一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。
4 戦争、行く末、そして反撃
戦争が始まった。
両国から和平を申し出る貴族団体が派遣されたようだが、全員殺されていた。
確かに王城にもその団体が来ていたが、平和的に話し合い帰ったはずなのだ。
だがその首は間違いなくこの王城に送られている。
誰が殺したかも謎ではあるが、和平派が居なくなった両国に、もう争いを止める者は存在しない。
王国がそんな事をするはずがないのだが、国の中にでも反逆者が居たのかもしれない。
しかしそんな誰かがいたとして、今更探しても無意味だった。
派遣された者達の親族、更には国民の心までもが交戦に傾き、王の命であっても止められるものではなくなっていたのだ。
戦闘序盤。
中央付近にあるべアトリクス平原では戦いが始まっている。
だが長く平和だった両国間では、何方も本当の戦いなどした事がなく、殆ど手探り状態の様である。
それでも友人や知り合いは、命懸けでその場にいるのだ。
そんな状態では、王子であるフーラも動かざるを得なかった。
城に引きこもる事はできずに、正門にまで馬を走らせている。
「開門しろ! 俺も戦場に赴く!」
王都への入り口である正門前。
今この門は閉じられ、フーラの進行を阻んでいた。
その門を開ける為に、門番のクラノスに命を発した。
生き急ぐ王子を止める事も出来たはずだが、クラノスは門を開けた。
長く付き合っているこの王子を、もう止めるのは無理だと考えたのだろう。
例え止めたとしても、如何にかして戦場に向かうはずだと。
門がギシギシと開き、今か今かと待ち続けるフーラに、後ろから追い駆けて来たミーシャが追い着いた。
フーラの馬の手綱を握り、行動を諫めて説得を始める。
「フーラ、あなた一人が行っても無駄なの。私達は城に避難するわよ!」
「それは無理だ」
首を横に振り、フーラはそれを拒否した。
この瞬間にも友人達は命をかけて戦っている。
それを知って、このまま何もせずにはいられなかった。
例え僅かな力であっても、動かずにはいられなかった。
「俺は前線に行く! この国の王子として、民にだけ戦わせる訳にはいかない!」
「駄目に決まっているでしょ! たった一人の王子を死なせたら一体この国はどうなるの? 貴方は城に避難するの!」
「俺だって力になれる。今までだって訓練して来たんだ!」
「訓練と実戦は違うわよ! 殺し合いなのよ、貴方人を殺せるの?」
「…………殺すさ。殺さなければ俺達の国も、家族も全て奪われる。城に籠っても攻め落とされたら殺されるだけだ。 …………今はもう戦って勝ち取るしかないんだ!」
真剣な顔で語るフーラ。
前線に出れば、生き残る方が難しいだろうと、それをフーラも覚悟はしていた。
しかし覚悟は覚悟でしかなく、実際その場にならなければ、人の気持ちと言うのは分からないものだろう。
「親父が生き残れば、王の血が途切れる事はない。もし駄目だったなら、もう一人子を作れば良いさ」
ミーシャは目に涙を浮かべ、とても悲しげな顔で泣きだした。
「そんな事を言わないで…………私は貴方に死んで欲しくないの」
「戦争が終わって、もし…………もし生き残れたのなら。ミーシャ、俺の子を産んでくれ。 …………だからお前は、この場所で待っていろ」
「待って、フーラアアアアアアアアアアア!」
ミーシャの制止も聞かず、フーラは馬で駆け出した。
この戦争に勝ち残る為に、ミーシャと生き残る為に。
フーラの背を見たミーシャは、その場から動く事が出来なかった。
戦争という狂気に、一瞬恐怖したから。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「い、行けえええ! うおおおおおおおおおおおお!」
「掛かれええええ! 進めえええええええええ!」
王国と帝国の中間にある、べアトリクス平原。
両軍の兵士が叫び合っている。
戦いの初期は王国が圧倒していた。
何方の国の兵士も人を殺すのに躊躇っていのだが、しかし王国の魔法兵達の力は、そんな事には関係なく力を発揮し続けている。
王国の兵の一人兵士長がグラントが、この機を逃さず畳み掛けようとしていた。
「い、行けるぞ、このまま押し切るのだ!」
