一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

6 追う者と追われる者

 馬車の旅三日目の昼…………


タナカアツシ(異界から来た男)  ガーブル (王国、親衛隊)
ストリー(ガーブルの娘)     ルルムム  (王国、探索班)


 三日目の昼、馬に休憩を取らせるために馬車は止まってる。
 ストリーの気持ちは分かったんだが、一度冷めた気持ちを再び燃焼させる事は出来るだろうか?
 確かに好きだったはずなのに、急に冷めてしまった様だ。

 やはりこのまま別れた方が……。
 いや、ここまで俺の事を好きな娘が他に現れるとも思えない、いっそこのまま体だけ求めて行けば上手く行くかもしれないな。

 というか元々そんな話だったのだからそれでも全然良いと思うんだ。
 でも一度好きになった所為なのか、そういうのはちょっと引け目を感じる。
 そんな事を考えてる所にガーブルがやって来た。

「すまんなアツシ、まさか娘がそういうタイプだとは思わなかった。詫びとして今度お前の所に何か送ってやろう」

 もう事情を知っているらしい。
 どうせなら全部聞いてやろう。

「いや、良いんだガーブル。それよりストリーが何であれほど子供を欲しがっているのか気になる。その事を教えてくれないか?」

 俺の言葉にガーブルは暫く考え込み、その覚悟を決めたのか話し始めた。

「良いかアツシ、俺の家には代々最初に生まれた男児が家督かとくを継ぐ事になっておる。しかし我が娘達には誰一人男の子供を産む事は無かった」

 この話はストリーに聞いたもの同じだ。
 しかし、ストリーはそんな事を望む様な性格じゃない気がするんだが。
 ガーブルの言葉は続く。

「そして最初に結婚した者から十年、それがリミットだ。その期が過ぎれば我が直系ではない親類の者が家を継ぐことになるのだ」

「俺には分かんないけど、それってそんなに大切な事なのか? もし継がなかったらどうなるんだ?」

 俺は単純な疑問をガーブルに質問した。

家督かとくが移れば俺が築いた……いや全ての先祖が築いた名誉も誇り、全てを譲渡しなければならない。我が家も、そこにある資産も全てだ。次のチャンスが来るまで、俺達はタダの一般人になるのだよ」

 確かに今まで住み慣れた家も、資産も失うなら、今やれる事はやっておきたいだろう。
 だがそれでストリーだけが不幸になるのは許せない。
 ガーブルは言葉を続ける。

「ストリーは優しい子だ。自分の為ではなく家族の為に自分を犠牲にしようとしておる。ストリーが望む以上は俺には止める事は出来ん」

「はぁ?! 何で止めないんだ。あんた親なんだろ! ストリーだけが不幸になれば良いって事かよ!」

 俺は怒りに任せて詰め寄るのだが。

「俺の家族は何もストリーだけではないんだ。家には他の娘や孫も住んで居る。俺には何方も選べん。それにな、お前達が子供を作ってもストリーは不幸にはならないだろう? 女が好きだと言っても、お前の事もそれなりに好きだと思うぞ」

 ガーブルは俺を説得したいのだろうか?
 でも、今更そんな事を言われても困る。
 昨日断ったの聞いて無かったのか?

 別にストリーの事を嫌いになったわけじゃない。
 燃え上がるような情熱が消えてしまっただけだ。
 好きか嫌いかと聞かれれば勿論好きなんだが、その情熱が消えた事により、余り好きではなくなったと感じているのだ。

 このまま悩んでいるより、やはりルルムムをどうにかした方が健全な気がする。
 俺としては人型の方が好みとはいえ、下半身が動物だからって慣れていけば良いと思うんだ!

 うむ、やっぱりこっちの方が俺らしい。
 ストリーの事は忘れよう。
 うん。

「ア、アツシ入るぞ」

 ストリーが俺が居たテントに入ると、ガーブルは隠れる様に出て行ってしまった。

 ストリーはなんか何時もと違い、ホンノリと化粧をしている。
 頬を赤く染め、服装もとても綺麗だ。
 ……い、いかん今忘れると誓ったばかりなのに見とれてどうする!

「ルルムムに化粧をしてもらったんだ、ど、どうだろうか」

 俺は言葉に困った。
 綺麗だとか言ったらストリーに期待を持たせてしまう。
 かと言って似合ってないとか言えるはずもない。
 こ、これはあれだ、よしこれで行こう。

「ま、まあまあだな、馬子にも衣装ってやつだ」

「そ、そうだな、私みたいな奴には似合わないよな、ガハハハハ……」

 ストリーの表情が曇っている。
 俺は手を……。
 ハッ! 俺の両手は何をしようとしているんだ。

 自分の意思とは関係なく手を広げストリーを迎えようとしている。
 ストリーはそれを見ると体を寄せて顔を上げて目を瞑る。

 おい待て、今まで反応しなかったのに、何でこのタイミングで兄妹は気合を入れようとしてるんだ!
 こんなのを見られたらヤバイ、まだ気があるとか思われたら更なる攻撃が来てしまう。

 今はもう、そのまま流されてとか俺は嫌だ。
 あれだけきっぱり振ったのに、次の日欲望に負けましたなんて恰好悪いじゃないか!

 俺はストリーに背を向けた。
 何の事は無い、兄妹が暴れ出したので俺は両手で抑えているだけだった。
 だがストリーの攻撃は続く、ピッタリと体をくっ付け、胸が当たっている。 
 神様ごめんなさい、俺にはもう耐えられないよ。

 も、もういいよ、欲望に負けた男だと笑うが良いさ!

「こ、これからどうすれば?」

 ストリーの小さな声が聞こえる。

「いい? そのまま股間を優しく触るの。優しくよ」

 小さい声だがこの声はルルムムか!!

