美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい
頭パッカーン
「おー。凄い凄い。ドラマでよく見るあれだ」
「どれだよ」
「なんか偉そうな奴が子分引き連れてズラーってさ。あれ」
「いや、どれだよ」
あっけらかんとした金澤の態度は、今日の限りでは頼りになる。気がする。多分。
一方、残りの三人は不安そうに目を合わせながら、集団の先頭に立つ男を警戒していた。
背、高いな。俺と同じか、それ以上はあるのか。スポーツ刈りも相まって威圧感が凄い。
「で、なにアンタら? なんで来たん?」
お前はもうちょっと警戒しろ。
「なんでって……この場所はサッカー部の練習場所でもあるんだよ」
「…………はい?」
そして予想通り、ガンを飛ばすと言った方が正しいレベルで俺を睨み付ける長瀬さんであった。
いや、俺のせいかよ。俺のせいだけど。俺のせいかよ。
新館裏のテニスコートを練習拠点としたのは、長瀬と出会った場所だから、という以外に特に理由は無かった。
なんなら体育委員として、誰もいない敷地とはいえ無断で部活擬きを始めた連中を注意する立場にあるわけで。
それを見逃していた、或いは気付かない振りをしていたのだから、いづれこういった事態に陥ることは想定内だった。
だが、まさか。よりによってコイツらかよ。
この件に関しては、本当に申し訳ないと思っている。
いや、でも元はと言えばお前が勝手に無断で使っていたのがことの始まりというか。
俺はあくまで加担したに過ぎないとでも言いましょうか。
スマン。嘘。
ごめん、本当におっかないから睨むのやめて。
アイスだ、アイスで妥協するから。
「え、なにっ? ここって、サッカー部の練習場所だったの?」
「大会が近付くと、向こうのグラウンドはレギュラー組が中心に使って、下級生はここで練習するんだよ」
インターハイや選手権が近づく夏と冬には、上級生が試合形式のトレーニングを増やすためにグラウンドを貸切り、試合に出れない控え組や下級生たちはこちらの狭いテニスコートに押し込まれるということがよくあるのだそうだ。まぁウチもそうだったけど。
この話を聞いたのは、割と最近のことである。
初めてこの場所に繋がる新館の扉の鍵を返しに行ったとき、教師から教えられたのだ。
それを今の今まで黙っていた俺には、当然責任がある。
まぁ、明かしたところで「誰か来るまでやる!」と言い出すことは目に見えていただろうけど。
「ちょっ……聞いてないんだけど、ハルト!」
「まぁ、言わんかったし」
「でも一応、あたしらも体育委員様から許可貰ってここでやってるんだよね~。な~ハルっ」
「別に許可は出しとらんわ」
無言のイエスだ。
「別に、学校から正式に認められたわけじゃないだろ。たかが体育委員にそんな権限があるかよ」
「な、なんか偉そぉ~……!」
「偉いんだよ。うちのキャプテンなんだからな」
「おい、よせ菊池」
後ろからひょっこりと、またもや短髪の男が出てくる。
どちらかというと坊主に近いだろうか。種類としては、だいぶ苦手な部類だ。というか、嫌い。
長瀬をチラチラと見ては、あからさまにニヤ付いている。まぁ気持ちは分からんでもないが。
「林はプロも注目してる超逸材なんだぜ。そんなすっげー奴がここで練習しようってんだからさぁ、遊んでる奴に取られちゃ、堪ったモンじゃないんだよね」
「………なにこのウザいの。つうか、お呼びじゃないし。シッシ」
「ハァァっ!? テメェな、あんま調子に乗ってっと……!」
「やめろって。お前もだ、挑発なんてするもんじゃないぞ」
「は? なんで上から目線? お前が原因だろ? 頭パッカーンなの?」
そういうのを挑発というのだ。
相変わらず不満げな金澤である。
態度ばかりはヘラヘラしたが、サッカー部二人の反応を見て、機嫌を損ねてしまったようだ。
俺もその原因の一つでもあるのだが、今は取りあえず黙っていよう。
そして、この無駄に張り詰めた状況をなんとかしたい。
凄い、その、空気がガクッと重くなって来ている。辛い。