戦場は帝国側に流れ、王国は帝国から二日辺りのバール森林まで進撃していた。
しかし以前から戦争の準備をしていた帝国は、そこに砦を築き上げ、戦線はそこで止まってしまう。
何日もその場で戦い疲れ果てていた。
だが帝国は目の前だと、近くに野営地を作り励まし合っている。
「俺達が押しているんだ。このまま突き進めば勝つことが出来る!」
「そろそろ増援も到着する頃だ、ここが踏ん張り時だ!」
だが何日経っても王国側が押し切る事が出来なかった。
そして、七日目。
「もう七日だ。もう体力と魔力も持たない。 …………はぁはぁ」
慣れない戦争の殺し合いの中、体力と精神が削られて行く。
魔法を使う分精神の摩耗が激しく、王国の兵士は帝国兵より消耗が激しかった。
そして、帝国の反撃が始まった。
反撃に転じた帝国は、圧倒的な人数で戦場をべアトリクス平原まで押し返していく。
魔力を失い疲弊した王国に、もうそれを防げる力は残っていなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
王国の城の中。
前線から撤退した兵士長グラントが、王国の王レメンスに報告をしている。
「レメンス様、このままでは王国が敗北してしまいます。何か手を打たなければ」
「分かっておる。しかしどうすれば? もう我々の戦力は殆んど出しつくしているぞ。我々が打てるべき手はもう…………」
「一つ手があります。禁忌とされる合成獣を使いましょう」
合成獣キメラとは、動物の特徴を様々に合成させたものだ。
頭や体、別々のパーツを魔法と魔力で無理やり組み合わせ、極限の攻撃力と魔力を備えた恐るべき兵器である。
その種類も千差万別で、動物をベースにしたものから、植物をベースにしたものなど色々と存在していた。
「キメラを使うのか! だがあれは、人の言う事を聴くような物ではないぞ。使っても戦場を混乱させるだけだ」
「しかしながら、我々にはもうそれしかありません。兵も疲弊しきっていて、もう何日も持ちこたえるのは無理でしょう。レメンス様、ご決断を!」
「…………分かった手配しよう。 …………ゲルトハイムを呼べ」
「ハッ」
だがキメラは、この王国では禁忌とされるものなのである。
それでもその力が必要だと、強引に推し進めていたのがゲルトハイムという男だった。
王の目を盗んでは研究を進め、もうほとんど完成形へと至っている。
だがその研究は、隠そうとも王の耳にも入っていたのだ。
その研究に目をつぶっていたのは、王国の為になるかもという淡い期待の様なものがあったからだろう。
王は今がその時であると、王は近衛兵に命じてゲルトハイムを連れて来させた。
「お呼びでしょうかレメンス王」
呼ばれた男ゲルトハイムは、やせ形で猫背、目には隈などが見られる男だった。
寝る間さえ惜しみ、キメラの研究に勤しんでいたのかもしれない。
「お前がキメラの研究をしているのは知っておるぞ。こんな時なのだ、咎めはせぬ。だからお前のキメラを戦場に送り出して欲しいのだ。これも王国の為と思い、頼みを聞いてくれぬか?」
「仰せとあらば、我がキメラの力をお見せいたしましょう。ただキメラには、敵味方の判断が出来ませぬ。使うならば兵達は下がらせなければなりませぬぞ」
「戦線に伝えよう。急ぐのだ、もう持たぬかもしれぬぞ!」
キメラは前線に投入されたのだが、その情報が戦場に伝えられる事はなかった。
その日、王国の国王であったレメンス王が暗殺されたからだ。
べアトリクス平原。
戦場に現れたキメラによって、両軍の兵士達は混乱していた。
「な、なんだあれは、一体どうなっているんだ! あんな物が投入されるなんて誰も聴いていないぞ!」
「うおおおお、こっちに来るぞ! ぎゃああああああああああ!」
キメラの投入は両軍に多大な被害を与える事になる。
敵も味方も関係なく犠牲を出し、この戦場をバラバラに逃げて行く。
だがそれでも帝国は、圧倒的な人数をもって前線を王国手前の野営地にまで押し込んでしまう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そのべアトリクス平原の前線。
フーラは戦場に居たが、目立った活躍など出来ていなかった。
