一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

12 王道を行く者達19

グリーズの町から北の廃墟へと向かう…………


リーゼ(赤髪の勇者?)  ハガン(リーゼの父親)
マッド(元司祭)     ラフィール(ガットンの雇った護衛の一人)
リサ(リーゼの叔母)   ミトラ(グリーズの町の町長の娘)
ルキ(?)         ラム(?)


 ミトラを乗せた馬車の中。
 リーゼ達は指定の場所に向かっている。

「さあミトラさん、観念して場所を教えてください。言わなくても調べれば分かるんですからね」

「卑怯者! 生贄になんてならないから、私を返して!」

 リーゼは、ミトラにはこのまま付き合ってもらおうと思っている。

「大丈夫よ、私達はその魔物を倒すから」

 リサが宥めているのだが、しかしミトラはその言葉を信じていない、
 その魔物の事を見た事でもあるのだろう。
 しかし魔物は生贄を要求する事はないのだ。
 話せるとしたら魔族だが、こんな所にそんな魔族が居るとは思えない。

 圧倒的な力がある魔族なら、要求などしなくても、ただ普通に奪ってくれば良いのだ。
 今まで出会った二人の魔族は、生贄を要求して踏ん反り返る様な者ではなかった。
 魔族にも色々あるのだろうかとリーゼは考えている。

「ミトラさん、敵がどんなのか教えてください。特徴が分かれば勝てる確率が上がりますので」

「貴方達本当に勝つ気なの? ……分かったわよ教えればいいんでしょ。あいつは巨大な右腕をしていたわ。そして攻撃が全く効かないのよ」

「他には何か無いのか? 例えば人間の様な姿だったとか、言葉を操るとか」

 ハガンが確信に迫っている。
 言葉をしゃべるなら魔族で間違いないだろう。

「ええそうよ、そいつは言葉をしゃべり人間の部下までいたわ。私達だって、町の人達と傭兵を引き連れて何度も戦ったのよ。それでも誰も勝てなかったわ。奴は強すぎるのよ!」

 相手は魔族と確定した。
 誰もこんな所に居るとは思わなかったが、もうやるしかないだろう。
 魔族を倒す旅の途中だ、そいつに勝てなければ、あの魔族達にも勝てはしない。

 観念したミトラの案内で、目的の廃墟へと案内してくれた。
 部下が居ると聞いたので、少し離れた場所に馬車を置き、リーゼ達は廃墟へと向かった。

 二階建ての廃墟、結構大きくて、元が宿屋だった形跡がある。
 廃墟の入り口には見張りが二人、ここは男組に頑張ってもらおうリーゼが進言した。
 それに頷いたマッドとラフィールは、ミトラを連れて、廃墟の入り口へと近づく。

「生贄を連れて来ましたよ。ほら可愛い子ですぜ、へっへっへっ、私にも味見させてくださいよぉ」

「マッドさん、それって悪人の真似なんでしょうか? 棒読みですよ」

 遠くの木の影でリーゼがマッドの演技を罵倒していた。

「リーゼちゃん静かに。見つかっちゃうよ」

 リーゼはリサに頭を引っ込められた。

「お、俺にもよろしく」

 ラフィールもマッドの演技にに乗ったらしい。
 演技の方は見ていられないレベルだ。

「お前等も悪だな。どうだ俺達の仲間にならないか。とてもい~い思いが出来るぞ」

 見張りの一人が二人を誘っている。
 二人の棒読みでも通じたらしい。

「まさかあの演技で通じたのかしら。もしかして敵は馬鹿なんじゃ?」

「もう少し様子を見るとしよう」

 リーゼ達が見守っていると、向うにも動きがあった。 

「まあお前等も来いよ、案内してやるぜ。ほら、こっちだ」

『ありがとうございます!』

 そして見張りの二人が後を向くと、マッドとラフィールが頭の後ろを剣と杖で打ち付けた。
 軽い悲鳴すらさせずに気絶をさせると、他に誰か来ないかと確認している。
 周りには敵の姿は無いようで、二人は気絶した兵士を木陰に縛り上げた。

 マッドとラフィールには、倒した敵の恰好をさせて、入り口に立たせている。
 何か頭に被って後ろを向いていれば、少しは気付かれないだろう。

 リーゼは入り口の扉をゆっくりと開けて、中の状態をを確認した。
 入り口近くには、三人がテーブルを囲んでトランプゲームををしている。
 だが魔族の特徴のある者は見当たらず、あの三人をおびき寄せる事にした。

