一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

2 行進の始まり

 ストリーとのデートだと思ったアツシは、本当は女王様の護衛だと知らされる。
 ストリーに脅され女王様を護衛して帝国までの旅路に付くアツシ…………

タナカアツシ(異界から来た男)      ストリー(ガーブルの娘)
ガーブル   (王国、親衛隊)


 三日前、帝国からの使者が突然現れた。
 その使者達は満身創痍でありながら無事王国までたどり着き、そして帝国からもたらされた文を女王まで届けた。
 文の中には、王国との和平を望んでいるとの帝国側の言葉が書きつづられている。
 だが軍が壊滅した帝国には、自分達の代表を運ぶ力は残されていないから、こちらまで出向いて来て欲しいと書かれたいた。

 王国にとってその提案は嬉しいものだった。
 度重なる不幸を乗りこえたは良いが、その国力は衰え、支援や貿易による儲けを欲していたからである。
 イモータルはその提案を受け入れ、その和平をより確定的な物にする為、自らがおもむくことになった。
 そしてこの物語が始まる。


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 現在。
 アツシはストリーについて行くと、豪華な馬車の下へ案内された。
 その馬車の護衛には、ストリーを入れて十人の姿が見える。
 中にはガーブルも見え、俺は十一人目らしい。
 大きな剣を持つ奴、槍を持つ奴 弓を持つ奴、色々いるが、俺が知ってる奴はストリーとガーブルぐらいだろう。

 他には、人には見られない特徴を持つ者も少なくない。
 獣人系美少女なんてものも居たのだ。
 下半身が猫化の動物の様で、その背中から羽根が生え、そして巨大なハンマーを持ってた。

 その下半身には下着の様な物を付けていない。
 確かに人の裸とは違うし、毛深い尻尾で隠れてはいるが、恥ずかしくないんだろうか? 
 おっと、あんまり見ているとストリーに殴られてしまう。
 程々にしておこう。

「そろそろ出発するぞ、準備は良いな!」

 ガーブルの声が聞こえて来る。
 俺は女王の姿を見ようと馬車を覗き込む。
 馬車の中には女王様が一人で乗ってるようだ。
 子供達は留守番しているのだろう。

 しかし女王様の護衛にしては人数が少ない気がする。
 俺はもっと大名行列みたいなのを想像していたのだが、それをする必要がない程皆強いのだろうか?

「アツシ、お前は私の後ろだ。遅れるなよ」

「あ、ああ」

 俺はストリーに声を掛けられ、後に付いて行く。
 なんだか騎士に護られているお姫様の気分だ。

「アツシも来ておったか。初陣なのだから無理せず後に隠れておれ。全員の邪魔になるからな」

 そんな緊張している俺に、ガーブルが話しかけて来た。
 俺に期待していないような口ぶりだ。
 まあ分からなくもないが、こんな中で赤いTシャツを着て手ぶらな俺は目立って仕方ない。
 だから俺は、ガーブルに武器を要求することにした。

「ガーブル、俺にも何か武器をくれよ。手ぶらじゃ恰好つかないんだ」

「お前に武器? 馬車の後ろに予備の武器が積んである、何か適当に持っていくがいい。だが武器を持ったからといって、むやみに敵に突っ込むんじゃないぞ。邪魔にしかならんからな」

 敵?
 姿も魔族っぽいし、俺達って魔王軍なんだよな?
 戦うのってもしかして人間か?
 そ、それはちょっと嫌だな。 

「ああ分かってるさ。でもガーブルも年なんだから、大人しく帰った方がいいんじゃないのか?」

 俺は怖がっているとは知られないように、ガーブルに強がってみせた。

「ほう、言うではないか。その威勢がどこまで続くか見ててやろう」

 ガーブルは俺を値踏むように見下ろし、行進が始まった。
 馬車の速度に合わせ、俺達が歩き出す。
 その一時間後、分かった事が有る。
 剣とか重い物を持って一時間歩き続けるのは、インドア派の俺にはきつすぎるのだ。

「ひぃ、ひぃ、ぜぇ、ひぃ、げほ……な、なあストリー。目的地まで後どれぐらいかかるんだ……」

「そうだな、この速度だと帝国までは四日か五日ぐらいだな」

 四、五日ぃ!
 む、無理だ、これだけ歩いただけでも足がガクガクしているのに、このまま歩き続ける体力は俺には無いぞ!

「ス、ストリー、俺には無理だ。これだけ歩いただけでも足がガクガクするんだ。五日も歩ける体力は俺には無いぞ」

 俺は本心をぶちまけるのだが。

「心配するなアツシ、馬を休ませるために直ぐに休憩が出来る。なに、後たった二時間ぐらいだ」

 ストリーからはそんな答えが返って来る。
 二時間も体が持つか!