死の覚悟はしていたはずだった。
それでも身が竦み、戦場の死臭や恐怖に打ちひしがれてしまう。
庇われて助けられる事も何度もあり、戦場は王都の正門前にまで達しようとしていた。
この戦力差では勝ち目は薄く、フーラ達の運命が決まりつつある。
「俺は無力だ。 …………もう敗戦は目の前で、親父が暗殺されたと言う噂さえも出回っている。 …………もう手は無いのだろうか」
「きゃああああああ!」「ぐああああ…………」「助けてえええええ!」
王都野中にも悲鳴が聞こえる。
城下町まで攻め込まれたのだろう。
民間人まで襲っているとなると、王国を全滅させるつもりなのだろう。
降伏が頭を過るが、それで止まれぬほどに兵は狂気で支配されていた。
今の状態で、相手は止まりはしないだろう。
もう勝ちは目の前で、こちらは後一日も持たない。
降伏しても、王族軍人は皆殺し。
国民は良くて奴隷にされるか、慰み者になるか、見世物にされて嬲殺(なぶりごろし)にされるかだった。
もうどうにもならず、フーラは近くに居た兵士長グラントを呼び止める。
「この状態で降伏しても結果は一緒だ。 …………俺は城に戻る。お前は逃げ遅れた民間人を城に避難させるんだ。上手くすれば、城の秘密通路から民を逃がす事が出来るかもしれない」
「分かりました、ここも長くは持ちますまい、王子も早く移動しましょう」
兵士長グラントはそう言い、周りに指示を伝えて行く。
城に到着したフーラだがその中は傷ついた兵士達で埋め尽くされていた。
ミーシャの姿を探したが見つからなず、玉座にも王の姿も見当たらなかった。
二人共もう逃げ出したのだろうかもしれない。
だから愛する者の為に、身が竦もうとも最後まで城に留まる事を決めたのだった。
「ミーシャは無事だろうか…………クソッ!」
戦況は絶望的。
キメラ作戦も失敗して、もう打つ手が無い。
「あのキメラは駄目だった。敵も味方も分からず、全てを蹂躙して行った。キメラが帝国だけを叩く事ができれば、戦線を押し返せるかもしれない」
ハッとフーラは思いついてしまった。しかし本当に実践しても良い物だろうかと、躊躇い恐怖する。
傷ついた兵や、虫の息の兵士達まで呼び寄せ、フーラは最後の作戦を全員に伝えた。
「最後の手だ。この提案を飲まなくても良い。しかし勝つためにはもうこの手しか思いつかないんだ!」
沈黙しフーラを見上げる兵士達。
フーラから発せられた作戦は、上手く行くのかも分からない、ただの賭けでしかなかったのだ。
「あのキメラの力を使うぞ! そのまま嗾けたのなら、また味方まで殺されるだろう。 …………だから、俺達がキメラになるんだ。希望する者だけで良い、手を、上げてくれ!」
一人の兵士が、呟いた。
「俺は王国の為に命を捧げた兵士だ。だがもう動けもしない。民を護れもしない。家族を救う事も出来ない。 …………だから、役に立つのなら、この体を使ってください!」
「そうだそうだ!」「フーラ様、是非!」
「人間を捨てるのだぞ?! 二度と人には戻れないのだぞ! 本当にそれで良いのか!」
兵士達は、無言でフーラを見つめる。
全員の覚悟の意思を感じた。
「ならば反撃の始まりだ!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」
王国兵の雄叫びが上がった。
生き残った家族の為にも誰一人退く事はなく、一握りすらも危うい希望にすがって。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ゲルトハイムが作ったキメラ研究所内。
そこには不気味な動物、おかしな形の物体等が数多く並んでいる。
キメラ化を成す為に、フーラはキメラ研究所を訪ねていた。
「急いでいる、ゲルトハイムはどこだ!」
フーラは辺りにいた人物に話しかけた。
この場に居るのなら、此処の研究者だろうと。
「あそこに…………」
その研究者は指をさし、奥にあった物体を指した。
フーラはその姿を確認するが、姿は完全に人間ではない。
物語に出て来る悪魔そのものでしかなかったのだ。
「なッ、なんだあれは! …………悪魔だと?!」
ゲルトハイムだと言われた物体は、黒い翼を生やした見るからに人では無い者だった。
その悪魔が倒れ伏して死んでいる。
