美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

羨ましいんだよ



「まっ、深くは聞かないけどさ。でも、一個だけ言えるのは」


 お説教にしては甘ったるい空気だ。
 話半分としておこう。俺だって腹は減っている。




「フットサル部なんてモノに付き合ってるってこた、まだプレーに未練があるってことだろ?」


 麺を啜りながら、先ほどと打って変わってさほど興味無いとでも言いたげな様子だ。
 分かり切っているからこその余裕かもしれないが。


 悉く心中を見透かされているような感覚に、あまり良い気はしない。
 最も、こんなところで意地を張ったところで、影響があるとしたら成績くらいのものだ。




「未練は、ある」
「うん。で? どう考えてるわけ? あそこに居たって、お前の考えてる`場所`には戻れねえべ」
「俺なりに、得るモンがあると思ってるから付き合ってんだよ。まぁアンタはゼロって言うんだろ」
「分かってんじゃん。アイツらに付き合っても、なにも始まらないぜ。プロへの道はずっと閉ざされたまんま。プロへの道はね」
「んなもん、とうの昔に諦めたわ」


 二回繰り返した理由は分からないが、俺だって分かっている。
 このままフットサル部としてボールを蹴っていたとしても、あの頃の俺は戻って来ない。


 いや、違う。
 そもそも、今からどれだけの努力を重ねようが、当時のレベルに戻る保証などどこにも無いのだ。


 環境の問題ではない。ただひたすら、時間が足りない。取り戻すためには。




 そもそも、もう、良いのだ。プロなんて。


 結局のところ、俺がボールを蹴っていた理由なんて、突き詰めれば自己満足でしかない。
 仮に今から`元の場所`に戻ったとして、俺が納得できるモノがある筈が無い。


 だから、フットサル部なんて未確定で、あやふやなものに縋っている。




「……オフレコで」
「勿論」
「長瀬と、金澤のプレーを見て思った。アイツらの持ってる`モノ`には、俺ですら想像つかないような、壮大な何かを感じたんだよ。絶対に言うなよ」
「分かってるって。心配性だな」


 アンタの口の軽さを案じているからこそだ。
 ならどうして、こんなことをわざわざ話しているのかと聞かれたら、ちょっと答えられないけれど。




「向こうにも、上手いだけの奴なら仰山おった。俺はそいつらよりか上手かったけどな」
「流石、世代別代表の10番様は言うことが違うねえ」
「過去の話やけどな」


 でも、本当のことだった。


 彼女達のプレーに、惹かれている自分がいたのは確かなのだ。
 それが、暫く実戦の場を離れていた故の、目の陰りなのかは分からない。
 けれど、思ってしまったのだから、もうどうしようもなかった。




「それと、アイツら。楠美と倉畑やけど」
「二人は初心者なんだろ? お前みたいな奴が見てて、なにが面白いんだよ」
「…………羨ましいんだよ。多分な」
「羨ましい?」
「なんも知らん、まっさらな状態でボールと向き合えるアイツらが、羨ましいわ。ホンマ」




 きっと、始めてボールに触れたあの日と、今の彼女らを重ねている。


 ただひたすらに、上手くなりたい。試合に勝ちたい。強くなりたい。
 そんな情熱を、俺もあの頃は持っていたんだなと、思い返させてくれるのだ。


 その思いが顔に出ることは、俺も彼女らもあまり無いのだろうけれど。
 別に構いやしない。二人のボールとの向き合い方に、また違って意味で可能性を感じている。




「結論から言えば、俺は未練タラタラ。元の場所に戻りたいのは、まぁ、本心だよ。でも、それが無理なのはとうの昔に分かっとる。だから、取りあえず安住の地だけは決めた。そーいうこった」
「でも、結局お前が目指したいのは「あの頃の自分」なんだろ? ならフットサル部なんて、所詮は道草。ただの現実逃避だよ。分かってんだろ?」


 んなこと、言われんでも重々承知だ。


 けれど、何故だ。なにかが違うのだ。
 あのときと、今では。随分と背中だけは軽くなった筈なのに。


 あのときよりも、ずっと重い何かを背負っているような感覚が、こびり付いて離れない。
 その理由さえ分かれば、もう少しシンプルにアイツらと向き合えるんだろうけど。




「なにが正解かなんて、俺には分からへん。けど、今の俺には他に出来るこがない。ここしか無いんや。だから、ここでやれることを、まずやる。そんだけ」
「そこまで分かってんなら、もっと上手く進められただろん。例の試合のことも」
「……いや、なんで知ってんだよ」
「え。普通に更衣室のベランダから見てた」


 確かに、新館の2階にある更衣室からはテニスコートが見えるようになっているが。
 見てたなら、止めに入れよ。教師として最低限の仕事だろうが。




「こないだはああ言ったけどさ。私、結構気にしてんだわ。その試合」
「随分と気に掛けるんだな、俺達のこと」
「そりゃお前よ。学校一の美少女ちゃんと、転校して来てロクに他人と会話しようとしない奴が一緒になって部活始めたんだぞ。誰だって気になるさね」
「……はぁ」
「生徒は知らんけど、教師の間じゃ話題になってるんだぜ。まさかあの二人がって」


 まぁ、衝撃的な話だ。自覚もある。


「しかしまぁ、フットサル部とはピンポイントだよなぁ……もう知ってる奴の方が少ないかもしれんけど」
「なにそれ」
「お前も聞いたことあんだろ。前にもフットサル部があったって話」
「…………いや、初耳だけど」
「あん、そうなの? てっきり知っててそういう話になったんかと」


 確かに新館裏にテニスコートが一面だけというのも、妙な作りだなとは思っていたが……。
 そういうことなら、長瀬もそれを視野に入れてフットサル部と言い出したのだろうか?




