美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

いや、死ぬよ!?



 翌週。
 天気の心配も必要無く、いつも通り新館裏のコートで練習をする流れだったが、先約が入った。
 サッカー部が練習をしていたのだ。


 コートの使用権を掛けて試合をしようというわけだから、無理やり退かす権利も理由も無い。
 仕方なしに、俺たちは長瀬と先週出向いたフットサルコートに足を運んでいた。




「わぁー。本物のフットサルコートって、こんな感じなんだね。綺麗な芝生」
「ホント、たまたま空きがあったから良かったわ……これからもこんな感じじゃ、落ち着いて練習も出来ないし」
「まぁまぁ、せっかく取れたんだから今日のところは良しとしようじゃないか、ねぇハルっ。たまには長瀬も役に立つね」
「アァっ!? なんもしてないアンタに言われたかないわよっ!?」


 止める気にもならない。こうやって言い合っているうちはまだ良い方だろう。


 このようなコートは、どんな地域でも探せば結構あるものである。
 ただし大半は、独立した社会人のチームやスクールで予約が埋まってしまう。


 今日に関しては本当にラッキーだった。
 こんなときのために会員登録しておいたのは正解だった。長瀬に無理やりさせられたんだけど。


 所謂スポーツ施設に縁が無い倉畑は、いつもよりどこか浮ついた様子で表情も明るい。
 楠美も見慣れない景色に、興味深そうに辺りをキョロキョロしていた。
 いつもこんな感じなら、俺ももうちょっと楽なんだけど。油断ならないこの二人。




「普段の場所とは、随分と感覚が違いますね」
「そりゃまぁ、元々はテニスコートだし」


 長い黒髪をポニーテールに纏めた楠美がそんなことを言う。


 彼女の感想も真っ当なところである。
 人工芝は黒いゴムチップが散りばめられているため、足への負荷も少ない。


 いつものテニスコートよりかなり芝が長いので、感触としてはだいぶ違いがある。
 利点も少なくない。足への負担も軽いし、なにより、この匂い。身体が勝手に動く。




「同じ芝生でも、こんなに違いがあるんだ。知らなかったな」
「スポーツやってなきゃ知る機会も無いか。ここも別に、そこまで良い場所じゃねえけどな」


 倉畑はしゃがみ込んで、地面を手で軽く叩く。
 まぁこのコートも決して質が良いわけでないのだが、普段のアレよりかだいぶマシだろう。


 本当は、いつもこうした場所で練習出来るに越したことは無いのだが。
 無論、この場所を使うにもタダではない、利用料が掛かる。




「先に言っとくけど、一人一時間1,000円やから、あとで集まるぞ」
「……あっ」


 おかしなことはない。至って普通にレンタル料を通告したに過ぎない筈なのだが。
 約一名ほどその場で硬直している奴がいた。他でもない。長瀬である。


 最新鋭のロボットよりも歪な動きで首を回すその顔からは、冷や汗がダラダラと零れ落ちていた。
 今日も良い天気ではあるが、まだ動いてもいないのに汗を流すのは早いだろう。




「なんだよ。こないだも払ってんだから知らないわけねえだろ」
「その、それは、そうなんだけど……」
「……無いのか」
「いや、ほら、ね? 給料日は月に何回かあるけど、そんなに纏まったお金が入ってくるわけじゃないし、私も生活を賄うのでいっぱいいっぱいっていうか、その、ね」


 分かりやすくアタフタしている。
 まさか、手持ちすら無いとか言わないだろうな。
 少なくとも今日この場で練習しようと言い出したのはお前だろう。




「…………貸してくださいッ! 一生のお願いですお願いしますっ!!」
「アァッ!?」


 わぁ。懐かしい。


 上質な人工芝の上だからこそ可能な、実にダイナミックな土下座であった。
 金澤はともかく、あの二人ですら驚いたような。或いは呆れた眼差しで長瀬を見下ろしていた。


 なんでこう、地面に凸を付けることにここまで抵抗が無いんだよ。キャラブレ過ぎだろ。
 様々な行動を見て来たなかで、一番の執着心だぞこれ。ちょっと怖いわ。




「……別にええけど、ちゃんと返せよ」
「ホントにっ!? 利子付きとか言わないっ!?」
「オマエ関西人を全員ウシ○マくんか何かと勘違いしてねえか」
「ありがとうッッ! ホントにありがとうっ! 今度なにか奢るからっ!」
「いや、奢る金があったらさっさと返せよ」


 ブンブンと腕をしなるように振り回される。
 結構痛いから辞めてほしいんだけれど。


 俺だって余裕のある生活をしているわけじゃないが、出歩くときに多少は持って来るものだろう。
 どんな生活していたら1,000円ぽっちに困るんだよ。


 そりゃ長瀬の家庭環境など知ったことではないが……いや、うん。
 まぁそんなことはどうでも良い。本当にどうでも良いんだ。




「さっきも言ったけど、一時間しかねえから、ちょっと真面目にやるぞ。金澤っ」
「知らないなーそんな人♪」
「…………瑞希、あれ持って来たか」
「もっちろーん!」


 そう言って彼女が取り出したのは、手袋にしてはやや分厚すぎる、ある代物。


 たまたま彼女だけが持っていたので、持って来て貰った。
 どっちみち、いつかは必要になるものだ。試合が迫っているとなれば、早急な問題である。
 芝生の上で転んでもさほど痛くは無いし、丁度良いだろう。




