A Living One

東堂タカノ

3話

 僕たちの目の前に現れた大きな狼を見てゾーアは少し驚いた顔をした。


「少し存在感を上げすぎていたみたいだな。よもやガストウルフが来ようとは」


 ガストウルフ。ウルフ種の魔物の中で風属性を持つとされる魔物の中位種でランクはC。今の僕では到底相手に出来ない魔物だ。しかし、ゾーアはやはり恐れも緊張もしていない。


「ここにガストがいるということは、近くに群れがあるな。しかし出てきたのは一体だけ。こちらを警戒しているようだ」


 通常狼種は群れで行動する。下位種のウィンドウルフは単体ではEランクだが、群れになるとDランクになる。ウィンドの群れに遭遇した時にはガストがいるかどうかは分からないが、逆にガストに遭遇した場合は群れがある可能性がとても高い。それなのにここに一体だけというのは普通ではない。そんな状況を作り出したしまう古き者オールドはやはり普通ではない。そう考えているとゾーアが声をかけてくる。


「ユールよ、魔物との戦闘で必要なことは3つ。1つは恐れないこと。恐れは行動を思考を鈍らせる。それらは致命的な隙に繋がってしまう。このようにな」


 そう言うとゾーアはガストウルフに向かって威圧をする。中位種では古き者の威圧はひとたまりもないだろう。
 ガストウルフが恐怖に身を縮めたと思ったら先程まで居たはずの場所にゾーアがいない。視線を戻すと、首を切られ絶命したガストウルフがそこに居た。たった一瞬で勝負を着けてしまった。目で追うことも何が起きたかも理解することも出来ない。それ程までに速かった。ゾーアは僕の方へ振り向いて言う。


「とまあ恐怖とは厄介なものだ。相手に与えられれば有利に、逆に与えられると不利になる。その為に必要な事が2つ目の覚悟だ。強い心を持て。こちらが相手を殺そうと思うように相手もこちらを殺そうと思っている。その事を忘れず何物にも動じないようになれ。命を狩る事を躊躇うな。躊躇いもまた行動を鈍らせる。そして最後が考えること。状況をしっかりと判断しろ。誰だ何がどのような状況か。周りには何があるか、異変がないか、あらゆる物を考えろ。何処で何が必要になるかまた利用できるか分からない。考える事を放棄することは愚かなことだ。分かったな」


 そんな言葉に僕は頷く。特に恐怖というものを僕は気を付けようと思った。僕がなるものの過酷さを少しだけ分かった気がする。
 ゾーアはいつのまにか死体の処理をし終え、こちらへ歩み寄ってきた。


「それでは行くか。幾ら群れのリーダーを倒したとはいえどう行動してくるか分からん。それに血も多く出た。他の魔物が寄ってくるかも知れん」


 ゾーアはそう言って歩き始めた。
 魔物の血は臭いが強く他の魔物が寄ってくる事がある。
 僕はゾーアの後を追い歩き出した。


 ▽ △ ▽


 その後は特に魔物に襲われる事も無くフラワさんが住み、そして収める街ザファドグへと着いた。
 ここザファドグへ入る際には検門などは無く誰でも自由に行き来することが出来る。それも特殊な結界が張ってあるらしく入ってきた者の容姿などが街の警備隊の所まで送られるらしい。この結界を張り、その仕組みを作ったのは間違いなくフラワさんだ。その為そのまま街へと入っていく。僕もゾーアも何度か訪れた事はあるのでフラワさんの屋敷まで行くのは苦労しなかった。
 屋敷の前まで来ると門の前にフラワさんが居る。どうやら僕たちが来る事を知って待っていたみたいだ。彼女の所まで行きゾーアが声をかける。
「少し遅くなった。悪いな」
 彼女は少し不満気な顔をして言う。
「遅かったわね。待っていたわ。立っていて疲れてしまったわ。取り敢えず中で話しましょうか」
 早速彼女にそう案内された。


 屋敷の中は綺麗な装飾がされているが、派手すぎる事はなく見ていて嫌な気分にはならない。しかし、歩いている最中僕ら以外の人を見なかった。屋敷は広くここに1人で住んでいるというのも考えにくい為仕事をしたりしていて姿が見えないだけだろう。
 初めて見る物の数々にあれこれ考えていると応接室へと着いた。フラワさんがドアノブに手を掛けこちらへ向く。


