美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

味方なんて



「よっしゃああああぁぁぁぁっ!!」
「あと1点ッ! あと1点だぞ!」
「絶対逆転できますよッ!」


 コートの外のサッカー部たちが沸き上がる。
 対照的に、試合を見守っていた観客たちのテンションは大いに下がっていた。
 気付いたら、説明会に来ていた中学生のみならず、高校の生徒もかなり観に来ている。
 運動部だろうか。頼む、アイツら黙らせてくれ。うるせえ。




「……惜しかったな」
「…………あそこで詰めるのは流石ってとこだな」
「馬鹿言うな。なんで痛めてんのに俺より前に入ってくんだよ。反射神経壊れてるだろ……立てるか」
「ん、サンキュ」


 林の手を掴み、立ち上がる。
 正直、すげえ痛いしなんならもうちょっと横になっていたかったけど。
 あくまで試合は続けろと。やっぱりお前ら嫌いだわ。クッソ。




 運が悪かった、としか言いようがないだろう。


 少なくとも楠美は、撃たれるタイミングでは既に起き上がっていて。
 彼女が林の強烈なシュートを防げたかと言えば、それは分からないけれども。


 ただ、ひたすらに当たり処が悪かった。
 もっと早く飛び込んでもボールは身体に当たらなかったし、遅くても意味は無かった。


 きっかけは、倉畑のミス。しかし、それを責めるにはあまりに酷だ。
 なら、楠美がシュートを止めてから転ばずに処理していれば、とも言えない。
 悪いのは雨だ。このクソみたいな滑りやすい芝生のせいだ。


 ただ、それでも。




(…………なにやってんだよ……ッ!)


 拳に力も入る。


 早い話、俺がボケッと突っ立っていなかったら防げた失点だ。
 林を見るのは俺の役目だった。後半が始まってから、ずっとそうだっただろう!
 形は関係ない。マーカーに得点を許した。なら、これは俺の責任だ――――




「ごめんなさいっ! わたしが転んじゃったから……っ!」
「……アホ。お前の所為ちゃうわ」
「あそこで転んだ私にも責任があります……すみません。せっかくチャンスが続いていたのに」
「一度止めただけで十分だっつうの。俺が、林を止め切れていたら……」
「はいはーいッ! 反省会は試合が終わった後でね!」


 割って入ってきたのは、瑞希だった。続いて長瀬も駆け寄ってくる。
 露骨に肩で息をしていた。皆、相当の負担が掛かっていることは間違いないだろう。




「……わざわざ戻って来なくてもいいんだぜ」
「ばーか! あたしたちが決め切ってたら、そもそも無かったら失点なんだよ!」
「……ごめん。戻るの遅れちゃった」
「謝んじゃねえ。誰も責任でもねえだろ」
「……なんだ。分かってんじゃん?」


 その表情は、普段と何一つ変わらない笑顔で溢れていた。




「全員悪くないし、全員の責任だよ。だから……さ。切り替えよ。ねっ」
「……そう、ね。誰も悪くないわ。こんなの」
「……うん。そう言ってくれると、ちょっとホッとする」
「はいっ……まだ負けているわけではないですからね」
「まぁ、長瀬はいい加減決めろって思うけどな!」
「アアンッ!? ここで言うかなァ!?」




 分からない。どういう感情なんだ、こいつらは。
 なんで、この状況で、いつもみたいに笑えるんだよ。




「いつもと一緒だよ。廣瀬くん」


 突き上げるように、だいぶ下から聞こえてきた声でハッとさせられる。


「こんな試合だって、フットサル部にとって、大切な一ページだよ。でも、一ページだから」
「……倉畑」
「まだ……始まったばっかりだからっ! そうでしょっ!」


 見渡せば、いつもと変わらない連中の、可愛らしい顔が並んでいた。


 あぁ、そうか。危ない危ない。
 また忘れるところだった。


 俺、こういう顔が見たくて、戻って来たんだっけ。




「……必ず突き放すわよ。いいっ、みんなっ!」




 5人の掛け声と連動するように、僅かばかりの光がコートを突き刺す。


 恵みの雨なんて嘘っぱちだ。
 天は、俺たちに味方なんてしなかった。


 けれど、構わない。
 味方なんて、ここにいる奴らだけで十分だ。






*     *     *     *






「……また持たれ始めたな」
「サッカー部が押せ押せって感じですね……っ」


 髪の毛から垂れる水滴など気にも留めず、ベランダの二人は戦況を見守っていた。


 失点による精神的ダメージはそれほどでもないように見えたが、やはり動きは重い。
 陽翔に至っては、走ることすらままならない様子であった。


 必然的に、ボールの主導権はサッカー部に渡る。
 俄然勢いを増した彼らは、最後尾の林を起点にスピーディーな展開でフットサル部を翻弄していく。




「不味いな。ラインが下がり過ぎだ」
「ライン……って、どういうことですか?」


 疑問をぶつける有希に対し、峯岸はコートを見つめたまま静かに語り出す。




「今は完全に、長瀬一人を前に残して三人がゴール前に固まっているだろ」
「はいっ」
「あれじゃシュートは防げても、チャンスにはならない。長瀬でも一人で打開するのは……」
「確かにっ……そうですよね」


 なんとかゴール前からボールを掻き出すが、長瀬は林の激しいマークに遭い、すぐにボールを失う。
 似たような展開が、何度か続いていた。




「ポジションを上げてボールをキープするだけの余裕が欲しいけど……廣瀬がゲームメーカーとして機能しない以上、それも難しいだろうな」
「じゃあ、どうすればいいんですか……っ!?」
「もう残り4分も無いし、このまま守り切るのが一番手堅いけど……」


 見つめる先には、もはやゴール前に立ち塞がることしか出来なくなった陽翔。
 あまりに痛々しいその姿に、峯岸も目を背けたくなる。




「今すぐディフェンスが決壊しても、なにもおかしくはない状況だね」
「……廣瀬さん……っ!」




 手を重ねて、祈るようにコートを見つめる有希。
 釣られるように、峯岸も拳をグッと握り締めた。


 彼女もまた、廣瀬陽翔の人生を。
 そして、フットサル部の明日を願う、傍観者に過ぎなかった。




 どうか。彼らに歓喜のホイッスルを――――














 強烈なシュートがゴールネットに突き刺さり、二人は柵に身を乗り出した。







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