一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

32 ブリガンテへの伝令4

 マリア―ドとの戦いが終わりブリガンテに接触を図る。
 べノム、ロッテ、レアスはブリガンテに向かい国境の砦に到着した…………


ベノムザッパー(王国、探索班)      アスタロッテ(べノムの部下)
グラスシャール・ボ・レアス(王国、兵士) マリーヌ(ブリガンテ武国、国王)


 両側を山に囲まれ、馬車が二台ギリギリ通れるぐらいの道に、ブリガンテの国境がある。
 砦が作られており、そこを越えなければブリガンテの領内には入る事が出来ない。
 此方の進入を阻むように、大きな門は閉じられていて、兵が長い槍を向けている。

「止まれい! 今は通行禁止だ! 来た道を引き返してもおうか!」

 三人は警備兵に止められ、通行止めと言われてしまった。
 今の状態ではそうなっても不思議ではないのだが、この道を通れなければ、空を飛んで行くしかないだろう。
 飛び上がって超えるのは容易い。
 しかし馬も何も無しで王に会いたいと言っても、普通に怪しまれてしまいそうである。
 まずべノムは、その兵士に事情を説明することにした。

「王国からの使者なのですが、通してはもらえませんか?」

「お、王国だと……魔王からの使者だと言うのか…………」

 人の姿をしたべノムが尋ねるが、相手は怯んでしまっている。
 それほどの恐怖があるのだろうか?
 確かに戦争中には魔王などと呼ばれてはいたが、帝国だけではなく他国にまで浸透しているとは思ってもいなかった。
 恐怖を受けた人間は、その相手を敵と認識しやすい。
 ある意味でとても厄介なのだ。

「そ、そこで待っていて、ください」

 恐怖の為か、それとも他国の使者だからか、なぜか敬語を使われている。
 砦の上司と相談でもするのだろう。
 その男が慌てて砦の中に入って行く。
 暫くして、六人が砦から出て来た。
 武器を構えているのは仕方がないのだろう。

「貴方達が王国の使者だと言う証拠を見せて欲しいのですが?」

 ベノムの前に現れたのは、一番立派な鎧を着た男であった。
 此処の砦の隊長かなにかだろう。
 この男だけは他の兵と違い、まだ少し落ち着いていた。
 べノムはこの男なら話せるかもしれないと考え、一つ方法を考える。

「先に言っておきますが、私達は危害を加えるつもりはありません。ですから落ち着いて見ていてください」

 べノムが自身の変身を解き、体が変化を起こす。
 見ていた兵達の表情が一変し、剣先が震えているのが分かった。
 見たことも無いものへの恐怖だろう。

「もう一度言いますが、私達は危害を加えません。ただ使者として、其方の王と交渉をしたいのです。出来ればこの砦を通してもらいたいのですが」

「私達、まさか他にも……」

「ええ、馬車に二人乗っています。一人は人間ですよ」

 無駄に隠しても争いを生むと判断して、べノムは素直に答えた。
 砦の隊長の指示で、一人の兵士が馬車の中を覗き込んでいる。
 だがレアスにジロリと睨まれて、その男は腰を抜かしてしまった。

「わ、分かり……ました。ですがまず、この事を先に城に伝えさせてもらいます。返事が来るまでの間、この砦に滞在して欲しいのですが……」

 此処で我がままを言って、険悪になる事もないだろう。
 べノムは馬車の二人に事情を説明した。

「此処に泊まれと言うんですの? ……まあ仕方ありませんわね、部屋は用意されているんですの?」

 レアスも他国の兵に我が儘を言うことはないようだ。
 ベノムとしても、暫く大人しくしていて欲しい所だった。

「ねぇべノム、私体洗いたいの。お湯あるかな?」

「この砦の中もブリガンテ国の領内だ。お前も大人しくしていろよ」

「分かってるよ~、信用してよね!」

 ロッテを信用して良いのかは謎だったが、今更来た道を帰れとも言えない。
 なるべくおとなしくしていろと、べノムが言い、ロッテもそれに頷いている。
 一応注意はしておくべきだと、べノムは警戒を解いていない。
 まだここの兵士が信用出来るとは限らないのだ。
 王国がやられたように、寝込みを襲ってこないとも限らない。

 どうやっても敵わない相手と戦う手段としては、暗殺、毒殺だろうか。
 此方がいくら強いと言っても、戦闘に特化しているだけで、けっして無敵と言う訳ではない。
 油断は大敵だろう。
 まだ警戒しているべノム達を、砦の兵士が案内を申し出た。