「じゃあミトラさん、そこに仰向けに寝てください」

「何をさせるつもりなのよ」

「いいから早く」

 ミトラが地面に横たわると、ラフィールを突き飛ばし、その上に倒れさせた。
 顔が胸に当たったりと、いい感じになっている。

「ちょっと何するの! 離れてよ!」

「私達は隠れますので、あまり大きな声を出さずに、丁度いい声で演技してください」

「ちょっ、変な所触らないで!」

「あ、いやゴメン……」

 ラフィールが謝っている。
 もう少し派手でもいいのだが。

「止めてよ、やだっ、そんな事しないでッ」

 女の悲鳴に、中の三人が様子を見に来た。

「何やってんだ! 生贄は先に親分の所に連れて行く約束だろうが」

「待てよ、周って来るのはかなり先になるじゃねぇか。気づかれない内に、先に頂いても構わねぇさ」

「まあ仕方ねぇよ。いいじゃねぇか、どれ俺達にもやらせてくれよ」

「ん、そうか……そうだな。じゃあそうしよう!」

 最初に反対していた奴も、仲間の説得に応じてしまった。

「じゃあお先にどう……ぞッ!」

 ラフィールは振り向きざまに剣を放ち、相手の喉を切り裂いた。
 マッドが二人目を殴り、三人目はハガンに蹴り倒されている。
 喉を斬られた奴も、マッドの治療により命は助かったらしい。

 捕まえた男達を尋問し、中の人数は三人と情報を得る。
 その内一人が魔族だそうだ。
 だがリーゼ達は敵の情報をそのまま信じず、敵は三人以上として油断していない。
 緊張しながら奥へと進んで行く。

 建物の構造と、魔族の居場所も聞き出している。
 二階の一室に何時も屯しているらしい。
 地下には、今まで捕まえた生贄の女達が閉じ込められていると聞かされた。
 マッドとリサ、それとミトラがそれを救出する為地下へと向かって行く。
 リーゼ達は、魔族の居る場所へと動き出した。

「リーゼ、あの扉の奥には魔族が居る。二人が来たら突入するぞ」

「分かっているわ。まず残りの二人を先に倒さないと」

「だけど如何するんだい。相手は攻撃が効かないって言ってただろ?」

「戦ってみないと分からないわよ。どうにもならなきゃ逃げるだけよ」

「へぇ、まだ仲間が居たのか? 危なく成ったら逃げるって? そんな事はさせないさ。お前達は逃げられない。この鋼鉄の魔王グレッグ様からはなぁ!」

 リーゼ達の後ろから男の声が聞こえた。
 自身で魔王と名乗ったその男、右腕のみが常人の三倍程大きく、体が人より少しだけ大きい。
 色も岩のような色をしている。
 他には特に人間と変わった所は見られない。

 こんな所に魔王が居るとは、リーゼ達も聞いた事がない。
 しかし自分で魔王と名乗っているのなら、それなりに自信があるのだろう。
 そして見張っていた扉の中からも、敵が二人現れる。

 倒すのに変わりはないと、取り巻き二人を先に倒そうとリーゼ達が動いた。
 魔族と取り巻きが離れている、今の状態ははむしろ有利だろう。

「チャンスだ、行くぞ!」

「分かったわ!」

「行きましょうか」

 取り巻きの二人に向かうリーゼとラフィール。
 ハガンが魔族のグレッグをけん制して動きを止めている。
 一瞬後には取り巻きの二人を無力化し、三人は広い部屋の中へと移動した。

「よくも部下達をやってくれたな! お前達にはこの魔王グレッグ様が直々に地獄へと送ってやる!」

 グレッグとの戦いが始まった。
 三人がそれぞれの武器を構え、魔王と言うグレッグと対峙する。
 無防備なグレッグにリーゼが走り、その体に刃を叩きつける。
 その刃は体に当たるのだが、簡単に弾き返されてしまった。

 グレッグの右腕が、リーゼを掴みあげようと迫ってくる。
 だが他の二人もただ立ったまま居る訳では無い。
 ハガンはその腕を蹴り上げリーゼを救うと、更なる一撃で顔面を蹴り付けた。
 ラフィールは脚を狙い剣を振るう。
 その剣は弾かれるが、その勢いを使い体を回しもう一撃。
 それでもグレッグの体には殆ど傷はついていない。

「効かねえんだよおおおお! お前達はここで死ぬんだ。念仏でも唱えながら、大人しく殺されろや!」

 そんな言葉で諦める程、リーゼ達は簡単な旅をしてきていない。
 グレッグの弱点を探す様に、頭の上から脚の先まで攻撃を繰り返す。
 相手の防御は堅いが、幸い動きはそれ程早くはない。