 化粧したのも服を綺麗な物にしたのも、たぶん奴だろう。

「聞こえているぞルルムム。お前の入れ知恵だということはもうバレてるんだ。大人しく出て来いよ」

 たくらみに気付いた俺は、ちょっとだけ落ち着きを取り戻した。

「……気付かない振りしてた方が良かったんじゃない? 手なんか抑えて、もう限界だったんでしょ?」

 ルルムムは、俺の言葉に素直に出てきている。

「う、うるさいな。俺はストリーに負けたんじゃない、お前の入れ知恵に負けたんだ! 次のデート覚悟しておくんだな!」

 俺は喧嘩を売る様に指を突きつけるのだが、ルルムムがおかしな顔をしている。
 なんだ、何かあったのか?

「お前たち……まさか私に内緒で付き合ってたのか……」

 ここにはストリーが居ることをスッカリ忘れていた。
 ストリーの目には涙が……。

 ああああああああああああ、やっちまった!

「ち、違うぞストリー。これはただ遊びに行こうって言っていただけで、まだ俺はルルムムと付き合って無いぞ!」

 俺は必死でいい訳を続けている

「そうよ、私達はまだ付き合って無いんだよ。後でストリーを誘おうと思ってたんだよ!」

 ルルムムもストリーに必死に訴えている。
 しかし。

「……まだだって?」

 ストリーは俺達の言葉尻を捉えてしまった。

「「まだじゃない!」」

 俺とルルムムは息が合ったように同時に言葉を発してしまった。

「私はお邪魔の様だな、二人で仲良くやってくれ」

 俺達が仲良さそうに見えたのか、ストリーはテントを出て行ってしまった。

「どうすんのよ、変な誤解されちゃったじゃない! 私はこのまま友達無くすなんていやだからね!」

 ルルムムは狼狽えている。

「そ、そうだ。どうせ誤解さんれたなら、もういっそ本当に付き合って……」

 俺は究極の答えに行きついた。

「……死にたい様だね?」

 ルルムムは大槌を振り上げ……。
 このままでは本当に死んでしまう。

「じょ、冗談だよ! 場を和ませようとしただけだって!」

 俺は首をふって必死に訴えた。

「冗談でも許さない。ストリーの為に此処で死んでおきなさい!」

 しかしルルムムは止まらない。
 大槌を振り上げ向かって来ていた。

「そっちこそ冗談は止めろ! 軽くでもそんな物で殴られたら大怪我してしまうわ!」

 俺は必死で逃げるが。

「だから死ねと言ってるでしょう!」

 空を切る大きな音を立てて、大槌が振り下ろされる。
 俺だって何度も危険な戦闘を経験しているんだ。
 そんな大振りな攻撃ぐらい避けてやるよ!

 俺は逃げる様にその攻撃を避けると、大槌は爆音を立て地面へと激突した。
 だがそれは即座に跳ね上がり俺の尻にぶち当たる。
 当たり所が良かった為か、さほど痛みはなく、そのままテントを突き破り空中へと打ち上げられる。

 そりゃそうだよな、素人が何回か実戦を経験しただけで戦闘のプロに敵うはずないですよねえ。
 というか……。

「高いんだけどおおおおおおおおお!」

 俺はビルの五階以上の高さに打ち上げられている。
 もちろん体の自由なんてきかずに、自由落下しているのだった。

「お、落ちるうううううううううううううう!」

 地面はどんどん迫って来るが、そこにはルルムムがいた。
 大槌を構え待ち構えている。
 頭から落ちる俺が、そんな物を食らえば、首の骨が折れておしまいだ。

 あいつ確実に俺を殺す積りなのか!
 他の奴等も見ているだけで誰も助けてはくれない。
 見てないで助けてくれよ!

「た、助けてストリーッ!」

 ストリーの名前が俺の口から洩れ出す。
 どうやら俺は相当ストリーの事を信頼していたらしい。

「なにしてるんだルルムム! そんな事をしたらアツシが死ぬだろう!」

 ストリーはテントの爆音を聞き、遠くから見ていたのだろうか。
 だがこんな俺の声を聴き、駆けつけてくれた。

「ストリー! し、心配無いわよ。ただ遊んでいただけだもの」

 ルルムムは少し移動し、落ちて来た俺の足を槌で殴ると、その勢いで俺の体が回転し、尻から地面へ激突した。

「うぎゃああああああああああああああ! し、尻がああああああああああああ!」

 死ななかったとは言え、とてつもなく痛い。
 命は助かったが、尻は死んだだろう。

 俺はルルムムの顔を睨むが、奴は残念そうな顔をしている。
 こいつ、今度仕返ししてやるからな!

「ストリー、良く聞いて、私と此奴は付き合ってないわ。一回だけデートしてあげるだけよ」

 ルルムムは去ろうとするストリーを引き止めた。

「本当なのかアツシ? 本当に好き合ってるんじゃないのか」

 ストリーの言葉は俺の心に突き刺さる。
 罪悪感が半端じゃない。
 俺の事を好きなのは聞いたが、でももう別れるって言っちゃったし、ここでハッキリともう一回別れを告げるべきなんだろう。

「つ、付き合って……ないよ」

 い、言えねぇ。
 俺はなんてヘタレな男なんだろう。

「そうそう、付き合ってたら今みたいに殺そうとなんてしないよ」

 おいルルムム、今の言葉は忘れないぞ。

「そ、そうだな、殺そうとするわけないよな」

 ストリー騙されるな。
 そいつさっき遊んでただけって言ってただろ。
 そもそも俺を殺そうとしているそいつは敵だ。

 だがそんな事を言ったら、更にややこしい事になりそうだ。
 ここは流してもらった方がいいかもしれない。

 そしてまた馬車が動き出す。

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