一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

11 王道を行く者達12

戦争から十七年後、無人島から脱出したリーゼ達…………


リーゼ(赤髪の勇者?)        ハガン(リーゼの父親)
マッド(元司祭)           ラフィール(ガットンの雇った護衛の一人)


 リーゼ達が崖の先を進むと、広い平野に出ている。
 木々が点々とあるが、近くに町は見えない。
 手持ちの世界地図は有るのだが、今居る位置も、何処に居るのかさえ分かっていなかった。

「道でもあれば分かり易いんだがな」

 ハガンは平野を見回している。

「う~ん、どっちに行けばいいのかしら?」

「道が分からないのならば、この私が占って差し上げましょうッ! ホゥアアアアアア、キエエエエエエエ!」

 マッドが地面に杖を立てて手を放すと、コロコロと杖が転り方向を示した。

「リーゼさん、あっちです!」

 行く当てもないので、それに従ってもいいのだが……
 マッドの杖が向いた方向は、崖から進んで右側である。

「いいんじゃないのリーゼちゃん、神様が助けてくれるさ」

 ラフィールは神を信じて居るらしい。
 しかしリーゼは、そんな神様には会った事がないし、助けられた覚えもないのだ。
 それに神様が居たとして、母親を助けてはくれなかった。
 それだけで信じるには値しない。

「左に行きましょう。なんかそんな気がするわ」

「なら左に行くか、俺も神頼みはしないからな」

「俺はリーゼちゃんについて行くよ」

「えええ、折角占ったのに、酷いですよ皆さん」

 マッドが反論してきたが、リーゼは聞く気はない。

「じゃあマッドさんだけ行ってみたら? 私達は逆に行くから」

「分かりましたよー、じゃあ今度あのパンツ履いてくださいね」

「絶対に嫌よ!」

 あのパンツとはマッドが買って来たライオン柄のパンツの事だろう。
 リーゼはそれを拒否して全員での探索を始める。
 それから一時間もしない内に人の住んで居そうな町を発見できたのだが……
 崖の下の窪地に町があったのだ。
 そこに行くのは二十メートルは下に降りないと町にはたどり着けない。

「うは、洞窟からこんなに登っていたのかよ!」

「そんなに登った覚えはないな、あの町の土地が随分と下がっているんだろうな」

「あ、見てください、あちらに降りられそうな所がありますね。ほらあそこです」

 マッドの指さす方向には、下に続く道がある。
 道の先を目で追うが、その道は途中で途切れていた。
 そこまでの距離ではなく、蔦のロープで降りられそうである。
 今持っているロープでは下までは届かないので、下に降りるなら、そこから飛び降りないとならない。

 しかし、あの場所に飛び降りたら、もう登っては来れないだろう。
 リーゼ達は他の道を探してみるのだが、何処にも見つからなった。
 一度戻って別の道が掘れたか確認するべきだろう。

「一回戻りましょうか。道ができているかもしれないし」

「そうだな、行くにしてもこの道の事を知らせてやらないとな」

 洞窟の入り口までリーゼ達が戻るのだが、その場所が人の拠点になったようだ。
 確かにこの洞窟なら、入り口と出口を護れば良いので、警備も楽である。

「はぁ? 岩盤が硬くて掘れなかったって?」

「ああ、掘ってみたは良いが、十センチも掘れなかったよ」

 ラフィールがガットンに話を聞くと、やはり崖から降りるしか手がないらしい。

「まあいい、今日は休むぞ」

「下りるのにも体力使いそうだからね、それがいいかもしれないわ」

「了解。じゃあお休み、リーゼちゃん」

「あ、そうだリーゼさん、ここで寝るのは寒いでしょう。懐で温めておきましたよ。どうぞ履いてください」

 マッドは懐からパンツを取り出した。

「何度も言うけど要らないわよ! 絶対履かないから捨ててください!」

 食事を取り四人は眠ると、朝を迎えた。
 足りないロープを何本か蔦で作り、もう準備は万全だである。
 リーゼ達は崖の下にある町を目指し、動き始めた。

「崖まで来たわね。まずはハガンを降ろさなきゃね」

 ロープをハガンの体に縛り付け、三人で少しずつロープを降ろしていく。
 流石に十メートルを超えて来ると、蔦のロープに負担がかかっている。
 蔦を絡ませただけのロープは、何時切れてもおかしくない。

