一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

6 五体の魔物達

「王城は目の前だ! 進めい、全軍進めい!」

 帝国の兵士が叫び、最早王都陥落は目前だった。
 剣がぶつかる音、何方かの兵士の叫び声。
 地獄絵図が展開されて行く中、戦場が一瞬にして、静まり返えった。

 …………遠くから何かの音が聞こえた。
 悲鳴、獣の声?
 とにかく何かが聞こえたような気がした。

「何だ? 一体何が…………」

 悲鳴と混乱が広がる戦場で、この兵士は何も分からず動けなかった。
 その兵士の元に、何者かが向かって来ていた。
 その何者かの後には、波の様に帝国兵の悲鳴があがっている。
 動かなければと恐怖が襲うが、最早意味がなくなっていた。
 留まるしか出来なかったその兵士は、寝転がってしまった自分の体を見続けている。

 それは帝国の兵が溢れかえる戦場で、突如現れた。
 五体の異形が王城の前に突然と。    

 まず一体、城門の前に青く巨大な巨人が現れた。
 三メートルはあろうかという巨大な外見と、鎧には体中に四角く突起したものが生えていて強靭である。
 自分の身長の二倍ほどある大剣を持ち、軽く振り回し始める。

 二体は空に現れた。
 黒の外套がいとうを羽織り、自由に空を滑空する魔物だった。
 体にはからすの羽根を生やしていて、それが人間ではない事を証明している。
 城を下にして空中に浮かび、その速度は人の目にはとらえ切れぬほどで、動く度に何者かの悲鳴が聞こえていた。

 三体目は敵兵のど真ん中に飛び降りた。
 体は全身が毛むくじゃらの獣の様な怪物だった。
 大岩を軽々と持ち上げ、敵兵士へとそれをぶん投げている。

 四体目の女形の異形は、もう一体と寄り添うように城から飛び出した。
 その肌は、白よりも白い色を持つ美しき化け物で、左目のみが金色に輝いて見える。

 五体目は人の様な悪魔だった。
 女形の化け物と共に現れ、雷雲を従えている。
 右の頭から捻じれた角を生やし、浅黒い羽根を生やしていた。
 城の中央に居る姿は、まるで絵画と見紛う程だ。

 その五体が現れ、王都の戦局が一変する。
 最初に動いたのは、巨大な青い巨人だ。
 敵の攻撃など物ともせず、目の前の道をただ真っ直ぐ突き進んで行く。
 剣のただ一振りで、塊あう敵兵三十人をぶった斬った。

「俺はクラノスと呼ばれた門番だ。王都の入り口で、最初に斬られた王都の兵士、門番だ」

 決して人では持つ事が出来ない大剣を、易々と天に掲げて彼は宣言を始める。
 誰に宣言する分けでもなく、自分自身に向かって。

「俺が王都を護ると誓ったのだ! それが一番初めに斬り捨てられ、何も護る事が出来なかった男だ。だが力を得て、今この場に戻った。人を捨てた故に、我が名を改めとしよう。俺はグラビトン、その重みに耐えきれず、押しつぶされてしまった怪物だ」

 帝国兵の一人がハッと状況を理解した。
 誰も動こうとしない味方に向けて、大声で命令を下した。

「何を訳の分からない事を言っている! 全軍怯むな! 行け、進めぃ!」

「いい機会だ。試してみたかったのだ自分の能力を。さあ、来るがよい!」

 剣、槍、弓、ありとあらゆる種類の武器が、グラビトンに叩きつけられる。
 名剣の一撃、必殺の一矢、鎧の隙間に入り込む槍でさえ、全て悉く。
 無尽蔵に、限りが無い程に。
 進軍する敵兵の波に、グラビトンは一切の動きもみせず、攻撃を全て余すところ無く受け止めきった。

 三分。
 それが彼が耐えきった時間。
 たかだかそれだけの時間だが、敵に囲まれたこの状態での三分は、普通ならば自殺していると同じものだ。
 だが帝国兵は彼を何一つ傷つける事が出来ずに、その攻撃は終わりを告げる。

