一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

9 王道を行く者達1

ベトムの村に、平和に暮らしていたリーゼは、両親と共に楽しい生活を送っていた。そんなある日、リーゼの家に、一人の魔族が訪ねて来た。その魔族の女は、両親と知り合いの様で、激しく言い争った末に、リーゼの母親を殺害してしまう。仇を討とうと剣を取ったリーゼだが、圧倒的な力により、軽く倒されてしまった。魔族の女が去り、リーゼの友達がやって来る。しかし家の状況を見て、逃げ出してしまった。ボー然とするリーゼの元に、大人達がやって来る。大人達は、両腕を無くした父親を回復させ、無事に助けると、リーゼはあの魔族に、復讐を誓うのだった。父親との三ヶ月の特訓の末、リーゼと、その父親のハガンは、復讐の旅に出発した…………


ラグナード王(ラグナード神国、王)   メトリー(ラグナード神国、占い師)
リーゼ(赤髪の勇者?)         ハガン(リーゼの父親)   


 王国と帝国があった場所から、北に山を二つを越えた場所にある国。
 その国の名を、ラグナード神国という。
 神を信仰するこの国の中、ラグナードの城の中にある儀式場と呼ばれた場所。
 七十ほどの老婆が、天と繋がる儀式をしていた。
 王室付き占い師メトリーという人物である。

「おおぉ、神から神託が下された。王をラグナ―ド王を呼んでおくれ」

 その知らせを受けて、王様がノシノシと歩きながらやって来ている。
 その男は小太りで、白い髭を生やし、煌びやかな羽織を纏っていた。
 見た目の感じだけでは悪の王だと言われても仕方がないレベルの人物だろう。
 この国と同じ名を持つ男、ラグナード・シンセンシスであった。

「どうしたと言うのだメトリー、何かあったのかな?」

 占い師メトリーは、慌てた様子で神託が何たらとか叫んでいる。
 王であるラグナードは、占い師であるこの女の言う事を聴く義務があった。
 この女の言葉、と言うよりも、神によるお告げなのだが。

「王よ、天より神託が下りましたぞ。この国に魔王を倒す勇者が現れるようですぞ」

 それは素晴らしい事だと表情に出しながら、ラグナード王はメトリーに話しかけている。

「ほう、それは、どんな人なのだね?」

 占い師メトリーは、水晶玉を見ながら答えた。
 このメトリーと言う女は、あの水晶玉が本気で天界と通じていると思っている。

「どうやら女のようです。赤毛の女らしいですぞ。急がれませ王よ、そろそろこの国に到着するとか」

 王はフムフムと頷いている。

「それでは持て成さなければならぬなぁ。よし、では国境の門番に伝え、その勇者を城に招待しよう」

 王は兵士を呼び、今言った言葉を伝令させた。
 だがラグナード王にとっては、魔王など如何でもよかったのだ。
 隣国とは言え、山二つを超えて、この国にまで進軍するのは難しい。
 たとえ別のルートを進んでも、この国より先に、他の国に先に行き着くからだ。

 魔王が出現する以前から、山のルートで来る者は殆ど居ない。
 山のルートを実際に使った者達は、高山病や、遭難、あるいは最近出現した魔物に襲われたりして、何人も亡くなっていた。

 神を信仰する事で成り立ったラグナード神国だが、このラグナードの王は、神託などというものを一切信用していなかった。
 表面上は取り繕ってはいたが、内面では占いなど胡散臭いと思っている。
 その占いで、赤毛の女とその連れの男が城に呼ばれ、今ラグナードの王の前で謁見をしていた。
 男は王との謁見の礼儀を弁えていたが、女の方はそうでもない様だ。
 王の前で緊張しているのか、オロオロとしていた。
 男の恋人にしては歳が離れすぎているように思う。
 親子かなにかだろう。
 その冒険者の男が、王に跪いていた。

「会った事もない我々に、ラグナード様が何のご用向きでしょうか」

 男はマントをしていたが、その腕が無いのがチラリとみえた。
 そして女の方を改めて凝視し観察する。
 腰に剣を差し軽い装備をしていたようだが、オロオロするばかりで、とても強そうには見えない。