隣には、ミーシャが無残な状態で倒れてた。
石となった四肢が崩れ落ち、胸の傷を見るだけでも、もう助かりそうもない。
愛する者の姿を見て、フーラはミーシャに駆け寄った。
殆ど死にかけの彼女の体を抱き上げる。
「ミーシャ、どういう事だ。何なんだこれは! しっかりするんだ、死なないでくれ!」
「フーラ…………あ、あいつが全ての、元凶だった。戦争を起こしたのも、噂を流したのも、全部全部…………私達と、帝国を、玩具にして遊んでいたの…………よ…………」
「もういい、喋るな。癒しの魔法をかけてやるから…………」
「もう無理…………よ。 …………血が足りないの…………寒い…………わ」
フーラが、研究者達を、睨みつけた。
「お前達、此処で何があったか知らないが、今はどうでもいい! 兎に角ミーシャを助けるんだ!」
「その状態ではもう…………」
先ほど兵士達に言った事を思い出す。
人間のキメラ化。
可能性は…………。
迷ってる暇は無く、やらなければミーシャが死ぬだけだった。
「ミーシャ…………生きたいか? 体がどうなっても生き延びたいか?」
フーラの問いに、ミーシャは頷いた。
どれ程の事になったとしても、生き延びたかったのだろう。
「私はフーラと生きたい、生きたいよッ…………」
フーラは先ほどの研究者を怒鳴りつけた。
この研究者は悪くは無い。
それでも愛する者を失いそうな悲しみが、それを止められなかった。
「ミーシャをキメラ化しろ! その悪魔に責任を取ってもらう!」
「成功は、保証出来ません」
「もし失敗すれば…………その時は、お前達を殺す! 早くするんだ!」
怒りの目で睨みつけるフーラ。
どの道これが成功しなければ王国はお終いだった。
「兵士達も志願者だ。全員のキメラ化を急ぐんだ。俺もその悪魔と合成しろ!」
「分かりました。しかし同時に出来るのは五人までです。他は誰がキメラになりますか?」
三時間後、戦況が一変した。
五体の魔物が、戦場になった城下を駆け抜けて行く。
キメラ化したのは、フーラとミーシャ、門番のクラノス、兵士長のグラント。
最後は、王子の声に真っ先に答えた兵士、フランツだった。
両国から和平を申し出る貴族団体が派遣されたようだが、全員殺されていた。
確かに王城にもその団体が来ていたが、平和的に話し合い帰ったはずなのだ。
だがその首は間違いなくこの王城に送られている。
誰が殺したかも謎ではあるが、和平派が居なくなった両国に、もう争いを止める者は存在しない。
王国がそんな事をするはずがないのだが、国の中にでも反逆者が居たのかもしれない。
しかしそんな誰かがいたとして、今更探しても無意味だった。
派遣された者達の親族、更には国民の心までもが交戦に傾き、王の命であっても止められるものではなくなっていたのだ。
戦闘序盤。
中央付近にあるべアトリクス平原では戦いが始まっている。
だが長く平和だった両国間では、何方も本当の戦いなどした事がなく、殆ど手探り状態の様である。
それでも友人や知り合いは、命懸けでその場にいるのだ。
そんな状態では、王子であるフーラも動かざるを得なかった。
城に引きこもる事はできずに、正門にまで馬を走らせている。
「開門しろ! 俺も戦場に赴く!」
王都への入り口である正門前。
今この門は閉じられ、フーラの進行を阻んでいた。
その門を開ける為に、門番のクラノスに命を発した。
生き急ぐ王子を止める事も出来たはずだが、クラノスは門を開けた。
長く付き合っているこの王子を、もう止めるのは無理だと考えたのだろう。
例え止めたとしても、如何にかして戦場に向かうはずだと。
門がギシギシと開き、今か今かと待ち続けるフーラに、後ろから追い駆けて来たミーシャが追い着いた。
フーラの馬の手綱を握り、行動を諫めて説得を始める。
「フーラ、あなた一人が行っても無駄なの。私達は城に避難するわよ!」
「それは無理だ」
首を横に振り、フーラはそれを拒否した。
この瞬間にも友人達は命をかけて戦っている。
それを知って、このまま何もせずにはいられなかった。
例え僅かな力であっても、動かずにはいられなかった。
「俺は前線に行く! この国の王子として、民にだけ戦わせる訳にはいかない!」
