美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

なにが違うんだよ



「さっきは言い過ぎたけどさぁー、そもそもなんでサッカー部はここで練習しなきゃいけないわけ? もっと良いところあるっしょ?」
「さっきからうっせぇんだよお前よぉっ! 女は黙ってろッ!」
「アァ!? 聞き捨てならないっぽいよ今のっ! ハッキリ言って、アンタよりあたしの方が絶対に上手いかんねっ!」
「ハッ、んなわけね~だろ。サッカー部のレギュラー舐めんじゃねえよ!」
「アァーン!? いかにも体力馬鹿みたいな顔しといて、なぁ~に言ってんのちみぃ~」
「……てんめぇっ!」


 またも不毛な争いが始まる。煽りセンス高いなコイツ。向こうも耐性ゼロかよ。


 一方的に問題があるのは金澤だが、基本的に人当たりの良いコイツがこれほど初対面で人を嫌うというのも中々にレアな光景かもしれない。
 これで言うことも一理あるからまた困りものだ。
 一応ではあるが、理由を聞いておいても損は無い。




「……らしいけど。他に候補は無いのか?」
「まぁ、学校の外に出ればいくらでもあるけど。うちも金は掛けたくないんでな」
「いーじゃん使っちゃえばさぁー! どーせ寄付金とかいっぱい貰ってんでしょ~? 使えるとき使わないと損だよ~」
「あのなぁ……そういうのは、有限なんだよ。他に必要なものも沢山ある……それくらい分かるだろッ!」


 という感じで、比較的温和に対応していたキャプテンもキレさせる。もうやめたげて。


 まず金澤は、その甘ったるい煽り口調をどうにかするところから始めた方が良さそうだな。
 あとで説教してくれる。


 またも険悪な空気が流れつつあるテニスコート。
 またさっきみたいな流れはごめんだ、さっさと軌道修正しておこう。


 と、思った次の瞬間であった。
 ひらすら平穏を求めていた俺に、更なる援軍どころか火付け役が現れてしまっては。
 もうどうしようもない。若干、待ち望んでいた節はあるが。




「無駄ってわけじゃないよ。私達だって、今はただの集まりだけど。みんな本気でやってる」
「……はぁ?」
「今は、場所も時間も人も、全然足りないけど……けど、でもそれは理由にならない。コート、勝手に使ってたことは謝るよ。でも、遊んでるとか、ダラダラ過ごしてるっていうのは、取り消して」
「………なに言ってんだお前」




 そして、この場の空気はもう最低辺まで落ち込んだ。
 サッカー部の恐ろしい怒りの視線が、長瀬に対して注がれている。


 思いのほか、いつも通りの凛々しい長瀬のままで驚いていた。
 いや、アイツが内心なにを考えているのか、だいたい予想は付くけど。
 多分、心のお漏らし全開。




 そんなこんなで、長ったらしい回想がここに幕を閉じるわけである。


 と言っても、この修羅場と化した状況から抜け出せるわけではない。
 むしろ悪化していた。お互い、一言も発せずジッと睨み合う時間がもう数分ほど続いていた。


 なにが問題って、これに関しては一方的に俺達が悪いのだ。
 いったいなにが、彼女達をそこまで突き動かしているのだろうか。未だに分からないままだった。


 ただ、誰よりも`本気`だということは知っていた。
 けれど、そんな信念のも揺るがす初夏の太陽と無言のプレッシャーを前に、そこまで頭は回らなかったというわけだ。




「………本気、か。本当に、都合の良い言葉だよな」
「なっ……!」
「そうやって、頑張ってる、努力してるって姿を見せとけば、色んな人から同情されるんだからよ。でも俺達は違う。お前らみたいな、見掛けだけの本気なんて相手にしてられねえんだわ。だから、もうやめとけ。時間の無駄だから」
「だからそうじゃないって、さっきから言ってるでしょっ!?」
「いくら喚いたって、なんも伝わって来ねえよ。ほらお前ら、マーカー準備しろ。練習始めるぞ」


 林がパンパンと両手を叩くと共に、部員達が散らばって準備を始める。
 なにがなんだかという様子の楠美達の目の前に、黄色の三角の形をしたマーカーが次々と落とされていった。




「おい、邪魔だよ」
「きゃっ!」
「ちょっと貴方、それはいくらなんでも……!」


 部員の一人が、倉畑を押し退けてマーカーを置いていく。
 怒りを隠し切れない楠美のことも、まるで存在を無視するかのようだ。


 流石の俺も、こんなものを見せられては黙っていられなくなった。




「おい、ちょっと強引過ぎやしねえの」
「お前らがそういう態度を取るからだ。ここは俺達の練習場所。だからいつも通り、やらせてもらう」


 こちらを見ようともしない。
 そう。こればかりは。誰かがなにをされたとか、そういうチャチな理由ではなかった。




 俺が一番嫌うのは、存在を認められないことではない。そんなことはもう慣れっこだ。
 ただ、自らの存在をぞんざいに扱われたその時だけ。
 俺はある意味で、本来の調子に戻ってしまう。




