少年期［２９６］喧嘩上等！　では無く死合い上等！！

ゼルートと女の準備が整ったのを確認したギルド職員が摸擬戦の合図を行う。
そして野次馬が声を荒げる中、両者は共に自ら動こうとはしなかった。

「どうしたのかしら、構えず自分から動かないのは降参という意味？」

「そんな訳無いだろ」

特に構えず素手の状態で立っているゼルート。
見る者によっては緊張のあまり何をしていいのか分からなくなっているルーキーに見えなくもない。

ただしゼルートには今の何も構えない状態からでも女の攻撃に反応できるという、絶対的なまでの自信がある。

「あんたこそ、俺より冒険者歴長いのに何も出来ずに負けるのは惨めだろうから、先手は譲ってやるよ」

人差し指で挑発するゼルートの言葉に甘え、女はその場から一気に駆け出す。

「なら一撃で終わらせてあげるわ」

刃引きしていない武器を使った摸擬戦の決着の判定は、相手が戦闘不能の状態になる。
相手の急所に刃を突きつけ、相手に負けを認めさせるの二つ。

女はゼルートに散々挑発され、怒りのボルテージがほぼマックスまで高まっているとはいえ、ゼルートに重傷を負わせて戦闘不能にするつもりはなかった。

それ故ゼルートの横腹目掛けて刃は立てずに面で剣を振るう。

「そんな舐めた攻撃でやられる訳無いだろ」

十分に目で追える攻撃に対してゼルートはバックステップで躱す。
完全に本気という訳では無くとも、素の状態での最高速度の一撃。

それを特に表情を変える事無く避けられた女の表情が驚きに変わる。

「おいおいおい、まさか本当にその一撃で終わると思ってたのか？　だとしたら随分とお前の頭の中はお花畑みたいだな」

「っ！！！！！！」

舌を出しながらの挑発。
そんな余裕な表情のゼルートを見て更に苛立ちを募らせる。

止まったのはほんの数秒、直ぐに攻撃を再開させる。

上段、中断下段からの斬り込み、斜めからの斬り上げ切り下げに突き。
時にはゼルートの態勢を崩す為の足払いを繰り出し、不意を突いたつもりでの小盾による裏拳。

女には既にゼルートにあまり怪我を負わせずに決着を付けるという選択肢は無く、息つく暇も無く攻撃を繰り返す。
しかしそのどれもがゼルートにかすりもしない。
勿論女は正式な剣術を習っている訳では無いので正しい人の斬り方は知らない。

それでも今まで同業者との摸擬戦や盗賊との殺し合いに人型の魔物との戦いで得た経験から人の倒し方はある程度体が覚えていた。

そんな今までの経験が目の前の少年には通じない。

「あんた・・・・・・本当に舐めてんのな。身体強化のスキルを使わずに勝てるとでも思ってんのか？　あぁ？」

そう思っていた、自分より年下でまだ冒険者になったばかりの少年にスキルなど使わなくとも自身の素の身体能力と経験で勝てると女は思っていた。

「いいわ、本気で潰す」

女は自身のプライドを捨てて身体強化のスキルを使ってスピードを上げる。

繰り出される斬撃や蹴り、拳は既に人を殺せるだけの威力があるもの。
当たり所が良くても重傷、致命傷になりかねない。

女が理性ではゼルートを殺さない様にしていても、本能は既にゼルートをぶっ潰すつもりでいる。

「多少まっしになったな」

（やっぱり経験の差からダンよりは実力は上だろうな)

父親の友人の息子であり、スーパーシスコン＆マザコンなダンより目の前の女の実力が上だと分かった。
ただそれだけが分かっただけで、以前ゼルートがやる事は変わらず攻撃を全て避けるだけ。

女が身体強化のスキルを使った事でスピードは上がったが、それでゼルートを捉えられるかといえば、そうでは無い。

単純にゼルートは最初から全速力で動いている訳では無く、ギアを上げれば女の攻撃を避ける事ぐらい容易な事だった。

「でもまだ足りないな。もっと殺す気で来いよ」