「駄目に決まっているでしょ! たった一人の王子を死なせたら一体この国はどうなるの? 貴方は城に避難するの!」
「俺だって力になれる。今までだって訓練して来たんだ!」
「訓練と実戦は違うわよ! 殺し合いなのよ、貴方人を殺せるの?」
「…………殺すさ。殺さなければ俺達の国も、家族も全て奪われる。城に籠っても攻め落とされたら殺されるだけだ。 …………今はもう戦って勝ち取るしかないんだ!」
真剣な顔で語るフーラ。
前線に出れば、生き残る方が難しいだろうと、それをフーラも覚悟はしていた。
しかし覚悟は覚悟でしかなく、実際その場にならなければ、人の気持ちと言うのは分からないものだろう。
「親父が生き残れば、王の血が途切れる事はない。もし駄目だったなら、もう一人子を作れば良いさ」
ミーシャは目に涙を浮かべ、とても悲しげな顔で泣きだした。
「そんな事を言わないで…………私は貴方に死んで欲しくないの」
「戦争が終わって、もし…………もし生き残れたのなら。ミーシャ、俺の子を産んでくれ。 …………だからお前は、この場所で待っていろ」
「待って、フーラアアアアアアアアアアア!」
ミーシャの制止も聞かず、フーラは馬で駆け出した。
この戦争に勝ち残る為に、ミーシャと生き残る為に。
フーラの背を見たミーシャは、その場から動く事が出来なかった。
戦争という狂気に、一瞬恐怖したから。
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「い、行けえええ! うおおおおおおおおおおおお!」
「掛かれええええ! 進めえええええええええ!」
王国と帝国の中間にある、べアトリクス平原。
両軍の兵士が叫び合っている。
戦いの初期は王国が圧倒していた。
何方の国の兵士も人を殺すのに躊躇っていのだが、しかし王国の魔法兵達の力は、そんな事には関係なく力を発揮し続けている。
王国の兵の一人兵士長がグラントが、この機を逃さず畳み掛けようとしていた。
「い、行けるぞ、このまま押し切るのだ!」
戦場は帝国側に流れ、王国は帝国から二日辺りのバール森林まで進撃していた。
しかし以前から戦争の準備をしていた帝国は、そこに砦を築き上げ、戦線はそこで止まってしまう。
何日もその場で戦い疲れ果てていた。
だが帝国は目の前だと、近くに野営地を作り励まし合っている。
「俺達が押しているんだ。このまま突き進めば勝つことが出来る!」
「そろそろ増援も到着する頃だ、ここが踏ん張り時だ!」
だが何日経っても王国側が押し切る事が出来なかった。
そして、七日目。
「もう七日だ。もう体力と魔力も持たない。 …………はぁはぁ」
慣れない戦争の殺し合いの中、体力と精神が削られて行く。
魔法を使う分精神の摩耗が激しく、王国の兵士は帝国兵より消耗が激しかった。
そして、帝国の反撃が始まった。
反撃に転じた帝国は、圧倒的な人数で戦場をべアトリクス平原まで押し返していく。
魔力を失い疲弊した王国に、もうそれを防げる力は残っていなかった。
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王国の城の中。
前線から撤退した兵士長グラントが、王国の王レメンスに報告をしている。
「レメンス様、このままでは王国が敗北してしまいます。何か手を打たなければ」
「分かっておる。しかしどうすれば? もう我々の戦力は殆んど出しつくしているぞ。我々が打てるべき手はもう…………」
「一つ手があります。禁忌とされる合成獣を使いましょう」
合成獣キメラとは、動物の特徴を様々に合成させたものだ。
頭や体、別々のパーツを魔法と魔力で無理やり組み合わせ、極限の攻撃力と魔力を備えた恐るべき兵器である。
その種類も千差万別で、動物をベースにしたものから、植物をベースにしたものなど色々と存在していた。
「キメラを使うのか! だがあれは、人の言う事を聴くような物ではないぞ。使っても戦場を混乱させるだけだ」
「しかしながら、我々にはもうそれしかありません。兵も疲弊しきっていて、もう何日も持ちこたえるのは無理でしょう。レメンス様、ご決断を!」
「…………分かった手配しよう。 …………ゲルトハイムを呼べ」
「ハッ」
だがキメラは、この王国では禁忌とされるものなのである。
