一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

12 異世界からやって来た男

べノムのミスからタナカ アツシは異世界に召喚されてしまった…………


タナカ アツシ(一般人)      べノムザッパー(王国、探索班)
グレモリア(べノムの家の居候)   べーゼユール (居候天使1)
グーザフィア(居候天使2)


 俺の名前はタナカ アツシ。
 日本の学校に通う十五歳の、ごく普通の一般少年だ。
 アニメや漫画が大好きで、異世界召喚なんてされないかなーなんて思っていたら、まさか本当に召喚されるとは思わなかった。
 今思えば召喚される二日前に、書店で一冊の本を見つけた時から始まっていたんだろう。

 日曜の昼、書店でライトノベルを見に行ったんだ。
 ちなみに俺は電子書籍派ではない。
 電子書籍だと読んでいる時にスマホが使えないし、ゲームも出来ないからだ。
 目的の本が売り切れだった事は残念だったが、暇だったのでちょっと書店の中を歩き回ってみたんだ。

 俺はそこで一冊の本を見つけた。
 その本は水に落ちた後の様に、グニャグニャにしおれているな。
 何故そんな本が書店にあるのかと、ちょっと気になり手に取った。
 医療の本……か?

 本をめくるが、専門用語がびっしりと書かれて、さっぱり内容が分からなかった。
 興味を失った俺は、その本を本棚に戻し、自宅へと帰ったのだが……。

 二日後にそれが起きた。
 風呂に入ろうと服を脱ごうとした時、俺の体はこの異世界に転移しのだった。
 辺りは薄暗く、一瞬停電かと思ったのだが、だがどう見ても此処が家の脱衣所には見えなかった。

「まさかこれって、本当に異世界召喚とかされちゃったのか?!」

 本当にそうなら、俺には何か特殊能力とか付いてるはずだ。
 取り合えず試してみよう。

「炎よ顕現せよ! ……?」

 手を突き出しちょっと待っているも、特に何も起こらない。
 火じゃないのだろうか?

「水よ出でろ! 大地よ揺れろ! 風よ吹け! 光よ! 闇よ!」

 何を試しても力の発動はされなかった。
 もしかしたら俺の能力はそんな物じゃないのかと考えた。
 そう、勇者といえば雷とか扱えたりするのかも知れない。
 よしやってみよう。

「雷よ出でよ!」

 目の前に電雷がほとばしる、その光で部屋の中が明るくなって、今自分が何処かの部屋の隅に居たのが分かった。

「うおおおおお、すげえええ!」

 やはり俺は勇者だった。
 雷というのは中々にカッコいい。
 もう一度試してみよう。

「雷よとどろけ!」

 ん、何も起こらない。
 言葉を変えたのがいけなかったのか?
 もう一度。

「雷よ出でよ!」

 電光が俺の背後に落ちた。
 ビクリと体が硬直して、後ろを向く。
 雷の光で、この部屋の中が大分広い空間だと分かった。

 しかし異世界転移してから直ぐでは、力のコントロールが上手く出来ない様だ。

「雷よ出でよ!」

 だが次に唱えた魔法は発動しなかった。
 ゲームの様にマジックポイントが無くなったのだろうか?
 そんな感覚は全くなくて、自分では良く分からない。

 まあ良いや。
 この場所が何処か知らないけど、俺は勇者なんだ。
 敵が出たとしても負けないはずだ。
 そして俺が部屋を探ろうと足を一歩踏み出した時。

 ドゴーン! っと、部屋の中で雷が落ちた。
 その光で、部屋の奥に誰かが居たのが分かった。

 それは、ねじくれた角と、悪魔の様な翼を持った男。
 王様が座る様な椅子に座し、こちらを見ている気がする。
 そんな角や翼を持つ奴が普通の人間であるわけがない。

 一度よく考えてみよう。
 玉座があるということは……なる程、ここって城なのか。
 玉座に座った魔物って……まさかいきなり魔王戦とか?!
 だが俺には電撃がある、勇者の力なら効くはずだ。

「かみな……」

 ドゴーン! っと目前に雷撃が落ちた。
 余波で一瞬体が痺れている感覚におちいる。

 おかしい、俺はまだ唱え切っていないのに。
 ……あれ、もしかして今までの雷って……俺が使ってたんじゃないんですか?!

