美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい
俺だって
「行くよー」
長瀬の掛け声と共に、一直線に放たれるシュート。
手を伸ばしてストップを試みてはみるものの、反応は間に合わずゴールネットを揺らした。
この一週間、ほとんどの練習を楠美のゴレイロととしての特訓と、倉畑の基礎固めに費やしている。
段々とボールに対する恐怖心が無くなってきた楠美は、グラウンダー性のシュートなら足で描き出すことが出来る程度には進歩していた。キャッチは相変わらず難しそうだが。
楠美も、プレッシャーが無ければそれなりに正確なパスを繋げるようになっている。
最も、この調子で試合に間に合うのかという、根本的な疑問を投げ掛けるものは誰もいなかったが。
「ハルさぁ。今週一回もボール蹴ってなくね? 大丈夫なん?」
「……まぁ、多分」
「多分じゃ困るのよっ! 二人に自主練までさせておいて、アンタだけサボるとか無しだからねっ」
少し尖った声色で腕を組む長瀬の表情は、どうにも冴えない。
いつもヘラヘラしている金澤でさえ、俺の様子を心配しているようだった。
「……なに? それとも、どっか痛めてるの?」
「あぁ、いや、そうじゃないけど。ちょっと走ってくるわ」
「あっ……ちょっと!」
長瀬の制止を振り切り、テニスコートから離れる。
別に、話をするのが嫌だったわけではない。
体力不足なのは重々承知しているし、なんなら今一番の課題でもある。
ただそれ以上に、居心地が悪くてどうしようもなかった。それだけの話である。
あの日から、どうにも機嫌が悪いままだった。
それが自身への苛立ちなのか、一向に勝利への道筋が見えてこないチームへの不満なのか。
明確な理由は、分からなかった。或いは、その両方なのかもしれないけど。
新館をグルっと回るランニングコースは、この一週間ですっかりお馴染みとなっている。
ハンドボール部が練習している横を通過するので、周囲の視線が気にならないといえば嘘になるが。
それでも、彼女たちの練習風景を見ているよりかは、ずっとマシな気分で。
(……あれか)
メイングラウンドでは、サッカー部がゲーム形式の練習を行っていた。
ネット越しに繰り広げられる試合は、それなりの強度を兼ねた本格的なもので。
先日、コートで退治したキャプテンの……林、だっただろうか。
ソイツが中盤からロングボールを蹴り出し、一気に裏のスペースに繋がる。
キーパーと一対一になったFWのシュートは、間一髪ポストを掠めた。
あれは恐らく、金沢に絡んでいた菊池という奴だろう。あれを外すのか。下手くそめ。
(まぁ、普通やな)
飛び抜けて何かがあるというわけでもないが、抜け目なくチャンスを作る。
見た感じ、林のワンマンチームというところか。確かに視野も広いし、技術もある。
少なくとも、初心者の女性が混ざってどうにかなるような実力ではないことは確かだろう。
ただ、極個人的な感情でこのチームを評するなら、やはり「普通」以外の感想は出てこなかった。
それで勝てるなら、ここまでシンドイ気分にはならないけどな。
あんなに可能性を感じたこのチームに、何一つ明るい未来が見えてこないのは。
きっと、それ以上に俺という存在が足枷になっていることに、気づいてしまったから。
情けない。ただひたすらに、情けない。
新館をグルリと何周分か走って、コートに戻ってくる。
楠美が倉畑のシュートを受けていた。半分くらいの確率で、止めたり入ったり。
フォームは二人の修正のおかげか中々に綺麗だが、圧倒的にパワー不足だ。
あれではよほど状態が良くないとゴールにはならないだろう。
「あっ、おかえりハルトっ。ねぇ、作戦会議中なんだけどさ。システムとか、どうする?」
「……システム?」
「一応だよ、いちおー。簡単な約束事くらい決めとかないとねー」
そんな付け焼刃の戦術に、どんな意味があるのか。
勿論、勝つためには必要なことだ。でも、今の俺には、それすら無駄に思えてしまって。