「メトリーめ、一芝居打ったな」

 王はそう呟き、この二人を使って支度金でもせしめる積りだろうと考えた。
 神の信仰を第一としていたこの国の王としては、神託と言われたものには逆らえず、ならばその金額を少なくしてやろうと思い至る。
 王を名乗る者が、たかが占い如きに左右されるとは、腹が立って仕方がなかった。

「この国に神託が下ったのだ、やがて赤毛の女が魔王を倒すとな」

 男は女を見て、何か考えている様だ。
 だがどうせつまらぬ事だと考えぬようにしている。

「こいつが魔王を倒す、ですか?」

 王は一つため息をつき、この男女の冒険者を適当にあしらう事にした。

「そうだ、勇者として選ばれたのだ」

 王は近衛兵を呼び、少し相談すると、小さな袋をその二人に渡す様に言いつけた。

「おいっ、支度金を用意してやれ」

 王はそう言い、二人の前にその袋が差し出される。
 二人はそれを受け取ると、王の間を退出して行った。
 そして城の外、正門の前で佇んでいるのが、先ほどの二人である。

「緊張した~。まさか王様に呼ばれるなんて思ってもみなかったわ」

 物語の主役とは、あの王ではなく、退出したこの二人である。
 勇者とされた赤毛の女リーゼと、その父親ハガンは修行を終えて復讐の旅に出ていたのだ。
 この二人は魔族に対抗する為、各地を旅して戦う術を探していた。
 分厚い剣を軽くへし折り、風の魔法を使った、あの魔族に対抗するために。
 手持ちの剣はあるが、今持っている剣では折られた物と同じである。
 これでは相手に届く前に、此方がやられてしまうだろう。
 簡単に折れない剣や魔法への対抗策を、急いで見つけ出さなければならなかった。
 親の仇を討つ為にも。

「あの王様、俺達の名前も聞きやしなかったな。おいリーゼ、幾ら貰ったんだ、袋を開けてみろ」

 リーゼが袋を広げ、それをハガンが覗き込んだ。
 小さな袋にあまり期待していなかったが、中身までもが本当に少なかった。

「何だこりゃあ。こんな金額じゃあ、まともな武器も買えやしない」

 袋の中身は、一日の食事をするにも満たない額しか入っていなかった。
 勇者の支援とは聞いてあきれる物である。
 呼びつけておいてケチな王だと思いもしたが、ただでくれると言うのだから有難く貰っておいた。

「まあ良いじゃない、別に私達が損をした訳じゃないんだから。それに今日の食事も助かったでしょ」

 ハガンが微妙な表情を浮かべている。
 中に宝石でも入ってると思っていたのだろう。
 期待値が高かった分、反動は大きかったらしい。

「まあそうなんだがな。王族からの支援がこれとは期待外れってやつだ」

 リーゼには、お金の事はどうでも良かった。
 それよりもあの魔族の事を考え、倒すべき手段を見つけたいのだが、その方法が見つからないのである。
 色々な武具の伝説は数あれど、その全てが本物とは限らないのだ。
 この世界の噂の殆どが偽物と言っても良いだろう。

「これからどうしようか、伝説の武器なんて御伽噺にしかないじゃない。もう一度王様に会いに行って何か情報を聞き出せないかしら」

 ハガンは首を横に振っている。

「駄目だな。この金額を見る限り、俺達には何の期待もしていないのだろう。今更会いに行った所で、今度は追い帰らされるだけだろう」

 ハガンにとって、長年連れ添った妻リーンの仇は当然討ちたかったのだが、それよりもリーゼが死んでしまう方が恐ろしかった。
 たった一人残された可愛い娘なのである。
 だがハガン一人が敵討ちを止めても、リーゼは敵の居城へ向かって行くだろう。
 それならば一緒に旅をして、恨みの炎が収まる事を待つ事にしたのだ。

「じゃあこれから如何しましょうか? 何か当てがありそうな所は…………」

「おい、あんた達。その姿を見ると旅の人なんだろ? 王城に入れるとは、そこそこの力があるんだろ? どうだい、少し話を聞いてもらえないかい?」

 リーゼ達に話しを持ちかけたのは、ローグという男だった。
 その話を聞いてみると、城下町から少し東へ行った所にある洞窟に、小さな魔物が住み着いたと言う。
 その人物が言うには、今の所被害がないので、国の兵を出せないと言う事らしい。
 ギルドのへの依頼を考えている最中二人に出会い、物は試しと聞いてみたということだ。

