美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

それすらもきっと、乗り越えるべき宿命



「嘘っ…………廣瀬さんッッ!?」
「おいおい……いくらなんでも雑過ぎるだろ……っ!」


 コートに鳴り響いた試合を止めるホイッスルと同時に、コート内外が騒めきに包まれる。


 コートに倒れ込んだ彼のもとへ、フットサル部が慌てた様子で走り寄る。
 色鮮やかな金髪の少女は、彼が一向に起き上がれない元凶となったその選手の元に猛然と詰め寄り、大声で捲し立てた。


 慌てて長瀬とキャプテンの林が間に入って彼女を宥める。
 タックルを噛ました少年は、露骨に動揺していた。顔面蒼白と言っても良い。


 コートの外からは、割れんばかりの大ブーイングが飛び交う。
 強まる雨脚のせいか、その言葉一つひとつはハッキリとしないが。
 少なくとも現場が大いに荒れていることは、ベランダからでも十分に理解できる。




「どうしようっ……! 廣瀬さんっ、怪我してるんですッ! それでサッカーもっ!」
「分かってる、分かってるさ。でも、アイツの古傷は左脚だろう。そこまで深刻には……」
「でもっ、後半からずっと右脚も庇いながら走ってたし……だっ、大丈夫なんですか……っ!?」


 雨に交えて消えてしまいそうな有希の呟きに、峯岸は思わず息を呑む。
 彼女のが驚くのも無理は無かった。表情までは確認できないこの距離感。
 まさか、彼が右脚にも痛みを抱えながらプレーしているなんて、気付きもしなかったからだ。




(……参ったな。試合、続けられるのか……?)


 有希の観察眼に感心しつつも、その視線は依然として芝生に寝転ぶ彼を捉えている。


 前半、彼が魅せたプレーは「あの頃の廣瀬陽翔」そのものであった。
 1年近いブランクなど全く感じさせない、軽やかでキレのあるボール裁き。
 有無を言わせぬ強烈な存在感は、今日このコートのなかではあまりに異質で。


 当然、サッカー部も警戒をせざるを得ない。警戒したところで、とも言えるが。
 あれだけのビックチャンスだ。焦って強引に止めに行くのも、分からないことは無い。


 それにしたって、雑な判断だった。
 あのとき、彼は完全に林も、その後に飛び込んできたディフェンスも抜き切っていた。
 なんならパスを出すまで、なんの文句も付けようがない完璧な動き。


 誰の目から見ても、分かりやすいアフターチャージだった。
 完全に置いて行かれるのを恐れ、タックルに行った彼は、右足を思いっきり上げてしまったのだ。


 恐らく本人にその気は無かったのだろう。
 だがそれは、傍から見れば彼の右足を「蹴り上げる」行為でしかなく。




「……起き上がれないな」
「早くっ、治療しないとっ! 廣瀬さん、またプレーできなくなっちゃいますっ! そんなのっ……そんなの酷過ぎますよッッ!!」


 涙目で訴える有希の顔を、峯岸は直視できなかった。
 目を逸らさなければ、自分だって危なかった。


 輝きを失う理由なんて、ほんの一瞬の出来事で十分である。
 峯岸にしても同じだった。
 二度も、彼が立ち上がれなくなるシーンを、見たいはずが無かったのだ。




(……私が安易に誘わなければ、アイツは……ッ!)


 結局、自分のやって来たことは、彼のトラウマを呼び起こしてしまうだけのモノだったのか。
 彼を潰してしまったものと、自分も変わらない。
 プレッシャーを与えて。小さな希望を勝手に見出して。


 何が違うのか。彼が心の底から嫌悪したそれと、何も違いは無いじゃないか――――




「廣瀬さんっ! 起きてっ! お願いッ! 起きてくださいっっ!!」
「…………止めてやれ。やろうと思って、やれるものじゃ……」
「分かってますッ! 分かってるけど、でも、そうじゃないんですっ!」


