美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

悪いやつめ



 ボールは楠美の右隣りに立っていた倉畑へと渡る。
 ここで奪ってしまうのは流石に気が引けた。
 いくらボールがほぼイーブン以上に俺に近いところまで転がってきたとは言え。


 慌ただしく足裏でボールを静止させるが、それなりに距離を詰めていたせいか。
 顔を上げた途端に俺が視界に入り、驚いたらしい。


「キャっ」と小さな悲鳴と共に、後方へステンと転んでしまう。




「あっ、ハル! ファールだよファールっ! お前サイテーだな女の子コケさせるとか!」
「えぇー、触ってもねえのに。おい、大丈夫か」
「いたたっ……うん、へーきへーき。ちょっと尻餅着いちゃっただけだから」


 結構痛そうにしていたので手を差し伸べる。
 一瞬身体をビクつかせた彼女だったが、素直に右手を取る。


 パンツの汚れを払うその表情は、俺には少し見えづらかった。
 なにか視線を感じる。主に後ろの長瀬から。




「じゃ、ハルトは今のでプラスワンね」
「それは、どういうものですか?」
「二回取らないと交代できないってこと」


 専門用語ばかりで困惑している楠美に、長瀬は丁寧に説明する。
 こうやって初心者の面倒見てる分には真っ当なんだけどな。俺への扱いなんとかしろよ。


「ハルしょっぼー。うぷぷ」
「心配すんな。二回とも瑞希から取るから」
「えっ!? ちょ、ヤだよあたし鬼とかっ!」
「そうならんように頑張れ、お前だけ狙うから」
「けぇぇー、やーな奴……って、あれ!? いつの間にかあたしが真ん中にいる!?」
「チッ、バレたか」
「悪いやつめっ!」


 気付いたら鬼役になってました作戦は無事に失敗で幕を閉じる。
 そこまでアホではなかったか。残念。


 しかし、いつまでも回されるのも気に食わない。
 鳥かごが再開されると、宣言通り金澤がボールを持った瞬間、彼女に詰め寄る。


 何度か交わされてしまうが、彼女だけ集中して狙っているのでその分効率は良い。
 他の面子も金澤だけ省いてパス回しするなんてことはしないし。真面目なのか性格が悪いのか。


 慌てて金澤はパスを出そうとするが、伸ばした足に当たってサークルから出ていった。
 完全保持じゃなくてボールアウトだから。まだ誰も気付いてないから。セーフセーフ。




「はい、二回目。お前が鬼な」
「ホントに全部狙いやがってこんにゃろうっ! つうか、長瀬もあたしにだけパス厳しすぎっ!」
「そう? なんだか鬼やりたそうな顔してたし」
「どっちかっつうと般若みたいなのは長瀬だけどな!」
「アァァァァンッッ!?」


 場外戦は倉畑がそれとなく宥めてくれた。まさに潤滑油。褒めてないけど。


 金澤が鬼になり、再開。パスを受け取り、足裏でトラップする。
 感触としては、そこまで悪くない。足裏でグリグリとボールの位置を動かしながら、ゆっくりコースを探す。


 そのまま強く擦るように押し出し、横の倉畑にパス。
 そこまでスピードも出ないし、トラップはしやすいだろう。




「えー、それアリなん?」
「足から離れてないだろ。実質ダイレクトや」
「めっちゃグレーゾーンだけど……まぁいっか」


 こちとらロクに運動すらしていなかった人間だ。それぐらいのハンデは許せ。


 正直な話、加減だってまだよく分からない。
 それこそ`いつも通り`にやったら、初心者達に理不尽なパスを出してしまうかもしれないし。




「落ち着いて、周りをよく見て。金澤のおらんところ、ちゃんと探してみ」
「う、うんっ……!」


 少し慌ただしく首を横に振る倉畑には、いくつも空いているパスコースが見えているだろうか。
 奴のポジショニングは明白で、明らかに俺と長瀬へのコースを塞ぐよう待ち構えている。




