一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

30 王道を行く者達7

リーゼとハガンの決勝戦目前戦いはもうすぐ…………


リーゼ(赤髪の勇者?)      ハガン(リーゼの父親)
リサ(リーゼの叔母)


 決勝戦目前の控室。
 リーゼも決勝まで勝ち進み、そこで休息を取っていた。
 リサもリーゼ達の部屋に来ていたが、なんだかモジモジしている。
 先ほど良くして貰ったとはいえ、リーゼも気持ち悪かった。

「あのね、リーゼちゃんはお母さんが欲しくないかな?」

 リサの言葉に、リーゼはバッとハガンに首を向けた。
 ハガンを見つめるが、首を振って否定しているようだ。
 手を出してはいないらしい。

「リサさん、ハガンの事を気に入ったんですね」

 余り言葉に感情が入らなかった。

「ええ、私より強い男の人なんて初めてだったから、もうこの人しかいないって思ってね。本当にリーゼちゃんのお母さんになろうと決意したんだよ。さっき私も感動しちゃったんだよね、三人と親子になれたら嬉しいんじゃないかってさ」

「いや、俺はそんな話は聞いていないんだが」

 ハガンは知らないらしい。
 リサが思い込んで勝手に突っ走ってるだけなのだろう。

「あのリサさん。先ほどはお母さんって言ったけど、本当になって欲しかった訳じゃなくって……」

「大丈夫だよ、リーゼちゃんだってその内慣れるから。ねぇハガンさん、子供は何人欲しい?」

 リサは思い立ったら一直線の人なのだろう。
 リーゼの言葉を気にせず、ハガンにアピールを続けている。

「だから俺はそんなつもりはないのだが」

 ハガンはそう言っていたが、リーンに似ているリサに、余り強く出れないでいる。
 このまま押され続けていたら、その内本当にそうなってしまいそうだった。
 リーゼにしても、勝手に母親になられるのは困ってしまう。

「リサさんはハガンが強いと思っている様だけど、ハガンより強い人なんて一杯いるのよ。私だってハガンより強いんだからね。この次の戦いで私がハガンに勝ったなら、私がリサさんより強いってことだわ」

「あらそうなの? じゃあリーゼちゃんが勝てたなら、諦めてあげようかしら」

 余り本気にされて無いらしい。
 だが言ったからには約束を守ってもらおうとリーゼは思っている。

「参加者の皆さまは、ゲートにお集まりください」

 そんなこんなしている内に、決勝の時間が来た。
 案内に従い、リーゼは西ゲートに進んで行く。
 決勝の相手はハガンで、油断できない相手だ。
 手の内もお互い知り尽くしている。

「それでは決勝戦始めッ!」

 二人は武舞台に上がり、掛け声が掛かる。
 そして決勝のドラが鳴り、試合が始まった。
 リーゼが構え、ハガンはただ立っている。
 戦意が感じられない。
 作戦でもあるのかと警戒したリーゼだが、ハガンが予想だにしない言葉を発した。

「参った、降参だ」

「ちょっと待って。今の無し! さっき私と全力で戦うって言ったでしょ!」

 ハガンの降参をリーゼが止めた。
 リーゼにしても折角の決勝なのだ。
 リサの事もあるし、ちゃんと決着をつけたかった。

「途中で当たったのなら、そうしても良かったのだがな。賞品も手に入ったし、今更戦う事も無いだろ。今戦っても無駄に疲れるだけだぞ」

「あのハガンさん。皆さん楽しみにしているのですから、流石にそれは困るのですが……」

 大会職員の人も説得してくれている。
 決勝がなくなっては盛り上がりに欠けてしまう。
 この大会としても、そんなことにはしたくないらしい。

「そうよ! 私が勝って賞品を手に入れるんだから。ここで逃げないでね!」

「そうだよ、ハガンさんが勝って私と結婚するんだから、ちゃんとこの場で戦ってください!」

 何故だかリサまで、闘技場の舞台に乗り込んで来ていた。

「……わかった、わかった。じゃあ決勝を戦ってやるから、その結婚ってのはなしにしてくれ」

「待って。ハガンさん私の事を……」

 リサが何か喚いていたが、大会の職員に連れられて、舞台から連れ出された。
 戦いを邪魔をされては困るし、セコンドにつくのも禁じられている。
 だが本気で戦うのには丁度良かった。

「お待たせいたしました、それでは試合を再開します。 ……それでは、試合開始ッ!」

 二度目のドラが鳴り響き、やっとの事で二人の試合が開始された。
 リーゼはハガンの戦い方をよく知っている。
 脚に仕込んでいる武器も全て知っていた。
 加えて角の剣だ、この攻撃をハガンが受ける事が出来ないはずである。
 脚の鉄板で防いでも、その鉄板ごと斬り裂いてしまうだろう。
 更に言えば、例えその攻撃を防げたとしても、二本目の剣を防ぐ事は無理だった。
 それに、この間習得した炎の魔法まである。
 ハガンとしては、ずいぶんと相性が悪いとしかいえないだろう。

「これはもう、簡単に勝てちゃうかもしれないわね」

 二本の剣を構えて、リーゼが走った。
 剣を振るが、ハガンはリーゼを見たまま、舞台を周り剣を避けている。
 避けるだけのハガンに嫌気がさし、リーゼは後に跳ね右腕に魔力を集中した。
 そしてマッドに教えてもらった、炎の魔法を唱えた。

「ファイヤーッ!」

 右手から一メートル程の炎が直進して行く。
 ハガンはそれを待っていた様に炎に突っ込み、リーゼの目の前に迫って来る。
 リーゼが慌てて剣を振るが、ハガンがしゃがみ込んでリーゼの脚を払った。

