一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。
1 知性ある怪物
プロローグ
この場は小さな教室で、一人の教師と十五人の子供達が授業を始めようとしている。
子供の年齢は十ぐらいだろう。
一つ特徴があるとするなら、その全員の背中に、真っ白い翼があることだ。
その子供達は先生の言うことを聞き、真面目に授業を受けている。
「さて授業を始めようか。今日勉強してもらうのは、我々が行って来た歴史だよ。今から三百五十年前に王国と言う国があってだね、結構仲良く暮らしていたのさ」
男の教師が立っている。
そのレグルスという男は、特に特徴も無く、何処にでもいる顔の男だった。
教師の言葉を聞いて少女は答える。
「はぁい先生~、三百五十年前なら、魔王軍と帝国が争っていたんじゃないんですか」
少女の質問に、レグルスは、頷きながら答えた。
「そうだね。でもこれはもう少し前のお話なのさ。なぜ魔王軍が出来てしまったのか、なぜ争いが起こってしまったのか。そしてなぜ魔王と言われる王が誕生したのか。まずはそこから始めようか。先ほども言ったけど、丁度三百五十年前の事なのさ」
「三百五十年前なら。 …………えーと今が五百二十七年だから…………え~とえ~と、百六十七年?」
寝ぐせを付けた少年が計算をしている。
「ばかだなぁ、違うよ~百七十七年だよね先生」
活発そうな少年がそれに答える。
「正解。この物語は、百七十七年の春から始まるのさ。 …………それは一人の男が帝国から荷物を護衛して、王国に向かう。それが全ての始まり…………」
レグルスは子供達をほめて話を進めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
聖帝国歴百七十七年春。
ここはエンジェンド王国と呼ばれる国。
世界中で唯一魔法という技術が使えて、それが発達した国。
石畳の道や、煉瓦で作られた家々が多く並び、中央には大きな白い城が見える。
その城からの道を歩く男は、その王国の町中を目的もなく移動し続けた。
彼は二十歳ぐらいの魔導士風の恰好をしたシバル・トループという男である。
ギリギリ上流階級の家に生まれて魔法を教える学校を適当に卒業していたジバルだが、その家を飛び出してたった一人で生活をしていた。
家出をしたといえば分かりやすいだろう。
  十七で喧嘩別れした両親とも会うこともなく、今は殆ど無職のようなものだ。
手持ちの装備やアクセサリーを売り何とか過ごして来た彼だが、この日ついにその金が尽きようとしていた。
その鼠色の髪をした青年が、一軒のこぢんまりとした酒場を見つける。
現実逃避の為に酒でも飲もうかと酒場に入ると、中には人も少ないらしく、ジバルはカウンター席に座りって一杯の酒を頼んだ。
そして何気なくカウンターに居る店の親父に愚痴をこぼす。
「あぁ金がねぇや。何処かに良い仕事は無いのかねぇ」
客も少なく暇なのだろう。
酒場の親父が良い話があると、その愚痴に付き合ってくれた。
「ならよ、ギルドに行ってみなよ。もしかしたら良い仕事が有るのかもしれないぞ」
「ギルドぉ? なんだそれ。そこ行けば仕事が貰えるのかよ?」
彼にとって仕事がないのは死活問題で、ジバルは興味深げに酒場の親父の言葉に耳を傾けている。
酒場の親父は話に乗って来たのを嬉しそうに、話を続けた。
「ああそうさ、なんでも大金が手に入るものもあるそうだぜ? まあ実力次第なんだろうがな」
「ふ~ん、なんか胡散臭いが金もねぇし、少し覗いて見るかねぇ」
ジバルはあまり興味を引かれなかったのだが、今金が無い事を思い出して試しにそこに向かって行くのを決めた。
詳しく場所を聞くものの、あまりに熱心に聞いていた為か、酒場の親父は少しジバルを値踏みしている。
その恰好を改めて見つめ、ジバルが料金を払わないのではないかと心配しているらしい。
「おいあんた、金が無い無いと、ちゃんと料金分ぐらいはあるのだろうね」
「今日飲んだ分ぐらいはあるさ。だがよ、これを払うと泥水飲まなきゃなんねぇんだ。だから今回だけ、付けといてくんねぇか?」