それでもその力が必要だと、強引に推し進めていたのがゲルトハイムという男だった。
王の目を盗んでは研究を進め、もうほとんど完成形へと至っている。
だがその研究は、隠そうとも王の耳にも入っていたのだ。
その研究に目をつぶっていたのは、王国の為になるかもという淡い期待の様なものがあったからだろう。
王は今がその時であると、王は近衛兵に命じてゲルトハイムを連れて来させた。
「お呼びでしょうかレメンス王」
呼ばれた男ゲルトハイムは、やせ形で猫背、目には隈などが見られる男だった。
寝る間さえ惜しみ、キメラの研究に勤しんでいたのかもしれない。
「お前がキメラの研究をしているのは知っておるぞ。こんな時なのだ、咎めはせぬ。だからお前のキメラを戦場に送り出して欲しいのだ。これも王国の為と思い、頼みを聞いてくれぬか?」
「仰せとあらば、我がキメラの力をお見せいたしましょう。ただキメラには、敵味方の判断が出来ませぬ。使うならば兵達は下がらせなければなりませぬぞ」
「戦線に伝えよう。急ぐのだ、もう持たぬかもしれぬぞ!」
キメラは前線に投入されたのだが、その情報が戦場に伝えられる事はなかった。
その日、王国の国王であったレメンス王が暗殺されたからだ。
べアトリクス平原。
戦場に現れたキメラによって、両軍の兵士達は混乱していた。
「な、なんだあれは、一体どうなっているんだ! あんな物が投入されるなんて誰も聴いていないぞ!」
「うおおおお、こっちに来るぞ! ぎゃああああああああああ!」
キメラの投入は両軍に多大な被害を与える事になる。
敵も味方も関係なく犠牲を出し、この戦場をバラバラに逃げて行く。
だがそれでも帝国は、圧倒的な人数をもって前線を王国手前の野営地にまで押し込んでしまう。
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そのべアトリクス平原の前線。
フーラは戦場に居たが、目立った活躍など出来ていなかった。
死の覚悟はしていたはずだった。
それでも身が竦み、戦場の死臭や恐怖に打ちひしがれてしまう。
庇われて助けられる事も何度もあり、戦場は王都の正門前にまで達しようとしていた。
この戦力差では勝ち目は薄く、フーラ達の運命が決まりつつある。
「俺は無力だ。 …………もう敗戦は目の前で、親父が暗殺されたと言う噂さえも出回っている。 …………もう手は無いのだろうか」
「きゃああああああ!」「ぐああああ…………」「助けてえええええ!」
王都野中にも悲鳴が聞こえる。
城下町まで攻め込まれたのだろう。
民間人まで襲っているとなると、王国を全滅させるつもりなのだろう。
降伏が頭を過るが、それで止まれぬほどに兵は狂気で支配されていた。
今の状態で、相手は止まりはしないだろう。
もう勝ちは目の前で、こちらは後一日も持たない。
降伏しても、王族軍人は皆殺し。
国民は良くて奴隷にされるか、慰み者になるか、見世物にされて嬲殺(なぶりごろし)にされるかだった。
もうどうにもならず、フーラは近くに居た兵士長グラントを呼び止める。
「この状態で降伏しても結果は一緒だ。 …………俺は城に戻る。お前は逃げ遅れた民間人を城に避難させるんだ。上手くすれば、城の秘密通路から民を逃がす事が出来るかもしれない」
「分かりました、ここも長くは持ちますまい、王子も早く移動しましょう」
兵士長グラントはそう言い、周りに指示を伝えて行く。
城に到着したフーラだがその中は傷ついた兵士達で埋め尽くされていた。
ミーシャの姿を探したが見つからなず、玉座にも王の姿も見当たらなかった。
二人共もう逃げ出したのだろうかもしれない。
だから愛する者の為に、身が竦もうとも最後まで城に留まる事を決めたのだった。
「ミーシャは無事だろうか…………クソッ!」
戦況は絶望的。
キメラ作戦も失敗して、もう打つ手が無い。
「あのキメラは駄目だった。敵も味方も分からず、全てを蹂躙して行った。キメラが帝国だけを叩く事ができれば、戦線を押し返せるかもしれない」
ハッとフーラは思いついてしまった。しかし本当に実践しても良い物だろうかと、躊躇い恐怖する。
傷ついた兵や、虫の息の兵士達まで呼び寄せ、フーラは最後の作戦を全員に伝えた。
「最後の手だ。この提案を飲まなくても良い。しかし勝つためにはもうこの手しか思いつかないんだ!」