「?!」

 ハガンは何度かリーゼの炎の魔法を見ているのだ。
 その炎は一瞬だけ燃え上がるだけのもので、突っ込んでも少し熱いだけだった。
 無駄に燃えやすい物がなければ、大したダメージにはならないと判断したらしい。

「わっ!」

 その蹴りにより、リーゼが声を出し尻餅をついた。
 体を横に回転させ立ち上がろうとしたが、軸になった左腕を蹴られ、その手に持った武器を落としてしまう。
 左手の力が少し入らなかったが、立ち上がる事は出来た。

「手加減してよ!」

「全力でやるんじゃなかったのか?」

 リーゼは落ちた剣を拾おうとするが、ハガンが脚を踏ん張り、飛び出そうとしているのが見えた。 落ちた一本を諦め、ハガンに攻撃を当てるには如何すればと考える。
 後に下がり、痺れの残る左腕で、また炎の魔法を発動させた。

「ファイヤーッ!」

「また同じ事をッ!」

 ハガンがまた炎に突っ込みリーゼを狙う。
 しかし、リーゼは持っていた剣をハガンに投げつけ、その場所を移動した。
 もう一本の剣のある場所に急ぎ、その剣を拾う。
 どうやら先ほど投げた剣は、運良くハガンの脚を少しだけ斬ってくれた様だ。

 反撃に蹴りの一撃入れられたが、ただ運が良かっただけだと思い、次は自分の意思で当てようと、剣を振り直した。
 ハガンの怪我をした脚を狙い、角の剣を振り切った。
 その剣はハガンに躱されたが、そのまま体を捻り、背中から脚を回して蹴り付ける。
 蹴りはハガンの体を揺らしてその動きを止まると、リーゼは剣を持つ手をハガンの脚に触れさせ、そこで動きを止めた。

「私の勝ちねッ!」

 ハガンは冷静にそれを見て、自分の敗北を宣言した。

「ああ、俺の負けだな。まさか蹴りを使うとは思わなかったぞ」

「親子だからね!」

 決着がつき、会場から歓声が上がっている。

「優勝したリーゼさんには、黒水晶の剣が送られます。さあ皆さま、もう一度盛大な拍手をお願いします!」

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」

 司会者の号令で、観客から更に大きな拍手と歓声が鳴り響いた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 試合が終わって剣を手に入れたリーゼは、リサを撒き、少し広い場所で剣の試し斬りを行おうとしている。
 角の剣を使い、黒水晶の剣の刃に全力で斬りつけた。

「はああああああああああああああ!」

 キュィィィィィンと物凄い音を立てるが、黒水晶の剣が切断される事は無かった。
 しかしよく見ると、黒水晶の剣の刃が少しだけ欠けてしまっている。
 やはり角の剣の方がレベルが上なのだろう。

「良い剣だけど重くて私には使えないのよね。ハガン何か使えるかしら?」

「ふむ」

 有用な使い方はないかとハガンが悩んでいる。
 脚に括り付けたとしても、バランスが崩れて動きづらくなるだろう。
 持ち運ぶにも大きすぎて、無駄な荷物になってしまいそうだ。

「駄目だな。これは使えないだろう。いっそ売ってしまうか?」

「そうだわ、この剣をリサさんにプレゼントしちゃおうよ。ちょっとぐらい欠けてても、あの人なら使えるでしょ」

「まあいいか。じゃあリサが来たらその剣を渡しといてくれ。俺から渡すと、また妙な事になりそうだ」

「分かったわ」

 ハガンが宿に逃げて行き、リーゼがリサを待つ。
 暫くして、リサが此方を見つけ走り寄てきた。

「リ、リーゼちゃん。ハ、ハガンさんは、何処に?!」

「さあ知らないわ。あのねリサさん、私からプレゼントがあるの」

「プレゼント? ハガンさんをくれるの?」

 ハガンの事しか頭にないらしい。

「ハガンはあげられないけど、この黒水晶の剣をあげるわ。私達には使えなかったけど、リサさんなら使えるでしょ? だから、これをあげるわ」

「でも悪いよ、これ優勝賞品じゃないのさ」

「いいの、一回だけお母さんの変わりになってくれたお礼だから」

「一回と言わずに、これからずっと、お母さんって呼んでいいよ?」

 少しだけ感動しそうなセリフだが、彼女の言ったセリフは、ハガンと結婚して、お母さんになるって意味だろう。
 リーゼは首を振ってリサと別れることにした。

「じゃあ私は行くね。この町に寄ったらまた会いに来るわ。じゃあ、バイバイ」

「ええ、また会いましょう。きっとまた会えるわ」

 リサに手を振り、その場を離れた。
 二人は宿に戻り、この町からの出発の準備をしている。
 もうこの町に用はなかった。

「所でマッドさんは何処行ったの? 見当たらないんだけど」

「あいつは病院に運ばれて検査を受けてる様だぞ。奇声を発して原因が分からないから、監禁されているそうだ」

 マッドは病院に監禁されているらしい。
 仕方が無い、残念だが、置いて行く事にしよう。

「ふ~ん、じゃあ今の内に出発しましょうか。また追いつかれても嫌だし」

「そうだな、急ぐとしようか」

 その内に病院を抜け出し、マッドが追いかけて来る気がしてならない。
 病院から出て来る前に、二人は出発の準備を急いだ。
 準備を終え、二人はグルガンの町を出て行くのだが。

「あら、早かったねハガンさん、リーゼちゃん。出発するのね、じゃあ行きましょうか」

 どうやらリサはついて来る気らしい。

「……今度はこいつか」

「まあいいんじゃないの? じゃあしゅっぱ~つ!」

 リサが加わり、三人は次の町に進んで行った。

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