美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

好きよ。ずっと前から。今もね



「……お、おしまいっ! この話はもう終わり! はい忘れる! 今すぐ忘れるっ! はい、忘れたッ!?」
「え………あ、はい。うん。忘れた」
「な、ならばよしっ!」


 顔を真っ赤にして啖呵を切るお前こそ、全然忘れられてないんじゃないのかと言いたくもなるが。
 まぁこれ以上無駄な気苦労をしなくていいというなら、甘んじて受け入れよう。
 そうでもしなければ、やっていられない。俺も、彼女も。




 少しだけ名残惜しそうに白黒のボールを見下ろす長瀬。
 仕方なしと言うように息を小さく吹いて、再びベンチにへと戻ってくる。


 あんなことがあって、よくもまぁ俺のすぐ隣に座れるものだと感心は……しないでおこう。
 それだけの行動でも、彼女からして俺がどういう部類の人間なのかだいたい想像が付いてしまう。
 癪だ。人畜無害な雑草だとでも。癪だ。




 音にすらならない木の軋みを除いて、それから二人は終始無言だった。


 共に取る格好はさほど変わらない。
 膝に手を下ろして、地面なのか靴なのかよく分からない微妙な位置を、これまたハッキリとしない目で見つめている。


 さっさと帰ると言い出せば良かったのに、そんな気にはなれなかった。
 それは恐らく、彼女も同じなのだろう。そうでもなければ、ここに留まる理由など無い筈である。
 俺の言葉を待っているという可能性も捨てきれないが、彼女の性格からしてそれも低い。




「……やっぱり、上手く行かないよね」


 唐突に放たれた言葉は自嘲だった。
 この夜のように活気が無く、当たり障りのない、或いは完璧な台詞である。




「なにが」
「一気に五人も集まってさ。このまますんなり行けるかなって思ったけど」


 それは少し、思い上がりなんじゃないか。そんな言葉を寸前で飲み込んだ。


 必然と言えば必然だ。だが、偶然と言えば偶然でもある。
 順調に人数を揃えただけで、そう簡単に事が運ぶとは誰も思っちゃいないだろう。俺も、お前も。


(なにをそこまで焦るんや、お前は)


 ずっと抱いていた疑念でもある。




 長瀬は、上手い。そりゃもう箆棒に上手い。


 優れた技術とフィジカルを持ち合わせた彼女なら、サッカー畑でも十分にやっていけるだろう。
 なのに、長瀬は終始「部活として、フットサルを」という姿勢を断固として崩さずにいる。


 俺達が出会ったあの日、どこか「痛いところを突かれた」という風に漏らしたあの言葉も気に掛かる。
 元々、しっかりとしたチームでプレーしていた彼女が、何故こうして部活作りなんて面倒なところから再スタートを切る必要があるのか。


 簡単な話だ。この地域にも、女子サッカーのクラブなどいくらでもある。
 フットサルを専門にプレーしていた金澤ならともかく、彼女が「ここ」に拘る必要など、なにもない筈なのに。




「……お前さ」
「うん、なにっ?」
「フットサル部、ホンマにやりたいんか。なんつうか、俺、心のどっかで言い訳してるみたいに思えるんだわ。別に悪口言いたいわけちゃうけど」
「…………別にいいわよ、それくらい」


 それなりの覚悟を伴った言葉は、予想通り、彼女の表情に暗い影を落とした。
 なんというか、お前が言うな、とも思う。
 俺だってきっと「この場所」に拘る理由なんて無い。無い筈なのに、何故かいる。




「まぁ、色々よ。もう、女子だけのチームには戻る気無いの、私」
「……そか」
「ハルト、一個聞いていい?」


 その瞳は、見たこと無いほどに真剣みを帯びていて、少し驚いてしまう。


「ハルトも、前はサッカーやってたんだよね?」
「……まぁ、それなりに」
「それって、どうして?」




 どうしてって、そんなの決まって




(…………いや。そんなこと、ないわ)