「冗談じゃない、さっさと金払って出て行っておくれ」
厄介な客だと思った酒場の親父は、怒ってジバルを追い出そうとしていた。
「チッ、しょうがねぇなぁ。 …………じゃあな御馳走さん」
そう言って金額と同じ金を置き、ジバルは店を出て行った。
「クソッ、あと一銅貨しかないじゃないか。これじゃ飯も食えないな。親父が言っていたギルドってのを見に行ってみるしかないか?」
少し歩き、ギルドの場所を探していると、胡散臭そうな建物を発見する。
きっとこの建物だろうと、建物を観察した。
「おっ、あれじゃないか? 結構胡散臭い話だったんだがな」
ギルドと呼ばれた場所。
外見は頑丈な煉瓦で作られ、入り口の頭上には小さな剣のマークが取り付けられている。
そのマークこそギルドの証明なのだろう。
あまり大きくなくて見逃してしまいそうな建物で、その中からは厳つい男達が出入りしていて、かなり危なそうな雰囲気である。
ギルドとは、いわゆる何でも屋というものだ。
小さな失せ物の探索、猫探しなど、色々と請け負う世界中に広がっている施設である。
そのギルドの中に入ると木製のテーブルや椅子が並べられ、酒や食い物を食っている人物が多く、酒場としても機能をしているらしい。
ジバルは好みであるポニーテールをしている受付嬢の場所に進み、その女に話しかけた。
「なぁ受付のお姉ちゃん。俺は今仕事探しているんだけどね、ちょっと紹介してもらえないか」
「は~い、どのようなお仕事をお探しですか? 色々と御座いますよ」
「明日の飯も厳しいんだ。食事つきで何か直ぐ出来るものはないか?」
受付のお姉さんはパラパラと資料を見渡すと、丁度いい物を見つけてジバルに話した。
「え~と…………少し前金が出る護衛の仕事はどうでしょうか? 隣にある帝国までの旅行者の護衛ですよ」
帝国とは王国の隣に存在する、ウォーザス帝国と呼ばれる国である。
護衛とはいえ、安全な道を進む危険性のまるでないものだ。
ジバルは懐と相談する金も無く、その仕事を受けたのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ふう…………」
レグルスは本に手を置き、息を吐きだした。
「先生、その男の人はどうなっちゃうの?」
リボンを付けた少女が聞いてくる。
「さあ、どうなるだろうね。それが起こるのはゆっくりと回る歯車のように、そして止まりようもなく、もうすでに起こってしまった事なのさ。この戦記に記された物語をじっくりと語ろうじゃないか」
そのレグルスが続きを読み始めていく…………。
「男は帝都に向かい、帰り際にもギルドで仕事を受けたんだ。小さな箱を王国に持って帰る簡単な護衛だったのさ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ジバルはウォーザス帝国の門前で、出発の時間を待っていた。
だがジバルは、この依頼があまりにも簡単なものなので、少しだけイラついている。
金が入るのは嬉しいのだが、そもそも護衛というものは必要なく、それほどにこの国は安全だった。
王国と帝国は隣国同士で、互いに仲も良く、王の二人も親友といっていいほどである。
治安も良く、特に不満もない生活をしている国民達は、盗賊や野盗に成りさえしない。
そしてこの護衛という依頼はジバルだけが受けているわけではない。
帝国から同行する人物も多く居るのだ。
馬車には王国に向かう旅行者が乗り込み、何度も往復している馬車の業者が運転をしている。
その護衛として、ゴルタというリーダーが指揮をとるらしい。
その男は大柄な体に、鍛えた筋肉が盛り上がって、かなり強そうな男だ。
ジバルより背も高く、何かの争いになれば役に立つのだろう。
そのゴルタという男だけならまだしも、更に二人組の男女までが護衛に参加している。
二人は赤い髪の女と、ゴルタと為をはる大きな黒髪の男だった。
腰には剣を差し、随分とガラは良くはない。
話しかける雰囲気ではなく、彼等の名前は教えられていなかった。
