一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

22 絶体絶命

攻め込まれた王国…………


べノム(王国、探索班)      アスタロッテ(べノムの家の居候)
ハルトン(マリア―ド、国王)


 べノムザッパーの自宅。

「なんだ、妙に騒がしいな?」

 べノムは町中の騒ぎに目覚め、外の様子を確認している。

「これは……何だ一体!」

 町の中は火の手が上がり、絶えず悲鳴が聞こえてきていた。
 何時までも眠ってる場合ではないと、眠っているロッテを起こしに行った。

「おい起きろッ、起きろロッテッ! 早くッ!」

「なに? 夜這い? 眠いから今度にして」

「冗談を言っている場合じゃねぇんだよ! いいから起きろッ!」

 べノムはロッテを無理やり起こし、近くにある剣を渡した。
 王都が危機的状況にあり、べノムはこの家を離れなければならなかった。

「いいか、俺は行かなきゃならない。だからお前はこの家を出て、何処か目立たない場所に隠れるんだ! いいか、誰にも見られるなよ?!」

 べノムの家はそこそこ大きく、かなり目立つ場所にある。
 敵は何もしなくても、何れこの場所には来るだろう。

「私も行くわ」

「駄目だ! 今回はこの間の比じゃねぇんだ。そこら中に敵が居やがる。だからお前は隠れていろ。これは命令だ!」

「……分かったわ」

 余りに真剣な表情に、ロッテは頷くしかなかった。
 べノムが家を飛び出し、ロッテは二階から窓を開けずに外を見回す。
 王都の中からは、そこら中から火の手が上がっている。
 此処まで熱気が伝わって来る様だ。

 べノムは、そこら中に敵が居ると言っていた。
 もしかしたら王国が攻められたのかもしれない。
 剣を腰に差し、装備を整えたロッテは、裏口からひっそりと脱出した。
 それからべノムの言いつけ通り物陰に身を潜ませる。

「王国……負けないよね……?」

 ロッテが小さく呟くが、その答えを知る者は、誰も居なかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「畜生、一体どうなってやがる!」

 べノムは上空から見下ろし、この戦場となった町の様子を窺っている。
 王都中は何処を見ても、各所で戦いが繰り広げられ、全てが戦場と化していた。
 この夜に潜む様に、黒く塗られた鎧と剣を持った者、それが敵の正体だろう。
 王国の正門が開けられ、王城の門も開かれていた。
 町の正門の方には、外からの敵がまだ大量に雪崩れ込もうとしている。
 その流れは城内にも届こうとしていた。

「グラビトンの奴も居やがらねぇ! くそッ、どっちだ、どっち行けにば正解だ!」

 グラビトンがそう簡単に死ぬとは思えなかったが、居ないとなると動けない理由でもあるのかもしれない。
 何方に行っても戦力にはなるだろうが、本丸である城を落とされてはこちらの指揮に関わるだろう。

「悩んでいる暇は無ぇ! まずは城門だ、城が落ちちゃ話になんねぇ!」

 城門前まで下降し、近くにいた敵を纏めて斬り刻んだ。
 敵の居ない空白の部分ができると、敵の進行が一瞬だけ止まる。
 敵の進行を防いでいた味方の兵士が、一気に前に躍り出た。

「おい! 今の内に門を確保しろ! 出来たらさっさと閉めるんだッ!」

「は、はい!」

 べノムのその言葉に、城の中で敵兵を止めていた兵士達が答えた。
 門は閉められ敵の進行が食い止められると、べノムは敵の大群に囲まれてしまう。
 前も後も左右にも何処を見ても大勢の敵、
 上から矢まで飛んで来ている。
 普通ならば負けが確定している状況だが、下手に味方がいるよりは、彼にとってはやり易い。

