美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい
少なくとも、この瞬間だけは
「…………見て、ごめんなさい」
「無防備で、すみませんでした」
「……はい、これで終いや…………ったく、アホちゃうか、ホンマに。何十分言い争ってんだよ」
「警察呼ばれなくて良かったわ、ホント……」
まぁまぁ続いた言い争いは、たまたま通り掛かったおじさんの「うるせえ何時だと思ってんだ黙れクソガキ」的な自転車のベルでついぞ決着の時を迎えたのであった。
解せない。
途中までいい話だったのに。
パンツ一枚でなんでここまでヒートアップするんじゃ。相性最悪かよ。
「……ハルトってさぁ」
「あん」
「なんていうか、その……女子に囲まれてるって感じ、あんましないよね」
「……そうか?」
「だって、私のそのっ……そ、そういうの見ても、割と平然としてるっていうかっ……」
思い出して恥ずかしがるくらいなら話題に出すな。会話下手くそか。
女子ばっかり、か。
俺もよく分からんけど、そういう方向に向かないんだよな。
何度も言うが、そもそも同性の友達すらいなかったのだから。
いや、まぁ人並みに性欲はあるんだろうけど、こう、なんか、うん。
フットサル部の連中に対しては、女子を相手にしているって感じではなくなってしまうのだ。
「……いや、違うんだよ」
「なにがっ?」
「お前らがめちゃ可愛いのは知っとるけど、俺がそのラインに達してないというか、その、な」
「……なにそれ」
「分からん。分からんけど、まぁ、なんだ。気にすんな」
必死の弁明はどうやら彼女には伝わらなかったようで、微笑ましい何かでも見たように笑う。
俺が知りたいわ。こんな感情。
特にお前だよ長瀬。
俺がお前のことをどう思ってるのか、さっさと知りたい。
この際、恋でも、友情でも、憧れでも、なんでもいい。
名前を付けてほしい。
そうすれば、この微妙な距離感だって躊躇わず埋めてやる。
「……やっぱ、面白いね。ハルト」
「はっ? なにがだよ。関西人が全員おもろいと思ったら大間違いやぞ」
「そうじゃなくってさ…………すっごいダサいのに、すっごくカッコいいの」
「ダサいもんはダサいだろ」
「……私だって、よく分かんないけどさ」
愁いを帯びたその笑みに、どんな意図が隠されているのか。
興味深かった。けれど、全てを知りたいわけでもない。
完成された絵画に過ぎないのだ。
そこに一筆、加えたいとは思わない。
ただ、ずっと見ていたい。
秘められた謎なんて、どうでもいい。
目に見えたその美しさだけで、あまりに十分だった。
「似た者同士だって、言ってたでしょ。試合の前に」
「……言ったな」
「実は、ちょっと嬉しかったんだ……ううんっ、すっごく。すっごく、嬉しかったっ……」
彼女は今にも泣きそうだった。
けれど、涙を流すことはなかった。
それが後悔でも、絶望でもないことを、彼女自身がよく知っていたからだ。
「……ハルトのこと、よく分からなかった。授業出ないし、変な関西弁喋るし。顔怖いし」
「全部どうしようもないだろ」
「顔以外なんとかなるでしょ、ばか」
そこまで不細工ではないつもりなんだけど。
まっ、あの4人に紛れたらどうしようもないわ。
「……でも、一緒なんだよね。私たち」
「おう。多分な」
「不器用で、お喋り下手くそで、プライドだけ高くってさ……うん、そうね。同じだわ、ぜんぶ」
「……否定はしねえわ」
「だからかも、ね。ハルト見てると、面白いけど、たまにイライラするの」
「ひっでえ」
「でも、ハルトもそうじゃない?」
「よく知ってんじゃねえか」
暫しの沈黙を挟み、顔を見合わせた俺たちは噴き出すように笑った。
爆笑だ。こんなの。
性別の違う俺が、目の前に立ってやがる。
「あの日、コートで出会ったのが、ハルトで良かった」
「偶々だろ」
「それでもいいっ。ハルトじゃ無かったら、わたし、変われなかったから」
「……そりゃ良いことで」
「ハルトは?」
「馬鹿言え。変わり過ぎたよ」
言っただろう。
お前に伝えなきゃいけないことなんて、山ほどあるんだよ。
「あの日の質問、答えてなかったな」
「……どれだっけ」
「俺が好きなのは、俺だけや。だけ、だった」
心の底から、サッカーが好きだと言えなかったのは。
今になって語るまでもない。俺が俺であるための、手段に過ぎなかったからだ。
けれど、もう、違う。
俺がいま、こうして再びボールを蹴り出したのは。
「初めてだったわ。チームのために走ろうなんて、生まれて初めて思った」
「それはそれでどうなんだろう」
「似たようなモンだろ」
「……まぁね」
このチームを。
フットサル部を守れるなら、左足なんぞいくら潰れても構わない。
自分より大切なものがあると、教えてくれた。
