一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

1 調査依頼

 調印式より1か月後、勇者が現れたと変な噂が広がっているらしい。 そんな調査に出たのがベリー・エルという女兵士だった…………


ベリー・エル(王国、兵士)     フルール・フレーレ(王国、兵士)
べノムザッパー(王国、探索班)   フラウ(帝国新聞、カールソンの上司) 
カールソン(帝国新聞、平社員)


 帝国にある新聞社、帝国新聞二階。

 私は帝国新聞の新聞記者のカールソンだ。
 中々のイケメンの二十歳で、道行くご婦人方が私を一目見ると、もう目を放す事が出来ないだろう。
 その私は、毎日超多忙な日々を過ごしている。

「え、何ですって?」

「だからぁ、ラグナードで神託の勇者が現れたらしいのよ、君取材行って来てくれない?」

 この女は俺の上司でフラウと言う。
 長い黒髪をなびかせ、目つきはきついが、そこそこのいい女だ。
 性格を除けば。

「いや、だからなんで私なんですか? 他にも暇そうなのいっぱい居るじゃないですか」

 新聞社の中で、寝ている奴等は沢山いるのだ。
 別に俺が行かなくても平気だろう。

「だって貴方、今月の成績ぶっちぎりで最下位じゃないの。ほら、この機会に成績をドーンと上げるチャンスよ。言い訳してないで、直ぐ行って来なさい!」

 確かにネタの数でも新聞の勧誘数でも、他社にぶっちぎりで負けている。
 しかし、私には戦う力などなく、無駄な戦いに巻き込まれて死にたくはなかった。
 だから机をバンと叩き、断る事にしたのだ。

「私は魔物となんか戦えないから無理ですよぉ。ラグナードまでどれだけ危険だと思ってるんですか!」

「そこは大丈夫よ。ちゃんと護衛を雇っているから。密かに王国と連絡を取り、一人だけ派遣して貰えたのよ。貴方はその人に護衛してもらいなさい」

 王国と連絡を取っているって正気なのだろうか?
 この間王国と戦争があったばかりなのに、今王国と関わったと知られれば、この新聞社にも多大な影響が出るだろう。
  駄目だ、この女と関わったら、私まで罰を受けるかもしれない。

「えッ、何してるんですか! この間の戦いでどれだけ人が死んだと思ってるんですか、バレたら処刑されるかもしれないですよ!」

「蛇の道はと言う奴よ、この世の中は情報が最優先で、他はどうでも良いの。それにバレなければ、なにも問題無いわ。もし貴方が情報を漏らしたら、私と一緒に地獄行きだからね」

 既に敵の掌の上だったと言うのか?!
 だが私は諦めない。
 こんな事で不名誉な死に方なんてしたくはないのだ。

「私と貴方がつながっている証拠がないですよ。貴方だけ捕まる事になるでしょうね」

「それはどうかなぁ? この美人の私が涙ながらに訴えたら、世間は一体何方を信じるかしら? 女の力をフルに使って貴方を追い詰めて あ、げ、る」

 涙ながらに訴える美人の女、正に絵になってしまうのだ。
 当然民衆は女に味方し、私を地獄へ突き落すのだろう。
 そうなれば、クソッ垂れな冤罪の出来上がりだ。
 もう私には逃げ場が無いのだろうか。

「もう入り口で待ってもらってるから、早く行きなさいよ」

 仕方なく私は入り口へと向かい、フードを被った怪しげな奴に出会った。

 男、か?
 何かもごもごと喋っている気がするが、町の雑音が大きくて聞こえない。
 いや、それ以上に声が小さいのだろう。

「まあいいや。私はカールソンって言うんです。よろしくお願いしますよ」

 フードの人物が頷いた。
 名前も名乗らないとは失礼な奴だ。
 とりあえず旅の道具を準備しなければならない。
 馬車と食料、フードの奴はついて来ていたが、どうにも気味の悪い奴だ。

「用意も出来たし、じゃあ出発しますか」

 無言で馬車に乗り込むフードの奴、顔ぐらい見せて欲しいんだが一向に見せてはくれない。
 暫く進み最初の休憩を取っている。
 あいつも何か食べていたが、一向に喋ってはくれない。
 なんだろうこいつ、本当に信用してもいいんだろうか?