「それって、キーパーのグローブ?」
「ん。試合となれば決めないわけにもいかねえしな」
「キーパーって、一人だけ手を使っていい人なんだよね?」


 ゴールキーパー。フットサルではこのポジションをゴレイロと呼んでいる。
 ちなみに、フットサルには固有のポジション名が幾つかあるのだが、今は割愛。




「ゴレイロって言うんだよ。こればっかりは特別に練習しないとダメだからね、うんうん」
「まぁ、わざわざフットサルでやりたがる奴もいねえと思うけど。誰かいるか」
「普通の人と、どう違うの?」
「手を使っていいのと、後はまぁ……そんなに走り回らなくても良いってとこかしら」
「……走らなくていいんですか?」


 長瀬の言葉に、楠美が関心を示す。
 そう言えば、死ぬほど体力無かったなコイツ。素振り10回でぶっ倒れる程度には。


 しかし、超絶初心者の楠美に「走らなくていいから」とゴレイロを任せるのもどうだろう。
 基本的にな仕事は「シュートを止めること」なわけで、別にサボっても良いという意味では無いし。




「誰もやりたがらねえなら俺がやっけど。なに、興味あんの」
「……生憎、普通のプレーは皆さんよりだいぶ劣るので。ごれいろ、というのはよく分かりませんが、恐らく特別なポジションなのでしょう?」
「まぁ、うん。特別と言えば特別だけど。え、楠美さん、本気?」
「とりあえず、やってはみます。比奈に良いところを見せたいので」
「それ、言わなかったらすっごい感心してたんだけどなぁ……」


 呆れたように笑う倉畑を尻目に、だいぶヤル気ではあるらしい楠美。
 まぁ、そう言うのであればやらせてみるか。


 男子の鬼のような速いシュートを止めるんだぞ、とか今は言わない方が良い。
 騙しているわけではない。決して。えぇ。決して。




「これをこうして、はい、完成っ! おぉー、中々サマになってるじゃんくすみんっ」
「……で、どうすればいいんですか?」
「じゃあ、今からシュート打つから、見ててねっ。ハルト、パス出して」
「あいよ」


 そこそこボロいフットサルボールを、長瀬に向かって蹴り出す。
 コート中央に佇む彼女は、向かってきたボールに対し足を一歩引いて、勢いよくゴールに蹴り込んだ。




「わー。長瀬マジゴリラ」
「言ってやるな」


 目にも留まらぬスピードで、ボールはネットに突き刺さった。


 こうして間近で彼女のシュートを目の当たりにするのは二度目だが、何度見ても女子のそれではない。
 どうすれば、あんな軽いステップから拷問のような一撃を繰り出せるのだ。人体構造狂ってるだろ。




「…………あの、良く見えなかったんですけど」
「ああいうシュートがいっぱい飛んでくるから、楠美さんはそれを全力で止めるの。オッケー?」
「なにがオッケーかサッパリ分からないんですが……」


 信じられないものを見たと言うように、彼女の身体はガタガタと震えていた。


 そりゃそうだ。今まで彼女と、倉畑の練習に付き合うためアイツらは流してプレーしていたのだから。
 見て来たものと、現実とのギャップにひっくり返るのも無理はない。




「まぁ、試合で来るシュートはここまでじゃねえけどよ。どうすんの。別に嫌ならやめてもええで」
「琴音ちゃん、無理しちゃダメだよ? あんなの受けたら、絶対に死んじゃうよっ?」


 倉畑の心配も分かる。
 運動音痴と言っても過言ではない彼女が、真っ当に浮けたら怪我どころではないだろう。


 だが、楠美は一言も言葉を返さないまま、コートを転々と転がるボールを一心に見つめている。


 なんとなく、次に言いそうなセリフは予想できた。
 一応、俺だって知っている。
 彼女が相当な負けず嫌いなことは、一週間と少しでも理解しているつもりだ。




「…………やります。ごれいろ」
「えっ!? くすみんマジで!? いや、死ぬよ!?」
「女に二言はありません。やると言ったらやります。この仕事を成し遂げれば、比奈は……いえっ」


 こちらに振り返った彼女の瞳は、俺たちを順番に捉える。


 なんだ。特に心配は必要無さそうだな。体力的な面はともかく。




「私にしか出来ないことを見付けます。仮にも、部員なので。一応。一応ですけど」
「おー。ツンデレだね~」
「……なんですかそれは」


 過度な期待はしないでおこう。
 それでも、俺よりずっとマシなのだ。彼女さえも、少しずつ、変わり出そうとしているのだから。





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