一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

4 王道を行く者達21

「なんですかこの町? みんな走り回っていますよ」


 グリーズの町から次の町に進んだリーゼ達。
 その町の人達は誰もが走っている。
 この町はランナーの町。
 月に一度の賞品を求めて、誰もがマラソンの練習をしている。


 そして今月の賞品は、天才防具職人が作った籠手こて


「ほらあそこに書いてあるじゃない、マラソンで優勝したら防具が貰えるんだって」


 大きな看板がある、参加自由らしい距離は…………
 リーゼには無理だ。
 リーゼがラフィールを見るが、首を振られた。
 ハガンとリサを見るのだが、目を逸らされた。


 マッド…………は無理だろう。


「せっかくの賞品もこれじゃあ貰えないわね」


「今回は仕方ないんじゃないの? 私達はそんなに走れないよ」


 このメンバーの中で長距離を走れる人はいない。
 何年も走る訓練をしている人に、簡単に勝てる程甘くはないだろう。


「待ってください、私はやれますよ! このカモシカのような逃げ足をお見せしましょう!」


 マッドが走ると言っているが、本当にできるのだろうか?
 カモシカの逃げ足、猛獣に捕まりそうな予感がする。


 しかし出たいというのなら任せよう。
 他にやる人もいないのだ。


「それじゃあお願いね。取れなかったら坊主ね」


「お任せください、この私が賞品をゲットしてみせましょう! え? 坊主? それはちょっと」


「大丈夫よ、マッドさんなら勝てるわ。賞品取るんでしょ? 絶対大丈夫よ」


「分かりましたリーゼさん! そこまで期待されては燃えない訳にいきませんね! やりますよ、うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ…………」


 マッドが走って行った。
 競技の開催日は何時だろうと周りを確認すると、近くに時間が書かれていた。
 …………後三十分後。


「あれ、これ無理じゃない? もう受付とっくに終わってるよ」


「リーゼちゃん、優勝した人からゆずって貰おうぜ。その方が速いって」


 確かにそれが出来るのなら簡単だ。
 しかし賞品の為に皆頑張ってるのではないのか?


 やる気を見せるマッドが、係員に詰め寄っている。
 出場の交渉をしているようだ。


 マッドがリーゼの方を見て、親指を立てた。
 どうやら特別に出して貰えるらしい。


「リーゼさんやりましたよ。リーゼさんのパンツをあげるって言ったらこころよ承諾しょうだくしてくれました!」


 パンツは買って来てマッドに履かせて渡してあげよう。
 そして勝てなかったらマッドは後で埋めよう。
 もうスタートの時間が近い。
 あんなブカブカのローブで走れるんだろうか?


「では位置について……用意、スタートー!」


 スタートの合図と共に、競技者達が走り出す。
 どんな理屈か分からないが、巨大な四画い板に、その映像が映されている。
 たぶん何かの魔法なのだろう。


 それを見るとマッドは結構頑張っている様で、先頭から十位に付けていた。


「お、一人抜いたぞ。マッドもやるじゃないか」


「もう一人抜かしたわ、後八人だよ!」


 ハガンとリサは期待している様だが、リーゼは一切信用していない。
 まだ半分も走っていないので、あんなに全力で走っていたら倒れそうだ。


「あっ、倒れた」


 倒れたマッドがドンドン順位を下げている。
 もう無理だろう。


 結局マッドは最下位になり、今だに倒れている。
 優勝したのはブルーラビットと登録された人だ。
 マッドは放置して、リーゼ達はブルーラビットと接触を図る事にした。
 ブルーラビットという人は女性で、走りやすい青い服を着ていて、少し見ただけでは男にしか見えない。


「何かアタシに用かよ? もしこの防具を狙ってるのなら諦めなよ。これは大事な人に渡すんだから」


 いきなり断られてしまった。
 大事な人とは、その防具を使う戦士なのだろう。
 その人に頼んでみても良いのだが、その防具が使える物でなければ意味が無い。
 高い金を払って、ゴミを買っても仕方が無いのだ。
 一度試してみたいが、斬り付けてもし壊れたら弁償しなければならない。
 一応駄目元で聞いてみるだけ聞いてみようか。


