美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

俺を恐れろ



 防戦一方の時間が続く。


 先ほどの失点が思いのほか響いているのか。
 僅か数分間、縦40mも満たない小さなコートを走り回ったツケが回ってきたのか。


 サッカー部を圧倒していた俺たちの脚は、パタリと止まってしまった。




「サイド抉れッ!」
「行ける行けるっ! 同点行けるぞ!」


 左サイド。倉畑と対峙した相手オフェンスがそのまま直線的に彼女を抜き去る。
 クロスボールはゴール前の甘栗にピンポイントで届く。届き、そうだった。




「ナイスハルっ!」
「セカンドッ!」


 辛うじて足を伸ばしクリアに成功するが、零れ球は再びサッカー部の足元へ。
 長瀬がギリギリ間に合い、シュートを打たせまいと足を出す。
 しかし、簡単に横へ流され、フリーになった名も知らぬ1年が右足を振り切る。




「あぁ!」
「そこでフカすなよっ、馬鹿野郎っ!」
「わりぃわりぃ、次は決めっからよ!」


 シュートはバーの僅か上を掠め、背後に設置された緑色のネットに吸い込まれる。
 1点モノのプレーだった。俺も反応こそしていたが、現に身体にも当てられていない。


 こんな展開が、もう数分は続いていた。
 元々、ポゼッションは相手に譲る作戦だったとはいえ、こうも簡単に回されては意味が無い。


 肝心のカウンターアタックも、前線の二人が前を向いてボールを持てないことには始まらない。
 二人も随分と疲労の色が濃くなってきている。


 まだまだ動きは止まっていないが、序盤よりも明らかに出足が遅くなっていることは、先ほどの失点や今の非決定機を見れば明らかだ。


 かといって俺が出しゃばっても、失点シーンの二の舞を踏むことは容易に想像できる。
 チャンスに発展するような守備も出来ない以上、不用意にポジションを上げても効果はゼロだ。




「ハルト、ちょっとライン上げない? このままじゃジリ貧よっ」
「……審判、あと何分や」
「えっ……あ、はい。あと40秒くらいです」


 コートの脇に立っている審判役のサッカー部が、頼りない声色でそう伝える。
 このままボールを回してハーフタイムというのも、悪くはないが。




「……長瀬」
「ん、なに」
「今だけちょっと我慢しろ。少し、脅かすわ」
「えっ、どゆこと?」
「そのままの意味や。とりあえず、最前線まで行ってこい。こっちは気にすんな」
「う、うん……取られたらぶっ飛ばすかんね」


 んなわけあるか、と心のなかでコッソリ悪態を付き、長瀬を追いやる。


 今現在。何が問題なのかといえば、すっかり変わってしまったこの流れ。
 このまま1点差を守り切ろうなんぞ考えれば、長瀬の言う通りジリ貧も良いところ。
 時間の経過と体力の消耗で、確実に俺たちの守備は破綻する。


 前半のうちに追い付いておきたいサッカー部は、まさに押せ押せの状態。
 まずはこの空気、ムードを変えなければならない。




「楠美、こっちだッ」


 ゴレイロから始まるフットサル部のポゼッション。右サイドでボールを受ける。
 本当はフットサルの場合、スローイングで始めるんだけど。まぁどっちも守ってないし構いやしない。


 先ほどまでは、前線の二人に供給した時点でプレッシャーを受け、ボールを失う展開が多かった。
 すぐ横に構える倉畑は、2点目を取った後からすっかりガス欠で、足元も覚束ない。


 となると、この状況で頼れるのは。




(こんなときくらい、構へんやろ)




 迫りくる相手マーカー。またの名を甘栗。
 ほかの3人にも、しっかりとマークが付いている。
 素直に前へ出せば、カットされてしまうかもしれない。




(ちぃとリスキーやけどな)