沈黙しフーラを見上げる兵士達。
フーラから発せられた作戦は、上手く行くのかも分からない、ただの賭けでしかなかったのだ。
「あのキメラの力を使うぞ! そのまま嗾けたのなら、また味方まで殺されるだろう。 …………だから、俺達がキメラになるんだ。希望する者だけで良い、手を、上げてくれ!」
一人の兵士が、呟いた。
「俺は王国の為に命を捧げた兵士だ。だがもう動けもしない。民を護れもしない。家族を救う事も出来ない。 …………だから、役に立つのなら、この体を使ってください!」
「そうだそうだ!」「フーラ様、是非!」
「人間を捨てるのだぞ?! 二度と人には戻れないのだぞ! 本当にそれで良いのか!」
兵士達は、無言でフーラを見つめる。
全員の覚悟の意思を感じた。
「ならば反撃の始まりだ!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」
王国兵の雄叫びが上がった。
生き残った家族の為にも誰一人退く事はなく、一握りすらも危うい希望にすがって。
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ゲルトハイムが作ったキメラ研究所内。
そこには不気味な動物、おかしな形の物体等が数多く並んでいる。
キメラ化を成す為に、フーラはキメラ研究所を訪ねていた。
「急いでいる、ゲルトハイムはどこだ!」
フーラは辺りにいた人物に話しかけた。
この場に居るのなら、此処の研究者だろうと。
「あそこに…………」
その研究者は指をさし、奥にあった物体を指した。
フーラはその姿を確認するが、姿は完全に人間ではない。
物語に出て来る悪魔そのものでしかなかったのだ。
「なッ、なんだあれは! …………悪魔だと?!」
ゲルトハイムだと言われた物体は、黒い翼を生やした見るからに人では無い者だった。
その悪魔が倒れ伏して死んでいる。
隣には、ミーシャが無残な状態で倒れてた。
石となった四肢が崩れ落ち、胸の傷を見るだけでも、もう助かりそうもない。
愛する者の姿を見て、フーラはミーシャに駆け寄った。
殆ど死にかけの彼女の体を抱き上げる。
「ミーシャ、どういう事だ。何なんだこれは! しっかりするんだ、死なないでくれ!」
「フーラ…………あ、あいつが全ての、元凶だった。戦争を起こしたのも、噂を流したのも、全部全部…………私達と、帝国を、玩具にして遊んでいたの…………よ…………」
「もういい、喋るな。癒しの魔法をかけてやるから…………」
「もう無理…………よ。 …………血が足りないの…………寒い…………わ」
フーラが、研究者達を、睨みつけた。
「お前達、此処で何があったか知らないが、今はどうでもいい! 兎に角ミーシャを助けるんだ!」
「その状態ではもう…………」
先ほど兵士達に言った事を思い出す。
人間のキメラ化。
可能性は…………。
迷ってる暇は無く、やらなければミーシャが死ぬだけだった。
「ミーシャ…………生きたいか? 体がどうなっても生き延びたいか?」
フーラの問いに、ミーシャは頷いた。
どれ程の事になったとしても、生き延びたかったのだろう。
「私はフーラと生きたい、生きたいよッ…………」
フーラは先ほどの研究者を怒鳴りつけた。
この研究者は悪くは無い。
それでも愛する者を失いそうな悲しみが、それを止められなかった。
「ミーシャをキメラ化しろ! その悪魔に責任を取ってもらう!」
「成功は、保証出来ません」
「もし失敗すれば…………その時は、お前達を殺す! 早くするんだ!」
怒りの目で睨みつけるフーラ。
どの道これが成功しなければ王国はお終いだった。
「兵士達も志願者だ。全員のキメラ化を急ぐんだ。俺もその悪魔と合成しろ!」
「分かりました。しかし同時に出来るのは五人までです。他は誰がキメラになりますか?」
三時間後、戦況が一変した。
五体の魔物が、戦場になった城下を駆け抜けて行く。
キメラ化したのは、フーラとミーシャ、門番のクラノス、兵士長のグラント。
最後は、王子の声に真っ先に答えた兵士、フランツだった。
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