「その大事な人と交渉させて欲しいんですが、駄目ですか?」


「駄目に決まってるでしょ! なんで私が彼にプレゼントした物を貴方が買うのさ! アタシが馬鹿みたいじゃないかよ!」


 リーゼの話には乗らないらしい。
 もう少し話してみよう。


「でもですよ。もしその彼が貴方を愛してるのなら、私の事なんて突っぱねると思いますよ。ほら彼の本心を知るチャンスですよ」


 彼女の動きが止まった。
 自分がどれだけ愛されているのかを試したいと思ったのだ。


「分かった、その代わり断られたらもう来ないでよ」


「ええ、それでいいですよ。所で、そのブルーラビットって本名じゃありませんよね?」


「ああ違うよ。これは彼がつけてくれたんだ。俺の青い兎ちゃんって、。きゃあもう言わせないでよぉ」


 随分とその人に入れ込んでいる様だ。
 その彼の元へラビットが案内をしてくれた。
 その彼の印象は、簡単に言うと紐の様に細長く、とても戦士には見えない。


「どうしたんだい俺の兎ちゃん。その人達は誰だい?」


「その今回の賞品の防具が欲しいって、だから貴方と相談しようと思って」


「ほうほう、これを譲って欲しいと? なら幾ら出す?」


 彼の方には売る気があるのか、値段を聞いてくる。
 しかし彼女は納得していない。


「これは貴方へのプレゼントなのよ、なんでお金に買えちゃうのよ! アタシが必死で取って来たのにさ!」


「ま、待ってくれよ兎ちゃん。高く売れる物なら売って、そのお金で二人でデート出来るだろ? その方が絶対良いんだって、俺に任せてくれよ!」


「あの~、ラビットさん? もしかしてカモにされていませんか?」


「そんな事無い!」「違うぜ!」


 納得しているならリーゼが言う事ではない。


「二人で相談して、もし売る気があるのなら宿の方に来てください。明日なら居ますので」


 リーゼがその場所を言い、今日の宿に帰った。
 早速その夜に、ラビットの彼氏がやって来た。


 ドンドンドンッ、


「さっき会っただろ俺だよ。あんた達この防具が欲しいんだろう? 俺には使えなかったんだ。どうだ、買わないか?」


 明日でも良いと言っておいたのに今日来たとなると、余程金に困っているのか?
 リーゼが扉を開けると、間違いなくさっきの男だった。


「どうだこのぐらいで…………」


 男の言った金額はちょっと高かった。
 村長から貰った金を使えば買えるのだが、それを買ってしまうとほとんど残らない。
 使えるか分からない物に、こんな大金を使うべきだろうか?


「もう少し安くならないかしら?」


「これでどうだ?」


「ならそれで良いです。でも何でこんなに早く来たんですか? 明日でも良かったのに」


「俺はな、あの女から逃げたいんだよ。この金を持って別の町に行くんだ」


 これは、駄目な男だ。
 あの人に連絡しておいた方がいいだろう。


「ラビットさんが気に入らないんですか? そんな大金になる物を貢がせておいて?」


「違う! あいつが勝手に送って来るだけだ! それにこの町の中を逃げた時なんて足を刺されたんだぞ! あいつは頭がおかしい。此処ここに居たら何時か殺されてしまう!」


 この男の話術なのか?
 それとも…………


「これを見ろ! まだ跡が残っているんだぞ!」


 男のがズボンを降ろすと、言われた通りに傷跡が無数にあった。


「でもあんなに仲が良さそうだったじゃないですか」


「あれは演技だ。そうしないとまた刺されるから」


 彼にとって彼女は憂鬱ブルーな兎だったのだろうか?
 リーゼは男にお金を渡し、防具を譲って貰った。
 これから彼が如何なるか、無事に生き残る事を祈っておこう。
 世の中には聞いてみないと分からない事があるものだ。


 男が去り、買い取った防具を見る。
 相当作り込まれた籠手こてで、かざりも付けられていて恰好良いのだろう。
 このまま切り刻むのは勿体無い気がするが、しかしリーゼは置かれた防具に剣を振るった。


 剣が弾かれる!
 当たりか?
 しかし耐えられたと思った籠手は、真っ二つ分かれてしまった。


 この素材が駄目なのだろうか?
 一から作って貰えばかなり良い物が出来そうな気がした。
 それをして貰うにしろ、まず天才防具職人を探さなければならない。






 この町の賞品で出たのだ、その職人はこの町に居る可能性がある。
 リーゼ達はその人物を探し始めた。



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