「えいっ」
「お、そうそうナイスパ……」
「取ったぁぁーっ!」


 コロコロと転がるボール目掛けて、金澤が一直線に走り出す。
 向かう先は、長瀬。なるほど、さっさと潰してしまおうと。姑息な奴め。


 難しいな。あそこまで接近していると、長瀬といえどもワンタッチで交わすのは辛いんじゃ。




「あらよっと!」
「ブホヘェ゛っっ!!」


 えぇ。お前。


 勢いよく蹴り飛ばしたボールは、金澤の顔面に直撃した。
 少し前にどこかで見た光景だな。なんやアイツ。人の顔目掛けてボールぶつけんの趣味なのか。


 フットサルボールが人工芝を転々としている。
 金澤はぶっ倒れたまま、暫くその場に蹲っていた。
 特に可哀そうとか思わないけど。身から出た錆。




「……はぁーっ、スッキリした! 次、私が鬼ね!」
「…………許さんっ! てめーだけは許さねーぞ長瀬ぇぇェっっ!!」
「悔しかったらやり返してみろっつーの! ばーかばーか!」
「ぶっ殺すッッ!!」




 以降、鳥かごと言う名の喧嘩が、下校時刻までテニスコートで繰り広げられる。
 そんな二人を、倉畑はお腹を抱えて。
 俺と楠美は、呆れ顔で眺めるに終始するのであった。


 ……なんだ、意外と良いコンビだな。うん。そういうことにしとこ。




*     *     *     *




 この日の練習は鳥かごのみで終わり、連中は片付けを始める。
 夕陽が刺し込む時間が、また少し早くなったように思える。夏至も近い。




「じゃ、鍵。お願いね」
「ん」
「わたしっ、バイトあるから!お先っ!」


 一足先に着替え終わった長瀬が新館から駆け足で去り、それに続いて皆も荷物を持ち出す。


 聞けば彼女は、夜のほとんどの時間をアルバイトに費やしているらしい。
 金銭面の事情など知ったこっちゃないが、もう少し落ち着きというものは無いのか。ホント、嵐みたいな奴。




「ねーねーハルぅー。あたしお腹すいたんだけどー」
「あ? 奢れって?」
「奢んなくてもいいからさー、親睦を深めるーテキな?」
「やだよ。お前とおったら深めるどころか胃の中まで抉られるわ」
「あーーんっ!? 生意気な奴め、この、このっ!」
「いてえいてえいてえ頭ゴシゴシすなボケッ!」


 長瀬が居なくなった途端、ちょっかいを掛ける相手は俺に変わってしまう。
 なんでこう、ベタベタしてくるかな。出会って数日の男子に対するコミュニケーションじゃないだろ。怖い。




「ったく、分かった分かった。鞄、教室に忘れたんだよ。付き合ってやっから先に行ってろ」
「おっ、マジで!? ねねっ、二人も行くでしょ? つーか行くよね?」
「威圧すんなアホが」
「んー……せっかくだし、私もお邪魔しよっかな」
「比奈が行くなら私も同行します。貴方は来なくても大丈夫ですよ」
「なんで気ィ遣ってくれた奴にそんな態度取るの? 泣くよ?」


 楠美からの評価は一向に変わらぬままであった。最早期待はしない。


 三人は先にバスに乗り、駅近くのファミレスに行くらしい。
 後から合流すると一言、俺は鞄を取りに教室へと向かう。




「お、あったあった」


 これで無くなってたらいよいよもう泣いていた。
 いや、ほら。ね。長瀬と倉畑を昼休みに連れ出した例のアレがあっただろう。
 それ以来、クラスの男子から凄い目で見られるようになってしまったもので。


 この数日も、ほとんど彼女らを独占していたものだから、朝に教室へ顔を出すのもシンドイのだ。
 まぁ、流石にイジメとかには発展しないと思うけど。顔だけは厳ついし。




「はー、だる。ファミレスの飯なんぞ不味くて食ってられんわ」


 所謂`そういうところ`に行くようになったのも、ここ最近の話である。
 外食なんぞ添加物の塊みたいなものだし、徹底的に避けてきた場所なのだ。気乗りはしなかった。


 けれど、悪い気もしない。
 このまま向こうにいたら、きっと同級生と飯を囲むなんてことも、一生縁が無かっただろうし。
 ここに来て、初めて出来ることがあるのだとすれば、それはそれで悪くも無いかもしれない。


 教室の扉を開け、さっさと階段へ向かう。




 当然、廊下反対側からの怨念めいた視線なんぞ、気付くはずもなかった。









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