大勢の移動と何人もの護衛が居るこの依頼には、危険な事は何一つないはずだった。
そんな多くの護衛など要らず、一人でも充分とばかりに、ジバルは愚痴を言い始める。
「チッ、あんな物を運ぶのに、わざわざ護衛なんているのかよ」
「そう言うなよ。それが仕事になってるんだから良い金になるだろ。まあ腐らず仕事に励むこった」
一緒に護衛をしているリーダーのゴルタがそれに答えた。
他には馬車の中に旅行者が乗り込んでいて、もう馬車が出る時間だ。
その馬車を操る業者が、出発の言葉を発した。
「準備は大丈夫ですか? もう出発しますよ」
「ああ俺達の準備はオーケーだ。さあ行こうか」
護衛リーダーゴルタが出発の合図をすると、多くの客を乗せた馬車が動き始めた。
大勢護衛が居るのも変な話なのだが、この箱は余程大事な物なのだろう。
慎重に馬車が走り出し、ジバル達は出発して帝国を後にした。
馬車の旅は順調に進み、王国の手前の野営地に到着したジバル達。
この地で夜を明かすことになるだろう。
この野営地の場所は、少し高い崖に挟まれた広場のような場所だった。
ゴツゴツとした岩が落ち、前と後ろを塞がれれば逃げ道は無くなってしまいそうな場所である。
もし旅慣れた戦士であれば、この場の危険性に気付いたのかもしれない。
だが魔物の存在も伝承の中にしかなく、危険な野生動物もいない百年もの平穏が続く国の者達では、その考えもないのだろう。
「王国までは後一日って所か……そろそろ野営の準備をするぞ」
護衛リーダーの命令で、野営の準備を初めている。
この場所はよく使われているのだろう。
焚き火の跡や、人が居た形跡がある。
帝国側には行く時には使わなかった場所だ。
旅をするのも初めてだったジバルは、護衛リーダーゴルタに話しかけた。
「なぁ、ここの休憩場所は何時も使っているのか?」
「馬の脚にもよるんだが、良く使われているようだぞ。帝国から王国に運ぶには、この道しかないからな」
「ふ~ん、じゃあもし野盗とかに襲われるとしたら、この辺りなんじゃないか?」
「野盗とか出た事なんてないよ。この百年一度もないね。まっ、別の国にはよく出ると聞いたことはあるけどね」
そのジバルの問に、近くに居た女の護衛が答えた。
この女は二人組の片割れの方だ。
「ねえあんた、王国の人間なんだから魔法が使えるんだろう? ちょっと見せてくれない。一度見たいと思っていたんだ」
王国の教えでは簡単に魔法は人に見せてはいけないとなっている。
ジバルは女の前だからと、少し恰好をつけたくなった。
手に持つ杖を掲げ、簡単な魔法を唱えだす。
「じゃあ少しだけな。ちょっとあの岩を見ていろよ。 …………じゃあ、行くぞ!」
ジバルは簡単な魔法を唱え、岩に向けて発動させた。
「大地よ、その岩を砕け! …………ジアース!」
狙った岩がバラバラに砕け散る。
ジバルの魔法を、護衛リーダーや、他の皆が見入っていた。
王国内でも魔法は珍しい物で、そこそこの育ちの者しか教えては貰えない。
庶民には無縁の物である。
「おお、これが魔法か、凄いものだな」
ジバルは満足して自身の杖を掲げている。
「どうだ凄いだろ。万が一獣でも出たなら俺が追い払ってやるさ」
「ああ、凄い物だ。初めて見たが大体対処方は分かったよ」
護衛の女はそう言いうと、ジバルの杖を握った。
後ろからもう一人の男に、その口を塞がれ…………
「あんたには恨みは無いのだけれど、命令なのでね。ごめんね」
その女がジバルの首を斬り裂いた。
その光景を見て、護衛リーダーゴルタが怯えている。
護衛だった仲間はもう誰も残っておらず、たった一人となったゴルタが逃げ出して行く。
「こ、こんな仕事やってられるか!」
「さあ野盗が出たよ、早く逃げないと死んじまうぞ。さあ逃げろ、捕まえたら殺してしまうぞ」
護衛の女と男だった者達が、その場で大声で叫んでいる。
その叫びに全員が逃げ出し、そして誰も居なくなった。
誰も居なくなった野営地で、男が女に話しかけている。
「任務は完了した。帝都に戻るとしよう」
「どさくさ紛れに、一人や二人殺しちゃいないだろうねぇ?」
