、瞬きする間にひき肉にしてしまう力があるのだが。

「ストリーも早く、こういう時は男に頼るものなのよ」

 ルルムムはストリーを巻き込もうとしている。

「え? そ、そうなのか? じゃ、じゃあ」

 小声で言ってるつもりなんだろうが、全部丸聞こえなのだ。

「き、きゃああ アツシ助けてくれ、わ、私怖い」

 ルルムムと同じで、ストリーも俺に抱き付いた。
 棒読みでなければ、もう少し良かったのだが。
 というか、このチンピラ達相手に俺がどうにか出来ると思ってるのか?

 いや待て、俺だって一応魔王と対峙して生き残った男だ。
 数々の死闘を潜り抜け、生き残って来た男だぞ?
 この程度の相手ぐらい何とでもなるんじゃないか?
 そんな考えが過る。

「お前等、俺の彼女に手ぇ出すんじゃねぇ。もし手ぇ出したら、ただじゃすまないぞ」

 二人に手を出した瞬間、チンピラ全員が血祭に上げられるだろう。

「ほう、良い度胸じゃねぇか。だったらそこで、おねんねしていな!」

 チンピラの拳が迫るが、そのぐらいの拳なら俺にだって躱せる。
 俺は華麗に避けるも、二人目のチンピラの拳が、俺の顔面にヒットした。
 あ~そうだよね、一対一じゃないものね。

「此奴、口だけ野郎だぞ。皆、やっちまえ!」

 チンピラ達が笑みを浮かべて、俺の周りを囲んで来た。

「ちょ、痛い、止めて、止めて。謝るから許して! 五人は無理です、ストリー助けてぇ!」

 俺はストリーに助けを求めた。

「はぁ、もう少し頑張るとか思ってたんだけどなぁ」

 ルルムムは残念そうな顔をしている。
 もう少し痛めつける気だったのだろうか?

「ルルムム、止めないと、アツシが……」

 ストリーは俺を庇ってくれているのだが。

「まあ待ちなさい。ここからアツシが華麗に逆転する所でしょう? ゆっくり待って居ればいいのよ」

 ルルムムはまだ俺に頑張れというらしい。
 しかしそんな未来は永久に訪れないのだ。
 ……自分で言うのも悲しくなるが。

「お姉ちゃんこっちに来いよぉ」

 チンピラの一人がルルムムの肩を掴んだ。
 その瞬間、男は顔面を殴られ十メートル程吹き飛ばされ、ピクリとも動かなくなってしまった。

 あのチンピラの人は大丈夫だろうか?
 死んでないよな?
 大丈夫だよな?
 うん大丈夫、大丈夫。
 きっと大丈夫……。

「あ、ごめん。反射的につい手が出ちゃったわ。もう私達の事は良いから、アツシに続きをしてあげてよ」

 ルルムムは悪気もなさそうに、また俺を狙えと言っている。

「ふざけるな! お前はひん剥いて二度と逆らえない様にしてやる!」

 チンピラ君達は拳を構えるのだが、結果は言うまでもないが道端で全員倒れている。

「お、覚えていろよ、この次はこうはいかないからな……ぐふっ」

 チンピラが捨て台詞を言って、そのまま気絶してしまう。
 でもたぶん、この町の悪人全員連れて来ても無駄だと思うけど。

 こうして俺達は宮殿へと戻り、買い出しを終えたのだった。

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