美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい
邪魔なんだけど
明るいブラウンにポニーテール、少しだけ釣った大きな二重。
そして重ね着をしていても際立つおっぱい。
疑いようもない。長瀬だ。
「奇遇、だな」
「そ、そうね。アンタ、この辺なの?」
「いや、ちょっと遠いけど……」
「あ、そう………って、ハルト。アンタ煙草」
「あっ」
しまった。バレた。
言い訳をさせて欲しい。させて頂きたい。
これはつまり、長く続けて来た節制生活の爛れというか、反動というか。
小学生の頃から、お菓子や炭酸ジュースを一切取らない生活を続けて来たのである。
そしてその必要が無くなり、俺が最も興味を持ったことが`そういうの`だったのだ。
勿論、良いこととは思っていないけど。興味を持ったのだってたまたまで。
個人経営のラーメン屋で、隣の客が置いて行ったものを気まぐれで拝借してしまい、試しに一本、せっかくだからもう一本と、気付いたらこうなってしまったというか。
「なに堂々と買おうとしてんのよ。未成年でしょ、犯罪よ犯罪」
「うっせえな。お前にゃ関係ないわ」
「だっ、駄目なものは駄目っ! 昨日、研修のビデオ見せられたばっかなんだからっ」
「なんだ、入ったばっかなん」
「ここはね、他にも色々やってるけど……って、話逸らすなっ!」
特に反論は無いので、ただ彼女の言い分を聞く他ない。
俺だって辞めたいとは思っているけど、気付いたらご飯と一緒に買っちゃってるんだから仕方ないだろ。
「まぁ、努力はするわ。フットサル部にも迷惑やし」
「な、なによっ……えらい素直ね」
「煙草要らんから早く唐揚げ串くれ。腹減ってんだよ」
「……なんかムカつくっ」
ちょっと乱暴に商品を袋に詰めていく。
おい、今日の俺の命を繋ぎ止める大事な食糧だぞ。丁重に扱え。
「はい、134円ね」
「え、一円玉とかねーよ……はい、150。釣り要らんわ」
「ちょっ、そういうの困るから、ちゃんと貰いなさいよっ」
「いいから。募金箱にでも入れとけ」
「………じゃ、私がもらおっ」
「あ、汚ねぇぞテメェ」
「ふんっ、お金を大事にしない人はバチが当たるわよ」
レジの中から釣り分を滑らせ、ポケットに右手を突っ込む。
あまりにスムーズな流れに、本当に入りたてなのかと疑うレベルの早業であった。
少し不機嫌な彼女は、バイトらしくありがとうございましたーなどと声を掛けることも無く。
クルリと振り返って、背後の煙草が陳列してある棚を眺めている。
手元には小さなメモ帳のような物とボールペン。まだ覚えていないところもあるのだろう。
もはや俺に興味は無い。さっさと出ていけとでも言うのか。
お客様に対してあるまじき態度だぞ。神様だぞ。おら。
揚げ物の入った小さな袋を手に取り、さっさと店を出ようと身体を右に向ける。
が、なんとなく思い留まってしまったのは、店内から人の姿が俺達を除いて完全に消えていたこと。
それと、特に急いで家に戻る理由も無いだろうという個人的な我が儘のせいだった。
「……真面目に頑張っとんのな」
「えっ……き、急になにっ?」
「いや、別に。なんとなく思った。部活もバイトもって、シンドイだろ。普通に」
「……そう、かな」
「ほどほどにしろよ。お前だけ一人で張り切って、なんかあったら……迷惑被んの俺だし」
我ながら、馬鹿らしいことを言っている。
彼女が学校の外でなにをしていたとしても、俺には関係の無い話だ。
心配する必要など何一つない。何故、その言葉を選んだのか。
その理由は、ついぞ分からなかった。
「……なにちょっと顔赤くしてんのよ」
「はっ? し、してねーよ。酔ってるだけだっつの」
「ハァっ!? 飲んでんの!? 捕まっちゃえばーか!」
無論、嘘である。そもそも飲んだことないし、酔ってアルバイトなど行けるか。
たまたま出て来てしまった言い訳だったが、長瀬の評価を下げるには十分すぎるほどだった。