「どうぞ、入って」


 そう言ってドアを開ける。フラワさんに続いてゾーアが、そして僕の順で入っていく。


「そちらへ掛けて」


 僕が入るとフラワさんは既にソファに座っている。ゾーアもすぐに座る。僕は戸惑いながらも座った。
 ソファに座り改めてフラワさんを見る。前に会った時にも思ったがどう見ても1000年以上を生きる古き者には見えない。フラワさんはエルフの古き者、エルダーである。エルフ種は長命で歳を取るのが遅い。その為実年齢と外見が合わない事がほとんどで、エルダーとなると不老になる為老化が完全に止まる。フラワさんは能力が高く外見の若い時、300〜400歳の時にエルダーとなったと聞く。その若さでーあくまでエルフ種でー古き者となるのは珍しい。
 ゾーアは人種の為その外見は老いが回っている。見た目は60代ほどだ。
 早速フラワさんが話を切り出した。


「それで今日は何の用かしら?」


 それにゾーアが答える。


「実はな、ユールを外に出そうと思ってな。王都へ行かせ冒険者にしようと思う。その為にお前に推薦状のような物を書いて欲しい」


 ゾーアはそう言って頭を下げる。フラワさんは驚いた顔をした。


「あら、遂に外に出す事に決めたのね。今まで一度も相談が無かったからずっと一緒に暮らすのだと思っていたけど。それにしても貴方が頭を下げるなんて珍しいですね」


「ああ、決めたよ。それにユールの為だ幾らでも下げよう」


 フラワさんは頷いて今度は僕の方へ聞いてくる。


「ユール、貴方は外に行くという事で良いのですね?」


 僕はゾーアの時と同じく彼女の目を見て答える。


「はい」


 フラワさんも僕の目を見つめる。そして頷く。


「分かりました。推薦状を書きましょう。あそこのギルマスとは面識がありますから少し面倒を見てもらえるように書いておきます。書くのに色々と準備や時間が必要ですから王都に向かう時に渡す事にしましょう」


 その言葉にゾーアは嬉しそうな顔をする。


「そうか!すまん。感謝する」


 そしてまた頭を下げる。僕もそれに続いて言う。


「ありがとうございます」


 フラワさんはにこりと笑って答える。


「構いませんよ。それでいつ向かうのですか?」


「それはなんとも言えないな。ユールが最低限の戦闘が出来るくらいには訓練をするつもりだからな」


「貴方が訓練するのですか?」


「それはそうだろう。だが、魔法については教えてやって欲しい」


 ゾーアはフラワさんにそう頼んだ。


「そうね、貴方は戦闘においては一級ですが魔法などにはあまり造形が深くありませんでしたね。いいでしょう。全てを教えられる訳では有りませんが尽力しましょう。ユールは良いですか?」


 フラワさんは僕の方を見て聞く。


「教えてくださるだけでありがたいです。是非お願いします」


 僕はそう言って頭を下げる。フラワさんは微笑みを浮かべて頷く。


「せっかくです。今から説明を始めましょうか」


 そう彼女はにこりと笑って言った。


 ▽ △ ▽


 魔法について教えてもらう為応接室を出て屋敷の庭に出る。
 庭に出るとフラワさんは何処からか木材を取り出し魔法を使う。すると木材が椅子と机に変わる。


「今のは無属性魔法の【シフト】です。この魔法は物質の形を変える物です。思う通りの形に出来ますが魔力操作の巧さによってできる事がだいぶ変わってきます。また無属性魔法の中でも難易度の高い魔法でもあります。ユールが私と同じように使えるのはまだ先ですね」


 エルダーの彼女には簡単に発動できる魔法のようだ。見たところ利便性の高そうな魔法なので使えるようになりたい。
 そして彼女の魔法発動にはある事がされていなかった。


「今、魔法名を唱えていませんでしたね」


「そうですね。魔法名を唱える事、つまり名唱は魔法発動の手助けをする役割がありますが、魔法に造詣のある者や高位の冒険者などは名唱無しで発動できます。ユールもその内出来るようになると思うので頑張ってください」


