美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

ふぁいとぉー



 この街には娯楽が無い。


 正しく言えば、子どもの遊び場が無い。
 高校に隣接する大学のおかげか、駅前に並ぶのは大半が飲み屋。
 未成年の俺たちが所謂「遊び」をするとなると、その選択肢は極めて少ない。


 電車に乗って上大塚まで出ればそれなりだが、彼女たちにとっては帰宅ルートでも、俺からすれば遠出である。


 使いたくもないなけなしの交通費を払い、数か月ぶりに降り立ったその地は、相変わらず老人ばかり。若者らしい僅かばかりの冒険心も、ここでは真っ当に作用しない。




「あそこの角にねっ、すっごい美味しいクレープのお店があるんだよ」
「へぇーっ……あんま食べたことないなぁ、そういうの」
「いちごがとっても美味しいの。あとで食べよ?」
「……ちなみに、幾らぐらい?」
「今日は安い日だから、300円くらいじゃないかなぁ」
「……よしっ。いけるっ」


 慣れた足取りで目的地へと向かう彼女を追い掛ける。
 電車の中からずっとそうだったけど、四人が固まるとどうにも居場所が無い。


 なによりも、あのコミュ障の権化こと長瀬愛莉が、ちゃんと女子高生していることが殊更気に食わない。同じ人種じゃなかったのかよ。裏切り者が。


 あと俺の比奈を返せ。癒しが足りない。




「ねーねーハルぅー、さっきからなんで黙ってん?」
「え……いや、別にそんな気は」
「あ、もしかして女の子に囲まれて緊張してたり? 今更過ぎね?」
「……女……?」
「おい、目線上げろ☆」


 無いものを見ていただけだ。少なくとも瑞希には。




(……恵まれ過ぎだよなぁ)


 今までそれらしい友達の一人もいなかったというのに。
 気付いたら、周囲の視線を丸ごと奪うような美少女を引き連れて歩いているこの状況。


 こういうとき、俺は何を話せばいいのだろう。
 圧倒的に足りていない。人生という名の経験値。


 こうなってくると、いよいよ余計なことばかり気になってきて。
 恰好はおかしくないか、髪型は乱れていないか、歩き方は不自然じゃないか。
 どれもこれも、すぐ直せるものではないことに気付いて。


 停まっているバスの鏡に反射した自分を、ボンヤリと見つめていた。


 すごい。俺。
 こんなに猫背だったっけ。前より酷くなってないかこれ。
 ワイシャツもヨレヨレだし、何なら少し汚いし。




「…………やっべー」
「……どうかしましたか?」
「いや、まぁ…………琴音はいいよな、可愛くて」
「急になんですか。お金なら貸しませんよ」


 ちっとも察してくれない彼女のとぼけた表情が、唯一の救いであった。






*     *     *     *






「タッチ♪ タッチ♪ ここにタッチ♪ あ~な~た~か~ら~~♪」


「トアァァァァァァァァッッッッチ!!!!」
「うっさ!!!! マイクで叫ぶな死ねッッ!」
「これやんなきゃ始まらねえだろォォン!?」
「比奈ちゃん可哀そうでしょっ! ビックリして歌えなくなってるじゃないっ!」


「…………束ねた、ブーケ……」
「ああなんてことっ! 比奈ちゃんの魂が抜けてしまうっ! やり過ぎたっ!!」
「んな馬鹿な」




 そんなこんなでカラオケに到着した次第である。


 予想通りというかなんというか、瑞希が雑に盛り上げ、愛莉と比奈がそれっぽく乗り、琴音は真剣な表情でひたすら他人の歌を聴き。


 で、一向に着いていけない俺。
 完全なる選択ミス。一番居辛い場所に来てしまった。


 いや、別にいいんだ。なんだかんだ、みんな楽しそうにしているし。
 ただ俺がちょっと乗り切れないという、それだけなんで。ホンマに。大丈夫です。


 ただ受付の店員に「5人です」言ったら俺のことガン無視でもう一人どこにいるか探し出したからな。それだけマジ許さん。世間が冷たすぎる。




「おらハルぅ! さっさと歌えよ!」
「そーよそーよっ! アンタが行きたいって言い出したんじゃないっ!」
「えぇー……別に歌いたいから来たわけちゃうし……」
「ハルトくんの歌、聴きたいなー。ねー琴音ちゃん?」
「……なぜ電子機器を手渡してくるのですか」
「ハルトくんが歌ったら、次は当然……ね?」
「やめましょう。陽翔さん。全力で拒否してください」