「ちゃんと全員無事に逃がしたさ」
「なんでこの男を殺すのに、こんな面倒な事をしなけりゃならないのさ。というか、この男が何かしたのかい?」
「さあな、俺はこの男が誰なのかも知らないし、聞いた事も無い。 …………ただ、上が戦争の準備を始めているとの噂があるな」
「この男を殺すと戦争が起こるのかい? 私には何だか分からない話ね」
護衛の箱を開け、女が箱を踏み潰す。
何も入っていない空の箱を。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「なんだかお話を聞いてるみたいで、歴史のお勉強じゃあないみたい」
「なんか見て来たみたいだねー」
生徒達は少し疑問を持ちつつも、この話に聞き入っているようだ。
それに先生は笑いながら話しだす。
「楽しくって良いだろ? さて話を再開しようか。男が殺されてしまった日に妙な噂が流れたのさ。王国の民である男は、旅行の帰りに乗り合わせた全員にいたぶられて、四肢を切り裂かれて拷問されて殺さてしまったと。そして帝都に行った人達が路上で襲われたり、強姦されたとかまあ色々とね。実際男の死体は見つかり、王国の人達は少なからず帝国を敵として認識し始めたのさ」
「なんだかその男の人可哀想。何もしていないのにね」
少年が言う。
「確かに可哀想かもしれないね。彼はただ仕事をしていただけで何も悪い事もせずにね。しかし選ばれてしまったんだ。世界とはそういう物なのだろうかね。君たちも気を付けなさい。何時何が起こるかなんて誰にも分からないのだからね。 …………ふう、少し脱線してしまったね、さあ続きを学ぼうか」
そう言い、レグルスはゆっくりと息を吸い、言葉を紡ぎ始める。
「さてと、どこまで話したかな? え~っと、ああここだな。噂を流された王国の民達は、町に居た帝国民を迫害し始めてしまったんだ。二国の信頼は失われ、少しずつ険悪になっていったのさ。膨れ上がった風船の様に、一つのきっかけで爆発してしまうぐらいにね」
「戦争なんて嫌だよ~、みんな死んじゃうんでしょ?」
メガネの少女が言う。
「そうだね、戦争は嫌だね。何もかも失ってしまうかもしれない。お母さんもお父さんも、家族も皆」
「戦争って止められなかったの?」
色黒の少年が言う。
「…………分からないな。どうやれば止まったのか、如何すれば止められたのか。たとえどんな世界であっても、止める方法なんて無いのかもしれない。しかし諦めて止める事はしちゃいけないんだ。これは皆も考えて欲しい」
先生は目を閉じ、また話を初める。
「その切っ掛けは和平の話を両国にもち掛けた、両国の貴族団体が殺された事さ。平和を望む二国の王に、その首が送られた事だったんだ」
レグルスの話の途中で、教室の中に警兵が雪崩れ込んで来た。
周りを取り囲んで、強く警戒している。
「そこまでにして貰いましょうかレグルスさん。貴方には歴史改竄の容疑と、国家反逆罪が掛けられています。その戦記を置いて、おとなしく投降しなさい」
何時の間にか現れた男が、先生に投降をうながしている。
服装からすると警官の様だ。
「どうやら此処までのようですね。クラスの皆さん、今日の授業は此処までにしましょう」
レグルスと呼ばれた教師は、窓の外に身を投げ出し、その体に変化が起こった。
教師であった人の姿は消え果て、背から黒い翼を広げ、大空を飛び逃げ去って行った。
「魔族だと! まだ生き残りが居たのか! クソッ、逃げられたか!」
子供達を相手にしている女の警兵が言った。
「皆さ~ん、今日聞かされた事は全て間違いですからね。覚えないようにしましょうね」
子供達がざわついているが、気にせず警兵達は、その場を後にして行く。
「魔族が居る事を、人々に知られてはならないが、子供ならば戯言として受け流されるだろう。 クラスの全員が消えた方が大事になるからな」
戦記。
存在してはならない歴史。
人が人である事を捨てた記録。
魔法が実在し、魔物が蔓延った本物の記録。
…………そして魔族はまだ、この時代でも消え去ってはいない。
