美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい
なにしてるんですかっ
【後半7分22秒 林
フットサル部3-3サッカー部】
防波堤は、ついに決壊した。
一瞬の気の緩みが招いた失点だった。キックインでのリスタート。
早々に上げられたグラウンダー性のセンタリングに、甘栗が反応。
一度は俺が防いだが、ボールは林の元へ。
シュートと見せ掛けた横パスは、再び甘栗に。
更にダイレクトで折り返され、林が押し込んだ。楠美もこれには反応できず。
喜びを分かち合う選手たちと、試合を見守っていたサッカー部。
それこそ、まるで公式戦のように歓喜に沸く彼らを、俺は横目で見つめていた。
「……すみません……っ」
「……あれはノーチャンスだ。楠美の所為じゃねえよ」
「……はい」
口ではそう言うが、立て続けの失点に楠美はだいぶ落ち込んでいた。
コートにちょこんと座り込むその姿は、楠美らしさの欠片も無い。
それでも、小さな身体一つで、あれだけピンチを防いでくれている。
攻める理由も無い。このスコアで落ち着いているのも、コイツのおかげだ。
……いい加減、応えてやらないと、嘘だろ。
「……身体、びしょ濡れだな。シャワー浴びねえと」
「……なんですか急に」
「心配すんな。延長にはさせねえよ。PK戦も……必要ねえ」
「それは、どういう」
小さな頭に、掌をポンっ、と乗せる。
「なっ、なにしてるんですかっ……!?」
「別に。よく頑張ってるなって」
「わっ、私は良いですからっ! そういうのは比奈にしてあげてくださいっっ!」
「え、いいの。そういうの嫌なんだろ」
「それはっ……! と、とにかくっ、いつまで乗せているつもりですかっ!!」
顔を真っ赤にした彼女が、今この瞬間。
鏡でも見たらどうなってしまうのだろう。
あぁ、いいなぁ。
誰も彼も、自分がどんな顔してるかさえ分からなくなって。
目の前のボールに喰らい付くことだけに必死で。
こういう世界が、俺には似合ってんだろうな。やっぱ。
「……思ったより余裕じゃないっ」
「えっ、なんで」
「なんでって……すっごい笑ってるわよ。ハルト」
呆れ顔の長瀬に言われるがまま頬に触れると、確かに口角は釣り上がっている。
情けない面だ。気付いていないのは俺も一緒だろう。
「……いやぁ、笑うだろ。最高にアツい展開じゃねえか」
「アツいって……アンタっ、分かってんの!? この試合に負けたらっ!」
「負けねえよ。絶対にな」
虚を突かれたように息を呑む長瀬を前に、深呼吸を一つ。
「悪いな。まぁまぁ長い時間、一人で身体張らせて」
「えっ、あ、うん……それは良いんだけど」
「一人じゃシンドイだろ。手伝うわ」
「手伝うっ……って、足が痛いから後ろにいたんじゃ」
それはまぁ、間違ってはいないけれど。
「動けないほどでもねーよ。もはや痛覚も無いし……長瀬、ちょっと気負い過ぎだぜ。いくら少ないチャンスだからって……左でばっか撃ってるだろ」
「それはっ……だって、露骨に警戒されてるし。先制点のときに見せちゃったから」
「……そーいうところだよ、お前の甘さは」
「いてっ」
人差し指で彼女の額をコツンと軽く叩く。
なにを指摘されているのかサッパリ分からない様子の長瀬は、あざとさ全開で首を傾げるのであった。
「心配すんな。伏線はもう張り終えた。あとは、回収するだけや」
「……なに? 急に強キャラみたいに」
「ばーか。ラスボスだっつうの。まぁ見てろよ」
「……はー。いまいち信用できないけど、まぁいいわ」
どこか納得のいかない表情の彼女だったが。
やたら笑いっぱなしの俺を見てついぞ観念したのか、微笑を浮かべた。
ハイタッチを交わし、俺は残るフィールドプレーヤー二人にも指示を送る。