「私たち三人でボール持つにしても、やっぱり限度があるでしょ。だから、基本は持たせて、サクッと奪ってカウンターが一番効率といいと思うの」
「さっきも言ったけどさぁ。それじゃつまんないって! やっぱりこう、バルサみたいにしっかりパス繋いでポゼッションで崩して……」
「馬鹿っ、現実的じゃないって言ってるでしょ! 私に預ければ、3点くらいパパッと取るからっ!」
「それこそ無理ゲーだと思うけどなー。すぐにバレて、逆にボール持たされてアウト、うん、間違いないな。あたしが突っ込むならともかく」
「なによっ! アンタなら行けるっての!?」
「アアんっ!? やんのかァ!?」
作戦会議というには陳腐な喧嘩であった。
言い分は分かる。正面からやり合うか、隙を突くまでジッと耐えるか。
彼女たちの提案は、至極真っ当なものばかりである。
だが、それを実現できる実力が、チームにあるのかと問われれば。
簡単に「出来る」なんて、嘘でも言えなかった。
俺が、もっとしっかりしていれば。俺が「勝たせてやる」くらいのことは言えた筈なのに。
そう、言えたのだ。あの頃は。
「……お前ら、もっと現実的に考えろよ」
「アァ!? だったらハルトもなんかアイデア出しなさいよっ!」
「そーだそーだっ! 黙ってないで具体案出せー!」
「…………俺が謝ってもいいんだぞ」
二人は目を点にして、お互いの顔を見合わせる。
俺だって、こんな言葉は出したくなかった。けれど、それが最善であることくらい、分かる。
「……それ、どういう意味っ!? 諦めろってこと!?」
「練習場所なんて、どこでもいいだろ。他にも、探せばあるかもしれねえし」
「それはそうだけど、そうじゃないでしょっ! これは私たちの、プライドなのっ! そう簡単に辞めて溜るかっての!」
「……ハル~。言いたいこた分かるけどさぁ、それはちょっとダサくないかなぁ」
非難囂々である。無論、そう言われても仕方ないと分かっていた。
でも、思ってしまったことには、もうどうしようもなかった。
「…………一人二人じゃどうのもならねえことくらい、分かってんだろ」
「5人よっ! 5人で力を合わせれば、絶対に勝てるわっ! 絶対によっ!」
「……本気でそう思ってんなら、甘いわ。自分を過信すんなよ」
「……っ!? な、なによ、それ……!?」
きっと、その言葉は自分自身に言いたいことだった。
言い聞かせるように紡ぐ言葉たちが、どれだけ鋭利なものか。分からない筈もないのに。
「いくらお前でも、男二人に本気で囲まれたら、どうにもならん。金澤も、同じや」
「だからこうやって、練習して、作戦立てて、上手くフォローしようって言ってるんでしょ!?」
「…俺には出来ねえよ、そんなこと。お前らを勝たせられるほど、大した奴ちゃうわ」
「…………それっ、ちょっと違うんじゃない」
見たこともない、長瀬の真剣な表情だった。
何を言われるか、予想くらい付いている。ただ、自分で言いたくなかっただけで。
「…………舐めないでよッッ!! わたし、これでも本気なのっ! このチームなら、このメンバーならなんとかなるって、本気で思ってるよっ! ハルトだけ、立ってるところが違うじゃんっ! ハルトは、このチームのなんなのよっ! ねぇッッ!!」
「ちょ、ちょっと……」
「ヤル気無いなら帰れッッ!! わたしはっ、ここしか無いっ!! だから、絶対に守りたいのっ! ハルトは違うのッ!?」
「…………俺だってッッ!!」
空白が、コートを覆った。
一緒だ。俺も、長瀬も。同じことを考えている。
だから、受け入れられないのだ。
俺には、資格がない。すべてにおいて、彼女たちと同じところに立つ資格が。
「ちょっとっ、どこ行くのよっ! まだ話は終わってな――――」
「頭、冷やすだけだよ。すぐ戻る」
そう言い残して、皆の顔を見ることもなく、俺はコートを去った。
戻ることなど、出来る筈がなかった。
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