この場は小さな教室で、一人の教師と十五人の子供達が授業を始めようとしている。
子供の年齢は十ぐらいだろう。
一つ特徴があるとするなら、その全員の背中に、真っ白い翼があることだ。
その子供達は先生の言うことを聞き、真面目に授業を受けている。
「さて授業を始めようか。今日勉強してもらうのは、我々が行って来た歴史だよ。今から三百五十年前に王国と言う国があってだね、結構仲良く暮らしていたのさ」
男の教師が立っている。
そのレグルスという男は、特に特徴も無く、何処にでもいる顔の男だった。
教師の言葉を聞いて少女は答える。
「はぁい先生~、三百五十年前なら、魔王軍と帝国が争っていたんじゃないんですか」
少女の質問に、レグルスは、頷きながら答えた。
「そうだね。でもこれはもう少し前のお話なのさ。なぜ魔王軍が出来てしまったのか、なぜ争いが起こってしまったのか。そしてなぜ魔王と言われる王が誕生したのか。まずはそこから始めようか。先ほども言ったけど、丁度三百五十年前の事なのさ」
「三百五十年前なら。 …………えーと今が五百二十七年だから…………え~とえ~と、百六十七年?」
寝ぐせを付けた少年が計算をしている。
「ばかだなぁ、違うよ~百七十七年だよね先生」
活発そうな少年がそれに答える。
「正解。この物語は、百七十七年の春から始まるのさ。 …………それは一人の男が帝国から荷物を護衛して、王国に向かう。それが全ての始まり…………」
レグルスは子供達をほめて話を進めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
聖帝国歴百七十七年春。
ここはエンジェンド王国と呼ばれる国。
世界中で唯一魔法という技術が使えて、それが発達した国。
石畳の道や、煉瓦で作られた家々が多く並び、中央には大きな白い城が見える。
その城からの道を歩く男は、その王国の町中を目的もなく移動し続けた。
彼は二十歳ぐらいの魔導士風の恰好をしたシバル・トループという男である。
ギリギリ上流階級の家に生まれて魔法を教える学校を適当に卒業していたジバルだが、その家を飛び出してたった一人で生活をしていた。
家出をしたといえば分かりやすいだろう。
  十七で喧嘩別れした両親とも会うこともなく、今は殆ど無職のようなものだ。
手持ちの装備やアクセサリーを売り何とか過ごして来た彼だが、この日ついにその金が尽きようとしていた。
その鼠色の髪をした青年が、一軒のこぢんまりとした酒場を見つける。
現実逃避の為に酒でも飲もうかと酒場に入ると、中には人も少ないらしく、ジバルはカウンター席に座りって一杯の酒を頼んだ。
そして何気なくカウンターに居る店の親父に愚痴をこぼす。
「あぁ金がねぇや。何処かに良い仕事は無いのかねぇ」
客も少なく暇なのだろう。
酒場の親父が良い話があると、その愚痴に付き合ってくれた。
「ならよ、ギルドに行ってみなよ。もしかしたら良い仕事が有るのかもしれないぞ」
「ギルドぉ? なんだそれ。そこ行けば仕事が貰えるのかよ?」
彼にとって仕事がないのは死活問題で、ジバルは興味深げに酒場の親父の言葉に耳を傾けている。
酒場の親父は話に乗って来たのを嬉しそうに、話を続けた。
「ああそうさ、なんでも大金が手に入るものもあるそうだぜ? まあ実力次第なんだろうがな」
「ふ~ん、なんか胡散臭いが金もねぇし、少し覗いて見るかねぇ」
ジバルはあまり興味を引かれなかったのだが、今金が無い事を思い出して試しにそこに向かって行くのを決めた。
詳しく場所を聞くものの、あまりに熱心に聞いていた為か、酒場の親父は少しジバルを値踏みしている。
その恰好を改めて見つめ、ジバルが料金を払わないのではないかと心配しているらしい。
「おいあんた、金が無い無いと、ちゃんと料金分ぐらいはあるのだろうね」
「今日飲んだ分ぐらいはあるさ。だがよ、これを払うと泥水飲まなきゃなんねぇんだ。だから今回だけ、付けといてくんねぇか?」
「冗談じゃない、さっさと金払って出て行っておくれ」
厄介な客だと思った酒場の親父は、怒ってジバルを追い出そうとしていた。