「ご案内いたします」

 馬車に積んであった食料と荷物を持ち、三人は案内にしたがった。
 三人一緒の部屋だったのだが、レアスが怒りだして、べノムと女性陣とは別の部屋を用意してもらえた。

 国境の兵士の詰め所の中。
 砦の兵士がべノム達のことを話している。

「隊長ッ、あいつ等放って置いてもいいのですかッ!」

「仕方あるまい、国からの使者だと言われてはな。それに此処に居る者だけでは、あの者達の相手にもならんだろう」

「ならいっそ寝込みを……」

「やめておけ、例え此処であの者達を殺せても、それでこの国を攻める口実にされては敵わん。だから城に使いを出して此処に留めたのだ。上の判断を待とうではないか」

「分かりました、隊長の指示に従います」

 特に何事もなく二日が過ぎ、ブリガンテからの返信が届いた。
 べノム達の案内の為に、兵士千人を引き連れて。
 砦の一室で休んでいた三人の元に、一人の兵士が状況を伝えに来た。

「女王陛下は、お前達とお会いになられるそうだ。心優しい陛下に感謝せよ」

「あらまあ、随分と大層なお迎えですこと。余程信用されていないのですわね」

「レアス、問題を起こすんじゃぁないぞ」

「その程度のこと弁えていましてよ。貴方こそ、そんな小汚い恰好で、国の王に会おうとは失礼ではなくって?」

 言われてみれば、レアスとロッテは、それなりの服を着ているた。
 ロッテもレアスに服を借りたのだろう。
 確かにべノムは人間に変身しているが、服装は地味だった。
 着替えようかと部屋に戻ろうとするが、それを兵士に止められてしまう。
 勝手に動くなとの事だった。
 まさかこれほどの扱いを受けるとは思わなかったべノムだが、王に会わせてもらえるのなら、この兵士に付いて行くしかないだろう。

「出発ッ!」

 兵士の隊長らしき人物が号令を掛け、べノム達の馬車が移動を開始した。

「ねぇべノム、これ大丈夫なの~?」

 ロッテが窓の外を見て、少し心配をしている。

「大丈夫じゃなくても行くしかねぇよ。もし危険な事になっても俺が助けてやるからよ」

 馬車の周りには、少しだけ離れて兵士達が囲んでいる。
 兵士だらけで、周りの景色も見えない。
 地形すら見せたくないのだろうか?

「あら、からすのくせにロッテさんを口説いてるんですか? 盛っていらっしゃるのなら、同じ鳥類の鶏とでも致したら? 鳥類同士お似合いですわよ」

「口説いてねぇし、盛ってももいねぇよ! それに俺は鳥じゃねぇわッ!」

「あらべノムだったら口説かれてもいいわよ~、ペットに懐かれるのは可愛いじゃないの」

「誰がペットだ! お前のペットに成り下がった覚えはないぜ!」

 これだけ騒いでいても、兵士達は馬車に寄っては来なかった。
 三人と話す気もないらしい。
 朝から馬車を走らせ、時刻は夜。
 殆ど休みも取らずに馬を走らせ、前を行く兵士達の動きが止まった。
 どうやら町に到着した様だ。
 しかし三人は町には入れてもらえず、今日はここで野営をする事になる。
 兵士の一人に、夜に王と面会する事は出来ないと言われた。
 周りにはまだ兵隊がうじゃうじゃいる。
 食事を作っている者、交代で仮眠を取る者と色々居るようだが、此方を見張る者は居なくなりはしなかった。
 残りの二人は図太く寝てしまった様だったが、流石にこの中で眠る事は出来ず、べノムは寝ずの番をする事になる。
 日も代わり朝が来て、三人は兵士に王宮まで案内されていた。
 二人も何時の間にか新しいドレスに着替えている。

「べノム、罠だったりするんじゃないの?」

 ロッテが言う可能性はゼロではない。
 王宮から直進に伸びた道、これはきっと王の間に続いている。
 そこで罠を仕掛けるだろうか、可能性は少ないだろうかとべノムは考え続けていた。