「お、俺は此処で置いて行ってくれ。もう歩けないんだ」

「……構わんが、あんなのが居るけど良いのか?」

「あんなの?」

 ストリーの指の指す方向を見ると、そこには巨大な二つ頭の蛇がうねっていた。
 テレビで八メートルとかを巨大だと紹介しているのを見た事があるが、これはそんなもんじゃない。
 大人が手を広げ抱き付いても手が掴めない程太い体をもっている。
 長さで言うと三十メートルは軽く超え、恐竜と言われても納得するだろう。

「おうわ~! こんなもん剣で倒せるわけね~だろうが! 早く、早く逃げよう!」

 そんなものを見た俺は、当然慌てふためいた。

「そうか、アツシはキメラを初めて見るんだったな。まあ見ているが良い」

 しかしストリーだけではなく、護衛の人々は誰一人慌てていない。
 先陣を切るストリーは、腰に差した剣を抜き、大蛇へと駆けて行く。
 ストリー以外の他の奴等は動かない、ガーブルもだ。
 あの爺、自分の娘の手伝いにも行かないのか?

「おおおおおおおおおおお!」

「シャアアアアアアアアアア!」

 剣を抜き向かって行くストリーに、大蛇の首の一つが襲い掛かった。
 俺が助けに入るべきなんだろうか?
 ……いや無理だよ、絶対無理。
 あんな所に行ったって死ぬだけだ。

 でもストリーは一応でも彼女なんだ、ここで助けに入らないと男が廃る。
 よ、良し、行ってやろうじゃないか。

 俺は剣を鞘から抜き、ストリーの援護へ向かった。
 大蛇の首の一本が俺の方を見た。
 その頭が俺に狙いを定め、ロケットの様に俺に襲い掛かる。

「やっ、やっぱり無理いいいいい! ひいいいいいいいいいい!」

 しかし大蛇の首は何時まで経っても俺に来る事は無かった。
 目を開けると、そこには蛇の首の断面図が見える。
 そしてその断面図から大量の血液が噴出し、俺の顔と服へと降り注いだ。

「ぐおあああああああああああ、血があああああああ!」

 俺の着ていた真っ赤な服は、蛇の血で真っ赤に染まった。

「アツシ援護に入ってくれたのか? 助かったぞ、良い陽動だった」

 ストリーが笑顔を見せて喜んでいる。
 こう見ると可愛いかもしれない。
 やっぱり振られるのは勿体無いかも?
 しかし蛇の首は何処へ? 

 ドゴーンっと大きな音を立て、蛇の首が空から落ちて来た。
 もう一方の首をみると、蛇の頭は真っ二つにされている。 
 これをやったのはストリーである。

 こ、これストリーがやったのか?!
 こんな蛇なんかより、ストリーの方がよっぽど怖えよ!

「アツシ、大丈夫だったか? 怪我は無いな?」

 腰を抜かした俺にストリーが手を差し伸べてくれた。

「あ、ああ、ストリーこそ大丈夫……だよなぁ」

 ストリーの体には、毛程の怪我も見られなかった。

「心配してくれたのか? そうか」

 ストリーは俺の体を引き寄せ口づけを交わした。

 ぬぐぐ、唇を奪われた……だと!
 こんな時は女の方が恥ずかしがるんじゃあ無いのか。 
 そんな事を考えているとも知らないストリーは、俺に笑顔を見せている。

「褒美だ、受け取っておけ」

 今まで考えていなかった。
 ストリーはなんでこれほど俺に愛を向けているんだろう。
 一日目で体を許し、子供まで作ろうだなんてどう考えてもおかしい。

 俺に一目惚れでもしていたのだろうか?
 それとも今まで結婚相手が決まらなかったからか?
 まだ十六だったのに、何でこれほど急いでいたんだろうか。

 ……本当に何でだろう?

 ただ何となく聞きたかった、本当にそれだけだった。

「……ストリーは何でそんなに俺を気にするんだよ? 俺なんて会ってか数日しか経ってない平凡な男なんだぞ? 何でなんだよ?」

 俺は聞いてみたものの、あまり良い答えは期待していなかった。

「如何しても知りたいのか?」

 ストリーは少しためらっているように見える。

「ん? 話せない事なのか? ただ何となく聞きたくなっただけだよ。言えないのなら良い」

「なら気にするな、別に聞いても面白くもなんともないぞ。ほら急げ、馬車が進み始めたぞ」

「ああ、そうだな」

 ストリーも話したくはないらしいし、今は聞かないでおこう。
 それより、足がガクガクで動けない。
 大蛇の前まで無理に走ったからだろうか。

「なんだ動けないのか? 仕方ない、ほら、私の背中におぶされ。遠慮するな」

 ストリーはしゃがみ込み、俺に背中を見せて来る。
 俺は動けないし、こんな所で置いて行かれるのも嫌だったので、ストリーにおんぶして貰った。
 本来俺がおんぶする側だと思うのだが、ストリーのイケメンっぷりがヤバイな。

「じゃあ、お願いするよ」

 俺はストリーにおんぶされ、馬車の行進に追いついた。

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