漆黒王の英雄譚

黒鉄やまと

第23話 苦悩


「いやぁ、危なかったな」

少年は戦いの後で草木が生えなくなった地にぽつりと立っている。周りには彼の仲間が倒した魔獣が何匹も倒れている。

「ほんとに焦ったぜ。旦那が死にそうになってた時は」

「油断のし過ぎです。マスターの欠点が今ひとつ出ました。」

「アルト大丈夫だった?」

「彼がそんな簡単にやられるわけないっすよ。レン君」

「そうね。けど焦ったのは事実かしら?」

「いやぁ、リーダーのお嫁さんが知ったらどうなることか。」

「そしたら妾が貰ってやるのじゃ。いや、今すぐでも構わんぞ?」

「お前は懲りないなエルド」

彼の仲間が集まって話している。

「心配かけて悪かったな。けどこの通りもう大丈夫だ。」

そう言って少年ーーアルトは胸を叩いて大丈夫だという。その胸はエキューデに貫かれた傷はなく全く元の状態に戻っていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

エキューデが去った後アルトは小さな声で詠唱を唱えていた。


「『我が・・・纏うは・・・水の化身なり・・・其れは・・・時に・・・癒しを・・・与え・・・時に・・・死を与える・・・人と水は・・・水魚の交わり・・・水は・・・姿形を変え・・・常に・・・我らと共にあり・・・さすれば・・・生と死を齎し・・・新たに・・・其の名を刻もう・・・』」

アルトの身体がまるで蒸発した・・・・かのように消えていき、アルトから流れ出た血も辺りから消え去った。
ところが空中に急に水蒸気が集まり始めると人の形を作り出していきその姿はアルトと全くおなじとなった。

「魔纏術【海神の纏鎧ネプティリア・アルマディル】」

そこには肉体を水と同一化し再構築したアルトの姿があった。これは先程まで使っていた【雷神の纏鎧】の水版だ。【雷神の纏鎧】の特徴は素早さにあった。【海神の纏鎧】の特徴は超自動回復と肉体の流動化だ。アルトはその超自動回復の効果を用いて肉体を再構築したのだ。

「危なかった。少しでも遅れていたら確実に死んでたな。」

アルトの死の恐れなさに関してそれも修行の成果があるのだがまたの機会とする。アルトはエキューデの去った後を見ながらこういった。

「暇だから魔物でも倒してるか」

アルトが動き出そうとした時エルダが竜化し、巨大なブレスを放った。

『アルト!大丈夫であったか?!』

「大丈夫だ!それよりもそっちはどうだ?」

『もう少しで終わりそうじゃ。今この竜のなりそこないに制裁を加えたらそっちに行くのじゃ!』

「いや、こなくていいんだがなぁ・・・」

アルトはとりあえずまだ大量に居る魔物を片ずけるために駆け出した。
と言っても先程のアルトとエキューデの戦闘で魔物の数は3分の1以下にまで減っていた。アルトという強大な戦力が入ったため殲滅は直ぐに終わった。



「しかし邪神の使徒には逃げられちまったな」

「それなら大丈夫だ。を付けておいた。」

「種?」

「ああ、それを追っていけばエキューデを見つけられる。ただ問題は・・・」

「邪神の使徒がいる場所がもし人が沢山いる町だった場合・・・ですか?」

「ああ、死人が出てしまう可能性もあるし、仮に倒したとしても俺達は急にエキューデを襲うわけだしその街の衛兵などに捕まる可能性がある。それは避けたいな」

「そうですね。今のご時世だとアルトの力を使えば大丈夫だとは思いますが無理矢理は良くないですからね」

「そうなんだよな。とりあえず追ってみよう。その先が大丈夫ならそのまま奇襲をかける。あの反応だと俺が生きてるとは思ってないみたいだからな。」

「ダメならどうするの?」

「どうしよっかなぁ、まだ分からない。けど街中で俺が生きていることがバレ、その街にいると分かったらまずいってのはあるな。やっぱり街を出るまで待つか?」

「一番いいのはここでもう一度戦うことですね。ここなら広い土地ですし、今、人は来ないでしょう。」

「そうなんだよな。とても街に人に干渉しようとは思えない。・・・街を出るのと同時に攻撃を仕掛けるか?けどそれは回復しちまってるだろうな。出来れば回復してないうちに仕留めたいが・・・街から出せればいいけど・・・仕方が無い。出来るか分からないが無理やり出すか。」

「大丈夫なの?」

「大丈夫だ。さて、ほぼ魔力も回復したし、エキューデを追いに行こう」

『了解』

アルト達はエキューデが飛び去った方角へ向かって動き出した。

アルト達がエキューデを見つけたのはそれから数分後の事だった。最悪の展開にはならずエキューデがいたのは森の中にあった古小屋だった。それもエキューデによって綺麗になっていた。