「如何するリーゼ?」

「良いんじゃないの、行く当てもない旅だし」

「これはチャンスよ! 王様達より先に、私達が魔物を倒せば、もう一度話を聞いてもらえるわ!」

 この情報を聴いたリーゼが、喜んで飛び跳ねている。
 依頼を成功させて王にもう一度会う気らしい。

「お、おい待て、まだそうと決まったわけじゃないぞ」

 ハガンが慌てて止めたが、リーゼは言う事を聞かなかった。
 ハガンは行く前に準備をしようとリーゼを説得して、武器の手入れと必要な道具、携帯用の保存食を買ってその場所へ向かうことにした。

「ハガン、準備完了よ! 早速その洞窟に向かいましょう!」

「良し、それじゃ出発だ」

 ローグの依頼で、東の洞窟へ向かったリーゼ達。
 特に何も無くその場所へと到着していた。
 洞窟と言っても中は十メートルもないらしく、リーゼは中を見回して辺りを探るが、これといった物は見つからない。
 聞いた話と違い、魔物の気配もなさそうだ。

「? 別に何も無いじゃないの。情報が間違ってたのかしら?」

 ハガンも周囲を見回し、何か岩が微妙に動いているのを発見した。
 この洞窟の中には何かが潜んでいる。

「油断するなリーゼ、敵はこの場所に居るぞ!」

 その瞬間、岩が溶けた。
 いや、溶けた様に見えただけだろう。
 透明なブルっと震えた物体が、岩に擬態していたらしい。
 それは一体や二体ではなく、十を超える数が洞窟の中で蠢いている。

「このッ!」

 リーゼが剣を斬りつけるが、その体をスルリと通り抜けるだけだった。
 反撃するように体にゼリーが張り付くと、ジュウッと体に焼けるような痛みが走る。

「あつ!」

「リーゼ、洞窟から出るぞ! 急げ!」

 ハガンが叫び、先にリーゼが洞窟から脱出すると、体に張り付いた物体を剝がそうとしていた。
 だがその物体を上手く掴む事が出来ず、自身の掌まで焼けて行く。

「ッ!」

「リーゼ、少し我慢しろ!」

 ハガンはリーゼの体に張り付いた物体を、リーゼごと思いっきり蹴りつけた。
 その蹴りの威力により、その物体はパーンと弾け、水の様になって消えていく。
 頭や首に付いていたら危なかったかもしれないと、リーゼは自分の迂闊さを恥じた。
 体に付いた物体を全て叩き落とすと、「ハガン、私ごと蹴るなんて痛いよ!」と、リーゼが怒り出している。
 助ける為にやった事なのにと、ハガンは少し困った顔をしていた。

「悪かったな、買ってあった薬を塗って置けよ」

 洞窟の前で如何しようかと悩み、持って来た荷物を確認した。
 水、火種、油、食料、後はロープ。
 それと、鍋ぐらいしかない。
 油で燃やしてしまおうかと悩むが、そこまでの量はなかった。
 少し周りを探るも、木片がほんの少し有るだけだ。
 ハガンは考えを整理し、状況を確認する。

「よしリーゼ、ロープに油をしみこませるんだ」

「これを如何するの?」

 リーゼは言われた通りに、ロープに油を染み込ませていく。
 ハガンは洞窟の前にロープを丸めて、それに火を付けろと言っている。
 その上に空の鍋を置かせて暫らく待つと、その内に嫌な臭いの煙がモクモクと沸きあがった。
 それが洞窟内に広がってゆき。
 ロープが燃え尽きると、煙が完全に無くなるまで待ち、洞窟の内部を確認した。
 魔物であれど生物には違いなく、息が出来なければ活動は出来ない。
 陸上生物であるなら特に。
 もしもそれで死なずとも、煙の熱とその毒気にやられるのである。

「リーゼ、どうやら上手く行った様だぞ」

「うん、もう全部やっつけたみたいね」

 リーゼ達は、あの物体が湧き出てこないのを確認すると、この洞窟を後にした。

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