そのきっかけをくれたのは、他でもない。お前なんだよ。
「ありがとな、長瀬。お前のおかげで…………ちょっとだけ、自分が好きになれた気がするんだわ」
「……なんだ、やっぱりナルシじゃん」
「ちげーって。まぁ、確かに元代表の廣瀬陽翔は、10年に一人の天才だったけどな」
「じゃあ、どういうこと?」
「俺自身のことが、な」
ユニフォームなんか着ていない、等身大の廣瀬陽翔を。
お前が。お前らが認めてくれたから。
だから、ちょっとだけ認めてやれたんだ――――
「……足の調子はどう?」
「まぁまぁ。パスくらいなら出来る」
「ってことは、ちゃんと練習以外でも蹴ってるのね」
「リハビリも兼ねてな」
「……じゃ、やりましょっか。そこにあるでしょ?」
「当然っ」
草むらに駆け出す彼女をわざわざ追い掛けるようなことはしない。
そこにあるのは分かり切っている。
あの日以来、ここで顔を合わせたことは無い筈なのに。
なんで知ってんだろうな、コイツ。不思議なこともあるものだ。
「ちょっと、空気ベコベコじゃないっ! 入れときなさいよっ!」
「んで俺がやんなきゃいけねえんだよ」
「こういうのはっ、副部長であるアンタが気を遣うのっ!」
「……あー、お前、部長だったっけ」
「わっ、私だってそういうの柄じゃないけど! 書類にも書いちゃったし!」
「不信任決議により、部長の解任を要求します」
「支持率低ッ!?」
軽口を叩き合っている間に、ボールは転がってくる。
左足で突いて浮かせると、想像よりずっと空気が入っていないそれに驚く暇もなく。
(……あぁ。この街って、こんな綺麗に星が見えるんやな)
雲一つない夜空に、点々と広がる無数の塵屑。
なんとか座だとか、大三角だとか、そういうのは知らないけれど。
こうして眺めている分には、悪くない景色だった。
まぁ、プラネタリウムよりもずっと安上がりでまともだとは思う。
地元の空と、よく似ている。
こんな世界を、俺は一人で見つめていた。
隣に誰か欲しいなんて考えたことも無かったけれど。
この世の連中は「一人じゃ寂しい」なんて言って、手頃な奴に電話を掛けるのだろうか。
それがダメだとも、間違っているとも思わない。
でも、俺には必要の無いもの。
喜びも、哀しみも。
全て胸のうちで終わらせれば、それはそれで心地の良い世界だった。
だった、けれど。
「……どうかしたの?」
「いや、別に。星が、綺麗やなって」
「ハルト、そういうセリフ全然似合わないわね」
「うっせ」
「あっ、でも…………ホント、すっごい綺麗に見える」
この世界を。この夜空を。
俺と、他でも無い長瀬が。
少なくとも、この瞬間だけは。同じように眺めている。
そんなどうでも良すぎる事実が、なにか意味のあるものなのか。
そう聞かれると、困るけれど。
でも、無駄ではないと。思えるようになった。
「ハルト、パスっ!」
「あいよっ」
軽快に交わされるコミュニケーション。
本当の会話も、これくらいシンプルで簡単なら、どれだけ良いものか。
少しだけ。少しだけでいい。視野を変えてみれば良いのだ。
そうすれば、分かるだろう。
俺という、乱雑なパスを受け取る彼女が、笑っているのか。或いは怒っているのか。
今なら、見える。
今だから、分かる。
この世界は、想像していたより、ずっと美しい。
「こっちだ、愛莉っっ!!」
「――――――――へっ?」
俺じゃない声が、俺みたいに叫んだ。
でも、やっぱり俺だった。
鉄棒を狙おう。
今ならどんなボールだって、完璧に当ててみせる自信があった。
勿論、心配なんかしていない。
お前なら、いつ、どんなときだって。
最高のボールをくれるって、信じているから。
「…………あれ」
「うわっ、ちょ、ちょっ、わふっ!?」
「…………愛莉さーん……?」
筈だったんだけど。
露骨にバランスを崩した彼女は、辛うじてリフティングこそ続けているが。
今にも転びそうで、なんなら先ほどの再現を予感させ。
「お、おいっ、キツいなら一回戻――――」
「うぉりゃぁっ!!」
「えっ」
ボールが飛んでくる。
けど、そんな。えっ。
思いっきりゴールマウスにブチ込むみたいな、えげつない速度で来られても。
「あっ」
真っ暗な公園に広がる、痛々しい破裂音。
その身体は、あまりの衝撃にコンマ僅か、夜風に揺られ宙を舞った。
あぁ。忘れてた。
そう言えば、こんな風に出会ったんだっけ。俺たち。
なんも――――変わってねえじゃねえか。
「…………ハルト、生きてる?」
「……死にそう」
「顔?」
「思いっきり顔」
「……なんか欲しいものある?」
「謝罪」
前言撤回。
辞めてやるこんな部活。
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