「10年前まではあったんだよ。フットサル部。しかも、あのテニスコートで活動してた」
「そりゃあ……偶然だな」
「なんで廃部になったか知ってるか? 私も人から聞いた話なんだけど」


 首を横に振ると、峯岸の表情は少し暗く沈んだように見えた。
 部員が減ったから自然消滅、ではなく、あくまで廃部なのか。
 だとしたら、あまり景気の良い話では無さそうだな。




「いや。あれね、ちょいと曰く付きなんだよ。サッカーするほど馬鹿真面目じゃないけど、適当にボール蹴りたいって奴が集まったのが最初なん。だから部員も必然的に、な?」
「……不祥事でも起こしたのか?」
「んー、半分正解。まぁなんつうか、問題児の溜まり場みたいになってたんだよ。実態は、それらしい活動もせずただ集まって`元気に`はしゃいでるだけ。だから廃部になった」


 おおよその見当は付く。
 部活動という名目で、あまり利口でない生徒が集まっているのを学校側もみすみす見逃すわけにも行かなかったのだろう。


 無論、長瀬や金澤たちを見ればそういう……あ、でもどうだろう。
 確かにアイツらも`曰く付き`ではあるな。奇人を寄せつける何かがあるのか。俺含め。




「赴任してきたときに古株から聞いたから、詳しいことは知らないけどさ」
「学校からしたら、フットサル部そのものに良い印象が無いってわけだ」
「そーいうこと。だから、ぶっちゃけ私は反対。どう考えたって良い顔されねえべ」


 全く関わりの無い連中のせいで、今の俺達が被害を受けるとは居た堪れない問題だ。
 あくまで昔の話であり、それを理由に彼女達の情熱を吹き消すような真似は、おかしいだろう。


 からこそ、実情を知っている人間の手助けが必要になって来る。
 それに、部の創設に関してまだ決まっていないことが山ほどあるのだ。




「顧問、いねえんだよ。まだ」
「私に頼みたいって? まさかあの廣瀬陽翔に頼まれちゃ、断わるのも辛いところだけどねぇ~」


 答えは分かっていた。
 揶揄うようなその悪戯な笑みは歳不相応なはしゃぎようであるが、彼女の意志は覆らないだろう。


 思っていた以上に、クリアしなければならない問題が多すぎる。
 無論、そんなことも、分かってはいた筈なんだけれど。




 長居し過ぎたな、と峯岸が席を立ち、俺も続いて代金を置き店を出る。


 外から見渡すと、一人で入るにはあまりに勇気がいる店だなと改めて感じた。
 そもそも見ただけでは、営業中とすら思わない気がする。


 梅雨が近付き、空はもう真っ暗だ。
 肌着にワイシャツでも肌寒さは感じないが、どこか頼りなさを覚えるのも分からないことはない。


 ニュース番組もそろそろ終わってしまう。
 こっちに来てから、バラエティー番組はほとんど見ていなかった。今日もそうなるのだろう。




「ん~、ラーメン食った後の一本は最高に美味い。なぁ廣瀬」
「……いや、お前も喫煙者かよ」
「はっはっは。まぁ、そういうわけだから、見逃してやるわ。お姉さんは健全な青少年の味方だから、酒も煙草も止めないけどな。せめて学校では控えろよ、いいな?」


 初めて教師らしい施しを受けている気がする。
 ロクにコイツの授業聞いてなかったから、実質初対面でこれだぞ。笑うわ。


「つうわけで、ほい。一本付き合え」
「……外で吸わせるのは良いのかよ」
「だーれも見てねえって。ほらほら」


 差し出された煙草に、火を付ける。
 って、メンソールかよ。ラーメンのこってり感全部持ってかれるだろ。




「けっ、無駄に様になってやんの。しっかし、こうやって並ぶとデケえなー。175くらい?」
「まぁ、だいたい」
「体格も問題無しってわけね。見てみたかったよ。お前が若くして、プロで活躍するところってのを」
「そりゃアンタ、今すぐ俺に花嫁姿を見せてみろってくらい無謀な話だ」
「………仮にも教師に向かってとんでもねえ奴だな、お前」


 正直な意見である。
 少しばかり癇に障ったのは否めないが、否定出来るものならやってみろ。


 どうにも不思議な感覚だ。
 まず第一に、他人と飯を食べるという経験がほとんどないことに加え、相手は年上の女である。


 もっと混乱してペースを失っている自分が見れるもんだと思っていたが。
 若しくは、峯岸という特異な人間が故か。




「顧問、考えといてやるよ」
「えっ、マジで」
「ただし、サッカー部に勝ったらな。それも、お前の大活躍で。金澤とかに頼んなよ」


 また無理難題を。
 というか、なんで俺が活躍するのが前提なんだ。勝ちゃいいだろ勝ちゃ。




「お前が、本気でフットサル部を居場所にしたいなら、それ相応の覚悟を見せろよ」
「…………覚悟?」
「教師である以前に、廣瀬陽翔のファンなんでね。場所がどこだろうと、お前が輝けないチームなんぞ、興味無いからな。まっ、そーゆーこった」


 ニッと笑って、峯岸は灰皿で煙草の火を消す。
 こちらに振り返りもせず手をヒラヒラと振り、帰路に着いた。




「…………磨き損ねた石っころに、期待なんかすんじゃねえよ」




 言葉の真意にこそ気付いていたけれど、やはり、気付かない振りをするのが楽だと知っていた。







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