「大丈夫だ、下まで届いたぞ!」

 ハガンの足が地に着くと、上の岩にロープを括り付けて、リーゼがロープをおりて行く。
 無事に着地したリーゼは、ハガンに付けたロープを解き、次々におり始める。
 四人が全員降りると、崖の下の町を見て回る事になった。
 人は殆ど居らず、女と子供ばかりが目立つ。
 何故かと尋ねてみるが、男だけを襲う魔物が居るらしい。

「魔物が出て男だけ食われたぁ? パラダイスかと思ったが魔物のせいかよ」

「はい、とても巨大で蜘蛛の様な姿をしていました」

 蜘蛛と聞き、その姿を想像する。
 リーゼはその姿から戦い方を考えた。
 殆どの蜘蛛の特性は尻から糸を出し、罠に掛かった得物を食うらしい。
 だがこの蜘蛛は自分から得物を見つけ、襲い掛かっているという。

 いやこの町こそが、その蜘蛛の巣なのかもしれない。
 そうなると今この状況のリーゼ達も、その蜘蛛に見張られているのかもしれなかった。

「油断するな、いつ来てもおかしくないぞ!」

「崖の壁に何かいるわよ! ねぇ、あいつじゃない?」

「ああ、分かり辛いがあれだな」

「え? どこです?」

「マッド、あれだよ、あれ」

 保護色と言う奴だろう、巨大な蜘蛛は壁の色に擬態している。
 目を凝らさないと分からないほどだ。
 その蜘蛛が、崖の壁を歩きながら此方に向かって来ていた。

「家より大きいですね。あれに踏まれただけで普通に死にますよ! 皆さん気を付けてください!」

「てやあああああああああああああ!」

 地に降り立った蜘蛛の足に、リーゼは真っ先に剣を振る。
 だが大き過ぎる蜘蛛の脚の先にしか、剣が当たってはくれない。
 普通に戦っても勝つのは難しいだろう。

「斬れる事は斬れるけど、大きすぎるわね」

「リーゼ離れろ、蜘蛛が動くぞッ! 全員距離をとれ!」

 脚を上下させるだけだが、その攻撃力は尋常ではない。
 蜘蛛が屋根の上を歩き回り、その顔はハガンを見つめている。

「ラフィール合わせて! 行くよ……ファイヤーッ!」

「風よッ吹き付けろ!」

 炎と風が合わさり、大きな炎が蜘蛛を襲う。
 蜘蛛の体に当たると、炎は激しく燃え上がった。
 痛みで蜘蛛が暴れるが、その炎はすぐに収まる。
 怒り狂った蜘蛛は、自身にダメージを与えたリーゼに標的を変えた。

 巨大な蜘蛛の前足が、リーゼを潰そうと襲いかかる。

「リーゼちゃん逃げろ!」

「言われなくても分かってるわッ!」

 リーゼが必死で逃げるが、その巨大さにより、二歩も歩くと直ぐに追いつかれてしまう。

「リーゼ、狭い道を探せ。この大きさなら入れないはずだ! マッドは隠れていろ。お前が生きていれば、生き残れる望もある」

「分かりました。皆さんお気をつけて!」

 マッドが三人と距離をとり、町の隅に逃げて行く。

「ラフィール、屋根に上がり蜘蛛より高い建物を探すんだ。そこから蜘蛛に飛び移るぞ!」

「了解ですハガンさん!」

 ラフィールが屋根によじ登り、町の中を見渡している。

「ありましたよハガンさん! ここから二軒先を左です!」

「よし、行くぞ!」

 蜘蛛が路地裏の隙間に無理やり前足を突っ込み、リーゼを狙っている。

「足一本なら避けるのは簡単だけど……」

 蜘蛛の脚が両側の建物にぶつかり、建物が崩れている。
 この場所に長く留まる事は出来ない。

「リーゼこっちに来い!」

 ハガンの声が響く。
 リーゼは、あちらに進めば勝機があると移動しようとするのだが、蜘蛛はそう簡単には逃がしてはくれない。
 蜘蛛がリーゼを覗き込み、隙を窺っている。
 攻撃のタイミングを計るリーゼは、蜘蛛の攻撃を避け続けていた。
 そしてチャンスが来る。
 業を煮やした蜘蛛が、路地裏を覗き込んだ。
 ここしかないと、リーゼは炎の魔法を放つ。