 ドゴーン! っと、俺の後ろにまた雷撃が鳴っている。

 奥にいた魔王が動いた。
 指をこちらに向け、指先から電撃がほとばしる。
 それは俺の横を通り過ぎ、進路の終点にあった絵画をバラバラに吹き飛ばしてしまう。
 落ちた破片が燃えている。

 まさか、俺が能力を使ってた訳じゃないのかよ?!
 こ、これはヤバイんじゃないか?!

 に、逃げよう。
 幸い逃げ足には自信がある。
 学校の行き帰りで鍛えられているからな。

 しかし出口は一体何処に?!
 玉座があるとすると、あの魔王の対角に扉があると思う。
 急がなければ!

 扉を開け……開かないじゃないか。

「重すぎて開かないぞこれ!」

 動揺する俺に、魔王の指先が向けられている。

「ひぃ」

 俺がしゃがみ込むと、扉に雷撃がぶつかってバンと弾ける。
 その雷撃の衝撃により、重い扉が少し開いた。

 こんな所に居たら死んでしまう。
 その扉を抜け、走る俺の後からは、ドカドカと雷が落ちて来るのが分かった。
 攻撃が当たらないのは、遊ばれているのだろうか?
 しかしそれでも逃げられると、俺は全力で走って行く。

「おおおお、複雑すぎて分かんねぇ。出口は何処だよ!」

 外の分厚い黒雲で、暗い城の中を必死に走り回り、俺は何とか出口まで辿(たど)り着く事が出来たのだった。
 だが最後の試練の様に、王城の門が閉まっていて開いてくれない。

「ちょ、如何するんだこれ! 待て待て、何処かに開けるスイッチがあるはず! 何処だ、何処だ、何処だ、何処だ。……あッッッたあああ!」

 見付けたレバーを操作すると、王城の門が開き、俺はこの城から脱出する事が出来た。
 門をくぐった瞬間、巨大な雷光が城を包んだ。
 後一瞬遅れていたら……きっと黒焦げになっていただろう。

「何だこれ! こんなの間違ってる。いきなりラスボス戦とかゲームバランス狂ってるって!」

 しかし門を抜けた先には、また別のモンスターが現れた。
 真っ黒で人のような魔物は、空中に浮かびこちらを見ている。
 とても初心者が相手に出来る物ではない。

「うぎゃあああああ、またモンスターが、く、来るな!」

 そいつは黒いマントを羽織り、なんかからすっぽいモンスターだ。
 全身真っ黒で、どう見ても悪役にしか見えない。
 絶対捕まったら不味い。
 何をされるか分からない!

「おいお前、何処から来たんだよ。帝国か? それともブリガンテか?」

 分かんねぇよ、何処だそれ!
 しかし一応聞いておこう、もしかしたら此奴こいつが俺を呼んだのかもしれないから。

「お前言葉が喋れるのか? 俺は日本から来たんだ。もしかしてお前が俺をこの世界に呼んだのか?」

「お前、ちょっとこっちへ来い」

 前に居る魔物は、頭を押さえて何かを考えている。
 はぁとため息をつき、魔物は俺をつかみあげようと腕を伸ばしてきた。
 やばい、っと、俺はとっさに地面の砂を掴み、カラスの様なモンスターに投げつける。

「誰がお前みたいな化け物に捕まるかよ! バーカ」

「待てコラアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 俺の足を舐めたらいけない。
 どんな虐めっ子でも俺の逃げ足には追い付いて来れないのだ。
 見たことのない町の中を、右へ左へと曲がりくねり、魔物から距離をとって行く。
 しかし、距離を離したと思った魔物は、どんなマジックを使ったのか、目の前に立っていたのだ。
 まさか瞬間移動なんて使ったんじゃ……?