 ベランダの柵を超えてしまいそうなほど寄りかかって。
 雨で冷える身体のことなんて、ついぞ忘れてしまった彼女は。




「それでもっ、言わなきゃダメなんですっ! 廣瀬さんはっっ!!」


「これ以上っ、悲しい思いをしちゃ、ダメなんですっっ!!!!」


「だって、頑張ってるんだからっ!! 廣瀬さんの希望は、このフットサル部なんだからっ!!」




 泣きじゃくりながら叫ぶ彼女の言葉を、峯岸は、呑み込んだ。




(……そうか)




 背負う必要なんて無いと言った。
 逃げたければ、逃げてもいいと。そのようなことも言った。


 けど、それも違うのだ。


 踏み込んだことが。仲間として認められたことすらも、彼の宿命なら。
 それすらもきっと、乗り越えるべき宿命なのだろう。


 彼を成長させる場所は、やはりどうしたって、あの芝生の上なのだ――――




「…………立てええぇぇぇぇェェ!!!! 廣瀬ぇぇっっっっ!!!!」
「廣瀬さあぁぁぁぁんッッ!!!!」




 雨で掻き消されてしまった声に応えるように。
 その身体は、ゆっくりと動き始めた。






*     *     *     *






「…………いってー……」
「はっ、ハルトっ!?」




 左肩に添えられた冷たい手を優しく撫でる。
 今にも泣きだしそうな彼女はまぁまぁ面白い顔をしていて、思わず笑みが零れた。


 その手を掴み、いっせーのせで、再び芝生を足で掴んだ。




「ハルッ! 立てんの!? 大丈夫っ!?」
「おっけーおっけー……多分行けるわ。まぁ、明日から病院通いだな」


 酷い痺れだ。
 まったく、少しブランクがある程度だというのに。笑えるほど脆い靱帯だよ。




「無理しちゃだめだよっ! サッカー部さんに4人と4人で試合続けられないか、聞いてくるからっ!」
「比奈の言う通りですっ……日常生活に支障が出ては遅いんですよっ!」


 二人の提案に、俺は右手の掌を差し出し「それ以上言うな」と制止のポーズを取る。
 なんなら有難い話だった。
 このままコートを後にすれば、どれだけ楽になれるか。




「……大丈夫だ。俺は、まだ走れる。舐めんなよ」
「でっ、でも廣瀬くんっ!」
「審判。フリーキックでいいよな?」


 主審を務めるサッカー部員は、それはもう凄い勢いで顔を上下に揺らせた。
 恐らく、彼も大丈夫かどうか確認に来たのだろうが。


 そんな言葉、受け取って堪るか。
 俺は、俺の足で立つ。施しは、コイツからだけで十分だ。




「長瀬、お前が蹴れ。壁、狙うなよ。向こうもわざとじゃねえんだから」
「……ハルト」
「そうだろ? お前だっけ。ええ判断やな。俺でもファールで止めるわ」


 ファールしてきた相手に手を差し伸べると、彼はばつの悪そうな顔でおずおずと右手を返す。




「……ごめん」
「構わん構わん」


 別に許す許さないの話ではない。
 全力でプレーしていれば、起こりうることだ。




(怪我なんて、所詮は自己責任や)


 俺が欲しいのは、同情でもなければ謝罪でもない。
 結果が欲しいだけだ。フットサル部が勝つこと以外に、なにも望みは無い。


 それなら、こんな痛み。忘れてくれる。




「……お前、よくやんな。こんな試合のために」


 居心地の悪そうな甘栗が、そんな風に漏らす。
 まぁ、お前はやり過ぎだけどな。別に、ここまで来れば気にもしねえわ。




「覚えとけ。どんな試合でも、ワールドカップ決勝のつもりでやるのが一流の在り方や」
「……まるで知ってるみたいな口ぶりじゃねーか」
「まさか。3位止まりだったもんでな」
「…………3位? えっ?」


 ポカンとする甘栗をスルーして、自陣に戻る。
 気付かなくてもいい。というか、俺の正体を知ったところでアイツには大して響かないだろう。




「……あっ」


 どうしよう。全然気づかなかった。
 仕方ないか。そろそろ買い替え時だったし、なんなら久しぶりに履いてきたからな。


 いい機会だ。これも含めて、俺が変わるチャンスだったのだろう。




「……試合、決めるぞ」
「任せてっ」




 千切れてしまった靴ひもをコートの外に放り投げたと同時に、試合再開のホイッスルが鳴り響いた。
 

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