 名唱無しで発動出来る事という事は相手は自分の発動する魔法が分からないという事だ。これはとても有利な事なのでいつか出来るようにはなっておきたい。
 まだ椅子に座っていなかったので椅子に座りフラワさんの方を見る。彼女は立ったまま教えてくれるみたいだ。


「それでは始めます。まず魔法は魔力と呼ばれる物を使って発動します。発動に必要なのは名唱。この魔法名を唱える事は神に手助けをしてもらい現象を引き起こす為に必要な事です。先程も言いましたが一部の者はこれを行わず魔法を発動出来ます。ただ全ての魔法を名唱無しに発動出来る訳ではありません。個人個人で出来る魔法が異なってきます。ところで、あの話は聞きましたか?」


 説明の途中でフラワさんはそんな事を聞いてきた。あの話とは、宮神と寵愛だろうか?


「それは宮神と寵愛ですか?」


「ええそうですよ」


「それならば聞きました」


 僕が答えるとフラワさんは笑顔になる。


「そうですか、それは良かったです。で、先程の話ですが私の場合は魔神オグリフに寵愛を受けています。私の寵愛の力は時空魔法と空間魔法の使用よ。多分この世界では神を除いて私だけが使えるのでは無いかしら?」


 さらっと彼女はとんでも無い事を言った。時空魔法も空間魔法も聞いた事がない。そして使用者は彼女1人だけと言っても過言ではない。寵愛とはここまで企画外のものなのか。


「寵愛がとんでもない物だというのは分かったわね。でも、神のように使える訳ではないわ。幾ら寵愛を受け、古き者であったとしても出来る事は限られてくるわ。たとえ強力な魔法が使えたとしても発動よりも速く動かれては私のように魔法しか扱わない者は殺されてしまうわ。そこらの者に負けるとは思わないけれど、同じく寵愛を受けた古き者や、ゾーアのように己の力だけで人智を超えた者と争った時は危険ね」


 彼女は僕にそう釘を刺す。確かにその力を使えなければ意味が無い。それに彼女は古き者だ。僕のようにただの人で戦闘経験もまともに無いのに寵愛の力に溺れるわけにはいかない。それに寵愛が戦闘に役立つ物かすら分からない。今は愚直に学んでいこう。


「それで、話が逸れてしまったわね。話したのは名唱までね。話し始めたばかりだったのね。次は属性の話ね。属性には基本属性と派生属性があるわ。基本属性は火、水、風、土、光、闇、無の7つ。派生が爆発、氷、雷、金の4つ。どの人にも得意不得意が存在するわ。基本属性は得意不得意によってどこまでの魔法を使えるかが決まる。得意であるなら上位を不得意なら下位までしか使えない。得意でも不得意でもないなら中位の魔法まで使えるわ。ただ無属性には位の差が付けられていないわ。無属性の魔法はある程度は誰もが使えるの。派生魔法は得意な基本属性によって使える魔法が決まるわ。火なら爆発、水なら氷、風なら雷、土なら金といった感じね。光、闇、無には派生する属性がないわ。ここまでで何か質問あるかしら?」


 なるほど得意不得意で大きく変わってくるようだ。下位と中位でさえ大きな差がある。上位ともなれば差は更に大きくなる。その為自分が何を得意で不得意かを知る必要があるが…。


「どうやって属性の得意不得意を調べるのですか?」


「それはこの紙を使うわ」


 そう言ってフラワさんは一枚の少し茶色の紙をまた何処からか取り出した。無属性魔法か空間魔法を使っているのだろうか?


「この紙は魔力に反応して色が変わる特殊な木から作られたもので、色の変化と濃さでその人が何を得意で不得意かを教えてくれる代物よ。まず私が試してみるわね」


 そう言って彼女は紙を胸の高さまで上げた。するとみるみると紙の色が変わる。紙は青と緑そして白を色濃く、逆に赤と黒を薄く映し出す。


「こうして色濃く出たらそれが得意な属性、薄く出たら不得意な属性、出なかったらどちらでもないということ。それで赤は火、青は水、緑は風、黄は土、白は光、黒は闇を表すわ」