「おい、あんたも一緒に食わないか」

 無言で近寄って、近くに座った。
 ちょっとフードの中を覗きたくなってきた。
 サッと除くが、フードの奴が顔を反らし、見せてはくれない。

「今だ囲め、逃がすんじゃねぇぞ」

 まさかこんな所に盗賊が?
 こんな奴等に殺されてはたまらない。
 少々頼りないが。フードの奴に頼るとしよう。

「おいあんた出番だぞ、やっつけてくれよ」

 フードの奴がうなずき、何処からか燃え盛る大きな剣を取り出すと、盗賊達に斬りかかる。
 一人、二人と盗賊を倒し、残りは半分ほどになる。
 思ったよりも随分強く、これなら如何にでもなりそうだったのだが……

「おいお前、動いたら殺すぞ!」

 何時の間にか盗賊の一人が私の後ろに回り込み、剣を喉に押し当てて来た。
 チクチクと剣の刃が喉元に刺さり、恐怖をあおっている。

「おいお前、この男を殺されたくなければ、俺達の言う事を聞くんだな。命だけは助けてやってもいいんだぞ?」

 盗賊が私を掴み上げ、フードの奴に命令している。
 護衛なんだから助けてくれよ。

「まずはフードを取りな」

 フードの奴が言われた通りにフードを取ると、そこには眩いばかりの美少女が一人立っていた。
 燃えるような髪と赤い瞳、麗しい唇。
 これは完全な美少女というやつなのだろう。
 神様が私の為に、この世に使わして下さった存在なのかもしれない。
 だがその美少女は、盗賊の言う事を聞かされてしまっている。
 このままではその麗しい体までを、あのむさい盗賊達に蹂躙されてしまいそうだ。
 それは駄目だ!

「いい女じゃねぇか、これは中々楽しめそうだ。魔族となんざ初めてするからな、じゃあ剣を捨てろ、早くしないとこの男を殺すぞ?」

 美少女が剣を捨て、野盗に寄っていく。
 もう駄目かもしれない、この美少女が酷い目にあってしまう。

「させませんよ!」

 私が命懸けの激しい抵抗をすると、盗賊の男の力が緩んだ。
 今だッ、と野盗の腕から飛び出し、私は美少女の元に駆け寄って行く。

「はぁはぁ、ぜぇ、はぁ……エルちゃんたら駄目ですよー、げほ、げほ、もうちょっとで依頼が達成できなくなっちゃう所でしょ。ぜはぁ……」

 何処から来たのか、女が一人増えている。
 何か辛そうだ病気でもしているのだろうか?
 そんなことよりフードの美少女が戦う様は、まるで炎の天使の様で、とても美しい。

 野盗達の実力では、まるで歯が立たず、野盗達があっという間に、二人の女性に倒されてしまった。

 これからの旅が楽しくなりそうだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 少し時を遡り、カールソンがフラウに頼み事をされる前。

「はぁ? 護衛が欲しいから、人を寄越して欲しいだぁ?」

「ええ、お願いするわ。今後も情報が欲しいなら手を貸してよね」

 べノムが情報収集の為、帝国に侵入した時に知り合った女、フラウ。
 その女から頼まれ、べノムは少し考えをめぐらせていた。

「何でそんなもんが必要なんだ? まず理由を教えろよ」

「分かったわ、理由を教えるから護衛お願いね」

「まず理由を聞いてからだ!」

 フラウからラグナードに勇者が現れた事を聞かされ、その話にべノムは興味がわく。
 しかしべノムは、王国の指令の為に簡単に動く事は出来ない。
 今暇そうで、そこそこ腕が立って、人に近い奴を思い出す。
 自分の知り合いはと考え、ロッテやレアスは受けないと諦める。
 フレーレとエルが適任かもしれないと考えるが、フレーレは少しやり過ぎるかもと思いなおす。
 エル一人でなんとかなるかと頼みに行くと、その頼みをエルはあっさりと了承し、出立の準備を始めた。
 町に入っても恐れられない様に、ブカブカのローブを被って行く様だ。

「まあ気を付けて行ってこいよ、強いキメラも、うろついてるかもしれねぇからな」

 軽く首を下げたエルを送り出し、べノムはホッとした所で物凄く心配になった。

「あいつ言葉があれだから、もう一人誰か送った方がいいかもしれねぇな。やっぱりフレーレを送っとくか?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 私、ベリー・エルは、べノムの頼みにより帝国へとやって来ていた。
 この私はキメラ化の手術を受け、その体に炎を纏った女兵士だ。
 背中にある炎の翼は、結構自分でも気に入っている。
 そんな私はべノムに言われた通りに、新聞社に向かい、フラウと言う記者に会いに行っていた。