「うおおおおおおお、かかって来やがれえええッ!」

 そんな敵のど真ん中に立って、べノムが吠えた。
 飛んでくる矢を外套(がいとう)で弾き、その隙を付こうとした敵を斬り返した。
 空を舞い斬撃を躱すと、べノムはその者達の背後に回り込む。

「全員滅多斬りだこの野郎!」

 べノムが動く度に敵の体が刻まれる。
 名剣も名槍も名斧、盾も鎧も何もかも、彼の斬撃には無価値となった。
 全速全開で動き続けるも、敵の数は一向に減っては行かない。
 このままこの場に留まっていても、勝機を得るには足りないだろう。
 べノムは城の戦力を信用し、空中に飛び上がり、大声で叫んだ。

「門前の道に居る奴は気を付けやがれッ! 邪魔する奴は味方だろうが切り刻むぜ! 参、弐、壱ぃ、行くぞおおおおおおおッ!」

 べノムが空から降下し、弾丸の様に道の上を突き進んで行く。
 触った者全てを斬り刻み、十人、百人、千人と、数えきれない程の人数を斬り倒し、尚も突き進んで進んでいる。
 そんなべノムの強襲も、正門前でその勢いは終わってしまう。
 この敵が何者なのかと気づいたのだ。

「あれは?」

 べノムがまだキメラ化する前に、昔一度だけ見た事がある人物が居たのだ。
 その人物とは、マリア―ドの王のハルトンである。

「とすると、こいつ等はマリア―ドの兵か! なるほど、見つけたからには、その首貰うぞ! うぉらあああああッ!」

 この戦いを終わらせる為に、王であるハルトンの首を狙い、べノムは再び疾走した。 

「その首もらったあああああッ!」

 べノムがハルトンの前まで突き進む。
 その進撃も、たった一枚の板により、状況が変わってしまった。

「今だ! 大盾を上げろ!」

 ハルトンが何かを叫び、巨大な物が、べノムの目前に建てられた。
 ガイィィィン、っとべノムがその金属にぶつかり、悲鳴を上げていた。

「ぐあッ…………」

 五メートルは有る分厚い金属の大盾に、物凄い速度でぶつかったのだ。
 自身の力がそのまま自分へと跳ね返る。
 べノムであっても、いやべノムだからこそダメージは大きいだろう。

「別に、お前の為に持って来た訳ではないのだが、まあこれも良いだろう」

 実際は矢避けの為に、ハルトンが持って来た物だった。
 しかし、物凄い速度で飛んでくる者がいたので、これにぶつけてやろうと思い至った。
 作戦は成功し、べノムはそれにぶつかってしまったが、フラフラになりながらも大地に立ち上がる。

「何をしている、奴を殺せ!」

 ハルトンの指示で、大量の矢が放たれた。
 べノムはそれを空に飛んで回避するのだが、大量の矢は、空にもまだ撃ち続けられる。
 まだダメージが残るべノムは、全てを躱す事は出来なかった。
 大量の矢がべノムの脚に刺さり尽くす。

「ッ痛ってぇぇぇぇ」

 大量の矢の雨の中で、頭と体だけは、黒色のマントで防いでいた。
 腕も動き、まだ十分に戦えた。
 矢を躱しながら更に空に上がり、ハルトンの頭上までくると、放たれていた矢が止んだ。

「自分の頭上に矢を討つ馬鹿は居なかったようだな! さあ、もう的だぜ! ッうおらあああああああああああ!」

「だ、誰か私をまも…………。」

 その言葉を続ける事が出来ず、彼の体は両断された。

「さあ王が死んだぞ! どうしやがる! まだ掛かって来やがるのかッ!」

 兵達をジロリと見渡すと、マリア―ドの兵は震え、剣を投げ捨て逃げ出していく。
 逃げ出さなかった者も居たが、ほとんどの兵が居なくなると、後ずさりして撤退して行った。