「チッ、しょうがねぇなぁ。 …………じゃあな御馳走さん」
そう言って金額と同じ金を置き、ジバルは店を出て行った。
「クソッ、あと一銅貨しかないじゃないか。これじゃ飯も食えないな。親父が言っていたギルドってのを見に行ってみるしかないか?」
少し歩き、ギルドの場所を探していると、胡散臭そうな建物を発見する。
きっとこの建物だろうと、建物を観察した。
「おっ、あれじゃないか? 結構胡散臭い話だったんだがな」
ギルドと呼ばれた場所。
外見は頑丈な煉瓦で作られ、入り口の頭上には小さな剣のマークが取り付けられている。
そのマークこそギルドの証明なのだろう。
あまり大きくなくて見逃してしまいそうな建物で、その中からは厳つい男達が出入りしていて、かなり危なそうな雰囲気である。
ギルドとは、いわゆる何でも屋というものだ。
小さな失せ物の探索、猫探しなど、色々と請け負う世界中に広がっている施設である。
そのギルドの中に入ると木製のテーブルや椅子が並べられ、酒や食い物を食っている人物が多く、酒場としても機能をしているらしい。
ジバルは好みであるポニーテールをしている受付嬢の場所に進み、その女に話しかけた。
「なぁ受付のお姉ちゃん。俺は今仕事探しているんだけどね、ちょっと紹介してもらえないか」
「は~い、どのようなお仕事をお探しですか? 色々と御座いますよ」
「明日の飯も厳しいんだ。食事つきで何か直ぐ出来るものはないか?」
受付のお姉さんはパラパラと資料を見渡すと、丁度いい物を見つけてジバルに話した。
「え~と…………少し前金が出る護衛の仕事はどうでしょうか? 隣にある帝国までの旅行者の護衛ですよ」
帝国とは王国の隣に存在する、ウォーザス帝国と呼ばれる国である。
護衛とはいえ、安全な道を進む危険性のまるでないものだ。
ジバルは懐と相談する金も無く、その仕事を受けたのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ふう…………」
レグルスは本に手を置き、息を吐きだした。
「先生、その男の人はどうなっちゃうの?」
リボンを付けた少女が聞いてくる。
「さあ、どうなるだろうね。それが起こるのはゆっくりと回る歯車のように、そして止まりようもなく、もうすでに起こってしまった事なのさ。この戦記に記された物語をじっくりと語ろうじゃないか」
そのレグルスが続きを読み始めていく…………。
「男は帝都に向かい、帰り際にもギルドで仕事を受けたんだ。小さな箱を王国に持って帰る簡単な護衛だったのさ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ジバルはウォーザス帝国の門前で、出発の時間を待っていた。
だがジバルは、この依頼があまりにも簡単なものなので、少しだけイラついている。
金が入るのは嬉しいのだが、そもそも護衛というものは必要なく、それほどにこの国は安全だった。
王国と帝国は隣国同士で、互いに仲も良く、王の二人も親友といっていいほどである。
治安も良く、特に不満もない生活をしている国民達は、盗賊や野盗に成りさえしない。
そしてこの護衛という依頼はジバルだけが受けているわけではない。
帝国から同行する人物も多く居るのだ。
馬車には王国に向かう旅行者が乗り込み、何度も往復している馬車の業者が運転をしている。
その護衛として、ゴルタというリーダーが指揮をとるらしい。
その男は大柄な体に、鍛えた筋肉が盛り上がって、かなり強そうな男だ。
ジバルより背も高く、何かの争いになれば役に立つのだろう。
そのゴルタという男だけならまだしも、更に二人組の男女までが護衛に参加している。
二人は赤い髪の女と、ゴルタと為をはる大きな黒髪の男だった。
腰には剣を差し、随分とガラは良くはない。
話しかける雰囲気ではなく、彼等の名前は教えられていなかった。
大勢の移動と何人もの護衛が居るこの依頼には、危険な事は何一つないはずだった。
そんな多くの護衛など要らず、一人でも充分とばかりに、ジバルは愚痴を言い始める。