「へぇ、貴方が護衛を引き受けるのね? それじゃあ入り口で待っていて貰えないかしら。部下がそろそろ出社して来る頃だから」

 フラウの言葉に私が頷き入り口に向かうと、暫くして上から男が降りて来た。
 無精ひげを生やし、ちょっと太めな男である。
 たぶん三十五位だろうか?
 とてもモテそうにない感じだった。
 あの人だろうか?
 とりあえず挨拶をしないと。

「こん……に……ちは……ベリー・エル……です……」

「まあいいや、俺カールソンって言うんです。よろしくお願いしますよ」

 どうやら聞こえていたみたい。
 実は私はあまり喋るのが得意じゃない。
 そんな私が、このカールソンさんをラグナードまで送り届けるとは、結構難易度が高いかもしれない。
 ああ、もうカールソンさんが出発の準備をするらしい。
 私も付いて行かないと。

「用意も出来たし、じゃあ出発しますか」

 私の手伝いもあり、出発の準備が出来た様だ。
 外で見張るのは大変だし、馬車に乗せてもらうとしよう。

「乗る……ね……」

 馬車の旅、何日かかるんだろう?
 馬車の中で無言が続き、何の会話もない。
 此方から話した方がいいのだろうか?

「あ……あの……良い……天気……ですね……」

 こちらに返事が無い。
 聞こえなかったのだろうか?

「…………」

 間が持たないので、何か話して欲しい。
 そろそろキメラでも出てきたら嬉しいのだけど。
 そんな私の望み通り、何者かの襲撃が始まった。

「今だ囲め、逃がすんじゃねぇぞ」

 キメラじゃなくて野盗らしい。
 まあ暇つぶしには丁度いい相手だろうか?

「おいあんた出番だぞ、直ぐにやっつけてくれよ」

 カールソンの声に頷き、私は炎の剣を作り出す。
 一人目に突っ込み斬り伏せ、二人目も同様に倒し、三人目、四人目と続けていく。
 そんな私の猛攻も、野盗達によっていきなり終わりを告げられた。 

「おいお前、動いたら此奴を殺すからな」

 失敗してしまった。
 どうやら依頼者が捕まってしまったらしい。

「まずはフードを取りな」

 これはもう無理だろうか?
 一応フードぐらいなら譲歩しよう。
 言われた通りにフードを外し、私の素顔を晒す。

「いい女じゃねぇか、これは中々楽しめそうだ。魔族となんざ初めてするからな、じゃあ剣を捨てろ、早くしないとこの男を殺すぞ?」

 仕方ない、もうこの依頼は失敗だ。
 べノムに怒られそうだけど、野盗の指示に従って酷い目に遭うつもりはない。
 剣は自分で出せる、捨てても大丈夫。
 私は言われた通りに地面に捨てた。

「させませんよ!」

 カールソンという男が抵抗を始めているが、あまり効果はなさそうだ。
 これはもうどうにもならない。
 野盗は殺そう。
 依頼者は捕まった時点で、もう死んでいるのと同じだ。
 殺気を殺し、私は野盗の元に向かおうとした。
 だがバチ―ンと音を立て、依頼者を捕まえていた野盗の首が吹っ飛び、体がぐらついている。

「はぁはぁ、ぜぇ、はぁ……エルちゃんたら駄目ですよー、げほ、げほ、もうちょっとで依頼が達成できなくなっちゃう所でしょ。ぜはぁ……」

 あれは、友達のフレーレさんだ。
 フレーレさんが援軍としてやって来てくれた。
 良いタイミングだったけど、なんか息が上がっている。
 もしかして走って来たのかも?
 彼女ならありうる。

 人質が居なくなった野盗なんて、私達の敵にはならない。
 私達二人が五分もしない内に、盗賊全て片付けた。
 助け出されたカールソンさんは、何だか私を見る目が変わっている。
 妙にねちっこいというか、舐めるように全身を見回されたりと嫌な気分になってしまう。
 私はべノムの頼みを聞いたのを、とても後悔した。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品