美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

You'll Never Walk Alone.



 その服に着替え、カバンを引っ提げ飛び出した外の世界は、思いのほか薄暗かった。


 もしかしたら、途中で雨が降り出すかもしれない。けど、そんなことも気にしていられない。


 必死にいつも使っている原付を探すのだが、どういうわけか姿が見当たらない。
 だが、すぐに思い出した。故障して修理に出していたんだ。


 あるのは早坂家から貰い受けた、あまり乗り心地の良いとは言えないママチャリだけ。
 それでも、今の俺には十分すぎた。


 この世界のすべてが、俺の背中を強引にでも後押ししている。
 そんな気がした。ほんのちょっとだけ。




 試合開始時間まで、もう20分を切っている。
 原付であの学校まで15分は掛かる距離なのだから、どう足掻いても間に合わない。


 でも、そんなことはどうだっていい。


 俺は、行かなければならない。行かなければいけない、理由がある。




 学校に向かう大通りに出るまで、1分も掛からない。
 近くに高速道路のジャンクションがあって、相変わらず道は混雑している。
 大量の車を避けるように、もはや歩道に寄せることも無く自転車を爆走させた。


 けたたましく鳴り響くクラクションも、その身を守る信号も。
 今となっては、目にも耳にも入らない。


 ただひたすらに、前だけを。その先の未来だけを見据えて、足を動かす。




「なんなんだよッ、クソがッ……!!」


 練習にも出ず、自主練をするわけでもなく、ずっと甘やかしてきたツケが回っている。
 エアロバイクなんて昔はよく筋トレでやっていただろう。体力だって誰にも負けた記憶は無い。


 なのに、足は思うように動かなくて。
 何十キロもの重りを付けているような感覚さえ。


 自身の不甲斐なさを嘆いている余裕すらなかった。
 何も考えず、ゴールを目指せ。勿論、それはゴールだけど、ゴールではない。
 その先にある、もっと大切な何かを、手に入れるために。




(辿り着くだけが、ゴールじゃ、ねえっ)




 昔の俺、もっと言えば、数分前までの俺に言い聞かせたい言葉だった。


 いつだって結果を求めて、自分のために走り続けて。
 けれど、それはいつしか目標ではなく、ある種の課題のようなものになっていて。


 そこに至るまでの過程や、辿り着いた瞬間の喜びも。いつの間にか、見失っていた。


 憧れていた。華麗なシュートを決めて、大観衆の称賛を浴びる彼らの姿に。
 気付けば、その資格を失っていた。


 初めから、ずっと変わっていなかったのだ。
 俺はただ、喜びを与え、与えられ、共有することのできる、あの空間に、憧れていたのだ――――




「……もっと動けええぇぇェェェオラァァ゛ァァァァーーーーッッッッ!!!!」




 スピードを緩めることも無く、豪快に左カーブを曲がる。信号は、やはり見ていなかった。


 その姿は、大多数から見ればただの迷惑な自転車乗りで、それ以上でも以下でもない。
 大声で絶叫する俺のことを、イカレた奴だと誰もが指を指して笑うのだろう。


 けど、どうでもいい。
 必死なところを見られて、なにが悪い。笑われたって、構わない。




「廣瀬さん!?」


 坂道に掛かる曲道を右折しようとしたその瞬間、思いもよらぬ人物に名前を呼ばれる。


 いつも使っているスーパーの前に、制服を着た可愛らしい少女、早坂有希が立っていた。


 慌てて自転車のブレーキを握るが、あまりのスピードに少しばかりのオーバーラン。
 息も絶え絶えの俺に、彼女は心配そうな面持ちで声を掛けてきた。




「どうしたんですか!? え、まさか私のお迎えに……っ!?」
「いや、そのっ……はぁ、ハァ……お前こそ、なんでここにいるんだよっ。スクールバスなら最寄りから出てるだろ……?」
「あっ、えと、それは……バスの乗り場が分からなくて」


 あまりにも彼女らしい答えだった。そういえば、今日は学校説明会だと言っていたな。
 生憎、彼女を案内する余裕は無さそうだ。悪いことをしてしまった。 




「地図を見ながら歩けば辿り着くかなぁって、それでここまで来たんですけど……」
「……歩いたら一時間は掛かるぜ、しかもこの坂を上るんだぞ」
「わぁ。これは、ちょっと辛いですね……あははっ……」


 視線の先には、果たしなく続く長い坂道が、待ち構えるかの如く佇んでいる。
 普段なら原付で楽々と進めるこの坂が、今となっては、あまりにも大きな障害に見えて仕方ない。