 四方八方から様々な圧が飛んでくる。
 歌うのか歌わないのかどうすれば良いのだ。磁石で挟まれた気分。




「……そもそもなんだけど」
「おん? どした」
「俺…………カラオケ来たことないんよな」
「えぇッ!? 嘘でしょ!? 私ですらあるのにっ!」


 愛莉に言われるとなんかムカつくな……まぁいいけど。




「だからほら、なに歌っていいか分からんといいますか」
「ああんっ? んなもん好きな曲歌えばいいんだよっ! ほら、入れてやるから!」
「あぁっ、分かった、分かったから、自分でやるわ」


 強引にタブレットを奪い、アーティスト検索からパッパと入力して曲を探す。
 正直、人に歌を聴かせるとかやったことないし、そもそも歌とか歌わんし。
 自分が音痴かどうかもよく分かっていないのだ。音楽の授業とか記憶にねえ。


 瑞希はめちゃ上手いし、比奈は普通に上手いし、愛莉は若干落ちるけどまぁ聴けるレベルだし、どう考えても下手くそなの俺だけだよなぁ。辛いなぁ。




「ハルトくん」
「あん」
「琴音ちゃん、すっごく音痴なんだよ」
「さぁぁーーて、張り切って行きましょー」
「あぁっ、そんなっ! 殺生なっ!」


 さも当然のように殺生とか言い出す女子高生お前だけだよ。そういうところだよ。


 流れ出したメロディーは、まぁ、多分みんな知らないんだろう。


 本当は前の曲に合わせた選曲とかしなきゃいけないんだろうけど。
 そういうのサッパリ分からんし。もう知らん。ブチ壊す。




「あ、兄弟喧嘩ばっかしてるやつらだ」
「え、知ってんの瑞希」
「まぁねー。イギリスなら国歌より歌えるやつ多いんじゃない?」


 瑞希に海外の常識を教えられるとは実に癪だが、まぁ分からんでもないのが困りどころ。


 知っている歌、というとこのバンドの曲と「You‵ll~」くらいしか無くて、後者はどっちかというと聴くものだと思っている節があり、自然とこういうチョイスになる。


 海外遠征に行ったとき、宿舎が同じだった外国人選手が「お前らのソウルソングを教えろ。俺も教えてやる」みたいなニュアンスで話し掛けてきて、無理やり聴かされた思い出。


 代わりに動画サイトで「音楽」で検索したら何故か雅楽が出てきたから、まぁこれでいいかと適当に教えたんだけど。日本という国を勘違いしたまま、彼は今日もプレーしているのだろう。




 と、無駄なことを思い出しているとあっという間に曲が終わってしまった。


 恥ずかしい。多分、顔真っ赤。
 発音はともかく、聴くに堪えない歌声だったのだろう。
 揃いも揃って気の抜けた顔をしている。




「……はい。その、ね。まぁ、この程度っす。はい」
「いっ…………いやいやいやいやッ! エッ!? なんで!? 超上手いんだけどッ!?」




 はい?




「え、うん。普通にめちゃウマじゃん。ビビったわ」
「うんっ! すっごく上手だよハルトくんっ!」
「……マジ?」
「マジマジ、大マジ。やっぱあれだなー、鍛えてる奴ってやたら上手いよなー」
「肺活量が凄いんだよ、きっと!」
「…………ハルトなのにっ、ハルトなのにッ!」
「その責められ方はどうしようもねえわ」


 純粋に褒めてくれる二人と、やたら悔しそうな奴が一人。
 愛莉に至っては私怨でしかねえだろ。なんかごめんなさいホント。




 え、そっか。


 俺、歌、上手いんだ。知らなかった。
 球蹴り以外に特技があったなんて、思ってもみなかったわ。


 柄にもなく、ちょっと嬉しい。
 いや、ほら。フットサル抜きで四人に囲まれて、ちょっと負い目感じてたというか。
 なんというか、俺でもここにいて良いんだなと。今日初めて思えたというか。




「アカンわ。これ、楽しいかもしれん」
「まっ、やってみればこんなもんよっ! さてさて次はくすみん……あれッ!? 居ないッ!?」
「えっ!? 琴音ちゃん逃げたっ!?」
「…………あっ、いた! みんな、テーブルの下よっ!!」
「取り掛かれッ!!」
「嫌ですッ! 絶対に嫌ですッ!! 何故ですか陽翔さんッ! 何故裏切るのですかっっ!!」


 あえなく捕獲され、比奈と瑞希の計らいで強制的に曲が始まる。




「え……もりのくまさん? なんで?」
「一応、難易度だけは下げてやったんだろ……」
「逆に歌いづらいんじゃないのこれっ……」




 涙目になりながら童謡を歌わされる彼女の、何かを訴えるような視線が突き刺さる。


 たまには、良いだろう。俺の代わりに恥をかけ。






「…………下手くそだな」
「うん……むしろ凄いわ」
「すげー。音程が無い」
「琴音ちゃーん、ふぁいとぉー」



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