「横にその罠を仕掛けたかもしれない奴が居るのに、良くそんなことを言えるなお前」

「もし知ってるのなら反応するかもしれないでしょ~」

 ロッテは、ロッテなりに考えてはいる様だ。

「そろそろ王の間ですわよ、粗相のないようになさい」

 レアスの言葉通り大きな扉が見えた。
 立派な扉で、かなりの装飾がされている。
 この奥に女王が控えているのだろう。

「ご案内いたしました!」

 兵士の声で扉が開けられる。
 扉が開き、真っ直ぐに伸びた絨毯の先に、玉座に座った女性が見えた。
 あれがこの国の王なのだろう。
 絨毯の横には、兵士達が武器を顔の前に掲げている。
 今までの兵とは明らかに違う鎧を着ていて、中々強そうな者達である。
 もしもの為に、国で実力のある者をそろえたのだろう。

「お久しぶりで御座いますわマリーヌ様。グラスシャール家のレアスで御座います」

 レアスとロッテが優雅に挨拶をこなし、王に挨拶をしている。
 会った事があると言っていたから、王の方も少しは安心できるだろう。

「レアス? 確かにレアスね。昔は背中の翼は無かったのだけど、王国の人達は最初から魔物だったのかしら?」

「いいえ違いますわ。わたくしは、兵に志願し、キメラ化の手術を受けたのですわ」

「おい、あまり王国の情報を流すなよ?!」

「鴉(からす)は黙っていらっしゃい。誤解を解くには必要な事ですわ」

 べノムがレアスを止めたのだが、逆にレアスに怒られてしまった。
 確かに必要なことだが、この女に全て任せて大丈夫だろうかと、べノムは考えている。
 王国の不利になりそうな事を言ったら、止めようと思っていた。

「私達(わたくしたち)は、帝国との戦いに苦戦していたのですわ。起死回生の手として、キメラと言う生物を戦いに加えたのです。しかし暴走したキメラは戦場から逃げ出し、各地で既存の生物と繁殖してしまったのです。それが魔物と呼ばれる生物の始まりなのです」

「なるほど、各地で暴れまわっているのは、そのキメラの子供という訳ね?」

 マリーヌの問いに、レアスは頷き、話を進めた。

「私達は暴走しない力を求めました。人間の精神を持てば、キメラは暴走しないのではないかと、結果その思惑は成功しました。人の体を使い、我々はキメラとの融合を果たしたのです」

「なッ、人を化け物と融合したのですか!」

「その通りですわ。しかし私達は全員志願して、その手術を受けたのです。何も非道な事などしてはおりません」

 レアスは何一つ嘘は言っていない。
 人体をキメラ化しなければ、王国は滅びていただろう。

「話は分かりました。それで私達に何を望んで此処までやって来たのですか?」

「我が国は、ブリガンテとの協定を結びたいと願っております」

 協定、あるいは同盟。
 こちらから手を出さないのであれば、王国としてそうした方が良いと思っていた。
 後は向こうの反応次第である。

 マリーヌは考えていた。
 今現在マリア―ドは、実質ラグナードの物である。
 ブリガンテは、その両国と協定を結んでいた。
 三国同盟で王国に挑んで、果たして勝てるか如何かと。
 そもそも襲って来ないものに戦争を仕掛ける必要があるのかと。
 聞いた所、キメラは王国が操っている訳ではないということ。
 帝国より強い王国に付ければ、ブリガンテとしては得になりそうだと。
 しかし、同盟を裏切れば、その二国が敵となってしまうだろう。
 二つを天秤にかけるのは、随分と悩ましい所だった。

「ではこうしましょう。この国を襲っている一匹の魔物。 ……いえ、キメラかしら? それを打ち倒し、退治してください。その力が本物であるなら、ブリガンテはその申し出を受け入れましょう」

 マリーヌ自身その魔物の為に兵を派遣し、何度も討伐を試みたが、兵の全てを失っていた。
 三人はその話しを聞き、そのキメラの特徴が砦に置いて来たフォロックが言っていたものと一致していることに気づく。
 縄張りを増やそうとして、ブリガンテまで来たのだろう。
 ベノムはあの男を多少心配し、脱走兵を気にしてる場合では無いと、また考えを改めた。

「マリーヌ様。このレアス、その提案をお受けいたしますわ」

 巨石の墓場を縄張りにしているキメラを倒せば、その場所がキメラで溢れる事になるが、仕方がないのだろう。
 王国としては、条件を飲むしかないだろう。

「フォーレス、此方に来なさい」

 フォーレスと呼ばれた兵士が、王の前に呼ばれ、べノム達に同行する事になった。
 三人のお目付け役という奴だろう。

 三人は王からの依頼を受け、情報を得るために、砦に置いて来たフォロックと合流する事にした。

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