「余りにも壮絶な攻撃ならば反撃しようとも思っていた。しかし傷すら付く事が無く、動く必要さえなかったらしい。どうやら俺は自分で思っていたよりも、随分と堅くなってしまったのだな」

 自身の腕を広げ、城門の守護者として、大声で言い放った。

「この先に進みたいのならば、この俺を殺して行くが良い! もしやれるのであれば、この道を通らせてやろう! それが出来るものならな!」

「これで終わりだと思うな! やるぞ貴様等!」

 圧倒的な人数と、万すら超えるその差でも、彼にとっては蟻の一撃にしか過ぎなかった。
 最早永遠とも呼べる攻撃すら耐え忍び、彼の後ろは無人の野が続く。


 二体目のからす様な魔物が疾走した。
 ただ空を飛び、鋭き刃の如き外套がいとうが踊る。
 その勢いは、放たれた弓の矢よりも速く、黒の外套が人を紙の様にを斬り刻む。
 誰一人彼を止める事が出来ず、その姿は異形と呼んでいいものだろう。

「クラノスの奴は、無駄に張り切っているな。俺にはあんな攻撃を防ぐ力はなさそうだ」

 空中で気持ちよさそうに飛び回る彼だが、化け物の体になった事を少しだけ後悔していた。
 動く度に感じる体の違和感、自身の体やその動きも、何もかもが違うものに感じる。

「それでもだ、この力を実際に使ってみると楽しくて仕方が無いのさッ!」

 黒のからすが、空中を舞い踊る。
 触る事も出来ぬその速さに、誰もが凍り付く。

「俺の名はフランツだ。ただの新兵だった者よ。戦士に憧れ兵士を望み、それを叶える力さえ持っていない力無い人間だった者さ。力に憧れ兵士になったが、帝国兵に簡単にぼろ負けした男だぜ」

 彼は地を見ると犇めきあった兵達に疾走すると、後方には鎧すらも切り裂かれた兵の残骸だけが残されていた。

「あいつに倣って俺も名を変えるか? さて、どうするか。 …………思いついたぞ!」

 彼は空中で止まり、その場で叫ぶ。

「うおおおおおおおおおお、注目しやがれ! 俺は斬り裂く者、全てを斬り刻む猛毒の刃だ! 故に、べノムサッパー、そう呼びやがれ!」

 彼その者が一つの武器となり、襲い来る敵全てを斬り裂く。

 三体目の獣は興奮していた。

「うがあああああああああああああああッ!」

 その腕で、建物の壁や屋根を無理やり引きちぎり、全力で投げ付けている。
 その腕で掴むありとあらゆる物が、今の彼の武器となった。
 それが襲い掛かる敵兵であってしても。

「俺はッ、元からこの体も。 …………心も、全て王国に捧げている。今は全力で叩き潰すのみ!」

 全てが破壊された。
 人も、建物も、踏みつける道すらも。
 何もかもを破壊しつくし、敵の大群を相手に大きく叫ぶ。

「俺こそがグラント、王国兵士長のグラントよ! だが魔物の力を持った俺に、その名は相応しくないだろう!」

 帝国兵が引きずり込まれる程に、彼は空気を吸い込んで行く。

「聞けえぃ、者共よおおおおおおおおおおお! 俺の名を聞き逃げ失せるがいい! 我が名はタイタン、全てを破壊し蹂躙せし者よ!」

 獣の咆哮が響き渡る。
 その声を聴いた者は、逃げる事すらもできはしなかった。


 四体目の魔物はモジモジしていた。
 水色に変わった髪と白い肌、金色の瞳の魔性の美を備えた者。
 彼女は生き残った事がとても嬉しかった。
 好きな人に逢えて楽しかった。
 自分の姿が変わった事など気にもせず、隣に居るもう一人に口付けをした。
 少しだけ満足して、もう一度した。
 それから余韻を楽しんだ後、戦いの事を思い出す。

「私は生き残れて満足なの。好きな人と一緒で幸せなの。だから、邪魔する帝国の人達は、もう帰ってもらうわ!」

 彼女が魔法を展開していく。
 王国の全てに風が流れ、一つの大きな渦が現れた。
 それは彼女が唯一の使える風の魔法である。
 膨大に膨れ上がったその魔力を操り、風と言うには激しすぎる暴力的な竜巻を生み出した。
 逃げ惑う敵の兵を飲み込み、天空へと弾き飛ばす。
 叫び落ちる人の雨は、ただ絶望を与えるのみであった。