「チッ、あんな物を運ぶのに、わざわざ護衛なんているのかよ」
「そう言うなよ。それが仕事になってるんだから良い金になるだろ。まあ腐らず仕事に励むこった」
一緒に護衛をしているリーダーのゴルタがそれに答えた。
他には馬車の中に旅行者が乗り込んでいて、もう馬車が出る時間だ。
その馬車を操る業者が、出発の言葉を発した。
「準備は大丈夫ですか? もう出発しますよ」
「ああ俺達の準備はオーケーだ。さあ行こうか」
護衛リーダーゴルタが出発の合図をすると、多くの客を乗せた馬車が動き始めた。
大勢護衛が居るのも変な話なのだが、この箱は余程大事な物なのだろう。
慎重に馬車が走り出し、ジバル達は出発して帝国を後にした。
馬車の旅は順調に進み、王国の手前の野営地に到着したジバル達。
この地で夜を明かすことになるだろう。
この野営地の場所は、少し高い崖に挟まれた広場のような場所だった。
ゴツゴツとした岩が落ち、前と後ろを塞がれれば逃げ道は無くなってしまいそうな場所である。
もし旅慣れた戦士であれば、この場の危険性に気付いたのかもしれない。
だが魔物の存在も伝承の中にしかなく、危険な野生動物もいない百年もの平穏が続く国の者達では、その考えもないのだろう。
「王国までは後一日って所か……そろそろ野営の準備をするぞ」
護衛リーダーの命令で、野営の準備を初めている。
この場所はよく使われているのだろう。
焚き火の跡や、人が居た形跡がある。
帝国側には行く時には使わなかった場所だ。
旅をするのも初めてだったジバルは、護衛リーダーゴルタに話しかけた。
「なぁ、ここの休憩場所は何時も使っているのか?」
「馬の脚にもよるんだが、良く使われているようだぞ。帝国から王国に運ぶには、この道しかないからな」
「ふ~ん、じゃあもし野盗とかに襲われるとしたら、この辺りなんじゃないか?」
「野盗とか出た事なんてないよ。この百年一度もないね。まっ、別の国にはよく出ると聞いたことはあるけどね」
そのジバルの問に、近くに居た女の護衛が答えた。
この女は二人組の片割れの方だ。
「ねえあんた、王国の人間なんだから魔法が使えるんだろう? ちょっと見せてくれない。一度見たいと思っていたんだ」
王国の教えでは簡単に魔法は人に見せてはいけないとなっている。
ジバルは女の前だからと、少し恰好をつけたくなった。
手に持つ杖を掲げ、簡単な魔法を唱えだす。
「じゃあ少しだけな。ちょっとあの岩を見ていろよ。 …………じゃあ、行くぞ!」
ジバルは簡単な魔法を唱え、岩に向けて発動させた。
「大地よ、その岩を砕け! …………ジアース!」
狙った岩がバラバラに砕け散る。
ジバルの魔法を、護衛リーダーや、他の皆が見入っていた。
王国内でも魔法は珍しい物で、そこそこの育ちの者しか教えては貰えない。
庶民には無縁の物である。
「おお、これが魔法か、凄いものだな」
ジバルは満足して自身の杖を掲げている。
「どうだ凄いだろ。万が一獣でも出たなら俺が追い払ってやるさ」
「ああ、凄い物だ。初めて見たが大体対処方は分かったよ」
護衛の女はそう言いうと、ジバルの杖を握った。
後ろからもう一人の男に、その口を塞がれ…………
「あんたには恨みは無いのだけれど、命令なのでね。ごめんね」
その女がジバルの首を斬り裂いた。
その光景を見て、護衛リーダーゴルタが怯えている。
護衛だった仲間はもう誰も残っておらず、たった一人となったゴルタが逃げ出して行く。
「こ、こんな仕事やってられるか!」
「さあ野盗が出たよ、早く逃げないと死んじまうぞ。さあ逃げろ、捕まえたら殺してしまうぞ」
護衛の女と男だった者達が、その場で大声で叫んでいる。
その叫びに全員が逃げ出し、そして誰も居なくなった。
誰も居なくなった野営地で、男が女に話しかけている。
「任務は完了した。帝都に戻るとしよう」
「どさくさ紛れに、一人や二人殺しちゃいないだろうねぇ?」
「ちゃんと全員無事に逃がしたさ」
「なんでこの男を殺すのに、こんな面倒な事をしなけりゃならないのさ。というか、この男が何かしたのかい?」
