美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

平山安芸

なるほど、白か



 風を切るように夜道を走り抜ける。
 交通量も少なくなって来ているこの道路は、広いと言えば広いが特別な何かがあるわけでも無く、何も無いと言えば何も無い。


 強いて挙げればガソリンスタンドや、小さなラーメン屋が道沿いにポツンとあるだけ。
 他はほとんど普通の一軒家や雑居ビルが大半である。
 時折騒音をまき散らしにやってくるバイクの集団も、今日は一台だって見えてこない。


 敢えて言うのであれば、そういう騒がしいのは自分達だけであった。




「キャアアァァァアアアァアーーーーーッ!!!! ひゃ、ひゃやいひゃやいいいいいいいぃぃぃぃぃぃーーーーーーっ!!!!」
「耳元で大声出なボケッ! ちゃんと掴まれっつってんだろ!」
「ムリムリムリムリィィィィーーーーーッ!! いやあああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁーーーーっ!!」




 ……そこまでスピードを出しているわけでは無いんだけど。
 二人人乗りというのが初めてだったという長瀬は、終始こんな調子であった。


 自分だって後ろに人を乗せるなんてやったこと無いのだ。
 ヘルメットも長瀬に渡してしまったから、俺は素面だし、それはそれで不安もあったのも間違いない。


 が、ここまで酷くは無い。オーバーすぎる。




「あっ……こっちよ、こっち。すぐそこに公園あるから、そこでいーよ」
「あいよ。やっと落ち着いたな」
「原付がこんなに速いなんて知らなかったんだもんっ!? 並みのジェットコースターより怖いわよこんなのっ!」


 やっぱ乗せるべきじゃなかったかもしれん。落とすぞこの野郎。


 到着した公園は、俺が思っていたよりずっと広かった。
 それらしい子ども用の遊具に加え、屋根のあるベンチスペースと自動販売機。休憩には丁度良い。




「……前にあるの、墓地か」
「うん。夜になるとお化けが出るってすっごい噂になってるの」
「んなわけ……なに、怖いの長瀬」
「は、はぁっ!? 私が幽霊なんて信じてるとでもッ!? ばっ、馬鹿にしないでよねッ!」


 ゴリゴリに怖がってらっしゃる。


「はぁ……なんていうか、ハルトってさぁ。色々と無関心っていうか、感情死んでるよね」
「そうか? お前が過剰なだけじゃねえの」
「……そーいうところって言いたいの、分かんないかなっ!」


 分かりたくないんだよ。余計なこと考えたら、気が障りそうで。


 少し怒ったような素振りでそっぽを向いて、長瀬はベンチに座ってしまう。
 なんだ。付き合えってか。早く帰りたいんだけど。




「…………でも、変な感じ」
「あ、なにが」
「ハルトと会ったのなんてここ最近のことなのにさ。なんか、凄い昔から友達だったみたいな気がするっていうか。うん。よく分かんないけど」
「俺とお前って友達だったの?」
「アンタね……この愛莉ちゃんが認めたんだから、素直に受け取れっての! もうっ、ばか」


 明後日の方向を向いてしまう。なに照れてんだ。キショいな。


 だが言わんとしていることも、分からないことも無かったから困る。
 俺だって、誰かと会話したりなんて滅多に無いことで。それが女子なら尚更。


 長瀬との距離感は、実に不思議な感覚だった。
 少なくともこの時間、この空間を、そんなに悪くも無いなとか思っている自分も、確かにそこにいたのだ。


 すると、彼女は視線の先に何か発見したのかベンチから立ち上がり、そちらへ駆け寄る。


 気にはなったが大したことじゃないだろうと、スマホを手に忍ばせ無視を決め込んでいると。
 奥からいきなり何かが弾むような音がして、俺は酷く驚いてしまう。
 あまりに聞き覚えのある音だったし、なによりこちらに戻ってきた彼女の表情がそれはもう明るくて。
 その正体が何なのか一瞬にして悟ってしまったからだ。




「ねっ、ハルト! ボール! ボールあったよっ!」
「……よう見付けんな、お前」


 今では絶滅危惧種となってしまった、白と黒だけのオリジナリティ皆無な普通すぎるデザインである。 軽軽なリフティングが10回、20回と続いていく。
 しかし、上手い。まったく軸がブレないんだな。いったいどれだけの練習を重ねたのか。




(いや、でもな。気付かんのかなアイツ)


 彼女は学校からそのままバイト先へ向かったようなので、今は学校のスカートを着ている。
 つまり、どういうことかというと。


「おっとっ!」


 なるほど、白か。


 いや、待て。誤解してくれるな。
 あくまで彼女がああいう格好でボールを蹴り上げるから、必然的に足を上げたら見えてしまうわけで。
 俺が積極的にスカートの奥を覗こうとしたとか、そういうことではないことを改めて宣言させて頂きたいわけでありましてね。