本当に、どうでもいいところで自分を落としている。
何がやりたいのか、やはり、自分でも勿論分からない。
ただ、顔が赤くなっているのは本当だったから、割と真面目に困ってしまっただけなのだ。
また明日、などと柄でも無い言葉を掛けて、俺は店を後にする。
外は大多数を黒が占め、時折見える喧しいほど輝いた光は車かバイクのライトだろう。
空には薄い灰色がたまに浮かんでいるだけで、星の一つだって見えやしない。
星座の位置関係は、もっと興味が無かった。北極星の見分け方すら知らない。
一点に留まり輝き続け、目的地を授けてくれる大事な存在も。
今の俺にはまるで意味のないモノのように思える。
妙に悴む肌寒い風を左手に感じながらから揚げを頬張り、原付の置いてあるポストの脇に近付く。
すると、俺の背後から耳障りな大声と、威圧感のようなものを感じさせる何かが迫っていた。
(うわ、ガラ悪っ)
予想は不本意にも的中する。
コンビニに入っていったのは、派手なゴールド系の装飾を身に付けた妙ちくりんな連中。
簡潔に説明するならば、ヤンキー。若しくはDQNなどと呼ばれる層の野郎共。
こういうタイプの連中とは、基本絡みもしないしこちらからお断りである。
目付きが悪いせいで時折イチャモンを付けられることが前からあったので、視界に入って面倒なことにならないうちに、さっさと撤収しようと唐揚げ串の袋をゴミ箱に捨てた。
(……アイツ、大丈夫か)
嫌な予感がする。
俺に対しては強気な癖に、初対面の相手や喋る奴には急に怖気づいてしまう小心者。それが長瀬だ。
馬鹿を処理するのも仕事の範囲だとは言え、彼女にこなせるだろうか。
そう考えると、一気に不安になってきてしまう。
そして、その悪い予感は現実のものとなる。
「おねーちゃんかわいいねーーっ! あ、研修中? ねっ、良かったらこのあと遊びに行かない?」
「えっ……いや、その、そういうのは、ちょっとっ」
「えぇーっ、いいじゃんいいじゃん! 客なんて来ねーしさ、抜けてもバレないって!」
「つうか胸デカっ! 何カップあんのこれっ?」
「あ、煙草ちょーだい。あの黄色いの、早く早く」
「いや、そ、その……」
分かりやすく絡まれていた。
言いたかないけど俺もアイツも不幸な体質だ。こんな星の下に生まれた自分を恨む。
若しくはどうでもいいとか言ってしまった北極星からの、タチの悪い贈り物か。
煙草を強請ったヤンキーはどう見ても未成年である。俺が注意しても説得力皆無だが。
レジ越しからとはいえその距離は極めて小さい。
「恰好の獲物」とでも思っているかのような、薄汚い猿のような笑いを浮かべる連中。
五人ほどいて、特に装飾の激しい前の三人が長瀬にしきりに話し掛けている。
後ろで二人ほどニヤニヤしながら、その様子を眺めていた。
「早くしてくんない? アメスピ、分かんでしょ? 最初に覚えないとよー、そういうの。客待たせるとか最低だわ」
「……あ、あの……っ」
「あ? なんか文句あんの?」
「しっかしデケえよなー、何人に揉ませたん? せっかくだし、俺らも拝んだっていいよな。どうせ使いまわしだろ?」
長瀬の表情が一気に強張った。怒りか恥ずかしさかは分からずとも、相当の我慢を強いられている。
開きっぱなしの自動ドアの奥から聞こえてくる台詞は、とても許容できるものではない。
しかも女性に向かってあれは、流石に常識外れだろう。
などと垂れている間にも、長瀬の理性も限界に近付いている。
何故分かるのか、だって。
棚に戻そうとしていた、俺が買う予定だった煙草が、グチャグチャに潰れ掛けてるからだよ。
その時点で、俺の中のよく分からん何か。
正義感とはどうも違う、ある種の苛立ちが恐怖とか面倒さに打ち勝ったのだ。
「おい、お前ら。邪魔なんだけど」
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