 ハガンにグレッグの右の拳が迫る。
 だが遅い拳ではハガンに掠る事すら出来ない。
 迫り来る拳を躱し、肘の辺りを蹴り付けた。
 グレッグの拳が軌道を変え、グレッグ自身の体へぶつかる。

「ぐふおぉぉぉぉ」

 同じ形の物体がぶつかったのなら、速さと形状がものをいう。
 平な胸に固められた拳がぶつかったのだ、ダメージが有って当然である。
 致命傷には遠いが、最初のダメージを与えられた。
 勝てる可能性はゼロではない。
 自身の打撃を受けたグレッグの左胸には小さなヒビが入っている。

「リーゼちゃん、あそこを狙うんだ!」

 リーゼがグレッグに接近して、そのヒビを狙った。
 だがグレッグの左の掌がそのヒビを隠してしまう。

「ラフィールが叫んだ時から予測していたわ!」

 リーゼはグレッグの庇った左腕を掴み、腕の力と脚の力で相手の顔のまで跳んだ。
 硬い場所以外ならと、リーゼは相手の左目を……斬りつけた。

「ぎゃいやあああああああ! お前等ああああああ、絶ってぇ許さねえええええッ! ひき肉にして食ってやらあああああ!」

 目を斬られ、怒りでグレッグが暴れている。
 ひび割れた左胸から腕が離れた。
 弱点を狙うチャンスが来た。

「ラフィールッ、魔法を頼む!」

 ハガンがグレッグの周りを走り、そこにラフィールの魔法が発動した。

「風よッ、吹き付けろ!」

 ハガンの背中に追い風が吹く。

「うおおおおおおおおおおおお!」

「ぐふぁああああ!」

 スピードを増したハガンの蹴りが、グレッグの胸のヒビ割れに直撃した。
 その蹴りはひび割れを貫き、突き刺さっている。

「ハガン、離れてッ!」

 ハガンは脚を引き抜き、グレッグから飛びのくと、胸には大穴が開いている。

「ラフィール!」

「いつでも!」

「ファイヤーッ!!」「風よッ吹き付けろ!!」

 二人の魔法が威力を倍化し、巨大な炎がグレッグの体を焼いていく。
 そして……

「とぉどぉめぇだああああああああああああああ!!」

 リーゼが疾走し、角の剣がグレッグの左胸に……突き刺さった。

「ぎぃえええええええええぇぇぇ……ぇ……ぇ……ぇ……」

 巨大なグレッグの体が地面に沈み、リーゼ達は魔族に勝利したのだ。

「勝っ……た……?」

「ああ、俺達は勝利した。魔族にだって勝つ事が出来る」

「リーゼちゃん、皆の所に行こう。これであの町も救われるんだよ!」

「ええ……帰りましょう」

 リーゼ達は他の仲間と合流し、人質を助け出すと、この廃墟を後にした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 リーゼ達が去った後。
 あの戦いのあった場所では、グレッグが息を吹き返していた。
 胸に大穴が開き、体を燃やされ、胸を貫かれても死んではいなかった。
 その内臓すらも硬いとなると、恐るべき能力だろう。

「あいつらああああああああ、覚えていろよおおおおお! 次は必ず、かぁなぁらぁずぅこぉろぉしぃてぇやぁるうううう!!」

 しかし……

「貴方の様な方が居るから、王国の評判が下がるのです。そして何より王国の者でありながら魔王を名乗るだなどと…… 体だけでなく、心まで魔物になった者には、死を与えてあげましょう……」

「お前は……ルーキフェート……様。 ……はんっ、元は奴隷のガキじゃねぇか! 王族面するんじゃねぇよぉ!」

 リーゼ達を苦しめた二人の魔族が、この場に現れていた。

「ルキ様、私が……」

「ラムは下がっていなさい」

「あいつ等の前に、てめえらから先に片付けてやるぜぇ。さっきは油断したが、もう傷一つ許してやらねぇぜ! おらぁ何処からでも掛かってこいよぉ」

 ヒュンっと何かが通り過ぎた。

「どうした、来ねぇのかぁ?! じゃあこっちから行ってやるぜぇ」

 ヒュルっと再び何かの音が聞こえる。

「この拳をくらえよぉ! ……あれ? 腕が……ないいいいいい?!」

「絶望しなさい。後悔しなさい。王国に仇名した事を命で償いなさい!」

 シュピュンッ

「待ってくれ、王国なんてもうじき滅び……」

 その言葉がグレッグの最後となった。
 百か二百か、それ以上の攻撃を受け、見るも無残に肉の塊が残されている。

「ルキ様、お怒りは分かりますが、もう肉片しか残っていませんよ」

「……ええ、行くとしましょうか」

 何時の間にか握られていたルーキフェートの剣には、一筋の曇りすら見えなかった。

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