 喉の先まで出てきた言葉は、きっと嘘だ。


 少なくとも、俺のサッカー人生のおよそ半分はプレッシャーと、重すぎる期待で覆われていた。
 何処に行っても「天才だ」「天才だ」と持て囃される反面、失敗など到底許されなかったのだ。




 そして`あの日`がやって来て。俺は俺でなくなり。


 気付いた。気付いてしまった。俺はとっくの昔に、失っていたのだ。
 惰性のまま進み続けた車輪は、いつか動力を失い止まってしまう。


 結局、そうだ。俺は変わってなんかいない。
 あの日から。いや、もっと前から。
 惰性のまま、ただなんとなく。転がり続けているだけ。


 それを止める術も、勇気も持っていない。だから、俺は`こんなところ`にいるのだ。




「……まぁ、好きだったからな。サッカー」
「今は、好きじゃないの?」


 痛いところを突かれてしまった。
 分からない。分からねえよ、そんなこと。


 少なくとも、俺は今の自分が嫌い過ぎて、ごっちゃになっている。
 そういうことにしておけば、まだ軽い傷で済むから。




「さぁ、分かんね。お前は、どうなんだよ」
「私は、好きよ。ずっと前から。今もね」
「……ならええやんけ」
「でも、たまに分かんなくなる。サッカーが好きだったのか、勝負に勝つのが好きだったのか」




 真っ暗な夜空を見上げ、寂しそうに呟いた。




「こないだ、比奈ちゃんに基礎を教えたの、スッゴイ楽しかった。けど、やっぱ違うの」
「…………」
「アイツと、ハルトと本気でやり合ったあの瞬間、やっぱり「いいな」って思った。結局、私が求めてるのはああいう世界なんだなって。私、変わって無いんだよ。きっと」


 彼女が何故、そう考えてしまうのか。
 正直、知っていた。その答えも、解決方法も。そして、それに抗うべく彼女も闘っていることも。


 分かるに決まっている。
 俺達がここを居場所にしたがっているのは、つまり、そういうことなんだ。


 でも、口には出せない。
 出せるわけがない。その時、その瞬間。
 俺たちの「命」は、きっと消えてしまうから。




「責任は、取るわよ。ちゃんと。比奈ちゃんたちといるのも、楽しいし」
「まぁ、な」
「でも、分かんない。ハルト、ちゃんと止めてね。私がおかしくなっちゃったら。アンタだけだから」
「お前はいつでもおかしいよ」
「なっ……ふざけるとこじゃないでしょーがっ!」


 思わず立ち上がった彼女の足元を、強い風が襲った。
 ふわりと広がったスカートが、またも余計なところまで見せびらかす。


 間一髪でグッと抑え込んだ彼女は、今にも俺を殺しそうな目でこちらを睨んでいた。
 正直、そんなに怖くは無い。けど、精神的に来るものはある。


 正直な話をすれば、もう見飽きた。
 美人は三日で飽きるものだし、それがパンツであろうと変わらない。ほぼ言い聞かせてるけど。




「見てねえよ。もう風も強いし、そろそろ帰った方がえーて」
「…………まっ、それもそうね。明日も学校だし」


 スマートフォンの時計は11時近くを指していた。随分と長いお喋りである。




 もしも、もしもの話だけど。
 長瀬愛莉が、俺と同じような根本的問題を抱えているのだとしたら。


 俺は、彼女に何か与えられるのだろうか。
 そして彼女は、俺にとって何かを変えるきっかけとなり得るのだろうか。


 心のどこかで期待している。けど、それが叶わないことも。
 やはり、どこかで悟っていた。


 所詮、ただの慰め合いに過ぎないのだと。お互い知っていた。


 そうに決まっている。
 俺達は、逃げ出したのだから。




「また、明日ね」
「ん。またな」


 彼女は一言、俺の顔を一目見てすぐに振り返り、荷物片手に公園から出ていく。
 その姿を、俺は追い掛けない。


 これ以上送り届けてやるつもりは、全く無かった。
 面倒というよりは、ただ単に躊躇っている自分がいて、思わず鳥肌が立った。





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