 その後も色々と技を織り交ぜてリフティングを続ける長瀬。
 どうやら本当にスカートなのを忘れているようだ。
 大きく足を上げてボールを跨いだりするので、余裕で見えまくっていた。回数にして10回を優に超える。


 あまり見ているのを悟られないようにはしていたが、それにしたって見え過ぎである。




「次、すっごいのやるから。ちゃんと見ててよねっ」
「それは良いけどよ……まぁ、気を付けろよ」
「……っ? うんっ」


 俺の言葉の真意を理解することは、やはり出来なかった様子である。
 もういいや。せっかくだしもう黙ってよ。


 彼女が言うにその大技は、地面からスタートするらしい。
 左足を前に出し、右足の甲とすねでボールを抑えている。そして、次の瞬間。


 右足を一気にピンと伸ばすと、ボールが僅かに宙に浮いた。


 ………いや、「僅か」どころじゃない。




「……ぃよしっ!」
「すっげ」
「ほら、こっから本番っ! 行くよ!」




 まだやるんか。もう十分だろ。という脳内での静止など勿論なんの意味も無い。
 彼女はそのまま浮いたボールをリフティングする。


 普通に考えて、あれだけの小さな動作でボールを浮かすなど人間の構造的におかしい。
 それに、結構な筋力が無いと出来ない技の筈だ。となると、やはり同世代。
 特に女性という観点に置いては、彼女は桁違いに上手い。


 何度かボールを上げると、長瀬は右足で一気にボールを天高く蹴り上げる。
 3m近くまで到達したボールは、そのまま勢いよく長瀬の真下へと落ちて。




「おっ、とっとっとと………来た来た来たっ! ほら乗ってる! 乗ってるでしょねえほらっ!」


 目を疑った。高く上がったボールを、そのまま背中に乗せ静止させている。


 それなりに練習すれば出来ないことも無いが、難しいことに変わりはない。
 だがそれ以上に驚いたのは、あれだけ高くボールを上げ、勢い付いた状態で完璧に止めてみせたことだ。
 俺だって出来るかどうか分からない。最も、昔の話ではあるが。




「………お前、ホントすご…」
「ううぉほっ!? お、ちょ、ちょちょちょちょちょぉーー、と、とおおああぁぁあぁぁあーーーッ!?」
「…………あっ」




 転んだ。




 よくある光景だ。
 ボールのコントロールを失って、グラグラと揺れ動くそれをなんとか維持させようと、自らも不自然な格好となってくのだから。安定などする筈もない。


 あんなに砂まみれになって明日大丈夫なのかとか。
 少し捲れかかっているスカートが非常に危ないだとか。
 それ以前に、こちらから丸見えのハイソックスとの間に佇む絶対領域だとか。


 気にならないと言えば嘘になったが、割とどうでも良かった。
 というのも、自分の心の奥底にある僅かばかりの嫉妬心に近い何かが、驚くほどこの光景を見て安心していたのだ。


 それこそ、すぐに自己険悪に陥ってしまうほどの、真っ黒な感情。




 老人の如く渋い顔をした彼女の顔が確認できたのは、それから五秒ほど経った頃のことである。
 四つん這いで、やはり俺の存在を無視しているとしか思えない整った造形の臀部をこちらに向けると、ゆっくり立ち上がり砂を払う。




「大丈夫かー」
「ったぁーー……絶対そんなこと思ってないでしょ!」
「んなことは……つうかお前、そういう恰好で動くの、止めた方が良いんじゃねえの」
「へっ? …………あっ」


 ハッと目を見開かせた長瀬は、俺の言いたいことに気付いたのか。
 次の瞬間には顔を真っ赤に染め、口をパクパクとさせながら慌てた様子で声を荒げた。




「み、見たのっ!?」
「……見てねーよ」
「嘘っ! ぜったいに嘘っ! だってそうじゃないとそんなこと言わないもんっ!」
「う、うっせえな。見られたくないならもっと気ィ遣えってんだよ」
「や、やっぱり見てんじゃんっ! 変態っ! バカっ! 変態! むっつり!!」




 先週くらいに上から見た気がする涙目の彼女は、白くほっそりとした腕を身体に巻き付け腰を引かせる。


 何度でも言いたいが、そこまで嫌ならもっと気を遣ってほしいものである。
 つうか変態とか縁起でも無いこと二回も言うんじゃねえ。俺を警察の世話にさせたいのか。




 公園に漂う微妙な空気。
 分かっている。原因は俺だが元凶はアイツだ。
 最も、俺がもう少し言葉を選べばなんとかなった可能性も……無いな。どのみち罵倒されていたのは間違いない。




「……悪かったって。故意じゃねえのは本当だから」
「わ、分かってるけどさ……そういうの、あんま言わない方が良いっていうか……」
「あ、あぁ……」
「……………」


「「……………」」


 どうすりゃいいんだよこの空気。

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