「たかが部活程度で、なーに威張ってんだか」
「…………テメェ、今なんつったッ!」


 次の瞬間には、林の右腕が物凄い勢いで胸元に飛んでくる。
 そして、迷うことなく胸倉を掴んだ。


 派手に浮かび上がることはないが、それでもちょっとは浮いてしまう。
 実際にされたのは、きっと初めてだ。気分は良くないな。そりゃそうだ。


 けど、思いのほか冷静な自分もいる。
 なんというか、必死そうな奴の顔を見ているとさっきまでの怒りとか。
 なんだかもうびっくりするくらい、あっさり冷めてしまったのだ。




「俺達はなっ! たった一度の高校サッカーのために掛けてんだよっ!! お前になにが分かるッ! おい答えろッ!!」
「……知らんわそんなん」
「テメェ……っ!」
「……俺らと、なにが違うんだよ」


 眉を顰めた林の手が緩まり、地面と久しぶりの挨拶。
 俺達にも、俺らなりの主張はある。
 そのなかに、自分の意志がどれだけ入ってるかは、ちょっと分からなかったけど。




「俺達も、正式に部活になったら、いつか大会に出る。お前らと同じだろ。俺達が本気じゃないって、言い切れる根拠はなんだよ」
「……そんなの、詭弁だろっ!」
「じゃあ、力比べだよね。なっ、長瀬!」
「……そ、そうよ。勝負すればいいじゃん!」


 鶴の一声、とでも言えば正解だろうか。


 金沢に触発された長瀬が、そう言い放つ。
 フレーズだけ切り取れば意味の分からないものだが、筋は通っているようにも思えた。


 正直、俺も同じようなことを考えていた。
 結局、信じて貰うには証明するしかないのだ。
 俺達がサッカー部に劣らないほどの「本気」を持っているのかどうかを。




「私達が本気でやってるかどうか、実際に試合すればわかるでしょ? そ、それとも……負けるのが怖いっての!」


 一応、恰好は付けてみる長瀬さん。ビビってるの丸わかりだけど、まぁ言わんとこ。


「……大した自信だな。俺達に勝てるとでも思ってるのか?」
「勝てるんじゃない? あたしと長瀬と、ハルがいるし」


 で、勝手に俺頼みか。勘弁してくれ。過大評価だ。そして俺に視線を向けるな。
 基本的にコミュニケーションの取れない人間なんだから。
 サッカー部さん。俺を見ないでください。嫉妬かな。嫉妬だな。そういうことにしておこう。




「おい、その辺にしとけよ。これでも俺らさぁ、学校どころか地域からも期待されてる強豪なんだぜ?」
「は? だから? チームが強いからって、あたしらに勝てる保証があるっての?」
「…………ハァー。行こうぜ林ぃー。コイツら会話も出来ね……」
「分かった。その勝負とやら、受けてやるよ」
「………えっ?」
「えっ? マジ?」


 なんで言い出しっぺが一番驚いてんだよ。計画性ゼロか。


 だが、まさかの展開である。
 この会話すら時間の無駄だと言いたげな林が、何故か話に乗ってきた。
 その真意のようなものは定かではないが、とにかくキャプテンがOKを出したということは。




「おぉーし言ったなっ!? じゃあ今度、ここで試合やっからな! 絶対に来いよ!」
「……あぁ。日程はこっちが決めていいか? ここ最近は試合が立て込んでいて、時間が取れない。そうだな……24日。三週間後だ、それだけあればそっちも準備できるだろ」
「そんなにいらないっつの! あっ、ここでってことはちゃんとフットサルのルールで試合だからっ! 後出しはもう無理っ! 受け付けませぇーん!」


 対応がガキ過ぎる。俺らが悪いみたいじゃん。悪いけど。




「このコートについて文句を言われることを、想定していなかったわけでもないし。それに……小さいコートでの試合も、下級生にすればいい経験だ」
「アァ!? なにお前ら、主力出さないつも―――」
「数分で試合を決められたくないなら、素直に受け取っておけ。お前ら、今日は撤収だ。片付けろ」




 一斉に部員達が動き出し、コートに散らばせたマーカーなどを回収していく。


 背を向けグラウンドへ消えていく部員達を、静かにも闘志を燃やし見つめる長瀬。
 俺はと言えば、一人だけきっと余計なことを考えていたに違いない。


 なんでこんな、面倒なことになってんの。俺のせいか。俺のせいだな。うん。



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