 殺さんとするばかりの勢いで突っ込んできた甘栗の脚が、ボールに伸びる。


 まぁ、当然のことながら、気付いていたわけだが。




「うっそぉぉぉぉッ!!??」
「ちょっ、そこでやる馬鹿がいるかよっ!?」




 前線の二人が驚いている間にも、ボールは甘栗の頭上を越え再び俺の元へ戻ってくる。


 奴の驚いた顔なんぞ、興味はない。
 もう何百回、同じ光景を見てきたと思っている。




 距離を詰めてきた相手に対し、少しだけボールを後ろに引く。
 その勢いを生かし、右足つま先をボールと地面の隙間に滑り込ませ、ボールを浮かせる。


 こうすることで、ボールは相手の顔面スレスレを通過し、綺麗に頭を越えていくというわけだ。
 言い得て妙。確かに、ちょっとしたサーカスである。


 通称、シャペウ。ブラジル人選手がよく使っている印象。
 特に足の外側、アウトサイドを使ったものは、フットサルのような狭いエリアで実に効果的である。




「馬鹿ッ、寄せろっ! また来るぞッ!」
「アイツだけは絶対にフリーにすんなッ!」
「ファールでも止めろッッ!!」




 コートの外から、悲鳴にも似たそんな声が飛んでくる。


 あぁ、良いねえ。
 もっとだ。もっと俺を恐れろ。




「……温いんだよッ!」




 そのまま中央に切り込むと、一気に二人のマーカーがこちらへ寄せてくる。
 その分、倉畑と長瀬がフリーになるわけだが。


 もはや、この時間帯。
 わざわざボールを回して、甘栗に帰陣する余裕を与えても仕方ない。


 なら、いいだろう。
 良くコーチも言うもんな。
 攻撃はシュートで終われって。 




 違うんだよね。
 正確には「決めて終われ」なんだよ。甘ちゃん共が。




「なっ……速過ぎだろッ!?」
「なんなんだよアイツよぉッ!!」




 素早く左アウトサイドで切り返し一人目を置き去りに。
 もう一人も続いたが、ダブルダッチで簡単に左サイドへ逃げる。
 すると、後から入ってきたもう一人のディフェンスにコースを制限された。


 事実上の1対3というわけだ。
 前には余ってしまった長瀬がいるが、パスコースは無いに等しい。
 ここから反対サイドの瑞希に預けようにも、身体が外に向いている以上、簡単には渡せない。




(まぁ、渡す気とか、無いけど)




 これは俺のボールだ。
 絶対に渡さない。俺が、決める。




 一気に中に切り返すと、3人の身体と、脚が、ごっちゃになって視界に現れる。
 だが、あまり脅威には感じなかった。


 俺が、俺であれば。こんなものは、障害にすらならない。


 あぁ、良かった。体力だけならいざ知らず、インスピレーションまで失っていたら。
 いよいよ俺はなんの取柄もない、ただのピエロだったよ。




「行っけぇぇぇぇっ、ハルトぉぉぉぉっっっっ!!!!」




 言われなくとも。




 右足つま先でボールを突き、股下を通す。一人目。


 突っ込んできたと同時に、右足アウトで内に切り返す。二人目。


 身体を寄せてきたタイミングで、体重を預け反転し、更に中へ。三人目。


 たちまちゴール前から飛び出してくるゴレイロ。
 更に、前線から戻ってきた甘栗。二人に挟まれる。




 ほとんど感覚的なそれだった。
 けれど、ボールが足に吸い付いて、どうしても離れてくれないことは、とうに知っていた。


 つま先でフワリと浮かしたボールと身体が、宙に舞う。
 正確には、少し浮き上がって「しまった」と言っても良い。
 ゴレイロはともかくだ。後ろから派手にスライディング噛ましやがって。
 どう考えても足を狙っているだろう。その目論みは、半分成功だけどな。




 ――――だが、失敗だ。ボールはどうしたって、俺のモノなのだから。










 振り抜いた右足が地面に到達する前に、ゴールネットが激しく揺れ動いた。






【前半9分42秒 廣瀬陽翔


フットサル部3-1サッカー部】







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