「最初のシステムと、配置に戻るぞ。瑞希っ、攻め急がなくていいから」
「おー? おん、分かったー。なんか作戦?」
「まっ、そんなとこや。倉畑も、前の長瀬にパスする`フリ`でええ。基本は俺に戻せ」
「うんっ、了解っ」
長瀬がセンターからボールを戻し、試合再開。
再び綺麗なダイヤモンド型に戻り、コート中央でボールを回す。
大きく息を吐き、戦況を見渡す。
(……守りっぱなしなのが、逆に助かったわ)
結果的に失点してしまったのだから最高の形ではないにしろ。
俺は攻略の糸口を掴みつつあった。
結局のところ、彼らは林を起点にしなければチャンスを生み出せない。
林が中央でボールに触り、リズムを生み出す。
最後はサイドのスピードと、甘栗の決定力に依存している部分が大きい。
サイドの二人は瑞希と長瀬が必死に見ていることと、狭いコートも相まってほぼ封殺できていた。
問題は、非常に癪ではあるが、甘栗だ。
倉畑はこの後半、よくアイツを追いかけ回してくれたが。
そもそもポジションに縛られずあちこち動き回る甘栗を、ついに限定し切れないでいた。
(無視はできない。が、無力化はできる)
中央でボールをキープする俺に、甘栗が猛然とプレスを掛けてくる。
シンプルに右サイドの瑞希へ。これにも詰め寄るが、やはり簡単にこちらへパスを返してくる。
ふと目が逢う。なるほど、良い表情だ。お前も察したみたいだな。
「取れる取れるっ!」
「先輩ッ! 取ったらチャンスですよっ!」
「一気に逆転しましょうっ!」
サッカー部たちは甘栗に対し、そんな風に叫ぶ。
だが、彼らは気付いていない。
消耗しているのは、何も俺たちだけじゃねえんだぜ。
「チィ……っ! ちょこまかとっ、このッ!」
倉畑に対してもプレスを掛けるが、彼女は落ち着いてダイレクトで戻す。
そんな流れを、何度か繰り返した。
そう、この時間。
サッカー部で動き回っているのは、甘栗ただ一人なのだ。
ここで全員が連動してボールを奪いに来れば、この「パスするためのパス」も成り立たないだろう。
彼が一人、突っ走ってくれるからこそ出来る、究極のポゼッション。
(レジスタの仕事は、チャンスを作るだけじゃねえんだぜ。キャプテンさんよ)
汗と雨の入り混じった水滴を、頻りに袖で拭う彼の姿を俺は見逃さなかった。
林の運動量は、そこまで多くないのだ。
好機でこそ前線に顔を出して得点すらも奪う決定力を持っているが、それまでだ。
先ほどもまぁまぁの時間を守備に割いていたが、実は「こんなに持ったか」というのが正直な感想でもあった。
もっと林が前線に顔を出してボールを要求すれば、俺たちのディフェンスは着いていけなかった。
それにも関わらず。
奴は多くの時間を自陣に留まり、甘栗たちへパスを散らす仕事に終始したのである。
結果論だが、あの時間帯、あのタイミングで同点に追いつかれて良かった。
得点を奪う作業と言うのは、チームの強みを一つ、相手に披露することと同義なのだ。
(あれだけの視野の広さに、好機を逃さない決定力。もう一人、司令塔になれる奴がいたら、もっと上のランクに行けるかもな)
そんなことを思いながら、詰め寄ってきた甘栗を、ダブルダッチで抜き去る。
「上手いっ!」
「やっぱりあの人、凄くないっ!?」
「サッカー部じゃないんだよな!?」
「マジで何者なんだよッ!」
明らかに甘栗の動きは重くなってきいた。もはや交わすことなど造作も無い。
時間稼ぎになるかは分からないが、これでサッカー部の運動量はトータルで考えればだいぶ減った。
さて――――勝ち越しの時間だ。
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