「とにかく、この時期はサッカー部が基本的に使ってるから。出来るだけ早く撤収してもらえると……」
「え、やだよ。あたしらだって部活動してるんだし、その辺は平等にしないと。ねー、比奈ちゃん」
「……え、わたしっ?!」
唐突なご指名にアタフタする倉畑。
いや、無関心装ってたんだから引き込むなって。味方増やしたいのは分かるけど。
「…………サッカー部さんが頑張ってるのは、うん、分かる。分かるよ。でも」
「どういった事情があれ、先にこの場所を使っていたのは私たちですから。そちらとて、正式に学校から許可を得ているわけではないのでしょう? このテニスコートは私の知る限り、普段誰も使っていないようですし」
流石すぎる楠美の援護射撃である。
倉畑さえ絡ませればどこまでも頼もしいんだけどな。普段が普段だから。
「……まぁ、俺らも「空いてるなら使っていい」っていう理由ではあるけど」
「ほらぁーやっぱりそうじゃん! あたしたちがここを退く理由は、無しっ! オールナッシング! おーけー!?」
「いや、待てよっ! なんで遊んでるだけの奴らに、場所譲らなきゃいけねえんだよ、アァ!?」
ひたすらキレる菊池なる坊主。声のボリュームが一際デカい。煩い。嫌い。
サッカー部からしたら不可解というか、納得は出来ないだろう。
ご存知の通り、フットサル部は(仮)であり別に正式な集まりでも何でもない。
ただ集まってボール蹴ってるだけと言われてもなんらおかしくはないわけで。
「まぁ、それくらいにしてくれよ。俺らも俺らなりに主張はあるんやし」
「……あ? なんだよ」
「山本です」
「名前聞いてんじゃねえよっ! お前らはなんなんだって聞いてんだボケッ!」
そんなに怒らなくても。ちょっとしたジョークだろジョーク。俺も笑えんけど。
「俺らは、その、あれだ。フットサル…………同好会」
「フットサル同好会……? 聞いたことないな」
「……ハルト、なんで同好会?」
「いや、まだ部活ちゃうし」
丁度良い名前が思い浮かばなかっただけだ。あまり深く問い詰めるな。
「勝手にコートを使ったことは謝る。一応、ある程度知っていたからな。連絡を怠った俺の責任だ」
「………お前さぁ、なんで謝るっつってそんな威圧的な態度なわけ?」
「威圧? 誰が? 俺が?」
「おい、それだよそれっ! そのかったるそうな話し方、マジでムカつくわ! つうか俺ら3年だぞっ!? 敬語使えやボケッ!」
また坊主に怒鳴られる。
こんな理不尽な言い掛かり、久し振りだ。至って真面目なんだけど。泣くぞ。
どうにも、他人にはまだまだ良い印象を与えることの出来ない格好のようだ。
こればかりは改善のしようが無い。
もはや身に纏っているオーラとか雰囲気とか、そういう次元の問題である。
「……それで、フットサル同好会、だったか?」
「申請準備中ってとこや。それで、物は相談なんだけど」
「無理だ。ここは毎年、下級生が使ってる」
「週に一度とか、なんなら思いっきり朝っぱらとか、そういうのでも構わん」
「ハルっ、あたし朝苦手なんだけどっ」
「うるせぇ黙ってろ」
拗らせるな。
黙りこくったまま腕を組む林。
頭を小刻みにフルフルと振ってため息を吐き、こう続けた。
「悪いけど、それは無理は相談だ。部活動でも無い連中の「お遊び」に付き合えるほど、俺達は余裕が無い。分かるだろ?」
「お遊びって、ちょっと……!」
「長瀬」
「でもっ!」
申し訳ないことをしているとは思う。
けれど、こればかりは感情論ではどうにもならないのだ。
それは部活に関するあれこれであったり、彼らの意識の問題でもある。
部活としての実態を持たない、怪しい軍団。
それ以外の何物でもないのである。
無駄な反論は何一つ通じまい。紛れもない現実だ。
「どうしても活動したいってなら、他の場所を当たってくれ」
「ちょっと待って、オラっ!!」
うん、もう静観してていいですか。助けて。
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