「私の名乗りの時間かな? 私はミーシャよ。ただ恋をした女の子。好きな人と居られて幸せでした。 …………でもミーシャの体は砕けてしまったわ。右手も両足も無くなってしまったわ」

 それでもとても嬉しそうに、彼女は踊りながら喋り出した。

「体を無くして生まれ変わった私には、新な名前が必要よね。私は愛を捧ぐ者、永遠の愛を誓う者、だから私はイモータルと呼んでね。 …………さあ、永遠の恋の唄を奏でましょうか」

 彼女の瞳には、ただ一人の男しか見えないようだった。


 五体目の悪魔は動かなかった。
 動く必要が無かった。
 右腕をゆっくりと天に向けると、天空にあり得ない程の魔方陣が形成される。
 魔法は天を動かし、晴れ渡っていた空にも黒雲に覆われ、雷鳴が嘶く。
 風に飲まれなかった幸運の敵兵は、降り注ぐ雷光により、誰一人助かる事はなかった。
 その悪魔は王都の正門に飛び立つと、町の外に居た帝国の兵共に宣言する。

「皆の者聞くが良い! 我こそはフーラ、魔法王国レメンス王の息子だった者だ! 誓った言葉すら守れもせず、戦場に立ち尽くした愚か者よ!」

 大きな翼を一杯に広げ、帝国兵を威嚇する。

「愛しき者を護れもせず、ただ人に当たる事しかしなかった馬鹿者よ!」

 円陣の稲光が、光を増して嘶く。

「親父は……国王は、逝かれてしまった。 …………だが王国はまだ滅びてはいない。今この時より、俺はこの国の王として即位する! 人であった名を捨て、相応しき我が名はメギド。神を業火で焼き尽くす者だ! さあ宣言は終わった。命がいらぬ者はこの王都に入るがいい。この王自らが焼き殺してくれるぞ!」

 一人の帝国兵が、地面に震えながら、怯えながら、逃げ出して行く。

「あああああぁ…………魔…………王…………魔王だああああああ、逃げろおおおおおおおお!」

 それを見た怯えた兵共は、蜘蛛の子を散らす様に逃げ始めた。
 一人として留まる者はおらず、帝国兵は撤退していく。

「生き残れたか……だがまだ終わってはいない」

 メギドは、城に残された国民に向かい、自分の思いをぶちまける。

「俺の体は魔物になってしまった。そんな者が王として相応しく無いと言う者もいるだろう。悪魔の体を見て恐怖する者もいるだろう。何も咎めはしない、我慢が出来ぬ者達は王国から出て行ってもらっても構わない。決断しろ、この国に留まるか否か!」

 この発言により、国に残る者や国を捨てる者、様々な思いが交差する。
 魔法を使う者達は、王国の秘宝であった魔法は、世界に広がって行く事になった。

 帝国の兵士が、誰一人見えなくなった頃。
 タイタンが王になったメギドに進言した。

「王よ、最後の一人がキメラ化に成功致しました!」

 メギドの眼前には、魔物の大群が犇めきあっている。
 角の生えた者、蛇の様な者、翼が生えた者、炎を纏った者、右腕が鎌になった者、様々な者達である。
 力は充分以上に溢れ、そして反撃の時間が始まった。

「これより帝国に進軍を開始する。向かい来る者には一切の容赦をするな! だが女、子供、民間人に手出しは許さん! いいか覚悟せよ、鋼鉄の心をもって力を制御しろ。俺達の体は変わってしまったが、心まで魔物になる必要はないのだ! 覚悟を決めたか皆の者。では最初の王命を下す!   

 …………さあ……全軍ッ……進めええええええええええええええええええええ!!」

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」

 魔物達は圧倒的な力を持って、帝国に向けて進んで行く。
 その力の波は、もう誰も止める事は出来ないだろう。

 そしてこの三日後に、ただ蹂躙されて帝国の城は壊滅した。

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