 となると、フラワさんは水、風、光が得意属性で火、闇が不得意属性ということか。


「それでこの紙で属性を調べるにはまず魔力が扱えなければいけない。ということで、まずは魔力を感じるところから始めましょうか」


 そうフラワさんはにこりと笑いかけてくる。いよいよ実際に魔力を使うところから始まる。


「それじゃあお腹、お臍の辺りに手を当てて、そして目を瞑る。何か温かいものを感じられると思うわ」


 そう言われお腹に手を当て目を瞑る。じっと何かを感じ取るように考える。辺りが静かになったように感じる。フラワさんも何も言わずに静かにしてくれているみたいだ。風が吹いた。その風の心地が肌を撫でる。近くの木に止まったのか鳥の囀りが耳に入る。どれほど経っただろうか。考えていると、ふと温かいものを感じる。感じ取ることが出来たと思ったら、その温かさが全身をめぐる。そして僕は手を離し目を開ける。


「どうやら魔力を感じ取れたみたいね。もう少し長くかかると思ったのだけれど早かったわね。もしかしたら高い適性があるかも知れないわ。ついでに魔力について説明するわ。魔力は血液の様に全身を巡っているわ。その巡りを滑らかに出来るようになればなるほど魔力操作の技術が向上するわ。時間の空いている時には魔力を動かす練習をするのが良いわね。そして魔力は人によって保有量が大きく変わる。魔力保有量は生まれながらにして決まってしまっている。とてつもなく多い人もいれば魔法を数回しか発動できない程少ない人もいる。ここは少し残酷な所ね。でも、訓練によって増やすこともある程度は可能よ。魔力を使い切る事で保有量は上がっていくわ。筋肉を鍛えることと似ているわね。魔力切れを起こすと体調を崩してしまうから寝る前にやったりするのがいいわね。魔力保有量を測るには魔石から作った水晶を使うわ。それにも魔力を流し込む事が出来なければ行けないから、やっぱり魔力操作は大切ね」


 魔力というものは中々シビアなもののようだ。属性魔法もそうだったが魔法というものも絶対ではないようだ。そして魔力操作、初めにフラワさんがやっていた事も魔力操作が大切だと言っていた。何よりも魔力操作の練習は欠かさないようにしよう。


「次は魔力操作をしてみましょう。さっきも言ったけれど魔力は血液のように全身を巡っているわ。温かいものが全身を巡るのをイメージして、動かしてみて」


 言われた通り血液をイメージしてみる。先程の魔力を感じ取れた時の全身を巡るイメージで…。しかし、なかなかうまくいかない。魔力を感じ取れてはいるが動かそうとしても動かない。僕は焦らずに落ち着いて目を瞑った。そして深呼吸をしてイメージを更に強める。すると少しずつ、本当に少しずつだが温かいものが動く感覚を覚える。それを感じ取れると先程よりもスムーズに動かす事が出来た。まだまだ滑らかではないが。
 ゆっくりと動かしているとフラワさんから声がかかる。


「動かせたみたいね。やっぱり普通の人よりもセンスがあるわね。将来が楽しみだわ。それじゃあ次はいよいよ属性を調べてみましょう。早速と言いたいところだけど…」


 そう言うとフラワさんは屋敷の方を見る。すると玄関からゾーアが出てくる。


「おーい、そろそろ昼ではないか?一旦休憩して昼食を取らないかい?」


 どうやらもうお昼のようだ。ゾーアの言葉にフラワさんが返す。
「もうそんな時間かしら?」


 と、昼を告げる鐘の音が鳴り響く。ここイグタムでは昼、12時を告げる鐘の音が島全体になる。
 ーアザーでは1日24時間、一年は360日であるー
 その鐘の音を聞いてフラワさんが言う。


「その通りのようですね。お昼にしましょうか。ゾーアは手伝ってください。ユールは1度シャワーを浴びてくるといいです。カザ、ユールを浴室へ案内して下さい」


 すると、突然フラワさんの隣に初老の白髪でオールバックの男性が現れた。執事服を着ている事からフラワさんお付きの人のようだ。


「ユール、彼が案内してくれます。使い方等も説明してくれますから分からないことがあったら彼に聞いてくださいね」


 案内だけでなくそこまでしてくれるのはありがたい。


「分かりました。何から何までありがとうございます」


 そう言って僕は頭を下げた。


「はい。それでは行きましょうか」


 フラワさんの声と共に僕たちは屋敷へと戻っていった。



「A Living One」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く