「意外と細かいところあるんだな。まあ、これで無理に行動する必要がなくなったな。」

「そうだな。けどどうしてこの場所がわかったんだ?さっき種がなんとかって言ってたけど」

「エキューデが気が付かないように特別な木の種を仕込んでおいた。これで分かるか?」

「なるほど特別な木の種にアルトの魔力を込めておいたわけだ。それを探知替わりに使ったと」

「正解。しかもこんなことも出来る。」

アルトが魔法を発動させると小屋の中からエキューデの叫び声が聞こえてきて、その次に小屋を破っておおきな木がそびえ立った。

「なんちゅう無茶苦茶な」

「保険は掛けておくべきだったろ?さて、エキューデ。捕まえたぞ」

アルトは樹海樹の真ん中に拘束されているエキューデに話しかける。

「まさか生きているとは思いませんでしたよ。しかしこれは一体なんです?私の力を持ってしても動くことが出来ないのですが」

「樹海樹と言ったらわかるか?」

「樹海樹・・・聞いたことがありますね。確か神樹の周りを守護するように広がる樹海を作り上げている木でしたか?」

「よく知ってたな。その通り。樹海樹は神樹を守護する樹海を構成している木の一種で最も神樹に近い部分の木だ。特徴は樹海の中で1番大きくなることと、神樹の影響を1番うけるという特別な木だからこその耐久力。たとえお前でも動けないだろ?」

「そうですね。正直ピクリとも動きません。さらにこれは・・・魔力を吸われている?」

「そうだ。基本的にその木は空気中の魔力を吸収して生きている。しかし侵入者が現れた場合拘束し、魔力を吸収することでさらに栄養をとる。そのままだったらお前もいずれ木の1部になる。」

「・・・・・・」

「・・・投降しろ・・・そして邪神と手を切るんだ」

「アルト?!」


アルトの突然の言葉にアドミレア達は驚く。


「投降しろ・・・だと?」

「そうだ。俺はできるだけ人を殺したくない。それは俺個人が殺すのを躊躇うのではなく、命の大切さを知っていると思っているからだ。俺は仲間を、家族を守ろうと思っている。けど助けられる命や守れる命があるならば俺は助けたい。たとえそれが邪神の使徒であったとしてもだ。」

「・・・おめでたい頭だな。それだけで本当に守れると思っているのか?それにもし私が嘘をついていたら?」

「嘘?」

「例えば本当はこの拘束を破れるだけの力を持っている・・・とか」

「無いな」

アルトは断言した。

「・・・何故だ?」

「もしあったとしてもお前はしないはずだ。する必要が無いからだ。お前と戦っていて思った。お前は本当に邪神に心を捧げているのか?」

「・・・・・・」

「俺はいないんじゃないかと思う。お前は邪神を崇拝していない。けどお前が使徒となった理由はあるはずだ。それを知りたい。教えてくれ。お前はなんで使徒になった。」

「・・・運命さ」

「運命?」

「邪神の使徒になる条件を知っているか?」

「条件・・・邪悪な心を持っているとかか?」

「似たようなものだが違う。例えば家族が皆殺しにされた時、仲間に裏切られた時、殺されそうになった時・・・お前はその時どうする?」

「・・・・・・」

「お前は分かっているだろう?憎むんだよ。家族を殺した相手を憎む、裏切った元仲間を憎む、自分のことを殺そうとした相手を憎む。たとえ力がなかったとしても少しでも復讐しようとする。それじゃあ人が邪神の使徒になる時・・・それは運命を憎んだ時だ。」

「運命を・・・」

「そうだ。使徒になりうる器・・・それは全てを憎み、行動に移そうとした者達だ。邪神はそこに漬け込み自らを崇拝させ、使徒とする。やり返すだけの者は手先で終わる。」

「それじゃあお前はどうして・・・」

「私か?私はそうだなぁ・・・もう覚えていないよ。忘れていた、邪神の使徒になる条件の2つ目は年月だ。幹部に当てられた時、不老の力を手に入れる。ただし、老いないだけで普通に死ぬ。私が邪神の使徒になったのは6000年前くらいだったと思う。そんな昔のことを覚えているわけがないだろう?」

「運命すらも憎み、呪ったのに?それだけの辛いことがあったんじゃなかったのか?忘れたならもう邪神の使徒でいる必要は無いだろ。」

「そうかもな。正直私は邪神をそこまで崇拝していない。だから最初はお前の提案に心が揺さぶられた。もう投降してもいいんじゃないかと。けどそれが叶わなかったのが300年前だった。」

「なんでだ?」

「杭が打たれているんだよ。ここにね」

そう言ってエキューデは自分の心臓のあたりを見る。

「まさか・・・」

「そうだ。俺たち使徒は縛られている。裏切った瞬間その呪いは発動してすぐさま私は死ぬ。それどころじゃない。恐らく超広範囲の魔力爆発が起こって・・・そうだな。ここから5つ先位の山までは全てが引く飛ぶかな?自殺も同じです。」

「そんな・・・」

「私は邪神を裏切ることは出来ない。そして自ら死ぬ事も出来ない。けれど私はもう疲れたんですよ。ここまで言えばもう分かりますね?」

「俺にお前を殺せと?」

「そうです。復活すれば戦う日々、そして封印されまた長い時が流れた世界で戦うことになる。使徒になるまで長い時間をかけました。それからさらに長い時間が経った。私が心から生きていた時代の人々はもう居ない。私を知る人は居ない。生きていてなんの意味があるのでしょう?」

「それは・・・」

アルトは答えられなかった。答えが分からなかったから。


「敵であるあなたに言うのは釈然としませんが、改めて頼みます。私を・・・・・・殺してください」

コメント

  • ノベルバユーザー523679

    否定の能力どこ行ったのですか
    それで身体治せば良かったのに

    0
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