「おいお前、悪いようにはしないから、ちょっとこっちに来いよ。大丈夫、一発殴るだけで勘弁(かんべん)してやるから」

 奴は一発で済ます様な顔をしていない。
 凄く凶悪そうで、徹底的にやられてしまうだろう。

「うあああ、化け物。こっち来るんじゃねぇよ!」

 後を向いて逃げ出すが、また目の前にモンスターが現れた。
 やっぱり瞬間移動?!
 逃げようがない。

「何だよぉ、お前俺を殺すつもりなのかよ。クソッなめんなよ。簡単に殺されないんだからな!」

「そんな気は無いぞ、ただちょっとムカついたから一発ぶん殴るだけだ」

「誰かたすけてえええええ!」

 どうにもならず、俺は声を上げて助けを求めた。
 そんな声を聞いてくれたのか……。

「何やってるのよべノム? こんな子をいじめちゃ可哀想でしょ。さあ此方にいらっしゃい」

 綺麗な女の人が現れた。
 もしかしたらこの人が俺を呼び出したのだろうか。

「うわあああああああ怖かったよ」

 俺はその女の人に抱き付き、胸をみしだいた。
 お約束の展開という奴だ。
 こんな時には胸を触っても何やかんやで許されるものなのだ。
 しかしそんな極楽も長くは続かず、女の右の拳が俺の顔面を強く打ち付けた。

「エロガキは、死ねえええ!」

「なんで、ラノベだったらこんな事しても平気なはずなのに!」

 おかしい、異世界召喚とかされて、俺は間違いなく主人公ポジのはずなのに。

「ほら、もう許してやるから俺に付いて来いよ。此処ここには凶暴な女が沢山いるんだよ」

 もしかしたらこのモンスターは意外と良い奴なのかもしれない。

「ほ、本当に酷い事をしないんだろうな? 絶対だぞ」

「ああ絶対だ。お前が何もしなけりゃな。もし俺の知ってる女に同じ事をしてみろ、その女がお前の頭を消し飛ばすぞ」

 デレが来たらラブラブになる設定なのか?
 チィ、ツンデレはあんまり趣味じゃないんだが。

「なんだよ、此処はそういう所なんだな」

「そういえばお前の名前を聞いていなかったな。俺はべノム。べノムザッパーだ。お前の名前は何だ?」

「俺はタナカアツシ、きっと俺はこの世界を救う為に呼び出されたんだ」

「へ~」

 男の反応がいまいちだ。
 なんだよ信じて無いのかよ、何時かお前達がひれ伏す事になる男なんだぞ。
 この魔物は、べノムと言ったか?

 そいつに付いて行ったら、ある人物に会わされた。
 その人は白い翼を持ち、物凄く美しい正に天使だった。

「天使様!」

 思わず手を合わせて拝んでしまった。
 それをせずにはいられ無い程の美しさだ。
 手を合わせるのは違った気がする。
 でもまあ良いか。

 いや、よく考えれば、何で魔物と一緒に天使が居るのだろう?
 このモンスターは使い魔か何かなのだろうか?

「おいグーザフィア、お前達の変な儀式の所為で、此奴こいつが呼び出されたんじゃねぇのか? 妙な事を言ってるし、そんな感じがするんだが」

 なる程この天使様が俺を呼び出したのか。
 つまり俺が何しても良いのはこの人だったんだな。

「あ、足がもつれたあ、あああああああああ」

 少し棒読みだったが主人公補正と言う物で何とかなるだろう。
 グーザフィア様の胸に顔をうずめ……

 ガシッ

「おい、何をしようとしているんだ? てめぇ死にてぇ様だな」

 俺の首を掴んだのは男の天使だった。

「死なない程度にボコボコにしてやるから、表に出やがれ!」

 ま、まさか男が居たのか、天使なのに!

「べノムさん助けて!」

「変な事はするなって言っておいただろ。ベール、殺すなよ。程々にしておけ」

 そう、この日俺は本物の天使に出会って殺されかけた。
 しかしこの後本物を超える天使に出会ったのだ。
 俺が目を覚ますとそこに、短くカールが掛かった赤い髪の女の子が、俺を優しく癒してくれた。

 今度こそ俺の女神なはずだ。
 今日の夜に夜這よばいいを掛けてみよう。

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