「……えと、その感じだと、私のことを追い掛けてきたとかじゃ……ないですよね?」
「悪い、全然通知見てなかった……」
「いやっ、あのっ、それはいいんですっ。でも、なんでそんなに急いでるんですか?」
「…………これから試合でな。寝坊しちゃったんだよ」
「えぇ!? ちょっ、当日にダメですよそれは!?」


 嘘にはちょうどいい。寝坊したのは本当だけど。
 目をかっ開いて仰天する有希だったが、次の瞬間には、なにか思い出したのか掌をポンと叩く。




「……廣瀬さん、フットサル部に戻ったんですね!」
「えっ…………あ、あぁ。まぁ、な」
「やっぱり! わたし、絶対にそうだって、思ってました! あんなに辛そうに話してたから……きっと、本当は仲直りしたいんだろうなって! やっぱり、廣瀬さんは廣瀬さんですね!」


 何をもって俺が俺なのかサッパリ分からぬ。
 相変わらず、有希の頭のなかで俺はどういう人間だと思われているのか。




(……まぁ、それでいいのか)


 結局、そんなものだ。


 自分がどう思われているかなんて、自分自身ではどうしようもなくて。
 誰かに預けてみるのも、また一つの勇気なのかもしれない。


 どう繕ったって、俺は俺。
 あとは勝手に、なんとやら。




「……ありがとな、有希」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
「お前のおかげで、一歩、踏み出せたよ。ありがとな」
「……よっ、よく分かんないですけどっ、廣瀬さんのお役に立てたのならさっ、幸いでごじゃいますっ!」


 おもっきし噛む。たかが頭を撫でる程度で動揺しすぎだろう。
 前までならこんな風に、素直に誰かを褒めたりなんてしなかったのだろうな。
 俺が変わり過ぎたのか、有希が凄いのか。分からないけれども。


 ……本当に、久しぶりだ。
 ありがとう、なんて。




「悪い、有希。俺、急いでんだ。試合始まっちまうわ」
「あっ、はいっ! 何時からなんですか?」
「……あと5分」
「ううぇぇっ!? はっ、早くしないと! 私とおしゃべりしてる場合じゃないですよっ!」
「あぁ。だから、もう行くよ。新館裏のテニスコート、正門からすぐ入れるからっ! 暇なら来いよっ!」
「は、はいっ!! 応援しますっ! 頑張ってくださいっ、廣瀬さんっ!!」




 彼女の方に振り向きもせず、再び自転車のペダルを踏み始める。
 本当に、時間が無い。
 全力で漕いだところで、開始時間には間に合わないかもしれない。




 けど、不思議なもので。


 絶対に間に合うという、確固たる自信が、そこにはあった。
 根拠はない。ただ、そんな気がしていた。本当にそれだけだった。




 重い足並みも、いつしか気にならなくなっていた。
 それどころか、交通量が減ったおかげか、身体はむしろ軽く感じるくらいで。


 誰もいない見慣れた通学路を、真っすぐ、ひたすらに真っすぐ漕ぎ進める。




 世界から、音が消失してしまったかのようだった。


 自身の息遣いのみが鼓膜を支配し、それ以外のモノはまるで不要だと。
 そう言わんばかりに、静寂が真昼のアスファルトに覆い被さっていた。




(なんか、入場口みたいや)




 それなりに良いスタジアムだと、ピッチに入場するときは階段を上ることになる。
 坂を駆け上っていくこの感覚は、なんとなくそれに似ていた。


 だとしたら、その先に待っているものは、いったいなんだろう。
 大勢の観客? 一面緑の綺麗な芝生? センターサークルか?




(どれも、違う)




 入場して、一番最初に見えるもの。そんなの、決まっているだろう。


 俺の前を歩く、仲間の姿だ。




 歌が。


 闘う者を称え、そして共に歩んでいくと、そう誓う歌が。


 どこからともなく聞こえてくる。




 俺にしか聞こえない。俺たちにしか、聞こえない歌だった。










「…………When you walk……through a storm(嵐に出会っても)」


「hold your head、up high……♪(上を向いて歩こう)」
 





 【And don't be afraid of the dark. 】
  そして暗闇を恐れてはいけない


 【At the end of a storm is a golden sky】
      嵐の向こうでは黄金の空と


 【And the sweet silver song of a lark. 】
     ヒバリの甘いさえずりが待っている




 【Walk on through the wind, 】
  風の中でも歩こう


 【Walk on through the rain,】
   雨の中でも歩こう


 【Tho' your dreams be tossed and blown. 】
      たとえ夢破れても




 【Walk on, 】
    歩こう


 【walk on with hope in your heart 】
    歩き続けていこう、希望を胸に


 【And you'll never walk alone,】 
  そう、あなたは一人じゃない


   【You'll never walk alone. 】
     あなたは一人じゃない






 Walk on, 


 walk on with hope in your heart 


 And you'll never walk alone, 


 You'll never walk alone――――



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