「後は国の中だけ、ッだが。 流石に……きつい、ッぜ……」

 此処で倒れる訳には行かない。
 まだ国中に敵が残っているのだ。落ちるにも、安全な所に行かなければならなかった。
 最後の力を振り絞り、べノムは空を飛んでロッテの元に戻って行く。

 自宅の上にフラフラになりながらたどり着き、そこで彼の意識を奪う一本の矢が、べノムの腹に突き刺さった。

 その矢は、ただの流れ弾だったかもしれない。
 しかし、その矢には、彼の意識を奪うのに十分な威力があった。
 たった一本の矢が、べノムを、地上に叩き落とした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 家の近くで、人の気配がした。
 草むらに隠れているロッテは、その様子を見るか迷っている。
 もし敵だったら…………。
 今度は家の近くで、何かが落ちる音がした。
 見に行くべきだろうかと。

「私は……王国軍人の娘よ。逃げるだけじゃ……駄目……だよね」

 剣を抜き、それを握る。
 自分の心臓の音が聞こえる。
 この先が地獄だと警戒している様だ。

「さあ、進むぞ。 ……進むぞ」

 自分に言い聞かせ、緊張で重い脚を動かし、ロッテは家の前まで戻って来た。
 ゆっくりと進み、胸の鼓動が更に激しく高鳴る。
 黒い何かが地面に横たわって……!

「べノム!」

 べノムの息はまだあった。
 このままにしておけば死ぬのは確実だろう。
 ロッテは回復魔法を使えたが、覚えただけで、まだ使った事がない。

「やらなきゃ。やるんだ!」

 それでもやらなければと、ロッテは行動を起こした。
 べノムの脚には矢が何本刺さっているかも分からなかった。
 腹には一本。
 ロッテは、腹の矢を少しずつ引き抜きながら、回復魔法で傷を塞いでいく。
 敵の声、味方の声、何者かの足音が聞こえるこの戦場で、ロッテはただ傷だけに集中し、べノムのその身をいやしている。
 やがて腹の矢を引き抜き終えると、息を吐き、一度緊張を解いた。

 次は脚だ。
 ほとんどの矢が脚を貫いている。
 矢尻が逆側まで抜けていた。
 矢尻を剣で斬り落とし、また少しずつ引き抜いて、それを回復させていく。
 刺さった矢の半数まで引き抜く事が出来たが、そこでロッテの魔力が尽きてしまった。
 もう治療を行う事も出来ず、脚を引きずるのは痛そうだったから、脚を持ってべノムを家の中に引きずり入れた。
 彼の重さでは、寝室までには、運べそうにもなかった。
 ロッテはべノムを床に寝かせて、治療薬を探している。

「あった」

 包帯と傷薬を見つけたは良いが、使う事が出来なかった。
 矢を引き抜けば、出血が酷くなるし、穴の開いた脚に、薬を付けても効果は薄い。
 魔力が回復するまで、待つしかなかった。

 ガタッ、後ろで物音が聞こえる。
 その音に、ロッテの体が、ビクッと跳ね上がった。
 ガシャン、ガシャンと人間の足音が聞こえる。
 きっと味方ではない。

 剣を、

 握り、

 後を振り向いた。

 黒い鎧の二人の男が、ロッテに向かって剣を振り上げていた。

 ガイィィン、二人の剣を受け止め…………

 その力に少しずつ押されて、

 肩に、

「ああぁぁぁぁぁぁぁ。」

 剣が食い込み…………

 二人の男の、力が増していく。

「そこまでにして貰おうか!」

 べノムがロッテの悲鳴を聴くと、バット起き上がって、疾風の速さで敵の剣を切断した。

「俺の女神に、ッ手ぇ出すんじゃねぇよ!」

 二人の男は瞬く間に両断され、その命を終えた。
 それを見ると、ロッテは泣き崩れ、その場で永遠と泣いていた。

「ロッテは俺の命の恩人かよ。 ……全く、惚れちまいそうだぜ」

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