「さあな、俺はこの男が誰なのかも知らないし、聞いた事も無い。 …………ただ、上が戦争の準備を始めているとの噂があるな」
「この男を殺すと戦争が起こるのかい? 私には何だか分からない話ね」
護衛の箱を開け、女が箱を踏み潰す。
何も入っていない空の箱を。
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「なんだかお話を聞いてるみたいで、歴史のお勉強じゃあないみたい」
「なんか見て来たみたいだねー」
生徒達は少し疑問を持ちつつも、この話に聞き入っているようだ。
それに先生は笑いながら話しだす。
「楽しくって良いだろ? さて話を再開しようか。男が殺されてしまった日に妙な噂が流れたのさ。王国の民である男は、旅行の帰りに乗り合わせた全員にいたぶられて、四肢を切り裂かれて拷問されて殺さてしまったと。そして帝都に行った人達が路上で襲われたり、強姦されたとかまあ色々とね。実際男の死体は見つかり、王国の人達は少なからず帝国を敵として認識し始めたのさ」
「なんだかその男の人可哀想。何もしていないのにね」
少年が言う。
「確かに可哀想かもしれないね。彼はただ仕事をしていただけで何も悪い事もせずにね。しかし選ばれてしまったんだ。世界とはそういう物なのだろうかね。君たちも気を付けなさい。何時何が起こるかなんて誰にも分からないのだからね。 …………ふう、少し脱線してしまったね、さあ続きを学ぼうか」
そう言い、レグルスはゆっくりと息を吸い、言葉を紡ぎ始める。
「さてと、どこまで話したかな? え~っと、ああここだな。噂を流された王国の民達は、町に居た帝国民を迫害し始めてしまったんだ。二国の信頼は失われ、少しずつ険悪になっていったのさ。膨れ上がった風船の様に、一つのきっかけで爆発してしまうぐらいにね」
「戦争なんて嫌だよ~、みんな死んじゃうんでしょ?」
メガネの少女が言う。
「そうだね、戦争は嫌だね。何もかも失ってしまうかもしれない。お母さんもお父さんも、家族も皆」
「戦争って止められなかったの?」
色黒の少年が言う。
「…………分からないな。どうやれば止まったのか、如何すれば止められたのか。たとえどんな世界であっても、止める方法なんて無いのかもしれない。しかし諦めて止める事はしちゃいけないんだ。これは皆も考えて欲しい」
先生は目を閉じ、また話を初める。
「その切っ掛けは和平の話を両国にもち掛けた、両国の貴族団体が殺された事さ。平和を望む二国の王に、その首が送られた事だったんだ」
レグルスの話の途中で、教室の中に警兵が雪崩れ込んで来た。
周りを取り囲んで、強く警戒している。
「そこまでにして貰いましょうかレグルスさん。貴方には歴史改竄の容疑と、国家反逆罪が掛けられています。その戦記を置いて、おとなしく投降しなさい」
何時の間にか現れた男が、先生に投降をうながしている。
服装からすると警官の様だ。
「どうやら此処までのようですね。クラスの皆さん、今日の授業は此処までにしましょう」
レグルスと呼ばれた教師は、窓の外に身を投げ出し、その体に変化が起こった。
教師であった人の姿は消え果て、背から黒い翼を広げ、大空を飛び逃げ去って行った。
「魔族だと! まだ生き残りが居たのか! クソッ、逃げられたか!」
子供達を相手にしている女の警兵が言った。
「皆さ~ん、今日聞かされた事は全て間違いですからね。覚えないようにしましょうね」
子供達がざわついているが、気にせず警兵達は、その場を後にして行く。
「魔族が居る事を、人々に知られてはならないが、子供ならば戯言として受け流されるだろう。 クラスの全員が消えた方が大事になるからな」
戦記。
存在してはならない歴史。
人が人である事を捨てた記録。
魔法が実在し、魔物が蔓延った本物の記録。
…………そして魔族はまだ、この時代でも消え去ってはいない。
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コメント
ノベルバユーザー602526
先生と子供たちのストーリー!内容もボリュームがありました。