「ファイヤーッ!」

 直撃した炎が蜘蛛の目を焼き、痛みにより大きく暴れ続けている。

「今の内ね!」

 リーゼが走り、この町の一番高い建物に到着した。
 高さとしては、蜘蛛の頭よりも少し上となる高台である。

「リーゼ、お前は上から蜘蛛を狙え。俺が蜘蛛を誘いこむ!」

「分かったわ!」

 蜘蛛はダメージを負わせたリーゼを探している様だ。

「こっちを向けよ、蜘蛛野郎!」

 リーゼを探すが見つからず、一人で居たハガンに視線が向いた。
 蜘蛛に追われたハガンは、リーゼ達が隠れている建物まで走り続けた。

「間に合えよッ……」

 脚を一回動かすだけで、開いていた距離がどんどんと縮まって来る。
 かなりギリギリで高台に到着したハガンは、高台に居た二人に合図を送った。

「着いたぞッ!」

「風よッ吹き付けろッ!」

 ラフィールの魔法で、リーゼの後ろから追い風が吹く。
 窓の下は、丁度蜘蛛の頭の上。
 リーゼが建物の中から助走をつけて、高台の窓から跳び出した。

「うああああああああああああああッ!」

 角の剣の一本を蜘蛛の額に突き立て、力いっぱい押し込むと、蜘蛛の額からは青い血液をまき散らす。
 大きな蜘蛛が崩れていく。
 もう一本の剣を額に押し込むが、この蜘蛛は動かない。

「どうやら死んだみたいね」

 リーゼは剣を引き抜き、蜘蛛の頭から跳び降りる。
 その時、倒れて居た蜘蛛が動き出した。
 大きな蜘蛛は死んだ振りをしていたのだ

 目の前のリーゼを噛み砕こうと、巨大な口を横に広げる。
 ハガンが助けに走るが、距離が有って間に合いそうもない。
 蜘蛛の口が、リーゼを捕らえ、そのままゆっくりと噛み砕こうと、左右の口を閉じて行く。

「ああああああああああッ」

「うおるあああああああッ!」

 その時、ラフィールが窓から飛び出した。
 蜘蛛の頭、リーゼの刺した場所に、寸分たがわず剣を突きたてた。

 ドスン!

 リーゼの剣より長いラフィールの剣は、蜘蛛の頭を深く貫く。
 そのダメージにより、今度こそ蜘蛛の動きが止まる。
 閉じようとしていた口が開き、傷ついたリーゼが解放された。
 そこで、蜘蛛は完全に動かなくなった。

「リーゼ、大丈夫か!」

 リーゼの体は噛み砕かれる寸前で、腕が逆に曲がり、体には蜘蛛の歯で腹に穴が開いている。
 まだ死んではいないが、意識がない。
 急いで止血しないとリーゼは死ぬだろう。

「出血が酷い! ラフィールッ! マッドを呼んで来い急げ!」

「大丈夫です、私は此処にいますよ! リーゼさんはそのままそこに寝かせてください!」

 マッドは、一度目に蜘蛛が倒れた時に、駆けつけて来てくれた様だ。

「聖なる水の力よ、彼の者の命を繋ぎ止め給え……リザレクション!」

 マッドが真剣な顔で魔法を掛けている。
 リーゼの傷が、余程酷かったのだろう。

 マッドの魔法により、リーゼの体が癒されている。
 その肉が盛り上がり、傷口が塞がっていく。
 腕もゆっくりと元の状態へと戻った。

「完全に治ってはいませんが、私の魔力が続く限り回復したので、命の方は大丈夫でしょう」

「ハガンさん来てくださいッ、急いで!」

 ラフィールが叫んでいる。
 何かあったらしい。
 その場にハガンが駆け寄るが……
 この大きな蜘蛛の腹から、掌ぐらいの子蜘蛛が溢れ出てきていた。
 一匹でも逃したら、何れこの巨大な蜘蛛が出来上がってしまう。

「絶対逃がすなよッ、全部踏み殺せ!」

「多すぎますよ、もう何匹か逃げられていますよ!」

「良いからやれるだけやるんだよ」

 暫くして巨大蜘蛛の中から、子蜘蛛が出なくなった。
 何匹逃げたか分からないが、このままにしておけない。
 またこれほど大きくなられたら、命が幾つあっても足らないからだ。

「町の人を集めるんだ! まだ中にいるかもしれない、火を付けて完全に焼き尽くすんだ!」

 町の人を集め、大蜘蛛に火を付けた。
 子蜘蛛の死体を見せ、見つけたら確実に殺す様に通達を出す。
 町人は子蜘蛛が巨大に成長する事を知っている。
 きっと必死に対応してくれるだろう。

 これである程度町の安全は確保出来た。
 島の皆をここに呼び寄せる事にしよう。

「ハガンさん、この一匹だけですよね?」

「怖い事言うなよ」

 ラフィールを使いに出し、三人は休息を取った。

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